IoTを実現する際、通信は必要不可欠な要素です。
この通信は、どのようなものでもいいわけではなく、目的や対象、環境によって異なります。
例えば、広大なエリアに散在する多数のセンサーから低頻度で少量のデータを収集する場合と、工場内の高速で動作するロボットをリアルタイムに精密制御する場合とでは、求められる通信の通信距離、速度、消費電力やコスト効率といった特性は全く違ってきます。
最適な通信技術を選定できなければ、「期待したデータが収集できない」「運用コストが想定を大幅に超過する」「セキュリティ上の重大なリスクを抱える」といった事態を招きかねません。
そのため、IoTプロジェクトにおける通信技術の選択は、単なる技術的な問題ではなく、事業の投資対効果や持続可能性、さらには将来的な拡張性までを見据えて決定する必要があります。
そこで本稿では、IoTで活用する通信について、基本的な仕組みから主要な通信方式・規格、そしてビジネスの現場で適切な技術を選定するための勘所までを、網羅的かつ分かりやすく解説します。
IoTシステムの全体像と通信の役割
まずは、典型的なIoTシステムがどのような要素で構成されているのか、そしてその中で「通信」がどのような役割を担っているのかを見ていきましょう。
多くの場合、IoTシステムは以下の4つの主要な構成要素から成り立っています。
デバイス層
デバイス層では、現実世界の情報を収集する「センサー」や、収集した情報に基づいて物理的な動作を行う「アクチュエーター」がここに該当します。
例えば、センサーであれば、「温度センサー」「湿度センサー」「カメラ」が挙げられます。アクチュエーターは、「モーター」「バルブ」などが挙げられます。
これらのデバイスが集めたデータ、あるいはデバイスを動かすための指示を、次の層へ伝えるための通信がここでは発生します。
ゲートウェイ層
ゲートウェイ層では、デバイス層からのデータを受け取り、インターネットなどの広域ネットワークへ中継する役割を担います。
また、デバイスが使っている通信方式を、インターネットで使われる通信方式へ変換する働きもします。
さらに、セキュリティの確保や、デバイスからのデータを一時的に処理するエッジコンピューティングの役割を担うこともあります。
ここでの通信の役割は、デバイスとゲートウェイ間の通信、そしてゲートウェイと広域ネットワーク間の通信という、複数の通信が関わります。
ネットワーク層
ネットワーク層では、ゲートウェイを通過したデータを、最終的な目的地であるクラウドやサーバーへ届けます。
つまり、「情報を集める場所」と「情報を活用する場所」とを繋ぎ、データを長距離にわたって送り届ける役割を担います。
そのため、ネットワーク層の通信は、ルーターなどの機器が連携し、データパケット(小さく分割されたデータ)に付けられたIPアドレスなどの宛先情報を見ながら、最も効率的で適切なルートを選んでデータを送り届ける道案内の役割を果たします。
クラウド/サーバー層
こうして集められた膨大なデータはクラウド/サーバー層に蓄積され、分析や可視化をし、ビジネス上の洞察を得たり、ユーザーへのサービス提供を行ったりします。
この際、AIによる分析や、業務システムとの連携などもこの層で行われます。
クラウド/サーバー層での通信は、分析結果や指示を、必要に応じてデバイス側へフィードバックするために発生します。
このように、IoTシステムは各層が連携して初めて機能するものであり、その連携を実現するのが通信です。
例えば、工場内の機械に取り付けられたセンサー(デバイス層)が異常振動を検知し、そのデータがゲートウェイを経由してネットワーク層を通じてクラウド層へ送られ、AIが故障の予兆と判断。その結果が保全担当者のスマートフォンに通知され、大きな故障が発生する前に対処できる、といった流れです。
この一連の流れ全てに「通信」が介在しています。
通信の「方式」と「規格」
IoTで活用される具体的な通信規格を説明する前に、「通信方式」と「通信規格」の違いについて触れておきます。
これらは、似ているようで少し意味が異なるからです。
通信方式とは?
