新しいミュージカルの形が誕生した。
今回、東京町田市にある音楽座ミュージカル稽古場 芹ヶ谷スタジオで、VR体験とミュージカルが融合した「リトルプリンスVR」の先行公開を体験した。ひとことで感想を言うと、鳥肌モノだった。
上映されたのは、サン=テグジュペリの小説「星の王子さま」を原作としたミュージカルで、文化庁芸術祭賞など数多くの演劇賞を受賞した音楽座ミュージカルが特別に再構成した内容だ。VRを担当した 株式会社 UEIソリューションズ 代表取締役社長CEO兼CTO VR/MRコンテンツプロデューサー 水野 拓宏氏によると、VRとミュージカルを融合した試みは世界初だという。
VR元年と言われた2016年、エンターテイメントとしてのVRをいくつか体験したが、映像の見せ方やVR体験の方法がまだまだ洗練されていない状況も多々あった。しかし、今回体験した「リトルプリンスVR」は、VRの良さとミュージカルの良さをどちらも殺すことなく存分に発揮し、観客が違和感なく没頭できる演出が随所にちりばめられていた。徹底的に観客目線で作られていることに感動したほどだ。
はじまりから引き込まれる
はじまりからミュージカルに引き込まれた。われわれ観客はまずVRをつけていない状態で、主人公の“ぼく”をリアルで見ていた。そして、“ぼく”が「VRをつけてください」というのでVRをつけると、VRの中で表示されている映像に、いま目の前にいたはずの“ぼく”が立っていた。(上記写真参考)
つまり、VR内では今と同じ状態が事前に撮影された映像が流れているのだが、目の前で“ぼく”がわれわれに語りかけている様子が、一瞬、リアルなのかバーチャルなのか(ARなのか?)区別がつかず脳が混乱し、間違い探しをするように釘付けになってしまった。どちらにしても“ぼく”は目の前にいる状態で、いきなり映像で違う[場所]に飛ばされないことが逆に新鮮だった。もし、VRをつけていきなり全然違う映像が見えていたなら、それは普通のVR体験だ。
さらに、VR内で流れている歌に合わせて、実際に近くにいる役者たちが歌っていた。通常、ヘッドセットとヘッドフォンを装着し完全な没入感の中で映像を見たりゲームをしたりすることが多いが、耳は解放されていて実際の歌を生音で聞けるのは、ミュージカルの良さを存分に生かす演出だった。
劇団員による人力アトラクション
VRの特徴である没入感を最大限に生かし、観客が主人公の“ぼく”になれるシーンが登場する。“ぼく”がサハラ砂漠に不時着にするシーンだ。
上記写真が、VR内で風を切って飛行機を操縦しているシーンで、目の前に見えるのはプロペラだ。そして、実際に目の前から心地よい風が吹いている。いい気分で飛行機に乗っていたと思ったら、ガタガタと飛行機が揺れて砂漠に不時着した。
VRアトラクションを体験したことがある人は、人力でアトラクションが動かされているその少し異様な光景を見たことがあるかもしれない。今回もご多分に漏れず、飛行機に乗っていた時に吹いた気持ちいい風は劇団員が扇風機を使っていたし、ガタガタと揺れた飛行機は劇団員の皆さんがわれわれ観客のイスを一生懸命揺らしてくれていた。
人力だとわかっていても、実際にVRをつけている状態だとこの小さなアトラクションは非常に効果絶大なのだ。風が吹いて椅子がガタガタと揺れるだけで、それなりの恐怖を感じる。(過去にVRを装着してジョーバに乗った時は、本当に馬から落ちそうでギブアップした)
ずっとVRをつけているわけではない
左:王子役 森彩香/右:花役 井田安寿
5分ほどたち、VRを頭に装着していることがツラくなってきたと思っていたタイミングで、「VRを外してください」というアナウンスがあった。人によっては数秒でVR酔いしてしまうこともあるそうだが、そうでなくてもVRを見続けるのは酔ってしまうことが多いので、VRを外して良いタイミングは絶妙だった。
VRを外した状態でミュージカルは継続する。今まで仮想現実の中で見ていた役者たちが、今度は目の前で演じ歌っている。例えるなら、今まで映画でしか見たことがなかった俳優が突如目の前に現れ、目の前で映画の続きを演じているような不思議な感覚だった。これはミュージカルだけを見ていたら味わえない感覚かもしれない。
今回の音楽座ミュージカルは、特に役者と観客の距離が非常に近く、演技中に役者がわれわれ観客に触れてくるシーンもあり、一層リアルとバーチャルの融合を体感した。
観客と一体になる仕掛け
最後に、観客がHTC Vineのコントローラーを振るとVRの中でキラキラとした星が登場する、という仕掛けがあった。自分の星だけではなく、観客すべての星を見ることができる。
これは、今回用意された10台のコンピュータがネットワークされており、コントローラーの動きを検知すると同時に他のコンピューターにその情報を送ることで実現しているという。(イメージは下記)
VR制作を担当した水野氏が「VRをかぶると孤独になってしまうことを避けたかった」というように、役者を身近で感じ、観客さえもVR内に存在させる演出のおかげで、孤独感を感じることは全くなかった。(現在では、同時に体験できるのは10人まで)
ミュージカルの最後にはVR内で星とともに宇宙へ飛び出すのだが、そのような壮大な演出ができ、映画館よりも没入感のある映像を見たあとの心地よさは、VRならではの体験だろう。
撮影自体はGoProを6台組み合わせ8Kで撮影し、UEISが開発した8KVR動画ソリューションパッケージ「VRider(ブイライダー)」を活用し、映像の制作期間は1か月ほどだったという。
今回の「リトルプリンスVR」は、メディア関係者と音楽座ミュージカルの会員のみの公開だが、今後の一般公開に期待したい。
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