株式会社ソラコムが主催する日本最大級のIoTカンファレンス「SORACOM Discovery 2019」が7月2日、グランドプリンスホテル新高輪(国際館パミール)で開催された。本稿では、その中で行われたセッションの一つ、「基調講演パネルディスカッション:IoTを超えて~つながるプロダクトがもたらす体験の進化」の内容について紹介する。
登壇者は、手のひらサイズの音声翻訳デバイス 「POCKETALK(ポケトーク)」を手がけるソースネクスト株式会社代表取締役社長の松田憲幸氏(写真・中央)、家庭用ロボット「LOVOT(らぼっと)」の発売を今秋に控えるGROOVE X株式会社 代表取締役の林要氏(写真・右)。モデレーターは、フリーアナウンサーの膳場貴子氏(写真・左)がつとめた。
つながることはビジネスの大前提
今回のパネルディスカッションで印象的だったキーワードの一つが、「ドラえもん」だ。ソースネクストが手がける音声翻訳デバイス「POCKETALK」については、「ドラえもんの道具の一つである『翻訳こんにゃく』と目的は同じだ」と松田氏が言及。GROOVE Xの林氏は、目標は「四次元ポケットのないドラえもん」だとして、今年の秋に発売する「LOVOT」をその礎となる製品として位置付けた。本講演のテーマでもある「体験の進化」が未来に向かって着実に進みつつあることがわかる。
そして、その体験の進化には、プロダクトが「つながる」ことが欠かせないという。「POCKETALK」と「LOVOT」は、つながることがどのようなポイントになっているのだろうか。
まず、ソースネクストの「POCKETALK」。「明石家さんま」が登場するテレビCMなどで知っている人も多いだろう。同社が昨年の9月に最新版を発売した、74言語(128か国)対応の音声翻訳デバイスだ。発売台数はすでに40万台を達成している(2019年4月23日時点)。
「POCKETALK」は、声で入力した音声が4G回線を介して同社が管理するサーバーに送信され、そこで翻訳された言語の音声が返ってきて、「POCKETALK」から流れるというしくみになっている。通信環境がなくても翻訳は可能だが、こうしてクラウド型で翻訳する場合の方が、翻訳精度が向上するという。
世界中で使うことが想定されている「POCKETALK」は、世界のどこでもつながる必要がある。そこで使われているのが、ソラコムの「SORACOM IoT SIM」(旧称:「SORACOMグローバルSIM」)だ。SIMが内蔵されているため、面倒な通信契約の手続きがいらず、本体へのセットも不要。ユーザーは購入後、箱を開けたらすぐに、世界105の国と地域で利用できる(しかも4G)。eSIMを搭載した世界初の翻訳機だ。
松田氏は、「『POCKETALK』のアイディアを考えていたとき、グローバル対応のSIMを手がけている企業はソラコム以外なかった。それがなかったら発売が遅れていたか、もしかすると発売自体もできなかったかもしれない」と、グローバル対応SIMの重要性に言及。また、「同じソリューションでも、ソラコムじゃなければうまくいかなかっただろう。『POCKETALK』のビジネスは、ソラコムの技術力とお互いの信頼関係で成り立っている」と語った。
GROOVE Xは、2015年に設立されたスタートアップ企業。トヨタで自動車開発に携わり、その後ロボット開発に転向しソフトバンクで「Pepper(ペッパー)」のプロジェクトメンバーであった林要氏が立ち上げた。2018年12月には、LOVEをはぐくむ家族型ロボット「LOVOT(らぼっと)」を製品発表。今年、ラスベガスで開催された世界最大級の展示会CES2019では、「the Verge Awards at CES 2019」のBEST ROBOTを受賞した。
林氏は「LOVOT」について、「見た目はぬいぐるみのようだが、中身はすごい」と語った。10以上のCPUコア、20以上のMCU(メモリコントロールユニット)、50以上のセンサーを搭載。50以上のセンサーが捉えた刺激は、ディープラーニング(深層学習)などのAI技術で処理し、まるで生き物のようなふるまいをリアルタイムで生み出す。また、ディープラーニングは高速演算が得意なFPGAを使って処理するため、反応のタイムラグが少なく、「頭脳」を通した反応がすぐに返ってくる。