データを送受信するための「基本的なやり方や仕組み」を指します。
非常に広義な言葉ですが、電波(無線)を使うのか、光ファイバーや銅線(有線)を使うのかといった「物理媒体」、どの周波数帯を活用するのか、デジタルデータをどのように電波や光の信号に変換するのかといった項目が当てはまります。
ビジネスの観点では、通信方式の選択が「利用可能なエリア」「通信の安定性」「干渉の受けやすさ」などに影響します。
通信規格とは?
一方通信規格は、特定の通信方式に基づいて、実際に機器同士が通信できるようにするための「具体的なルールや約束事のセット」です。
こうしたセットは、IEEEや3GPPといった国際的な標準化団体や業界団体、あるいは特定の企業が定めます。
例えば、「Wi-Fi(IEEE 802.11シリーズ)」「Bluetooth」「LTE」「LoRaWAN」といったものが通信規格にあたります。
これらの規格に準拠した機器同士であれば、メーカーが異なっても相互に通信できる「相互接続性」が保証されます。
ビジネスの観点では、規格の選択が「導入コスト」「対応機器の豊富さ」「規格の普及度や進化といった将来性」「他システムとの連携のしやすさ」などに大きく関わってきます。
広く普及した標準規格を選ぶことは、一般的にリスクを低減し、エコシステムの恩恵を受けやすくします。
つまり、「通信方式」が「どのような原理で情報を伝えるか」という大きな枠組みだとすれば、「通信規格」は「その原理に基づいて、実際に製品として通信できるようにするための詳細なレシピ」のようなものと捉えると良いでしょう。
主要なIoTの通信規格
それでは、IoTで活用される主要な通信規格について見ていきましょう。
この章では、主要なIoT通信をカテゴリ別に分け、「それがどのような通信なのか」という基本的な定義と、そのカテゴリに属する「代表的な規格」を簡潔にご紹介します。
近距離無線通信
近距離無線通信とは、 文字通り、数センチメートルから長くても数百メートル程度の比較的短い範囲でデバイス同士を無線接続するための通信技術の総称です。
主に、屋内での利用や、スマートフォンと周辺機器、あるいは家電製品間の連携などに用いられます。
手軽に利用できるものが多い反面、通信距離が限られるため、広範囲をカバーするには多数のアクセスポイントや中継器が必要になる場合があります。
代表的なものに、高速通信が可能なWi-Fi、特に低消費電力性に優れたBluetooth/BLE、メッシュネットワークを構築できるZigbee/Z-Wave、数cmの超近距離で使われるNFC/RFID、そしてスマートホームの相互運用性を高めるThreadなどがあります。
LPWA(Low Power Wide Area)
LPWAとは、「Low Power(低消費電力)」と「Wide Area(広範囲)」を組み合わせた言葉で、その名の通り、極めて少ない電力で数キロメートルから数十キロメートルという広範囲の通信を実現する無線通信技術の総称です。
IoT、特に膨大な数のセンサーを広範囲に設置し、少量のデータを低頻度で収集するような用途での活用が期待されています。例えば、スマートメーター、環境監視、設備監視、アセットトラッキングなどが挙げられます。
また、電池で数年間駆動することが可能な点も特徴です。
代表的なLPWA規格には、免許不要帯を利用し、長距離・低消費電力、プライベート網の構築も可能なLoRaWAN(ローラワン)があります。
また、免許不要帯を利用し、グローバルローミングに強みを持ち、シンプルな通信が特徴の「Sigfox(シグフォックス)」が知られています。
他にも、携帯電話(LTE)のインフラを活用するセルラーLPWAとして、低速・低消費電力に特化した「NB-IoT」や、NB-IoTよりは高速で移動体や音声にも対応可能な「LTE-M」があります。
さらに日本では、920MHz帯を利用したメッシュ型の無線規格で、スマートメーターなどで実績のある「Wi-SUN(ワイサン)」も重要な規格です。
セルラー通信
セルラー通信とは、 携帯電話やスマートフォンで利用されているモバイルネットワーク(移動体通信網)を用いた通信技術の総称です。
