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プライベートLTEをIPネットワーク上で実装する新技術「LTE over IP」 ―LTE-X CEO池田武弘氏インタビュー

プライベートLTEをIPネットワーク上で実装する新技術「LTE over IP」 ―LTE-X CEO池田武弘氏インタビュー

画像:「LTE over IP」を使えば、SIM認証をベースとするLTEの通信プロトコル群を、Wi-FiなどのIPネットワーク(インターネット)上で実装できる。Wi-Fiは2.4GHzや20GHzで利用できるが、セキュリティや通信品質に課題がある。周波数は高いほど電波の伝送速度が上がるが、その分電波が行き届く範囲はせばまる。つまり、通信の「速い」と「広い」は両立しない。(図:株式会社LTE-Xの資料をもとに、IoTNEWSにて作成)

第5世代通信技術「5G」がもたらす低遅延・高速・大容量の通信ネットワークによって、社会や産業が変わると期待されている。

既に今年、各国から発表されている標準的な5Gは、物理ネットワークは5Gと4Gを混在して使い、通信方式に関しては、4G時代と同じ「LTE(Long Term Evolution)」を使うことになる。

通信品質やセキュリティに優れた通信方式であるLTEを使ってネットワークを構築するには、総務省が各通信キャリアに割り当てる専用の帯域(ライセンスバンド)を使用するのが基本だ。そのため、企業が4G/5Gのネットワークをビジネスに活用する場合、通信キャリアに支払う通信費用がかさんでしまう。

そのため、産業用途では非ライセンスバンドを使った通信技術も期待されてきた。特に、IoTが話題になって以来、LPWAやWi-Fi、EnOceanなどの無線通信を産業に利用する議論がさかんだ。しかし、通信キャリアと同等の通信品質やセキュリティを保証したネットワークを、非ライセンスバンドで実現することは依然として課題だった。

「LTE over IP」は、SIM認証をベースとするLTEの通信プロトコル群をIPネットワーク(インターネット)上でも利用可能とするソリューションである。

従来、Wi-FiなどのIPネットワークは通信コストをおさえて自前のネットワークを構築できる反面、通信品質やセキュリティの面での課題が従来から指摘されていた。しかし、「LTE over IP」の技術を使うことで、企業はデバイスとIPネットワーク環境さえあれば、自前でLTEネットワークを構築できるのだ。「LTE over IP」の詳細について、株式会社LTE-X 代表取締役 CEOの池田武弘氏(工学博士)に話を聞いた。(聞き手:IoTNEWS代表 小泉耕二)。

そもそも、LTEとは何か?

IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): 「LTE over IP」を開発した背景について教えてください。

LTE-X池田武弘氏(以下、池田): まず、5Gとの関連からお話します。5Gには、「SA(スタンドアローン)」と「NSA(ノンスタンドアローン)」の2つのタイプがあります。

NSAは、SAが登場するまでの過渡的なシステムと考えられていますが、通信制御には現行携帯電話システムで使われている「LTE(Long Term Evolution)」の技術が使われます。

私たちがあつかうLTEの技術は、携帯電話システムそのものではなく、さまざまな通信制御(端末認証、暗号化、通信品質制御など)の部分となります。通信制御としてのLTEは、SIMをベースとする非常に高度で拡張性・汎用性に優れた制御技術で、この技術を、一般的なIPネットワークで活用できないか、というのが「LTE over IP」の開発を検討した経緯となります。

小泉: LTE=4Gと勘違いされることが多いですよね。LTEは、A地点からB地点に、正確に・安全に情報を伝えるための通信のしくみです。通信品質に優れ(「パケットロスが少ない」「遅延が小さい」「パケットの到達間隔の揺らぎが小さい」など)、SIM認証をベースとする高度なセキュリティを実現します。

池田: おっしゃるとおりです。しかし、通信制御としてのLTEには問題もありました。これまでは、総務省が割り当てる「ライセンスバンド」を使った無線通信システムの利用が前提となっていたことです。

海外では以前から、「プライベートLTE」という言葉がよく知られています。「プライベートLTE」は、国が「ライセンスバンド」を割り当てることで、自前の携帯電話ネットワークを構築する、という取り組みです。海外では、軍隊、警察、鉄道、大規模工場など、数多くのサービスが既に立ち上がってきています。

