インダストリー4.0の中心的企業であるシーメンス。インダストリー4.0については、様々な書籍や情報があふれているが、本当はどういうきっかけで、どういうことを実現したくて始まったことなのだろうか?
また、その先頭を切っている、シーメンスの考えるIoTはいったいどういうものなのだろうか、そういった素朴な疑問にも答えていただくべく、3回にわたってシーメンス株式会社 デジタルファクトリー事業本部 プロセス&ドライブ事業本部 専務執行役員 事業本部長 島田太郎氏に話を伺った。(聞き手:IoTNEWS代表 小泉耕二)
【シーメンスインタビュー 一覧】
第一回:インダストリー4.0の本場ドイツのスマートファクトリー、その本質は何なのか? 設計終了後5分で製造が始められる秘密
第二回:ここまでできる、シーメンスが考える製造業のIoT —シーメンス 島田氏インタビュー
第三回:製造業のIoTが、月額数千円から始められるIoTプラットフォームとIoT時代の工場のセキュリティ
実はビジネスマンがサボるためにはじまった?インダストリー4.0
弊社はインダストリー4.0について聞かれる機会が多いのですが、そのときには「なぜそもそもそんなことが起こったのか」という話を最初にさせてもらっています。
私は2010年にドイツにいたのですが、その頃ドイツ人は、「中国やアメリカにモノづくりで負けたくない」というのです。なぜ中国やアメリカかというと、世界各国のGDPは、ご存知の通り中国の伸びが著しいのですが、実はこの20年くらいでGDPを一番伸ばしているのはアメリカなのです。
これをドイツ人は非常に危機感を持ち「ドイツのマイスターの力を失わずに、いかに製造業のなかでデジタル化を達成するか」ということを考えたのがインダストリー4.0ということになります。
一方で、ご存知かもしれませんが、ドイツ人のビジネスマンは、終業時間になったらまっすぐ帰宅する人が多いのです。夏は23時くらいまで明るいので、たとえば17時に仕事を終えてそのままみんなでどこかに行ったり、子供のバスケットボールに一緒について行ったりするので、1日が2回あるような感じになるのです。
そういう生活をキープしながら、中国やアメリカに勝とうとしていることがポイントでしょう。
-ドイツ・・・いいですね。
日本も今、働き方改革を進めていますが、私は絶対必要なことだと思います。例えばみんなが17時に帰ってしまうことで、欲しい返事がすぐ来ないとか、仕事が全然終わらないような気がするのですが、ドイツでは最終的にはちゃんとアウトプットが出ています。
一方で、日本の自動車とドイツの自動車を比べて、ドイツの自動車が著しく劣っているかというと、そんなことはありません。
ドイツ人は中国やアメリカに勝ちたいけれど、長く働くことは考えていないのです。だから、会社内だけではなく、社会全体の無駄を省いたり、モジュラー化、標準化をしたりすることを進めています。そしてさらにインダストリー4.0によって、すでにものすごく高い生産性を、もっと高くしようとしています。
-もっとサボろう、ということですね。
そうです。日本人は、これまで人ができなかったことをやろうと、どんどん細かい改善を行いますよね。それも大事なのですが、ドイツではそうではなくて、細かい仕事は断って、モジュラー化、標準化の組み合わせでできることで対応しようと考えます。
最近は日本でもモジュラー化の話が多いですが、これはドイツのフォルクスワーゲンが流れを作ったといえます。
MQB(Modular Querbaukasten:横置きエンジン専用モジュール)というのを始めたおかげで、大きくコストを下げて、今までのドイツでは考えられないくらい車種数を増やしてきました。
その後TNGA(Toyota New Global Architecture:プラットフォームを基幹とした、トヨタの原価低減、標準化施策)や日産のCMF(Common Module Family:車種セグメント別プラットフォーム)などの、モジュラー化施策が始まっています。各社試行錯誤しており、必ずしも順風満帆というわけではなさそうですが、この流れに沿っているといえます。
ところで、ドイツがインダストリー4.0でどうやって中国やアメリカに勝とうとしているかなのですが、市場により早く、世の中にない先進的なモノを作るということで達成しようとしているのです。
