IoTNEWSを運営する株式会社アールジーンは1月25日、東京都内で「本音で語る2019年、IoT/AIはこうなる!」セミナーを開催。株式会社アールジーン社外取締役/株式会社ウフルCIOの八子知礼の講演に続き(記事はこちら)、IoTNEWS生活環境創造室長 兼 株式会社電通 ビジネス共創ユニット シニア・プランニング・ディレクターの吉田健太郎が「スマート化からAI化へ」と題してCES2019のレポートを行った。吉田は9年にわたりCESの動向をリサーチしている。本稿ではそのレポート内容を紹介する。
※本稿は、吉田がCES2019の全体の傾向を振り返り、総括した内容です。個々のキーノートや展示のレポートについては、こちらを参照してください。
自動運転は目新しさより安全性、ヘルスケアは潮目が変わる予感も
吉田が最初に言及したのがコネクテッドカーの領域。2017年はNVIDIAが、2018年はFordがキーノートを行ったことにふれ、クルマに関わる企業がCESのメインプレイヤーになってきている潮流を振り返った。
CES2019では「ボックス型の電気自動車(EV)の展示が多かった」(吉田)という。その理由について、「『短距離・低速』が一つのキーワードだ。電動化は部品の数を少なくし、クルマ開発の参入障壁を小さくする一方で、走行距離が短いという課題がある。自動運転の場合には安全性も課題だ。しかし、走行するエリアを狭い範囲に限定することで、実現性が見えてくる。低速であればハイスペックなセンサーなども必要としない」と説明した。
一方、クルマ本体の技術に関して注目したのがトヨタだ。
「トヨタはプレカンファレンスで『ガーディアン』と『ショーファー』という自動運転に関する2つの技術について説明した。『ガーディアン』は、ドライバーが対応できない場合でもクルマが反応して事故を回避し、安全性を高める技術。ドライバーとテクノロジーの共存で安全性を高め、完全自動運転に近づけるという、トヨタらしいアプローチだった。最近は、自動運転の技術に着目する議論が多いが、そもそもテクノロジーは安全性と生活をよくするためにある。IBMもLGもキーノートでその点を強調していた」(吉田)
次に、世界のスタートアップが集結する「EUREKA PARK」のブースに言及。「昨年の900社から今年は1100社に出展数が増え、さらに熱気が増していた」(吉田)という。
「EUREKA PARK」の中でも、特に注目したのがヘルスケアの分野だ。スリープテックやマインドフルネス、ベビーテック、メンタルセラピーなどさまざまな展示を紹介した。「スリープテックはわかりやすい市場だ。世界にいる70億人の中で眠らない人はいない。眠っている間にビジネスが1円/人でも生まれれば、7,000万円だ。その市場を多くのスタートアップが狙っている」(吉田)
初出展の一般消費財メーカーP&Gにも着目。「AI搭載歯ブラシやスマートディフューザー、パーソナル髭剃りなどさまざまな展示があったが、最も興味深かったのがデジタルコンシーラー『Opte』だ。P&G が10年かけ、40以上の特許を取得して開発した。シミやほくろを手術でとりのぞくのではなく、上書きして見えなくする技術だ。顔を洗うと元に戻ってしまうが、それでも事が足りるという点が重要だ。研究開発にもさまざまなアプローチがあることを教えてくれる」と説明した。
また、「消費財で世界的にシェアを持っているP&Gのような企業が参入してきたことは、大きなドライバーになるだろう。ここからこの分野が活性化していく予感がする」とポイントを述べた。
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イエナカプロダクトの迷走
次に吉田は、「CESはそもそも家電ショーだった」として家電メーカーの展示に言及。「今回は、アメリカ政府がファーウェイ製品の使用中止を各国に求めたこともあり、中国のメディアは少なく、存在感は小さく見えた。また、LVCCのセントラルホールは毎年サムスンやソニーがブースをかまえ、マクロトレンドを発信する場所だったが、今回は『中心ではない』という印象を強く受けた」と述べた。
また、「8Kの展示は多かったが、エコシステムは未整備」と指摘。「スポーツ中継などは8Kで可能になっているが、アニメや映画をつくるとなると、その莫大なコストを回収できるビジネスのエコシステムがないため、現状は難しい。『曲がるスマホ』や『両面スマホ』も同様にエコシステムはまだない。スマートフォンの市場は今、成熟期に入っている。どの機種を使っても同じような快適さを提供できるからだ。今後はデザインなどによる差別化が進む時代に入っていくだろう」と述べた。
