昨今、日本の多くの企業が、人件費の高騰、労働力不足、そして多様化する顧客ニーズへの対応という課題に直面しています。
コールセンターにおいても例外ではなく、オペレーターの採用や育成コストは増大する一方、専門知識の属人化によって応対品質にばらつきが生じたり、複雑な後処理業務に追われて本来の顧客対応に十分な時間を割けなかったりと、従来の運営体制では限界を迎えつつあります。
本稿では、コールセンターの課題を解決し、コスト削減、生産性向上、顧客満足度向上といった具体的な成果を上げるためにはどうすればいいのか、実際に成果を上げた事例を交えて紹介します。
コールセンター運営における課題
コールセンターが抱える課題は多岐にわたりますが、特に深刻な3つの問題を取り上げます。
人手不足とコストの問題
1つ目が、人手不足の深刻化です。人手不足が深刻化すると、企業はオペレーターを確保するために、より多くの時間と費用をかける必要が出てきます。これは、採用活動の長期化や、より高い給与水準の設定などによるものです。
しかし、業務の複雑さと多さや精神的な負担などにより、コールセンターの離職率は比較的高い傾向にあります。そのため、せっかくコストをかけて採用・育成したオペレーターが短期間で離職してしまうと、企業は再び同じコストをかけて新たな人材を探すことになります。
これにより、育成コストが恒常的に発生し、結果的にコスト全体が増大するという負のサイクルに陥ってしまいます。
つまり、「人手不足」により一人当たりの業務量や負担が増加し、その結果「離職率の高さ」という既存の課題をさらに悪化させ、育成コストの負担を増大させている言えるでしょう。
業務効率と生産性の問題
2つ目が、顧客対応以外の業務における生産性の問題です。
オペレーターは顧客対応だけでなく、通話後の応対履歴の入力や、関連部署への連携といった後処理業務にも多くの時間を費やしています。これらの業務は通話時間と同等、あるいはそれ以上の時間を要することも珍しくありません。
また、新人オペレーターはこうした業務に不慣れなため、さらに時間がかかり、本来の顧客対応に集中できず、生産性の低下を招いています。
サービス品質と顧客満足度の問題
3つ目が、オペレーターのスキルや経験によって応対品質にばらつきが生じてしまうといった、サービスの品質に関する問題です。
熟練のオペレーターは迅速かつ的確に対応できますが、経験の浅いオペレーターは対応に時間がかかったり、情報共有が不十分だったりすることがあります。
これにより、顧客満足度の低下につながるだけでなく、サービスの品質を均一に保つことが難しくなっています。
これらの課題は、いずれもコールセンターの運営を圧迫し、企業の持続的な成長を妨げる要因となっています。
こうした状況を打破するためには、従来のやり方を見直し、新たな解決策を導入することが不可欠です。
コールセンターの課題解決に注目されるAI
昨今、上記のようなコールセンターが抱える課題を解決する糸口として、AIの活用が広まっています。
AIの「音声認識」という特徴と、「定型的なシナリオを処理する」という能力を活用することで、コスト削減、業務効率化、生産性向上、応対品質向上などを促します。
例えば、AIを活用して定型的な問い合わせや手続きを自動で処理することで、人的リソースを最適化し、オペレーターはより複雑な業務に集中できるようになるでしょう。
これにより、人件費を削減できるだけでなく、限られた人材でコールセンターを効率的に運営することが可能になります。
さらに、応対履歴の入力や関連部署への連携といった後処理業務に対しても、AIによる音声認識技術を活用すれば、通話内容の自動テキスト化や応対履歴の自動入力が可能になり、オペレーターが手動で行っていた記録作業の時間短縮が期待されます。
これにより、オペレーターはより多くの顧客対応に時間を割くことができ、生産性を向上させることができます。
また、オペレーターのスキルや経験による応対品質のばらつきに関しても、AIが通話内容をリアルタイムで分析し、オペレーターに適切な情報を提供したり、応対品質を自動で評価したりすることで、サービスの均一化と質の向上を促すことができるでしょう。
他にも、AI搭載のFAQやチャットボットを活用することで、顧客自身が迅速に問題を解決できる環境を提供し、オペレーターはより専門的な問い合わせに集中するといった、人とAIの協働も進んでいます。
AIの課題やリスク
コールセンターの課題解決にAIが有効である一方、その導入と運用にはいくつかの課題やリスクが存在します。
まず、AIは万能ではなく、発展途上であり、技術的な限界が完全に解消されているわけではないことを理解しておく必要があります。