この話は、あまりインダストリー4.0やIoTの文脈で語られないのですが、実はこれが一番根幹となります。だから、それを忘れてはいけません。当たり前すぎて、「そんなのはいいから、簡単にインダストリー4.0をできる方法を教えて」という話になりがちです。
だから、私はこの「IoTブーム」を非常に危惧しています。
次ページ、ドイツでは「おもてなしNG」
ドイツでは「おもてなしNG」
顧客の好みに合わせた製品づくりである、「マス・カスタマイゼーション」は、最近よく言われる話ですが、実は、作る際に凝りすぎず、とにかく組み合わせで製造できるようにすることが重要です。要するにミニマムコストで高品質の商品を提供できる、という点が重要です。
よく日本では「おもてなし」をしようとしますが、ドイツではこれはダメだと言われます。
本来のインダストリー4.0では、「道具だて」よりも「プロセス」、我々は「デジタルエンタープライズ」と呼んでいるのですが、データの基盤をしっかり作らないといけません。
「製造現場にデジタルプラットフォームがなければ、先進技術は役に立たない」というのが我々の基本的な考え方です。
もう一つだけ重要な点をお伝えします。世の中にないモノを作るということは、「そんな当たり前のことを」と思われるかもしれませんが、ヨーゼフ・シュンペーターのイノベーション理論では、「既存の知と、別の知との組み合わせ」であると言われています。
そして、これは日本人が不得意なのではないかと思っています。日本人は知を深めることが得意な一方で、この知を探索すると背反するのです。つまり、自分の作ったモノをどんどん良くしていくと、それから逃れられなくなってしまう傾向があります。
おそらく日本は、これで今までは大成功していますから、自分の作ったモノをどんどん良くしていっているのではないかと思います。これまで日本が強かったのは何かというと、ミニチュア化やプロセスを凝縮して、すり合わせして、人が真似できないようなことを作り込んでいくことでした。
しかし現在では、「そんなものはいらない、それはソフトウェアでできる」と言われてしまいます。「単体部品の良し悪しよりも、システム全体でパフォーマンスが高い方が結果的にはお客さん喜ぶよね」というやり方をして負けてきているわけです。
本来は、他にどういったものが世の中にあって、どういう組み合わせをしたらいいのかということを考えることが大事なのです。要するに、この知を深めることと、知の探索のバランスを取らないといけないということです。
これは設計をする時もまったく同じです。
(絶対に陥ってはいけない)イノベーションの罠に陥りつつある時、「本当は何をやらないといけないか」を考えずに、「何を作ったらいいですか?」と、違う方向へ走ってしまいます。
だから、例えばAIやビッグデータなども、探索する側も両方含めて考えないと成果が出ない。シーメンスでは、そのための仕組みを用意しています。
次ページは、設計が終わったら5分後に工場でモノ作りを始められる -シーメンスのデジタルエンタープライズ
設計が終わったら5分後に工場でモノ作りを始められる -シーメンスのデジタルエンタープライズ
シーメンスでは、「SDPD(システム・ドリブン・プロダクト・ディベロップメント)」という言い方をするのですが、要はシステムエンジニアリングのことです。もしくは、最近はよく「モデルベースデザイン」と言われますが、「モデルベースにするための様々な情報をデータベースで見えるようにしていくアプローチ」です。
これの大事なところは、「要求、ファンクション、ロジックと実際のプロダクションは別で、定義していかなければいけない」ということです。
「要求」というのは、国からの規制や、お客さんのこんなものが欲しいという情報などです。それを実現する方法は数多くあるので、俯瞰的に全体を見て、こっちを選ぼう、あっちを選ぼうというようにやっていかないといけません。
-決めつけちゃいけない、ということですね。
そう、決めつけちゃいけないです。そのように考えると、実はインダストリー4.0自体は、こういったシステム化そのものだといえます。
そして、RAMI4.0(Reference Architecture Model Industrie 4.0:多次元の全体最適化を実現するための、インダストリー4.0におけるリファレンスアーキテクチャ)はまさにシステム化のための図です。マップのようになっていて、全体でどこをやっているかということを網羅できるようになっています。このことについて慶應大学の白坂先生(モデルベース開発やデザイン思考の専門家)と先日一緒に講演をしたのですが、「やばいね、ドイツ人。こんな方向から攻めてきたか」となったくらいです。