全国をカバーする広大な通信エリアと、比較的高速な通信速度、移動中でも安定した接続性が特徴です。
既存のインフラを利用できるため、広範囲に展開するIoTデバイスの接続に適しています。
LPWAに比べて消費電力やコストが高い傾向がありますが、扱えるデータ量やリアルタイム性に優れているのがメリットです。
セルラー通信の代表は、高速・大容量で安定した通信を提供する「4G LTE」です。
そして、「超高速・大容量」「超低遅延」「多数同時接続」を特徴としする次世代規格である「5G」の普及も進んでいます。
有線通信
有線通信とは、 電波を利用する無線通信とは異なり、LANケーブル(メタル線)や光ファイバーケーブルといった物理的な線を使ってデータを伝送する通信方式の総称です。
無線通信に比べて、外部からの電波干渉を受けにくく、通信速度や安定性、セキュリティ面で優れている場合が多いのが特徴です。
ただし、ケーブルの敷設が必要となるため、導入場所に制約が出たり、コストがかかったりする場合があります。
有線通信の代表は、オフィスや家庭のLANで最も広く使われ、高速で信頼性が高い「Ethernet(イーサネット)」で、PoE(Power over Ethernet)によりケーブル経由での電源供給も可能な点が特徴です。
また、既存の電力線を通信媒体として利用し、新たな配線工事が不要な点がメリットの「PLC(電力線搬送通信)」という技術もあります。
衛星通信
衛星通信とは、 地球を周回する人工衛星を中継して行う通信の総称です。
地上の通信インフラが整備されていない山間部、砂漠、海上など、地球上のあらゆる場所で通信を確保できる点が最大の強みです。
そのため、災害時など、地上の通信網が寸断された際のバックアップ回線としても活用されています。
また、近年では低軌道衛星コンステレーションによる、より低遅延で高速なサービスも登場しています。
衛星通信は、特定の統一規格というよりは、インマルサット、イリジウムといった長年の実績があるサービスプロバイダーや、近年注目されているStarlinkのような新しいサービス事業者が提供するシステムを利用する形が一般的です。
IoTネットワークの形
次に、IoTデバイス群がどのようにつながってネットワークを形成するのか、その「形(トポロジー)」について触れておきましょう。
ネットワークの「形」は、そのIoTシステムがどのような性格を持つかを大きく左右します。
同じ通信規格であったとしても、ネットワークの形によって、必要なゲートウェイの数や、有線の場合であればケーブルの配線、あるいはデバイスの設定の複雑さなどが変わってきます。
これらは、導入時の初期コストだけでなく、運用開始後のメンテナンスの手間やコストにも影響します。
そこで本章では、代表的なネットワークトポロジーの概要と、それぞれのメリット・デメリットを紹介します。
スター型
中心となるゲートウェイやアクセスポイントといった「ハブ」に、各デバイスが1対1で接続する形です。
星のように見えることからこの名がついています。
構造がシンプルで管理しやすく、一つのデバイスの故障が他に影響しにくいのが特徴です。
一方で、中心のハブが故障すると全体が停止するリスクがあります。
利用例としては、ルーターがハブとなっている家庭用のWi-Fiネットワークや、一部のLPWAで採用されています。
メッシュ型
デバイス同士が網の目のように相互に接続し、データをバケツリレーのように中継して宛先に届ける形です。
一部の経路に障害が発生しても、別の経路を使って通信を継続できるため、障害に強いネットワークを構築できるのがメリットです。
また、中継することで通信距離を伸ばすことも可能ですが、制御が複雑になりがちなので注意しましょう。
メッシュ型は、Zigbee、Z-Wave、Thread、Wi-SUNなどで採用されており、スマートホームや広範囲のセンサーネットワークに適しています。
バス型
一本の共通の伝送路(バス)に、全てのデバイスがぶら下がる形で接続する形です。
構造が単純で、ケーブル長を短くしやすいのがメリットです。