これを5Gの無線技術を使って構築しようというのが、日本で注目されている「ローカル5G」です。しかし、「ローカル5G」ではライセンスバンドの無線技術を使うため、国から周波数割り当てを受けるなどの手続きが必要で、構築・運用するためのハードルが高くなります。そこで、「非ライセンスバンドで、簡単にプライベートLTEのネットワークを構築できないか」というニーズがあるのです。

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「LTE over IP」が5G時代に期待される理由

池田: 弊社の「LTE over IP(LTE 仮想化技術)」は、SIM認証などのLTEプロトコル群を、既存のIPネットワーク(インターネット)環境に実装する世界初の技術です。これにより、企業はライセンスバンドを使わなくても、自前でLTEネットワークを構築することができます。

小泉: 5Gは、スマートフォンなどだけでなく、産業用途でも注目が集まっています。例えば、製造業で5Gを使うことで、日本にある保守管理センターから、海外の工場の稼働状況をリアルタイムで把握する、ロボットを遠隔操作する、といったことが5Gによって可能になると期待されています。

しかし、実際には、5Gの大部分はスマートフォンなどの民生用のデバイスに割り当てられ、工場の5G活用などは網羅されない可能性があります。そうしたところに、「ローカル5G」が期待されるのではと考えています。

その場合には、高速の周波数帯である「20GHz」のWi-Fiなどと、御社の「LTE over IP」をかけ合わせれば、自前の5Gネットワークを構築できるということでしょうか。

池田: おっしゃるとおりです。

「LTE over IP」のコンセプト(提供:株式会社LTE-X)

池田: 「LTE over IP」は、携帯キャリアが主導している「中央集権型」のプロトコル(LTE)と「自律分散型」で発展してきたインターネット(IPネットワーク)が重なる領域を、うまく“いいとこどり”しているところがコンセプトです(上図)。

かつて、スティーブ・ジョブズが、「文系と理系の交差点に立てる人こそ大きな価値がある」と言いました。私もそう思います。「異種のものが交わるところに価値がある」。これは、私の経営者としての哲学です。このことが、「LTE over IP」を開発した背景にもなっています。

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いまさら聞けない、携帯電話システムのメリット

小泉: 「LTE over IP」では、具体的にどのようなことができるのでしょうか。

池田: 一つは、インターネット(IPネットワーク)でも、携帯キャリアと同じサービスを提供できることです。たとえば、ある企業や自治体だけの(インターネットに抜けさせない)閉域ネットワークを構築できます。あるいは、特定のコンテンツにだけアクセスするしくみも簡単につくれます。

携帯電話システムのセキュリティを守る、3つのしくみ(提供:株式会社LTE-X)

池田: もう一つは、携帯電話と同じレベルのセキュリティを担保できることです。携帯電話システムのセキュリティが高い理由は、(1)悪意のある端末が接続できない、(2)通信の「盗聴」を防止する、(3)危険なサイトにアクセスすることを防ぐ、この3つのしくみがあるからです。

1つ目については、SIM認証によって、そもそも悪意のある端末は接続できないしくみになっています。インターネットとは大きく違う点です。

2つ目は、携帯電話システムの場合、「刹那的な暗号化」がされているので、たとえ一時的に暗号化のカギが解読されたとしても、すぐに解読できなくなります。

3つ目は、EPC(Evolved Pakcet Core)と呼ばれるコアネットワークで接続先を制御するしくみです。これにより、前述のようなインターネットに接続させない閉域のネットワークを構築したり、検疫ソリューションなどのソフトと組み合わせて、ユーザーが危険なサイトにアクセスすることを防止することができます。

一方、携帯電話システムにも問題点があります。1つは、キャリアが提供している物理SIMがないとネットワークに接続できないということです。IoT機器に物理SIMを差し込むスロットをつくろうとすると、コストがかなり高くなります。そのため、機器のIoT化の障壁になっているのです。

もう1つは、繰り返しになりますが、国から割り当てられる「ライセンスバンド」が必要なことです。携帯電話システムを構築するには、免許を取得し、ライセンスバンドを割り当ててもらう必要があります。

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SIM認証をソフトウェアで実装する世界初の技術

池田: この2つの問題を解決するのが、LTEプロトコルを汎用的なIPネットワークで実装する「LTE over IP」です。

通常の携帯電話システムでは、携帯キャリアがSIMを発行しますが、「LTE over IP」では、弊社がSIMを発行します。SIM情報を物理的なICチップに書き込むこともできますし、IoT機器などのSIMスロットがない端末向けにソフトウェアとしてSIMを提供することも可能です。