また、今後はそうしたハードウェアの進化よりも、「プラットフォームの『繋がり力』とエコシステムが重要になってくる」(吉田)という。
「LGは『ThinQ』、Samusungは『Bixby』と独自のプラットフォームを持っている。それらをハブに自社家電のコネクテッドを進めながらも、AlexaやGoogleなど他のプラットフォームと連携するなど、オープンの姿勢を見せてきている。AppleのAirPlayとiTunesにもアメリカのテレビシェアトップ4であるLG、Samusung、ソニー、Vizioが対応した。そのため今回の影の主役はAppleだという声もあった」と吉田は説明した。
一方で、「アメリカではFacebookによる情報流失の問題などから、プライバシーの問題が高い関心を集めている」(吉田)という。「CESには出展しないAppleが会場のすぐそばに『iPhone内で起こったことはiPhone内に留まる』というメッセージの広告を出稿していた。オープンに繋がり合うことを促進するGoogleやAmazon、家電メーカー陣営に対し、警鐘を鳴らしていたのだ」と説明した。
毎年注目される、GoogleとAmazonのAIスピーカーについては、「昨年はさまざまな企業のブースにAmazon Alexaがあり、存在感があった。ただ今年は、その象徴だったメーカーブースでのAlexaの『吹き出し』(上図)は見られず、あってもAmazonブースのみで存在感は薄かった。一方、昨年はいたるところに広告を打ち、存在感を示していたGoogleは、今年はパートナーを巻き込み、各社のブース内で存在感を示していた」と説明した。
IBMが強調した「Deep Data」と「Broad AI」の意味とは
次に、吉田はCESのキーワードだったAI(人工知能)について言及。IBMのキーノートの内容を紹介した。
「2016年にIBMがキーノートに登壇した時は、AIを『Cognitive』(認識の)と表現していた。そこには、AIは万能ではないという意味が含まれていた」(吉田)。しかし、3年たった今、IBMは「Cognitive」というワードは用いず、新たなキーワードとして「Deep Data」と「Broad AI」について話したという。
「マクロな大量データを『Big Data』とすると『Deep Data』は個々の詳細なデータを意味する。最近では『Big Data』は集まっているものの、その99%が利用されていない。なぜなら、使えるデータだけで学習しているからだ。本来は、目的や仮説ありきで必要なデータをとらないといけない。データを取れることがあたりまえの時代になっていくからこそ、目的ありきで個々のデータを取っていく『Deep Data』の考え方が重要になる」(吉田)
また、「Broad AI」については、「『General AI』とは、人間のようなAIのことだ(映画の「her」のような)。一方、『Narrow AI』とは一つの分野に特化したAIで、画像認識や音声認識の技術を指す。そして、『Broad AI』とはさまざまな分野のデータを組み合わせて、答えを探求するAIのことだ。あまり学習させなくていいが、何を学習させるべきかの判断にヒトが介在する必要はある」と解説した。
そして、パートナーとして登壇した石油最大手のエクソンモービルが「Broad AI」に期待することは、次のようなことだという。
「これから世界の電力消費量はますます増えてくる。そうすると、現在の電気をつくる技術ではまかないきれず、原子レベルから新エネルギーを創っていく必要がある。その際に、他の業界で使われているAIのノウハウやアルゴリズムを使って、『この原材料(資源)はこういう可能性があるのではないか』と仮説をつくり、学習させていく。そこから出てきたアウトプットを、新エネルギーを研究する研究者が見て、『これは可能性がありそうだからもっと深掘りしていこう』と、研究開発の段階から探っていくプロセスを『Broad AI』がになう。ヒトがそれを行うよりも、膨大な可能性のパターンを処理できる」(吉田)
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5Gの最新動向と「AI化」の大潮流
次に吉田は、AIと並んで重要なキーワードだった5Gに言及。5GのベンダーであるVerizonのキーノートの内容について解説した。