例えば、AIが音声認識をする際、声が聞き取りにくい場合や、特殊な専門用語、方言、イントネーションによっては、音声認識の精度が落ちることがあります。
また、AIが通話内容を要約する際にも、重要な情報やニュアンスが抜け落ちてしまうリスクはゼロではありません。
さらに、AIが提供する回答が常に正しいとは限りません。
チャットボットなどで活用される生成AIは、学習データに基づいて回答を生成しますが、その際、事実とは異なる情報を提示する「ハルシネーション」と呼ばれる現象が発生する可能性があります。
ハルシネーションが起こる原因は、学習データに偏りや誤りがある、指示や質問が曖昧であるといったことや、AIモデルの構造自体に問題がある場合など、さまざまな要素が考えられ、完全に無くすことは現時点では難しいとされています。
加えて、最新の情報やイレギュラーなケース、複雑な人間心理を伴う問い合わせには適切に対応できない場合もあります。
他にも、AIは顧客の個人情報や機密情報を扱うため、情報漏洩のリスクも無視できません。
AIシステムが適切なセキュリティ対策を施されていない場合、意図しない形でデータが外部に流出してしまう危険性があります。
これらの課題やリスクを十分に理解した上で、AIの導入を検討する必要があります。
AI活用で成果を得ることに成功した事例
では次に、AIを導入することで成果を得ることができた4つの事例を紹介したいと思います。
コスト削減に成功した事例
1つ目が、高度な知識を必要としない業務をAIにより自動化することで、コスト削減に成功したSBI証券の事例です。
国内ネット証券会社であるSBI証券は、顧客の急増により問い合わせが大幅に増加し、電話が繋がりにくい状況が続いていました。
手続きに必要な書類が請求できれば解決するような、高度な知識を必要としない問い合わせも多い中、WEB請求や既存の自動音声応答システム(以下、IVR)では必要な書類が請求でませんでした。また、シナリオが長く途中で離脱してしまう顧客が多いという課題がありました。
そこで、柔軟にシナリオを作成・変更できるAI電話自動応答ボイスボットソリューションを導入し、顧客からの需要が高い書類請求を電話で自動受付する仕組みを構築しました。
これにより、オペレーターを介さずに書類請求が完了できるようになりました。また、従来のIVRの課題を踏まえ、離脱が少なくなるよう、簡潔なシナリオ設計を現場主導で実現しました。
このAI電話自動応答の導入により、書類請求業務の一応対あたりにかかっていた費用を約48%削減することに成功しました。AIが1日平均58件の受付を自動で行うことで、オペレーター1人分強の処理件数を自動化し、オペレーターはより複雑な問い合わせに集中できるようになりました。
また、AI電話自動応答での受付完了率が従来のIVRの20%から約70%へと向上しました。
これにより、顧客は電話が繋がりにくい状況でもスムーズに書類請求を完了できるようになり、利便性が高まりました。
さらに、現場のオペレーターが、自身が主体となってシナリオを作成・変更できるようになったため、顧客の声や業務経験に基づいた、より実用的な自動応答が可能になりました。
これにより、システムの導入後も継続的に改善活動を行うことができる運用体制が整ったと言えるでしょう。
業務効率化に成功した事例
2つ目が、生成AIを活用した業務支援システムにより、業務効率化に成功したアフラック生命保険の事例です。
アフラック生命保険は、社内業務の効率化とステークホルダーへの新たな価値提供を目的に、生成AIを活用した業務支援システムを開発し、運用を開始しています。
このシステムは、幅広い業務の効率化に向けて複数のメニューを実装していますが、代理店向けコールセンターであるアソシエイツサポートデスクのオペレーターを対象とした機能を搭載しています。
この機能は、オペレーターが顧客(この場合、代理店の担当者)からの様々な照会に対応する際、社内マニュアルの検索や回答文の作成をサポートするものです。
この業務支援システムを先行利用した部署で検証した結果、この機能により、マニュアルの検索時間が30%削減されたという成果が報告されています。
生産性向上に成功した事例
3つ目が、2つのAIを活用することでオペレーターの支援を行い、生産性を向上させた三井住友トラストTAソリューションの事例です。
三井住友トラストTAソリューションは、株式事務を会社に代わって行う証券代行事業のコンタクトセンターにおいて、知識やサポート面からオペレーターの支援強化が課題となっていました。
なぜなら、個人で株式を保有する株主は年配の方も多く、問い合わせは電話が主体であり、オペレーターの応対品質が顧客満足度に直結していたからです。
