営業においてデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)へ向けた取り組みが進むなか、多くの企業で営業支援システム(以下、SFA)や顧客管理システム(以下、CRM)の導入が定着しています。
しかし、「入力して終わり」「データがたまるだけ」といった課題を感じている現場も多いのではないでしょうか。
営業担当者が日々入力する商談メモや顧客データは膨大でありながら、実際の提案づくりや顧客理解に活かされているケースは限られています。
その結果、蓄積されたデータが眠ったままの資産になっていることも多くあります。
情報を集めることも重要ですが、情報が蓄積されてきたら、次はどう活かすかを考える必要があります。
こうした中、注目を集めているのが、生成AIによる情報活用の自動化です。
AIが決算書や業界ニュースを読み解き、顧客の課題や注力領域を整理したり、商談メモから次の提案テーマを導き出したりすることで、これまで人が行ってきた情報整理と分析を支援します。
本記事では、SFAやCRMを活用している企業が次に目指すべきステップとして、生成AIによる情報を生かす営業への転換をテーマに、営業の課題整理から実践ステップ、そして活用できるAIツールの比較までを詳しく紹介していきます。
営業のDXで陥りがちな課題
営業の現場では、商談メモや顧客データが膨大に蓄積されているはずなのに、分析や提案に活用される知見として十分に活かされていないのはなぜなのでしょうか。
この背景には、いくつかの要因があると考えられます。
一つ目は、入力作業が目的化してしまい、データをためることがゴールになっている点です。
SFAやCRMへの入力が「上司に報告するための義務」として扱われているケースもあり、この場合データが現場の意思決定に直結しません。
その結果、担当者は「入力すること自体」に労力を割きながらも、自分たちが提供した情報がどのように分析され、どんな価値を生んでいるのかを実感することができません。
これでは、データ活用の文化が根づくことは難しく、入力品質の低下やモチベーション低下を招いてしまいます。
二つ目は、商談中の反応や課題感といった定性情報の分析が難しく、属人的判断に頼っている点です。
商談のなかで得られる情報には、「顧客の表情の変化」「興味を示したキーワード」「課題の背景にある組織事情」など、数値では表せない重要な要素が多く含まれています。
しかし、これらをテキストとして入力しても、システム側で自動的に意味づけする仕組みがなければ、単なる「メモの羅列」にとどまってしまいます。
結果として、ベテラン営業の経験値に依存する体制から抜け出せず、チーム全体としての提案力の底上げが難しいのが現状です。
三つ目は、営業担当者が日々の訪問・提案・報告に追われ、時間的余裕がない点です。
顧客対応の合間にデータを見直したり、業界動向を調べたりする時間を確保するのは現実的に難しく、「データを蓄積しても活かせない」「次のアクションにつなげられない」といった課題が発生しています。
特に、提案内容を検討するための情報分析は時間と労力を要するため、結果的に優先度が下がってしまうのです。
「情報を集める」「考える」「実行する」3ステップでの生成AI活用
こうした課題を解決する手段として、生成AIの活用が注目を集めています。
生成AIは、文章などを生成するツールとして知られていますが、商談メモや決算書、ニュース、顧客データといった情報を「理解し、整理し、提案につなげるAI」として進化しています。
営業の現場で生成AIを活用する際には、重要なのはどのフェーズで何を支援させたいかを整理することです。
営業のプロセスは、「情報を集める」「考える」「実行する」の3つのステップに分けることができます。
本章では、それぞれのステップにおける生成AIの活用例と、特に適していると考えられるツールを紹介します。
ステップ1:情報を集めるAI
最初のステップは、顧客や市場、競合といった外部情報を収集するフェーズです。
ここでは、リサーチに特化したAIが営業担当者の「調査時間」を削減します。
例えば、顧客企業のニュースやIR情報を自動で収集・要約したり、業界動向や市場トレンドを整理してインサイトを提供したり、提案タイミングや顧客関心領域の変化を検知したりといったことが挙げられます。
具体的には、「A社の最近の投資動向をまとめて」「物流業界の自動化に関する主要ニュースを3つ要約して」「競合B社のIR資料から注力事業を抽出して」といったプロンプト(指示文)により、AIがリサーチを行ってくれます。
情報収集に適した生成AIツールとしては、Google検索やGoogle Workspaceと連携できるGeminiが有効です。
「〇〇業界の最新動向」「△△社の新規事業」などを尋ねると、Google検索やGoogle Workspaceと連携した上で、最新ニュースやプレスリリースをもとに要約を生成します。
スプレッドシートと連携すれば、顧客リストごとの情報モニタリングを自動化することも可能です。