一方、バス自体に障害が発生すると全デバイスが通信不能になるほか、同時に複数のデバイスが送信すると衝突が起きやすいといった課題があります。
利用例としては、産業用制御システムの一部などで利用されています。
ツリー型
ツリー型は、スター型とバス型を組み合わせたような、階層的な構造を持ちます。木の幹から枝が分かれるようなイメージのため、この名がついています。
大規模なネットワークを効率的に管理するのに適している一方、特定の階層で障害が発生すると、その配下のデバイスに影響が出るという課題があります。
利用用途としては、大規模なビル管理システムや工場内のネットワークなどでみられます。
これらのトポロジーは、利用する通信規格や、信頼性、コスト、デバイス数、設置環境などのシステムの要件によって選択されます。
例えば、広範囲に多数のセンサーを低コストで設置したい場合はメッシュ型が、確実にデータを集約したい場合はスター型が検討されるなど、プロジェクトの目的に応じた最適な「形」を選ぶことが重要です。
ユースケース別の通信方式や通信規格
ここまで紹介してきた様々な通信規格は、実際のビジネスシーンではどのように使い分けられているのでしょうか。
ここでは代表的なIoTのユースケースを挙げ、それぞれで重視される通信要件と適合する技術の例を見ていきましょう。
スマートホーム
まず、私たちの生活に最も身近なスマートホームでは、家電製品や住宅設備がネットワークにつながり、より快適で安全な暮らしを実現します。
この分野では、特にセンサー類のバッテリー持ちを考慮した低消費電力性が求められます。
また、多様なメーカーのデバイスがスムーズに連携できるよう、Matterのような共通規格への対応も重要度を増しています。
他にも、比較的手軽に導入できるWi-Fiは電源供給が容易な家電に、Bluetooth LEはウェアラブル機器や近距離の小型センサーに適しており、ZigbeeやThreadといったメッシュネットワークを構築できる規格は、家全体をカバーするセンサーネットワークや照明制御などに強みを発揮します。
スマートシティ
都市全体の効率化や住民サービスの向上を目指すスマートシティにおいては、非常に広範囲に多数のセンサーやデバイスを設置する必要が生じます。
例えば、水道やガスの自動検針を行うスマートメーター、駐車場の空き状況監視、河川の水位や大気汚染といった環境モニタリングなどが挙げられます。
ここでは、数キロメートル以上の通信距離をカバーできること、そして数年単位でのバッテリー駆動を実現する超低消費電力性が条件となります。
そのため、LoRaWANやSigfox、あるいは既存の携帯電話網を活用するNB-IoTやLTE-MといったLPWA技術が有力な選択肢となります。
特にNB-IoTやLTE-Mは、広範なエリアを既にカバーしているセルラーインフラを利用できる点が大きなメリットです。
スマートメーターの分野では、日本国内で規格化された、無線を使った公共設備向けネットワーク「Wi-SUN」も重要な選択肢の一つです。
スマートファクトリー
スマートファクトリーでは、工場内のあらゆる機器や設備、作業員がネットワークで繋がり、生産性の向上や品質管理の高度化、そして柔軟な生産体制の実現を目指します。
ここでは、工場の生命線となるFA(ファクトリーオートメーション)システムとの連携が不可欠であり、通信には極めて高い信頼性と、場合によってはミリ秒単位の超低遅延が求められます。
例えば、高速で稼働するロボットアームの精密制御や、AGV(無人搬送車)群の協調動作、生産ラインのリアルタイムな状態監視と予知保全などが典型的な応用例です。
確実なデータ伝送が求められる基幹ラインでは、依然として有線Ethernetの優位性が高いですが、工場内のレイアウト変更の柔軟性や広範囲なカバレッジを実現するために、プライベートLTEやローカル5Gといった自営のセルラーネットワークの導入が進んでいます。
これらは、従来のWi-Fiでは難しかった多数同時接続や低遅延、安定した通信環境を提供します。
また、広範囲に散らばるセンサーからの低頻度データ収集には、LPWAが部分的に活用されることもあります。