小泉: LTEの特徴は、ICチップ(物理SIM)をハードウェアに実装することで「一意性」(偽物をつくれないということ)を担保できるということでした。ソフトウェア化をすることで、その本来のメリットは損なわれないのでしょうか。

池田: SIMで使われている情報をOSやチップセットのセキュアな領域に書きこむことで問題は回避できると考えています。Windows OSやARMのチップセット、クアルコムのSnapdragonなど、世の中に存在する様々なOSやチップセットの中に、セキュア領域は既に実装されています。そこに書きこんだ情報は、二度と消せません。そのことによって、「一意性」は担保されます。

小泉: なるほど。ソフトウェア的にといっても、ハードウェアのレベルでしっかりセキュリティが担保されているということなんですね。

池田: まさに、そういうことです。従来のLTEのしくみでは、SIMという「目に見える」物理的なアセットの中に必要な情報が書きこまれていて、情報は絶対に抜きだせないという保証がありました。しかし今は、OSやチップセットレベルで、そうしたセキュアなしくみが実装されているので、それを使って「一意性」を担保することができるのです。

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自治体や学校で実証実験が進行中

小泉: ターゲットとなる事業領域には、どういうものがありますか。

池田: 働き方改革関連法案が施行され、今後リモートワーク環境の整備が進んでいきますが、まずはその領域の事業が大きな柱になります。

具体的には、会社内だけではなく、自宅やリモートワーク環境下で、簡便かつ安全に社内ネットワークやパブリッククラウドサービスに接続できるソリューションを提供していきます。

また、自治体などの公共領域も大きなターゲットと考えています。例えば昨年、長野県上田市と共有データプラットフォームをつくる実証実験を行いました(総務省「StartupXAct 2018」採択事業)。

ここでは、上田市を含む9つの市区町村が連携して、広域エリアの経済活性化をはかるために、様々な情報連携をいかに行うかが課題でした。そこで、「LTE over IP」を用い、9つの市区町村を1つの閉域ネットワークとすることで、この課題を解決しました。

また、教育ICT領域も大きな事業領域となります。この分野では文科省が主導し、教育現場にICTを導入する動きが進んでいます。

教育現場では、生徒用、教員用など、要求条件の異なるネットワークが複数混在し、各ネットワークのセキュリティや独立性をどのようにして担保するかが問題となりますが、「LTE over IP」を使えば、利用者のニーズに合致した複数のネットワークを単一の物理ネットワーク上に仮想的に構築することが可能となります。

教育分野での「LTE over IP」の活用例(提供:株式会社LTE-X)

池田: 具体的な運用例をご紹介します。生徒にタブレットなどの情報端末を配布し、それらの端末から教育コンテンツにアクセスする場合、情報端末が校内のネットワークに接続されている場合には、特定のコンテンツにしかつなげないようになっています。

一方で、家に持って帰ったあとはそうした制御がなされておらず、生徒は家でインターネットにつないで動画サイトを見ることができてしまいます。このため、持ち帰り学習をしたいというニーズがあったとしても、情報端末を持ち帰ることができないといった課題がありました。

「LTE over IP」を使えば、学校、家、図書館どの任意の場所からインターネットにつないでも、特定のコンテンツにしかアクセスできないようなソリューションが容易につくれます。これにより、持ち帰り学習を推進することが可能となります。

小泉: その場合、生徒が持っているタブレットは、通常のインターネットに接続できなくなるのですか?

池田: ケースバイケースですが、現在行っている学校の実証実験では、「LTE over IP」のソフトウェアが常に起動していて、通常のインターネットに接続する機能を無効にしています。

小泉: なるほど。完全に接続できないモードになっているわけですね。

池田: はい。一方、用途に応じてON/OFを切り替えてもらうこともできます。

例えば「働き方改革」において、個人用のデバイスを仕事に用いる「BYOD(Bring your own device)」の場合には、個人の使用を制限することはできませんから、仕事の用途で使う場合だけ、弊社のソフトウェアをONにする、ということができます。

小泉: 「LTE over IP」のしくみから活用例まで、貴重なお話をありがとうございました。

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