また、Web上の最新情報を出典つきで要約できるPerplexity AIも適していると言えます。
ニュース、IR資料、SNS投稿などを横断して分析する点が強みで、信頼性の高い情報を即座に引用できるため、提案書や報告資料の作成にも活用できます。
ステップ2:考えるAI
次のステップは、収集した情報をもとに提案の方向性を考えるフェーズです。
この段階では、文章生成や要約、構成提案に優れた生成AIが活躍します。
ここでの生成AIの役割は、商談メモを要約し、顧客の関心・課題を抽出したり、決算書やIR資料を要約して重点領域を把握したり、提案仮説の作成や資料構成の支援したりといったことが挙げられます。
例えば、「この商談メモを要約して、顧客が興味を持ったテーマを3つ挙げて」「A社の決算短信から注力している事業領域をまとめて」「この内容をもとに、次回提案の仮説を立てて」といったプロンプトが考えられます。
このフェーズに適したAIは、自然言語処理に優れたChatGPTで、複雑な商談ログの要約や提案書ドラフト作成に適しています。
加えて、PDFやExcelを読み込んで要約することも可能で、「商談メモを入力するとAIが次の提案方針を整理する」といった活用が進んでいます。
また、長文処理と要約の精度に定評があり、1時間分の商談ログや会議記録を数秒で要約することができるClaudeも提案の方向性を考える上で活躍します。
会話の意図を保ったまま整理できるため、「どのテーマで深掘りすべきか」「顧客が何に反応したか」を可視化する用途に向いています。
こうしてAIが仮説のたたき台を作り、人が最終判断を行うことで、提案のスピードと再現性を両立する「考える営業」が実現します。
ステップ3:実行するAI
最後のステップは、実際の営業活動を自動化・支援するフェーズです。
ここでは、CRMやSFAと連携できるAIが中心的な役割を果たします。CRMやSFAといった営業支援システムと連携しての活用が想定されているため、営業特化型AIと言えるでしょう。
例えば、CRM上のデータを分析し、提案タイミングや優先顧客を自動算出したり、商談後の議事録作成・フォローメール生成を自動化したり、類似案件を参照し、最適な提案内容をレコメンドしたりといった活用方法が挙げられます。
具体的なプロンプトとしては、「この商談記録から次回アクションを提案して」「優先すべき見込み顧客をスコアリングして」「Teamsでの会話を要約し、フォローメールを作成して」などです。
適しているAIは、Microsoft 365と統合され、Teams会議やOutlookメールのやり取りをもとに営業活動を支援する「Microsoft Copilot for Sales」です。
商談後の議事録要約やフォローメールの作成、提案資料の草案作成などを自動で行い、日常業務の中で自然にAIがアシストする仕組みを提供します。
例えば、Teams会議での商談内容を自動で要約し、CRM上の顧客情報と照らし合わせて次のアクションを提案したり、Outlookでフォローメールの文面を自動生成したりできます。
PowerPointでの提案書作成時には、CRMに保存された過去の商談履歴や顧客課題を参照しながら、最適な構成案を提示します。
また、Salesforceに統合された生成AIで、CRM内の顧客データや商談履歴を分析し、「どの顧客に・いつ・何を提案すべきか」を自動でレコメンドしてくれる「Salesforce Einstein GPT」も適しています。
「Salesforce Einstein GPT」は、提案メールやメッセージも生成できるため、営業フォローの自動化が可能です。
例えば、CRMデータからの提案メール自動生成や、商談履歴からの次のアクションの提案、顧客優先度の自動スコアリングなどが可能です。
このように、AIが営業活動の定型業務を自動化することで、営業担当者は人にしかできない関係構築や提案に時間を割けるようになります。
なお、生成AIはどのツールも多機能であり、情報収集・分析・提案といった複数の工程にまたがって活用できるため、明確に役割が分かれているわけではありませんが、それぞれのAIには得意なフェーズや強調すべき使い方があります。
これを把握した上で、「どの工程をどのようなAIに支援させたいか」を決めることが、活用の第一歩です。
生成AIを活用した事例
では次に、自社の課題解決に向けて、実際に既存の生成AIを基盤にカスタマイズしたり、社内データと組み合わせて独自の仕組みを構築した企業の取り組みを紹介します。
日常業務の効率化から教育にまで生成AIを採用した事例
一つ目は、独自の対話型AIツールを社内開発し、営業部門の業務効率化に成功した食品メーカーの事例です。
導入されたAIツールは、Microsoftの「Azure OpenAI Service(GPT-4)」を基盤に構築され、社内データベースやファイル共有システム、グループウェアと連携しています。
営業担当者が専用アプリの画面から自然な言葉で質問を入力することで、AIが社内文書や顧客データ、外部情報を横断的に解析し、回答や提案を生成します。