スマートロジスティクス
物流を効率化するスマートロジスティクスでは、製品や資産の位置情報をリアルタイムに追跡する手法がとられることがあります。
これを実現するためには、国内外を問わず広範囲を移動する対象物を追跡できるカバレッジと、数ヶ月から数年にわたる長期間のバッテリー駆動が可能な低消費電力性が鍵となります。
輸送中のコンテナやパレット、高価な機材などの位置情報や状態(温度、湿度、衝撃など)を把握するために、Sigfoxのようなグローバルローミングに対応したLPWAや、LoRaWAN、そしてLTE-MやNB-IoTといったセルラー技術が活用されています。
また、海上コンテナや山間部を通過する貨物など、通常の携帯電話網が届きにくい場所では、衛星通信が補完的な役割を果たすこともあります。
これらの例からも分かるように、最適な通信技術はユースケースによって大きく異なります。
「何を実現したいのか」という目的と、「どのような条件下で使うのか」という環境や制約を徹底的に洗い出し、それぞれの通信技術の特性と照らし合わせることが、IoTプロジェクト成功の第一歩と言えるでしょう。
なお、これらはあくまで一例であり、実際のプロジェクトではより詳細な要件定義が必要です。
比較検討すべき7つの重要指標
ユースケースのイメージが固まったら、次に具体的な通信規格を比較検討するための評価軸を整理しましょう。
ここでは特に重要な7つの指標を挙げます。
通信距離(カバレッジ)
デバイスとゲートウェイ、あるいはデバイスと基地局がどの程度の距離まで通信できるかといった指標です。
数cmなのか、数kmなのか、あるいはそれ以上か、屋内限定か、屋外の広範囲をカバーする必要があるかといったことを考える必要があるでしょう。
適切なカバレッジを選択することは、必要なゲートウェイ数や基地局の配置計画、ひいては初期投資コストに直結します。
通信速度とデータ量(スループット)
どのくらいの量のデータを、どのくらいの速さで送受信する必要があるかを考える必要があります。
また、テキストベースのセンサーデータなのか、音声データなのか、高画質な映像データなのか、リアルタイム性が求められるか、バッチ処理で十分かといったことも確認しておくべきポイントです。
適切な通信速度とデータ量を把握することで、取得できる情報の質や量、サービスの応答性、ユーザー体験などに影響します。
なお、過剰なスペックはコスト増になってしまうため、適切なスペック選定をすることでコスト最適化に繋がります。
消費電力(バッテリー寿命)
デバイスはバッテリー駆動か、常時電源供給が可能か、バッテリー駆動の場合、どの程度の期間交換や充電なしで動作する必要があるかを把握する必要があります。
消費電力は、バッテリー交換の頻度やコスト、デバイスの設置場所の自由度に影響します。また、メンテナンスコストを大きく左右する要素です。
コスト
通信モジュールの単価、ゲートウェイや基地局の設置費用、回線利用料、クラウド利用料、保守運用費用などがこれにあたります。
また、安価なモジュールだったとしても、運用コストが高ければ長期的には不利になることもあるため、トータルコストを考慮する必要があります。
セキュリティ
通信データの暗号化、デバイス認証、不正アクセス対策など、どの程度のセキュリティレベルが求められるか、扱うデータの機密性は高いかを考慮する必要があります。
セキュリティの強化は、情報漏洩やサービス停止のリスクを低減するために不可欠です。また、個人情報や企業の機密情報を扱う場合は、セキュリティが最重要項目の一つとなります。
環境耐性・設置環境
デバイスは屋内に設置されるのか、屋外かといったことに加え、温度、湿度、振動、電波干渉など、どのような環境条件下で安定して動作する必要があるかを把握する必要があります。
これらは、デバイスの故障率や通信の安定性に影響し、メンテナンスコストやシステムの信頼性に関わります。
接続デバイス数と拡張性
1つのゲートウェイや基地局に、同時に何台のデバイスを接続する必要があるかといったことに加え、将来的にデバイス数を増やしていく計画があるかどうかで通信を選択します。
