2019年12月3日、日本マイクロソフトはアクセシビリティに関する記者発表会を開き、視覚障碍者向けトーキングカメラアプリ「Seeing AI」日本語版の提供開始などを発表した。
アクセシビリティとは何か
12月3日は国連が定めた「国際障害者デー」である。これに合わせて、今回の記者会見はこれまでマイクロソフトが取り組んできたアクセシビリティ、つまり障碍者をテクノロジーで支援する取り組みについてフォーカスを当てた内容になっている。
そもそもアクセシビリティとは何か。マイクロソフト 技術統括室 プリンシパルアドバイザー 大島友子氏(トップ画像右)によれば「障害のある人でも情報やデバイスなどにアクセスできる」という意味で用いているという。
マイクロソフトはこのアクセシビリティについて三十年以上前から取り組んでいるそうだ。ウィンドウズの初期バージョンの頃に障碍者から「ウィンドウズが使えない」という意見があり、それを受けてマイクロソフトではアクセシビリティの研究機関と研究を重ね、ウィンドウズの標準機能としてアクセシビリティ機能を入れたのだという。
ちなみにここでいうアクセシビリティ機能とは、読み上げる機能や、キーボードだけでも操作できる機能などを指す。
ここで大島氏は「地球上のすべての個人とすべての組織がより多くのことを達成できるようにする」というマイクロソフトのミッションを紹介する。上記で記したようなアクセシビリティの活動こそが、まさにこのミッションを具現化したものだといえる。
マイクロソフトはアクセシビリティに関して、以下の四つのレイヤーで取り組んでいるという。
- People:多様な人材の活躍を後押しするInclusive Hiringの実勢
- System:アクセシビリティを社会に根付かせるための啓発活動、サポート体制の構築
- Product:障碍者を含めたすべての人々のためのインクルーシブな製品の開発
- Future:すべての人々の可能性を最大化する革新的な研究プロジェクト
そして今回、Productの1つである視覚障碍者向けトーキングカメラアプリ「Seeing AI」が、日本語を含む5ヶ国語に対応し提供開始することが発表された。
日本語に対応した「Seeing AI」提供開始
「Seeing AI」は視覚障碍者に向けてAIによる音声読み上げ機能などを提供するアプリで、2017年に英語版がリリースされ現在70ヶ国で提供、ユーザーに使用されたタスクの数は2,000万以上になるという。
今回の会見では、この「Seeing AI」に日本語・オランダ語・フランス語・ドイツ語・スペイン語の5ヶ国語が対応言語として追加されることが発表された。アプリはApp Storeからダウンロードすることができる。
この「Seeing AI」はマイクロソフトのAIである「Cognitive Service」と接続しているという。会見では「Cognitive Service」について詳細な説明があった。
AIというと通常は沢山のデータを集め、そのデータが使えるものかどうかクレンジングをし、コンピュータに学習させ、そこから予測した答えを出す。
しかしマイクロソフトの「Cognitive Service」の場合、学習まで済んだAIを提供している。「Cognitive Service」はビジョンやスピーチなどのカテゴリが分かれているが、その中で「Seeing AI」はビジョンの機能を使っているという。つまり「Seeing AI」はインターネット経由で「Cognitive Service」につながり、そこで学習した結果がアプリにフィードバックされるという仕組みになっているのだ。
「Seeing AI」は以下の8つの機能を備えている。
- 短いテキスト:テキストにカメラをかざすとすぐに読み上げる機能
- ドキュメント:「短いテキスト」より長文の文字を認識し読み上げる機能
- 通貨:紙幣・コインを認識して金額を読み上げる機能
- 風景:カメラで撮影した風景について、AIがどういう場面か推測し読み上げる機能
- 製品:バーコードを読み取り、製品情報を読み上げる機能
- 写真の参照(人):以前撮影した写真を認識する仕組みを用いて、登録した人物を読み上げる機能。年齢や表情を推定することもできる
- 色:色彩を認識し読み上げる機能
- ライト:明るさによって異なるトーンの音を出す機能
このうち、会場で「風景」と「製品」の機能を試すことが出来た。
「風景」については会場に東京スカイツリーの写真が用意されており、カメラでそれを撮影すると、「おそらく東京スカイツリーのスクリーンショット」という言葉が読み上げられた。
「製品」の機能では菓子製品のパッケージにカメラをかざし、バーコードを読み込むと英語で製品名が読み上げられた。アプリの利用者は視覚障碍者なので、パッケージを回しながらバーコードの位置を探ることになる。この機能は現在英語のみの対応で、一部の日本製品には適応されないという。
次ページは、「独りで出来ることが増える「Seeing AI」」