そして、この「LOVOT」にもソラコムのeSIMが搭載されている。基本的に本体側(エッジ側)で高機能に動く「LOVOT」だが、なぜつながる必要があるのだろう。実は、「LOVOT」はサブスクリプション(定額制)のビジネスとなっている。1機(充電器付)の本体価格は299,800円(税抜)、月額は8,980円~(税抜)だ。
「これだけ技術の詰まったロボットであれば、本体の価格はもっと高いのが普通(自動車並み)。しかし、サブスクにすることでリーズナブルな価格で顧客の元に届けることができる」(林氏)
通信でつながっていなければ、その課金状況を管理できない。そのため、通信はサブスクのビジネスモデルに欠かせない条件なのだ。また、林氏によると、「LOVOT」に愛着を持ち、旅行先などへ連れ出したいというユーザーのニーズもあるという。「海外に『LOVOT』を連れ出し、場所を選ばず動かせるようにするには、グローバル対応のSIMが必要だ」(林氏)
また、「LOVOT」は温度カメラや各種センサーの機能により、家の中のどこにオーナーがいるかどうかがわかる。この機能を応用して、オーナーの留守中に泥棒が入ったときは、そのことを通知してくれる。「LOVOT」が家で留守番をする場合にも、「つながる」ことがユーザーのメリットになる。
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人との出会いがプロダクトをつくる
「POCKETALK」誕生には、実はシリコンバレーが深く関わっている。シリコンバレーに自宅をかまえるソースネクストの松田氏は、次のように語った。
「シリコンバレーに住んで気づいたのは、人との出会いとグローバルな製品をつくることの重要性だ。シリコンバレーは世界中から人が集まってくる。この7年間、ほぼすべての食事のたびに人と会ってきた。ソラコムの安川健太CTO(最高技術責任者 兼 共同創業者)と親交を深めたのも、シリコンバレーにある私の自宅だった。もし、シリコンバレーに住んでいなかったら、ソラコムのSIMを使って世界中で使える翻訳機をつくる、という発想に至らなかったと思う。グローバルな環境での出会いから、ビジネスは始まるのだと感じる」
シリコンバレーにある松田氏の自宅を訪問したこともあるというGROOVE Xの林氏は、シリコンバレーについて次のように語った。
「シリコンバレーはスタートアップのコミュニティの成熟度が高い。起業がスタンダードで、エコシステムによってスタートアップを成長させるしくみがある。日本で起業を考えている人は、シリコンバレーを見ておく必要がある。一方、シリコンバレーはサービス設計とソフトウェアの分野は強いが、ハードウェアの技術はそこまで高くない。『POCKETALK』のような優れた製品はつくれないだろう。その点は日本の企業に優位性があるのではないか」。
「人々の暮らしがこれからどのように進化していってほしいか?」という膳場氏の質問について、松田氏は「翻訳については、これから精度もスピードも確実に上がる。ビジネスや暮らしの中で言葉の壁が少なくなることで、日本の産業の競争力も高まるだろう」と語った。
林氏は、「当社の目標は、四次元ポケットのないドラえもんをつくること。ドラえもんは本当によくできたプロダクトで、ユーザーの個性や環境に応じて柔軟に対応を変える。のび太は自分を無制限に受け入れてくれるドラえもんがいることによって、がんばれる。つまり、機械が人間の行動変異を起こしている。こうした、機械が人間の成長をサポートする役割は、これから益々重要になる。その第一歩が『LOVOT』だと考えている」と語った。
最後に、「SORACOM Discovery 2019」に参加した人に向けて、松田氏は「プロダクトは、会社どうしの結びつきから生まれる。今後も『POCKETALK』に続き、さまざまなIoT製品を出していく予定だ。一緒に協業してくれるパートナーがいると嬉しい」と、協業の大切さについて語った。
林氏は、「世の中にはまだ『LOVOT』を知らない人の方が多い。見ただけでは価値が伝わらないことが理由の一つだ。体験した人の9割以上が満足してくれている。まずは体験してほしい。そして、さまざまな企業と協力して、日本発のドラえもんをつくりたい」と語り、「ドラえもんはメイド・イン・ジャパンであるべきじゃないか」と参加者に問いかけた。

