第4次産業革命の時代を迎え、産業構造が大きく変わろうとしている。
それに対応するためグローバルなIoTプラットフォーマーは、モノの製造や使用(O&M:Operation & Maintenance)において、様々なサービスの提供を可能にする仕掛けを自社のプラットフォームの中に構築している。
その重要な概念の1つが「サイバー・フィジカル・システム(CPS)」と「デジタルツイン」だ。
本稿ではこの2つの概念について、その背景とともに紹介する。
第4次産業革命とCPS
第4次産業革命により,従来の経済成長モデルが適用できない世界が到来している。
「産業革命」とは、「技術革新によって産業だけではなく社会そのものが構造的変革に遭遇するエポックメイキングな状況」である。
人類の歴史では過去に、第1次から第3次の3つの産業革命があったが、これらにより資本や労働の集中が起こり、経済成長を牽引することになり、製造業が成長を加速してきた。
これは、第1次産業(農業など)、第2次産業(製造業など)、第3次産業(サービス産業など)へと段階的なシフトを起こし、所得の拡大を実現した。
18世紀の英国から始まった「第1次産業革命」では石炭燃料や蒸気機関という動力に牽引された「機械化」が実現された。
19世紀末になると、石油を内燃機関の燃料とした強力な動力源が誕生すると同時に、火力や水力による発電によって電力が一般化してきた。
このようなエネルギー環境の変化によって、モータやコンベアをもちいた電化・量産化が促進され、大量消費社会が生まれた。
これが「第2次産業革命」である。20世紀後半にはコンピュータとそれを動作させるためのソフトウェア工学が登場し、コンピュータテクノロジーを最大限に活かし、コンピュータの指示通りに機械が動くようになる「自動化」が実現された。これが「第3次産業革命」だ。
「第4次産業革命」は、第1次~第3次までの3つの産業革命の歴史的経緯を背景として、デジタル化・自律的な最適化が可能になるという新たな社会構造の変革である。
この実現を支えるのが、サイバー・フィジカル・システム(CPS)だ。
これは、現実世界(フィジカル空間)にある多様なデータをセンサーネットワーク等で収集し、デジタルな世界(サイバー空間)にアップロード、そして、大規模データ処理技術等を駆使して分析/知識化を行い、そこで創出した情報/価値によって、産業の活性化や社会問題の解決を図っていくものである。
これによって、これまで実現不可能と思われていた社会が実現可能になり、産業構造やビジネスモデルの劇的な変革を促していくことが可能となるといわれている。
出典:IoT、AI、ロボットに関する経済産業省の施策について 2016年3月3日 経済産業省
( https://www.iajapan.org/iot/event/2016/pdf/3_01_sano.pdf )
製造業におけるサイバー・フィジカル・システムのポイントは、生産現場などの現実世界で起こる事実・状態を、センサーなどを介して仮想世界(サイバー空間)へ取り込み、高度な分析・シミュレーション・予知などを行い、得られた結果の中で最適なものを現実世界にフィードバックすることで、品質・生産性・コストなどの全体最適化を図ることができるという点だ。
国家戦略としてのCPS
Apple社のiPod、iPhoneなどで使われているGPS、慣性スクロール、フィンガートラッキング、ジェスチャー認識、クイックホイールナビゲーション、マルチタッチスクリーン、Siriなどは、米国が長年かけて研究開発してきた技術だ。
商品コンセプトの開発、市場の開拓活動は民間企業が進めたものだが、実はここには、米国政府の大きな後押しがあった。
これらの技術基盤がなければ、新たな市場の創出は実現しなかっただろう。
第4次産業革命においてはCPSは、国家主導の技術基盤に相当し、付加価値生産性(労働や資本などの投入により生産において新たにつけ加えられた価値の比率)のためのビジネスモデルの実現などを民間企業が進めるための設計プラットフォームと位置付けられている。
2006年に米国国立科学財団(National Science Foundation:NSF)はCPSに関するワークショップを開催し、CPSの可能性や課題などを議論した。
このワークショップは米国が今後の世界で競争力を保つためにCPSが鍵になることを想定して開催されたものである。
初期のCPSの概念は、フィジカル空間の各デバイスをセンサーネットワークでつないだフィジカルシステムと、インターネットの世界のコンピューティング能力を連携させるものであった。
2014年頃から米国国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology : NIST)は、国家政策として研究開発資金を投入し米国の得意とする情報システム、AIやビッグデータをCPSの概念に取り込み、ビジネスモデルを拡張したものとして論じており、この定義が現在の「米国におけるCPS」と捉えられている。
ビッグデータやAIを使って顧客情報と製品情報をリンクさせ、顧客価値を生み出す新たなサービス産業の創出につながっており、米国型インダストリーの付加価値生産性を高めようとしていると考えられる。
一方、ドイツでは、2012年にドイツ工学アカデミー (Acatech) がAgenda CPSを発表し、総合的なCPS研究アジェンダが確立された。
この目的は、他の産業・技術プレーヤーに対する競争力を備えた主要市場およびプロバイダーとしてのドイツの地位を確固たるものにした上で、ドイツにおけるテクノロジー革命を実現することにあった。
これはインダストリー4.0の前段ともいえる研究政策であり、情報システムやデータ分析技術に重きを置く米国のCPSと比べると、ハードウェア制御を実現するための組込みシステムのスマート化に力点が置かれている。
