IoTNEWS代表の小泉耕二と株式会社ウフルCIO/株式会社アールジーン社外取締役の八子知礼が、IoT・AIに関わるさまざまなテーマについて月1回、公開ディスカッションを行う連載企画。本稿では第21回目をお届けする。
小泉と八子の放談企画21回目。議論のテーマは製造業の「デジタルトランスフォーメーション(DX)」だ。製造業のDXといえば、IoTを活用した生産設備の可視化や予知保全の取り組みが注目され、各企業は実装のフェーズに入っている。しかし、日本のものづくり企業がさらなる高みを目指すには、それだけでは足りないという。カギは「設計部門」が握っているようだ。
生産現場だけIoTを活用しても、顧客のニーズには対応できない
小泉: 今回は、実はこの放談ではしばらく話題にしてこなかった「製造業」の分野に着目し、議論していきたいと思います。これまで製造業のIoTの主役といえば、工場の生産性の改善や予知保全の取り組みでした。しかし今回は、異なる切り口から考えてみます。
製造業IoTの課題の一つは、製造現場にだけ焦点を当ててしまい、限られた人たちだけのソリューションの話になってしまっていることだと思います。そのため、そこで何かいい効果が得られたとしても、「手間が増えてしまう」とか「ROIが十分ではない」といった理由で頓挫しがちです。
それは結局、(現場に任せきりの)経営の問題であるとも言えます。しかし実際の問題として、「具体的にどんな対策が必要なのか」という議論がなされることは少ない。今日はそのあたりの話を深掘りしていきたいと思っています。
八子: 日本の製造業はこれまで、品質改善や生産性の改善についてさまざまな取り組みをしてきました。そのため、工場向けのさまざまなIoTツールを導入したとしても、現場の人たちからしたら「昔からやっているよね」となってしまうことも多いです。
デジタル技術を現場に取り入れることで、以前より「楽に」コスト削減や見える化ができるというメリットはあると思います。しかし、それ以上何かやろうとしても、しぼりきった雑巾をあともう少しだけしぼるようなもので、現場の人のモチベーションは上がらないでしょう。それによって、必ずしも製品の増産が見込めたり、給料が上がったりするわけでもないなら、なおさらです。
小泉: そもそも、日本の製造業の生産性は決して低いわけではありません。2019年度版の「ものづくり白書」を読むと、世界のGDPの半分を占める米国、中国、ドイツ、日本のうち、製造業における日本の生産性は他国と比べて引けをとりません。すでにそうした高い水準なのに、さらに向上しようとしても、効果が出にくいのは事実でしょう。
八子: 何を目的に「デジタルトランスフォーメーション(DX)」に取り組むのかがポイントです。視点を生産現場に限ってしまうと、「予知保全ができた」、「生産性が改善した」、「歩留まりが上がった」といった一定の成果が得られた先には、特に何もありません。そこで、「予知保全のシステムを他社に外販しよう」というようなアイディアがあればいいわけですが、そうしたアイディアを考えるミッションを、生産現場の人は持っていません。小さな会社であれば、柔軟にできるかもしれませんが、大企業は難しいのです。
DXの先には、経営陣のさじ加減ひとつで、「この部品を増産しよう」、「この部品はマージンを下げてもいいからカスタマイズ品にも対応しよう」といった指示を出しつつも、全体のコスト構造やオペレーションの効率を下げずに生産を続けられる、そんな世界が目指されるべきです。
「社長、勝手にそんなことされても困ります」と、現状では生産現場の人たちがつきかえすのでしょうが、マーケットの要求に対応するには、経営や設計の側であらかじめシミュレーションし、工場のラインに落とし込めるしくみを整えておくことは、あたりまえのことと言えます。
そして、現在でもそれを実現できるようなソリューションは既に出てきているわけですが、多くの場合、生産部門と設計部門の間に分断があるために、経営側の方針やマーケットの要求に合わないような生産体制を続けざるを得ない、という課題があります。
経営主導で、生産現場と設計のデータを統合すべし
小泉: 製造業においては、まずは顧客側の要望があります。そこには無理な要求も含まれるのだと思いますが、経営側は可能なら対応したいというマインドがあります。なぜなら、儲かるからです。
しかし対応するには、自社の設計から生産までのバリューチェーンを把握しておく必要があります。たとえば生産部門においては、まず「どれだけ生産能力があるのか」を把握するために、可視化ツールなどを入れるわけです。
設計部門も、CADデータなどを駆使して、自分たちが対応できる設計パターンをあらかじめ明らかにしておく必要があります。そうしておけば、社長や営業から「つくれないのか?」と尋ねられても、「〇〇を××したらつくれます」と瞬時に答えられるわけですね。
八子: たとえば、社長や営業担当の要求に対して、3DCADのデータや調達している部材の中から、製造できる膨大なパターンをシステムが打ち出します。しかし、実際には「コストが大きい」、「手戻りが発生する」、「品質のロスが後工程で発生する」といった悪い結果も想定されますから、それに対して生産現場が可能・不可能をふりわけていくわけです。
3Dプリンタなどを使えば状況も変わるのでしょうが、既存のリソースで対応しようとすると、ある程度の制約は発生します。すると、マーケットのニーズに対応できる幅がぎゅっとしぼられてしまう。儲けるチャンスが減ってしまうわけです。
