工場の生産ラインや設備の設計・改善において、実際の稼働前にシミュレーションによる検証を行うことは、品質や効率を徹底して追求する食品製造業にとって重要な工程である。
キユーピーでは、工場の生産ラインを分析する専門チームが、ドイツのシーメンス(Siemens)社製の工場シミュレーションソフトウェア「Tecnomatix Plant Simulation」を活用してきた。
しかし、同ソフトのシミュレーションモデル構築には、専用のプログラミング言語である「SimTalk」を用いる必要があり、作成には多くの時間と高度な専門知識を要していたため、対応できる人材が限られ、業務が特定の担当者に集中して属人化しやすいという課題を長年抱えていた。
また、これまではモデルの作成やコードの記述そのものに多くの工数と時間が奪われてしまい、シミュレーションから得られた知見に基づいて生産現場の改善案を導き出すという、本来注力すべき「価値創造業務」にリソースを割ききれないという構造的なボトルネックも存在していた。
こうした中、キユーピー株式会社は、株式会社DeNA AI Linkの伴走支援のもと、自律型AIソフトウェアエンジニア「Devin」を活用した工場シミュレーションモデル開発の検証(PoC)を実施した。
同取り組みは、独自言語のLLM学習データ不足や、ローカル上のGUI操作を前提としたソフト仕様といった、AI活用を阻む「3つの壁」を、クラウドとローカル双方のAIエージェントの有機的な連携によって突破しようとする試みだ。
まず、チーム全体の知見共有を最優先に考え、誰もがブラウザからノウハウを蓄積できる、クラウド型の「Devin」をベースとして取り組みを立ち上げた。
ここでは、AIが参照するルールや専門用語の辞書、手順書などのドキュメントを段階的に整備し、AIがつまずいたポイントを「学習資産」として蓄積することで、コードの生成精度を向上させるアプローチをとった。
一方で、シミュレーションソフト本体はローカル環境上でしか動作しないため、生成したプログラムの実行・修正を行う工程のみを、ローカルで動作する「Devin CLI(Command Line Interface)」に切り出すという柔軟な体制を構築した。
キユーピーのエンジニアが介入しつつ、ローカル環境でAI自身がプログラムを自走させさせることで、エラーの発見から修正までを完結できる仕組みを実現した。
この検証プロセスを適用した結果、小規模ながらもシミュレーションモデルの完全自動生成に成功し、想定通りに動作することが確認された。
開発初期には修正を繰り返していたモデル作成も、開発基盤が整うにつれて、最新の検証では1回の作り直しで完了するまでに精度が向上しているとのことだ。
これにより、従来は手作業で8.5人日を要していた1モデルあたりの開発工数を1.8人日に短縮し、工数を78.8%削減するという定量的効果を実証した。
今回の検証を通じて、キユーピーは「AIの価値を最大化する鍵は、コードを記述する技術以上に、対象業務を深く理解するドメイン知識にある」という確信を得たとしている。
現在は、生産ラインのモデルのバリエーションと規模の拡大を進めており、将来的には専門知識がない各工場の担当者であっても、自然言語による指示からモデルを構築できる「工場シミュレーションの民主化」を目指す方針だ。