ドイツのCPSは、自国の得意領域である自動車や加工組み立てロボットなどの製造業において設計プラットフォームとして適用するためのものであり、これらを統合した工場のスマート化によって需要と供給を一体化するサプライチェーンの効率化を実現し、ドイツの工場システムの競争力強化へつなげることを狙っている。
つまり、CPSは国の比較優位をさらに強化して付加価値生産性を高めるためのビジネスモデルの設計プラットフォームともいえるのだ。
CPSの概念解説
ドイツAcatech(ドイツ工学アカデミー)のCPSの定義では、モノからデータを取得するIoT(Internet of Things)、ヒトからデータを取得するIoP(Internet of People)、システムやマスターデータを取得するIoS(Internet of Services)の3つのデータソースから成り立っている。
(出典:『Recommendations for implementing the strategic initiative INDUSTRIE 4.0』, April 2013, Acatech
( https://www.acatech.de/wp-content/uploads/2018/03/Final_report__Industrie_4.0_accessible.pdf ))
米国NIST(アメリカ国立標準技術研究所)が定義するCPSでは、3つのポイントが述べられている。まず1つ目は、サイバーとフィジカルは「ループバックする」ということであり、これはSystemを意味する。
2つ目に、Systemは複数あるので複数のSystemを束ねるものとしてSystem-of-Systems (SoS)が必要となる。3つ目が重要で、この中でヒト(Human)がCPSの閉じたループと相互に関わる(インタラクションする)ことが示されている。
(出典:『CPS Framework 1.0』,米国国立技術標準研究所(NIST)
( https://pages.nist.gov/cpspwg/ ))
CPSをループする媒体、ヒトの身体でいう血液に相当するのがデータといえる。
このデータはドイツAcatechのCPSの定義の3つのデータソースから発生するものだ。
つまり「この3つのデータソースから出てくるデータがループする」ということがCPSのポイントといえる。CPSから捉えると、IoTはモノからデータを取得するというひとつのデータソースに過ぎない。
デジタルツイン
デジタルツインとは、フィジカル空間の情報をIoTなどの活用によりリアルタイムにサイバー空間に送り、サイバー空間上でフィジカル空間の状態を再現する概念である。デジタルツインは、前述のCPSを実現するための具現的なICT技術の1つであるといえよう。
製造領域におけるデジタルツインは、フィジカル空間にある製品や工場を、デジタルデータによりデジタルの双子としてコンピュータなどのサイバーワールドに仮想的に構築するものである。
現実世界の様々な状態のデータをセンサーで収集し、同じ状態をデジタル世界にリアルタイムに再現して、故障予知や、設備や工程の変更前のシミュレーション、稼働効率の最適化などに活用できる革新的なシミュレーション技術といえる。
(東芝デジタルソリューションズ 提供)
デジタルツインは、米国航空宇宙局(NASA)や、スペースエクスプロレーションテクノロジーズ(SpaceX)社などが取り組んでいる次世代宇宙ビジネス(New Space)や、シンガポールの国全体を地形情報だけでなく、建物・交通などの社会インフラ施設や樹木なども含め、精密に3次元モデル化する取り組みであるバーチャルシンガポールプロジェクトにおいても、中核的な役割を担っているといわれる。
日本国内におけるデジタルツインの事例
ここで筆者が勤務する東芝グループの日本国内でのデジタルツインの事例を幾つか取り上げる。
2013年11月にオープンしたラゾーナ川崎東芝ビル(筆者はここに勤務している)では、オープン後5年以上にわたりデータを収集し、ビルのビッグデータとデジタルツインによる最適制御に取り組んできた。
この実証実験は米国IIC(Industrial Internet Consortium)のテストベッドとして推進しており、ビル内の人の動きに合わせて空調や照明、エレベータなどを最適制御することで、ビル全体のエネルギーを35.2%、CO2を54%削減することに成功している(2018年11月現在)。更に、エレベータについては、画像センサーを活用することで、人に優しい効率的な運転を目指している。
阪神高速道路は東芝との共同研究により「橋梁デジタルツイン」の実現を目指している。
実在する橋をデジタル空間に精緻に再現するために、8千万点・6方向・5億自由度の解析モデルを構築し、橋にかかる車両荷重を模擬した変形シミュレーションを可能にしている。
橋の経年劣化の状況を把握しながら、災害発生時の状態把握や老朽化対策、災害対策、維持管理の効率化を目的としたものである。
他にも、世界を代表する自動車サプライヤーの1社であるデンソーでは、日本国内を含む世界60ヶ国、およそ130工場の生産性3割以上の向上を目指す「Factory-IoT」のIoT基盤として、東芝のデジタルツインのソリューションを採用している。
工場ではさまざまな変化が日々起きる。今まで見えなかった変化をデジタルツイン上で再現し、見えるようにしたことが、現場の人々の「カイゼン魂」を呼び覚まし、工場に新たな活気が生まれた。
こうした現場意識の変化によって、IoT基盤の導入から3カ月ほどの期間で、6%もの生産性向上を得られたことが大きなメリットとして挙げられるという。
このようにデジタルツインの活用と効果は日本でも出始めている。