スモールスタートして将来的に規模を拡大する計画がある場合は、初期段階から拡張性を考慮した技術選定が重要になります。
こうした指標をプロジェクトの要件と照らし合わせ、各通信規格の強み・弱みを評価し、優先順位をつけて絞り込んでいきます。
多くの場合、全ての要件を完璧に満たす単一の技術は存在しないため、トレードオフを考慮した上で、最適なバランスを見つける必要があります。
導入・運用時の注意点
最適な通信技術を選定できたとしても、IoTプロジェクトの成功はそれだけで保証されるわけではありません。
実際にシステムを導入し、その価値を継続的に享受するためには、運用フェーズにおけるいくつかの重要な注意点に目を向ける必要があります。
これらを軽視すると、予期せぬトラブルやコスト増に見舞われたり、最悪の場合、プロジェクトが頓挫してしまう可能性もあります。
関連法規の遵守
まず、特に無線通信を利用するIoTシステムにおいては、電波法をはじめとする関連法規の遵守が絶対条件です。
使用する周波数帯、電波の出力強度、そして国内で利用するための技術基準適合証明(いわゆる技適マーク)の有無など、事前にしっかりと確認し、法的な問題をクリアにしておく必要があります。
海外へ展開する場合は、その国の法規制にも対応しなければなりません。法令違反は、罰則の対象となるだけでなく、企業の社会的信用を著しく損なうリスクを伴います。
セキュリティ対策
次に、IoTシステムにおいて、最も重要かつ継続的な課題となるのが、徹底したセキュリティ対策の実践です。
インターネットに接続されるIoTデバイスは、常にサイバー攻撃の脅威に晒されています。
個々のデバイスが乗っ取られて大規模なDDoS攻撃の踏み台にされたり、収集された機密情報や個人情報が漏洩したりするインシデントは、事業継続に深刻な打撃を与えかねません。
対策は、システム設計の初期段階から組み込む「セキュリティ・バイ・デザイン」の考え方に基づき、デバイス自体の堅牢化、通信経路の暗号化、強固な認証メカニズムの導入、そして収集データの適切な保護といった多層的なアプローチが求められます。
さらに、ファームウェアの脆弱性が発見された場合に迅速かつ安全にアップデートできる仕組みや、不正アクセスを早期に検知し対応するための監視体制も不可欠です。
セキュリティ対策は一度行えば終わりというものではなく、新たな脅威に対応するために継続的に見直し、強化していく必要があります。
運用管理体制の構築
そして、IoTシステムから安定的に価値を引き出し続けるためには、日々の運用管理体制と、予期せぬ事態に備えたプロセスの確立が欠かせません。
多数のデバイスが正常に稼働しているかを遠隔で監視し、パフォーマンスの低下や異常の兆候を早期に捉える仕組みが重要です。
また、デバイスの故障や通信障害が発生した際の検知、通知、そして迅速な復旧手順をあらかじめ定めておくことで、サービス停止時間を最小限に抑えることができます。
定期的なメンテナンス計画の策定や、必要に応じたファームウェアのアップデート管理も、システムの陳腐化を防ぎ、長期的な安定稼働を支える上で大切です。
これらの運用負荷を考慮し、可能な限り自動化やリモート管理の仕組みを取り入れることも検討すべきでしょう。
上述した「法規制遵守」「セキュリティ対策」「安定運用」といった課題は、自社だけで全てを完璧にこなすのが難しい場合もあります。
そのような場合には、信頼できる技術パートナーや経験豊富なソリューションプロバイダーとの連携、そして彼らが提供するエコシステムの活用も有効な手段となります。
専門的な知見を持つパートナーの協力を得ることで、リスクを低減し、開発期間を短縮し、より質の高いIoTシステムの構築・運用が期待できます。
IoT通信の今後のトレンドと展望
IoTが社会の隅々まで浸透し、その価値をさらに高めていくためには、それを支える通信技術の絶え間ない進化が不可欠です。
現在も、より効率的で、よりインテリジェントなIoTシステムを実現するために、世界中で様々な研究開発が進められています。