ですから、あらかじめ上流の部分で、実際に生産ラインにモノを流す前にシミュレーションしておくことが重要なのです。そして、生産現場で1円でも無駄にしないようにと必死に行っている現状の努力を、もっと設計のプロセスでも行っていく必要があると思います。日本に限らず、世界においても設計のプロセスはまだまだ改善できる余地があります。
小泉: 世界のさまざまな事例を見ていると、3DCADのデータを使って設計のシミュレーションを行うソフトウェアや、3Dスキャナを使って現場のレイアウトをシミュレーションするツールなど、川上から川下まで手段はそろってきている印象はあるのですが、実際はうまくいかないのでしょうか。
八子: それらを使いこなすには、データが必要です。たとえば、調達する部品や素材のデータ、あるいはどの設備でどうやって加工するかといった生産現場のデータ。それらのデータを持っていないとシミュレーションはできない。
「そんなことは今までも散々やってきた」と思う人もいると思います。しかし問題は、それらのデータが生産部門と設計部門で別々に利用されていることにあるのです。設計の段階で問題はなくても、実際に生産工程に流すと加工などが難しいことがあります。
そういう場合、現場は「工夫」によって何とか対応しようとするのです。これでは、それぞれのデータを一体化してシミュレーションなどできません。これは、製造業に限った話ではないと思います。たとえば建築の分野においても、建物を立てて、運用側の業者に引き渡してしまったら、その建物のデータは運用のシミュレーションに使われないわけです。
設計と製造、そしてその先の出荷・オペレーションのプロセス、大まかにこの3つのプロセスが三位一体となっていないと、ビジネスモデルは変わりません。そのことを、それぞれの部門にいる人はあまりわかっていない。
小泉: 色々なところで話を聞いてみると、こんなことがあります。設計の担当者は、自分たちの役目をしっかり果たせば、あとは製造が何とかつくってくれると思っている。それなのに、今度は一緒になって考えようと言われると、前より手間が増えて面倒くさいと思う人もいると。おそらく、ソフトウェアが充実していても、そのあたりの意識が変わらないとだめなのでしょう。
しかしここで初めて、経営側の出番になりますよね。製品をどのように設計し、どのように生産していくか。これは従来、それぞれの部門が縦割りで行っていたわけですね。しかしこれを経営主導で一体となってやらないと、お客のニーズに対応していけない、ということですよね。
コスト削減が頭打ちになるのは、生産現場の「工夫」に頼っているから
八子: 2000~2005年あたりに、企業活動の全体のデータを集めて事業の最適化を行う「エンタープライズデータモデル(EDM)」という概念が注目されました。本来、このEDMが定義できてしまえば、設計から製造、オペレーションまで、一気通貫でデータを中心に語れるはずです。
小泉: でも、それができなかった。そのしわ寄せが生産現場に行って、その人たちが「工夫」して何とか対応してしまうという状況になっている。そして、それを「現場の力」と言ってしまっているわけですね。
しかしこれでは、新しい案件が入ってきた時に、何度も同じような検証を繰り返さないといけないわけですよね。ノウハウのある同じ人が何度も担当するならいいですが、別の人が担当になると、「ノウハウが足りない」とか「技術の継承尾ができていない」というように論点がすり替わってしまう。
八子: デジタルの時代においては、コストはある地点をこえると、それ以上増えてはいけない。コストが増えなくても、製品のパターンと収益は増えるようなしくみを整えてないといけないのです(それができるのが、デジタルの力なのです)。
今、製造業では生産性の改善が注目されていますが、結局多くの場合は、不要な手間やコストが2重3重に発生していて、同じバリューチェーンの中を行ったりきたりしているわけです。本来は、別の製品をつくるのであれば、基本的なしくみはそのまま踏襲して、異なる部分だけを変えればいいのです。それなのに、毎回同じことをしている。
小泉: 産業向けの通信機械をつくっている台湾のアドバンテックなどを見ていると、カスタマイズ品がとても多いです。見た目は同じに見えるのですが、品番は違う。彼らは、こうしたカスタマイズ品をつくることを恐れていません。あくまで想像ですが、設計から製造までがデジタルでつながっているので、お客のさまざまなニーズに対応でき、今も成長している企業になっているのではないかと思いますね。
八子: 彼らは、カスタマイズ品をつくる際に、何らかの手を加えたからといって、もう一度同じ手間が発生しないようなものづくりをしています。デジタルの時代ならではだと思います。企業はこれから、「一回つくった製品の上には薄いコストしかのっていない」という発想でものづくりをしないといけません。
小泉: 自動車産業も、生産現場においてモジュール化がようやく浸透してきました。そのように、再利用できるモジュールをうまく使ってものづくりを進めていくという考え方が、これから製造業全体としてますます重要になっていくのでしょう。それができて初めて、「マスカスタマイゼーション」のものづくり実現するのだと思います。本日も貴重なお話、ありがとうございました。