しかし、マニュアル検索やメモ作成といった付随業務がオペレーターの負担となり、経験の浅いオペレーターでは、的確な回答に時間がかかったり、保留時間が増えたりすることがありました。
また、応対記録の作成方法に個人差が生じ、記録の均質化も課題となっていました。
さらに、管理者にとっても、拠点ごとの業務効率化や、複数オペレーターの状況を同時に把握し、迅速にサポートすることが困難でした。
そこで三井住友トラストTAソリューションは、会話の自動テキスト化、要約、情報検索といった複数の機能を組み合わせた「音声認識AI」と「テキスト要約AI」といった2つのAIソリューションを導入しました。
音声認識AIでは、株主とオペレーターの会話をリアルタイムでテキスト化し、会話内容に合わせて必要な情報や回答例をポップアップ表示させました。これにより、オペレーターは瞬時に的確な情報を得られるようになりました。
一方、テキスト要約AIでは、テキスト化された会話記録を自動で要約する仕組みを構築し、オペレーターの応対記録作成にかかる時間を削減しました。
このソリューション導入によって、コンタクトセンター従業員の総労働時間を年間で約9,200時間(約1割)削減し、導入後2年あまりでAIへの投資を回収できたと実感しているとのことです。
加えて、新人研修期間も約1割短縮できたほか、経験の浅いオペレーターでもスムーズに応対できるようになったことで、応対時間の短縮や保留回数の減少を実現しました。
クレーム発生時には、管理者に通知する機能により迅速なサポートが可能となり、待ち時間が短縮され、結果的に顧客満足度の向上に繋がったそうです。
このように、応対記録が自動で要約され、後処理時間が削減されたことで、オペレーターはより本質的な業務に集中できるようになりました。
管理者も、遠隔地を含めた全オペレーターの状況を把握することができ、的確な指導や効率的な業務分担を行うことが可能となりました。
顧客体験向上に成功した事例
4つ目は、AIオペレーターと有人対応の協働で、顧客体験の向上を実現したヤマト運輸の事例です。
ヤマト運輸の集荷依頼を受けるコールセンターでは、安定した人材確保の難しく、特に繁盛期や夜間帯などで電話が繋がりにくくなり、サービス品質の低下を招いていました。
また、定型的な集荷依頼の受付業務がオペレーターの工数を圧迫し、より複雑な問い合わせに対応する時間や余裕がなくなっていたそうです。
さらに、集荷依頼を受けた後、オペレーターが手作業で内容をシステムに入力する作業も発生しており、入力ミスや業務効率の低下も課題でした。
そこでヤマト運輸は、電話窓口の利便性向上を目指し、電話による集荷依頼の一次受付に、AIオペレーターを導入しました。
AIオペレーターが顧客からの電話を受け付けると、集荷依頼を自動で完了させ、オペレーターを介さずに集荷依頼を行うことができるようになりました。
さらに、AIオペレーターが対応できない複雑な問い合わせや緊急性の高い内容については、自動で有人対応窓口に接続される仕組みを構築しました。
加えて、これまでは手作業で集荷依頼情報をシステムに打ち込みセールスドライバーに送っていた工程を、AIオペレーターから自動でシステムに送られるようにしました。これにより、オペレーターによる手作業での情報入力や伝達が不要になり、入力ミスもなくなりました。
このソリューション導入により、集荷依頼の電話応対をAIオペレーターが常時対応してくれ、顧客体験の向上と業務効率化を同時に実現しました。
なお、導入後のアンケートでは、80%以上が満足と回答し、「待ち時間がない」「AIとのやりとりがスムーズ」といった肯定的な意見が多数寄せられたそうです。
また、AIオペレーターが定型業務を担うことで、オペレーターはより専門的な問い合わせや緊急性の高い対応に集中できるようになりました。
まとめ
本稿で見てきたように、「人手不足」「業務効率」「サービス品質」といった複合的な課題の根本には、従来の運営体制が時代の変化に対応しきれていないという共通の要因があります。
今回は、AIを活用することで従来の運営体制を改善し、成果を得ることができた事例を紹介しましたが、課題解決の選択肢は無数にあります。
そのため、オペレーター視点に立った業務改善や、顧客視点に立った課題の特定、コールセンター全体を俯瞰した戦略的視点を持った上で、課題解決の選択をしていく必要があるでしょう。
今後も、課題解決や改善活動のヒントとなる事例やトピックスを紹介していきたいと思います。
無料メルマガ会員に登録しませんか?
現在、デジタルをビジネスに取り込むことで生まれる価値について研究中。IoTに関する様々な情報を取材し、皆様にお届けいたします。