ここでは、IoT通信の未来を形作る上で特に重要となる5つのトレンドを見ていきましょう。
低消費電力化
IoTデバイスの普及に伴い、通信技術の基本的な性能向上への要求は依然として高いものがあります。
低消費電力化に関しては、1回の充電やバッテリー交換で10年、20年といった超長期間の稼働を目指す研究が進んでいます。
これにより、メンテナンスフリーで設置可能なデバイスが増え、これまでコストや手間の問題でIoT化が難しかった領域への応用が期待されます。
5Gの普及とBeyond 5Gへの期待
5Gは、これまでのセルラー網では困難だった、1平方キロメートルあたり100万台といったレベルの膨大な数のデバイスを同時にネットワークに収容することができます。
また、通信の遅延を1ミリ秒以下に抑え、かつ極めて高い信頼性を確保します。
これにより、自動運転車の遠隔制御、ロボットによる遠隔手術、工場ラインのリアルタイム同期制御など、遅延や通信途絶が許されない用途へのIoT活用が視野に入るでしょう。
さらに、研究開発が始まっているBeyond 5G(6G)では、5Gの性能をさらに拡張し、「超カバレッジ拡張(空・海・宇宙への展開)」「超高精度測位」「超低消費電力」といった新たな能力の獲得が目指されています。
AI・エッジコンピューティングとの融合
収集した膨大なデータを全てクラウドに送信していては、通信帯域の逼迫、遅延の発生、通信コストの増大といった問題が生じます。
そこで重要になるのが、AIとエッジコンピューティングの活用です。
エッジコンピューティングとは、センサーやデバイスの近く(エッジ側)に処理能力を持たせ、そこでデータの前処理や分析を行う仕組みです。
これにより、クラウドへ送信するデータ量を削減し、リアルタイムな応答性を高めることができます。
AIは、エッジ側でデータを解析し、異常検知や予測、自律的な判断を行うという役割を果たします。
例えば、工場で製品の異常を検知したカメラが、その場でAIによって不良品と判断し、ラインを停止させるといった即時対応が可能になります。
標準化の進展と相互運用性の向上
かつてのIoT市場では、メーカーや規格ごとにサイロ化(孤立化)が進み、異なるシステム間の連携が難しいという課題がありました。
しかし、近年ではこの状況を改善するための標準化の動きが活発化しています。
例えば、前述したスマートホーム業界の共通規格「Matter」が登場し、異なるメーカーのデバイスやプラットフォーム間の壁を取り払っています。
スマートシティや産業IoTといった分野でも、データフォーマットやAPIの標準化が進むことで、システム間の連携が容易になり、より大きな価値を生み出すことが期待されています。
これらの標準化の動きは、開発コストの低減、市場の活性化、ユーザーの利便性向上につながり、IoTのさらなる普及を後押しするでしょう。
セキュリティ技術の高度化
IoTデバイスの数が増加するにつれて、サイバーセキュリティのリスクも増大します。
個々のデバイスが攻撃の踏み台にされたり、機密情報が漏洩したりする事態を防ぐため、セキュリティ技術の高度化は喫緊の課題です。
そこで、デバイスの設計段階からのセキュアコーディングやハードウェアベースのセキュリティ機能の搭載、安全なファームウェア更新メカニズムの確立などが求められるでしょう。
また、より強固な暗号化技術や、何も信頼せず、全てのアクセスを検証するという「ゼロトラスト・ネットワーク」の考え方の導入も進んでいます。
さらに、AIがネットワークトラフィックやデバイスの挙動を監視し、異常をリアルタイムに検知・分析し、自動的に対処するシステムの開発も行われています。
今後も、本章で紹介したトレンドを中心に、IoT通信技術は進化を遂げていくことが考えられます。
これらの動向を注視し、自社にどのように取り入れていくかを常に考えていくことが、IoTを活用した戦略には不可欠と言えるのではないでしょうか。
この記事が、皆様のIoTへの理解を深め、新たなビジネスチャンスを掴むための一助となれば幸いです。
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