独りで出来ることが増える「Seeing AI」
会見では視覚障碍を持つ一般社団法人セルフサポートマネジメント代表理事 石井暁子氏(トップ画像左)が登壇し、マイクロソフト・大島氏からの質問に受け答えする形で、「Seeing AI」の使い心地についての意見を述べた。
石井氏は30歳のときの手術がきっかけで全盲になり、現在は一般社団法人を運営しながら子育てを行っている。
「どのような場面で「Seeing AI」が便利だと感じたのか」という問いについては、以下のようなシーンを挙げた。
1つは「娘がなかなか寝ないな」と感じた時。「Seeing AI」のライト機能を使って、部屋の明かりが付いているかどうかを確認すると、電気が付いていることに気づいた。つまり明かりが付いていたために、子供が寝付かなかったのだ。
また、調味料を購入した時にも「Seeing AI」を活用したという。それぞれの調味料が入ったボトルが全て同じような形状であり、どれに何が入っているのかを確認しなくてはいけない。そこで「短いテキスト」機能で調味料の名称を読み上げることで確認できたという。食品関係では「風景」機能で冷蔵庫に入っている物を認識することにも役立てたそうだ。
さらに「短いテキスト」機能で読ませて良かったものがあるという。石井氏は一型糖尿病を患っており、「リブレ」と呼ばれる装置で血糖値を測っている。しかし、この「リブレ」には音声に対応していないため、血糖値を測る際は夫に数値を読み上げてもらっていたという。そこで「Seeing AI」の「短いテキスト」機能を使う事で、1人でも血糖値を読めるようになったそうだ。
「「Seeing AI」が使いやすいと思う所はどこか」という質問に対しては、「1つのアプリに沢山の機能が付いていること」だと答えた。機能が複数のアプリにまたがる場合、ひとつひとつの操作を覚えるのに時間がかかる。しかし「Seeing AI」であれば、それ1つ立ち上げるだけで済んでしまう。この点は非常に大きいという。
複数の機能をまたいで活用する例も紹介された。例えば子供の保護者会や運動会のお知らせを確認する際、まずは「短いテキスト」機能で簡単に内容を把握し、「ドキュメント」機能で詳細をじっくり読む、といった利用法もあるそうだ。
最後に石井氏は「独りで出来ることが増えた。食品の確認など、日常の生活に密着した使い方が出来るので、視力があった時と同じような感覚を持てるようになった」と発言した。
「AI for Accessibility」と「Xbox Adaptive Controller」
会見では「AI for Accessibility」の新たな取り組みについても発表があった。
「AI for Accessibility」とは、障碍のある方に向けたAIプロジェクトについて、マイクロソフトとして助成を行うというものだ。これはワールドワイドな取り組みであり、各国のベンチャー企業や大学機関などから応募を受け、審査した結果、助成を行うという。
その「AI for Accessibility」の助成プロジェクトとして、日本で初めてのプロジェクトが出来たそうだ。
1つは東京工業大学による、瞳孔変動を用いた重度障害者用意伝達システム「PuCom」。これは閉じ込め症候群で目の動きによるコミュニケーションも難しくなった患者に対し、瞳孔の大きさの変化を見て、イエスかノーのどちらを見ているのかを判断するプロジェクトだ。このプロジェクトではマイクロソフトのマシンラーニングを、イエスかノーかの判断の精度・スピード向上に活用しているという。
二つ目の合同会社シーコミュによるAIと人とのハイブリッド情報保障システム「AIミミ」。例えば現在、講演会などで聴覚障碍者に向けて講演内容をテキストに起こす、といった情報保障の取り組みがされているが、その際には文字を起こす作業者のスキルなどが問われることになる。
そこで「Cognitive Service」で認識したテキストと、プロのオペレーターによる修正を合わせて正しい文字情報を素早く配信させる、というのがこの「AIミミ」の取り組みだという。
最後に発表されたのは「Xbox Adaptive Controller」である。これは障碍者でもゲームがプレイし易くなる工夫が施されたコントローラーだという。
上記写真にある実物を見ると、巨大なボタンが二つ付いているのが分かる。これは通常のゲームコントローラーでは使いにくい障碍者が、例えば足で踏んでプレイすることができるようになっているのだ。
また、コントローラーの後部には様々なスイッチを付けられるようになっているという。中には息で吹きかけてスイッチを押すような仕組みを使っているユーザーもいるそうだが、「Xbox Adaptive Controller」はそうしたあらゆるケースに対応できるようになっているそうだ。
「Xbox Adaptive Controller」は「Xbox」本体とパソコンにつなぐことができるという。日本では近日発売とのことだ。