アカテック(Acatech:ドイツ工学アカデミー)が出している資料によると、インダストリー4.0やIoTの実行において一番の課題は「人」だというアンケート結果が出ています。つまり、「人」がついてきていないのです。
例えば、スマホ時代が到来する前に「スマホってこんなにすごいんだよ」と言っても、イメージできない人が多かったのですが、こういったことをブレイクしないといけない。
どういう人材が必要かというと、いろんな業界やいろんな技術を組み合わせることができる人です。例えば現在では、三次元のCAD製作者と、工場のメンテナンススタッフは完全に離れています。
しかしドイツでは、工場の人がメンテナンスする前に三次元でシミュレーションできたり、メンテナンスを止める前にシミュレーションできたりする人材を積極的に作ろうとしています。
さっきお話したデジタルエンタープライズは、「それって前に聞いたような話だな、何が違うのだ。何をわざわざシーメンスみたいな会社がそんなこと言っているのだ」とおっしゃるかもしれません。
PLM (Product Lifecycle Management:製品ライフサイクル管理)、製品の設計企画、シミュレーション、MES(Manufacturing Execution System:製造実行システム)/MOM(Manufacturing Operations Management:製造オペレーション管理)と言われる生産計画や品質管理、それから、実際に工場で動いているシーケンス、インバーター、モーションなど、これらを一体で活用できるものをデジタルエンタープライズと呼んでいます。
(下図参照)
「デジタルで一気通貫」と言うのは簡単ですが、現在「PLMとMES/MOM」、「MES/MOMと自動化製品」の間はデジタルではつながっていません。実際は、複数のシステムが動いていて、システム間を人の手でつないでいたりします。また、一般的に工場内のシステムやネットワークについては、IT部門の人はあまりタッチできていないと思います。
そこで、これらを繋ぐことで、マス・カスタマイゼーションが素早くできるのではないかと考えているのです。例えば、「設計が終わったら5分後に工場でモノ作りを始められる」。そういったことをシーメンスでは実際におこなっているのです。
-ほんとですか!
はい。言うのは簡単ですが、ただ、やろうと思うと様々な前提条件を変えていかなければいけません。
現状では、一般的な開発・製造の現場では、設計者が設計をし、生産技術者がいろいろやってくれた後に完成となりますが、デジタルエンタープライズでは、最初の設計の段階でモノが作れるまで作り込まなければいけません。
現在の製造現場では開発した製品は、まずBOM(Bill of materials:部品表)を作成して、ERPに入れて、様々な人が作業をして、やっと工場まで情報がたどり着きます。
IoTを活用している製造の現場でもPLMのデータを直接工場に出しているところはありませんが、デジタルエンタープライズではこれを直接出します。作り方とオーダーは分けていますが、この両方のデータを工場へ直接送ります。(つまり、プロセス間のムダが一気に省かれる)
こういうことが起こってくると、今までの生産の仕組みは根本的に変わってきます。今までの生産の仕組みは、私は中「ロット生産」と言っています。小ロットと言ってもいいかもしれませんけど、ロットがある程度あって、設計もそのロットに合わせてできるように準備してという作業をするため、実際に工場で作れるようになるまで結構な期間がかかります。
それに対して、シーメンスは、「すぐ作り始められる究極のフレキシビリティ」を目指しています。
次回に続く。
【シーメンスインタビュー 一覧】
第一回:インダストリー4.0の本場ドイツのスマートファクトリー、その本質は何なのか? 設計終了後5分で製造が始められる秘密
第二回:ここまでできる、シーメンスが考える製造業のIoT —シーメンス 島田氏インタビュー
第三回:製造業のIoTが、月額数千円から始められるIoTプラットフォームとIoT時代の工場のセキュリティ