また、活動データは自動的に集約・可視化されるため、マネージャーもAI活用の成果を定量的に確認できる仕組みになっています。
営業部門では、このAIツールを活用して商談内容の要約や次回提案の整理、議事録の作成、得意先への報告文書の作成など、日常業務の効率化を進めています。
これにより、従来、手作業で行っていた情報整理や資料作成にかかる時間が削減され、営業担当者はより多くの時間を顧客理解や提案の検討に充てられるようになりました。
また、取引先のニュースや決算情報、人事異動、業界動向などを自動で収集し、AIが要約と分析を行う仕組みも導入されました。
これにより、報告書や調査資料を短時間で作成できるようになり、情報収集から提案までのスピードが向上しています。
さらに、営業課題の抽出や改善策の立案にもこの生成AIが活用されています。
担当者が現状と理想の状態を入力すると、AIが差分を分析して課題を明確化し、改善の方向性を提案します。
これにより、属人的な判断に頼らず、根拠に基づいた提案づくりが可能になりました。
加えて、AIは営業教育にも活用されています。
商談ロールプレイをAIとの対話形式で実施し、終了後には評価と改善ポイントをフィードバックする仕組みを導入。これにより、上司や先輩への相談に頼らずにスキルを磨けるようになり、教育工数の削減とスキル標準化を同時に実現しています。
このAIツールは、単に業務を効率化するだけでなく、営業担当者の「考える力」を引き出す支援ツールとして機能しています。
段階的な導入で社内定着を進めた事例
二つ目は、ある大手製造業では、全社員を対象に生成AIを活用した業務支援ツールの社内展開を進めています。
同社ではもともと、ChatGPTをベースとしたAIアシスタントを導入し、文書作成や企画立案の効率化に取り組んでいましたが、次第にいくつかの課題が明らかになりました。
主な課題は、「自社固有の情報には答えられない」「回答の根拠が示されず、内容の正確性を確認しづらい」「長いプロンプト入力にハードルがある」という3点でした。
そこで同社は、自社の公式情報にも回答できるよう、導入していたAIアシスタントをさらに改良しました。
新たに改良されたAIシステムでは、社内の公式ウェブサイトやニュースリリースなど、数千ページに及ぶ情報をAIが横断的に検索し、必要な内容を要約して回答します。
また、AIが提示した情報の根拠となる出典を併せて表示する仕組みを導入し、社員が回答の正確性を自ら検証できるようにしました。
さらに、音声入力機能を追加することで、プロンプト作成に不慣れな社員でも手軽にAIを活用できる環境を整備しています。
この取り組みは、単なる生産性向上にとどまらず、社員一人ひとりがAIと協働しながら新たな価値を生み出す文化の醸成にもつながっています。
今後は、カスタマーサポートセンターの問い合わせ対応など、顧客接点の現場にもAIを展開し、業務効率化と品質向上の両立を目指す計画です。
この事例は、段階的な導入と検証を通じて課題を洗い出し、生成AIの精度や安全性、活用範囲を高めながら着実に社内定着を進めた好例と言えるでしょう。
現場主導で生成AIツールを開発し提案の精度を向上
三つ目は、法人営業部門の提案活動を支援するため、営業担当者自身が生成AIを活用できるツールを内製化し、短期間で全社展開を実現した通信事業者の事例です。
開発の発端は、現場の一社員による「営業活動そのものをAIで効率化したい」という発想でした。
法人営業部門では、取り扱う商材の多様化により、提案準備にかかる時間が増加し、商談機会の創出や顧客との対話に割ける時間が減少していました。
また、商品単体では差別化が難しく、より高度なコンサルティング力が求められていました。
こうした課題を解決するため、営業活動を支援しながら営業担当者自身の生成AI理解を深める社内ツールの構想が生まれました。
開発されたツールは、営業担当者がワンクリックで実行できる50種類のプロンプトを搭載しており、「文章要約」「提案準備」「企業・業界分析」など7つのカテゴリに整理されています。
これにより、提案書作成や企業調査、商材理解といった日常業務を生成AIが支援します。営業担当者は資料を探す手間を減らし、提案の精度を高めることができるようになりました。
また、営業担当者は、ツールに商談テーマや顧客情報を入力し、AIから得た回答をもとに提案書を作成することができるようになりました。
開発開始から3カ月後には数千人規模の営業部門に展開され、半年経過した後も7割以上の社員が継続利用しているといいます。
この背景には、現場主導の改善活動が挙げられます。例えば、営業担当者同士がプロンプトの使い方を共有する勉強会や、独自のプロンプトを評価し合うコンテストを開催するなど、組織的な知見共有の文化が生まれているそうです。
単にAIを導入するだけでなく、「現場が自らAIを使いこなし、提案力を高める」文化を育てた点に大きな特徴がある事例です。
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