「『5Gはすべて変えていく』、その本質は『人間の能力の向上=Humanability』にあるとVerizonは主張している。たとえば、アメリカではハリケーンで被害にあった電線の復旧工事をドローンが5G通信で行うという取り組みをすでに行っている。これはまさに人間の能力を拡張していくことだ。30年間、セオリーが変わっていない外科手術の分野においても、AR手術やリモート手術は外科医の能力拡張だと言える」(吉田)
また、吉田によるとアメリカで5Gの活用が最も期待されている分野は、FTTH(光ファイバーによる有線通信)からFWA(固定無線アクセス)への置き換えだという。「欧米ではブロードバンド難民が非常に多い。たとえば、石畳の多いヨーロッパなどでは、有線ケーブルをはわせることが現実的ではない場合も多い。それが5Gで解消されるメリットは大きい。アメリカでは、既にFWAで690 Mbpsのスループットを実現している」と説明した。
また、2019年中にアメリカで約30機種が発売されるという5G対応スマートフォンについては、「モバイル向けの5Gの焦点はミリ波アンテナだ。高帯域で直進性の強い周波数の電波が本当に使えるのかどうかだ。2025くらいになると、800 MHzといった現状のLTEの帯域で5Gが増えてくるだろう。しかし、それまでの間は、実用的に何ができるのかは注視していく必要がある」とポイントを述べた。
吉田はCES2019を総括して、「生活の中にテクノロジーがどんどん入ってきている。その中で、クラフトビール製造機や自分で調合するハンドクリームといった、こだわりを持った生活者が自ら『クラフト』できるプロダクトが増えてきている。一方で、大衆向けにはモノがすべてを勝手にやってくれることがポイントになってくる。今はそうしたオートメーションのテクノロジーの端境期にある。これを『停滞感』とも呼べるのかもしれない」と述べた。
そこで、カギとなるのがAIの考え方だという。「これまでの生活者向けのAIは2種類あった。1つは、Amazon Alexaなど『認識するタイプ』のAI。これは、物理的な操作から音声でのコントロールという手段の変化に過ぎなかった。もう1つは、自身の健康状態などについて、最適解を出すために分析・診断する『考えるタイプ』のAIだ。今後は、別々に展開されていたこれらの機能を両方満たすプロダクトが期待される。わかりやすい例は最新のエアコンだ。センサーで室内環境を把握し、勝手に温度を変えてくれる。これは、インプットとアウトプットを両方兼ね備えた製品例だと言える」(吉田)
しかし、「モノが勝手に何かをしてくれる」とはどのような世界観だろうか。吉田は、「たとえば、来年発売を目指すアイシンのパーソナルモビリティには3D-LiDARが搭載され、地表の状態を把握し、転倒を防止する機能が付く。もし、こうした機能があたりまえになると、ヒトは自転車に乗っていると、『なんでこの自転車は段差を見つけてくれないんだ』と違和感を感じるようになるだろう」と説明した。
こうした「機械が勝手にやってくれる」機能は、停滞気味のスマートホームで特に期待されるという。
例として、初出展の積水ハウスが提案していた、居住者の異常を検知し、救急連絡等を自動で行う「PLATFORM HOUSE」を紹介。また、この「PLATFORM HOUSE」で重要な点として、「この際に救急隊員が家に入る時には、スマートキーと連携している必要がある。これまでスマートキーは利便性の観点のみから議論されていたが、こうしたセキュリティのスマートホームを考えていく視点が必要かもしれない」と述べ、スマートホームにおいて新しい視点から考えていく必要性を指摘した。
最後に吉田は、「私は、今回のCESから『AI化』の潮流を見た。『AI化』とはデータとファンクション(機能)をAIが繋ぐことで、生活者に新体験をもたらすことだ。こうしたAI時代を勝ち抜くために、製品やサービスを提供する側は、技術よりも価値を先に考えないといけない。同時に、カギとなるのはプラットフォーム化(標準化)だ。クアルコムが提供するスマートフォンのチップのようなリファレンスモデルは、家電やコンシューマ製品の領域ではほとんど存在していない。『どんどん真似してください』という標準化のアプローチが大事だ。そうでなければ、一つの技術を深掘りしている間に他のさまざまな技術が進化していって、乗り遅れることになりかねない。どの分野のどの企業がそうしたリファレンスモデルを提示してくるのか、今後に期待したい」と述べ、講演を締めくくった。

