AIを導入しようとした時、自社でAIを実装できる人材を育てるべきか、それとも外部の専門家に任せるべきか。多くの企業が、一度はこの問いにぶつかるはずだ。
この問いを整理するためのヒントは、AIモデルを開発する企業の昨今の動きの中にある。
OpenAIは、AIの実装を専門に担う子会社「Deployment Company」を2026年5月に設立している。さらに、そのDeployment Companyは、この7月までにAI実装専門企業2社の買収に合意している。
同様の動きは、他のAI開発企業にも広がっている。
Anthropicは今年5月、Blackstoneなどと組んで15億ドル規模の実装企業「Ode」を立ち上げた。Microsoftも「Frontier Company」に25億ドルを投じ、6,000人規模の実装専門チームを編成している。
これらの動きは、AIモデルを開発した本人たちが、モデルを売るだけでは終わらせず、顧客の現場に実装エンジニアを送り込むところまでをサービスとして提供しようとしているということだ。
もちろんこれは、AI開発企業の収益機会としての側面もあるだろう。モデルの性能そのものは各社横並びになりつつあり、実装・運用まで含めたサービスの方が利益率も顧客との関係も安定しやすい。
ただ、各社が数十億ドル規模の投資を行っているということは、それだけ大きな顧客ニーズが存在することの証でもある。
一方、AIを導入する側の企業にとっては、社内の人材でAI実装・運用した方が、コストがかかることもなく、ノウハウは社内に蓄積され、外部への依存もなく、業務の細かい事情を一番よく知っている人が作ることができる。
それなのになぜ、外部の実装支援がこれほど重要視されているのだろうか。
本稿では、外部の実装支援が重要視されている背景を捉え、そこにどんなリスクがあるのか、そして企業がどう向き合うべきかを整理する。
「使っている」と「成果」の間にある溝
まず押さえておきたいのは、AI導入は「進んでいるのに、成果につながっていない」という奇妙な状態にあるという事実だ。
McKinseyが約2,000社を対象に実施した調査によれば、88%の組織が業務の少なくとも一部でAIを活用している一方、AIによる測定可能なEBIT(利益)貢献を報告できた組織は39%にとどまった。
また、MITの調査では生成AIの導入プロジェクトの95%が損益上の効果を確認できなかったと報告されており、BCGの調査でも、AIで大きな財務的成果を得られているハイパフォーマー企業は全体のわずか6%にすぎないという。
このように、「導入は進むが成果が出ない」というギャップは、複数の独立した調査に共通して見られる傾向だ。
つまり、AIを「使い始める」ことと、AIを「成果に変える」ことの間には、かなり大きな溝がある。この溝の正体は何か。
一つは人材不足だ。
CIO.comが実施した「2026年版State of the CIO調査」では、過去12カ月間にAI戦略の実行を妨げた最大の課題として、40%の回答者が「社内人材の不足」を挙げている。
同記事に寄せられたCIOたちのコメントによれば、不足しているのはAIを知っている人材そのものではなく、モデルを実際の業務システムに統合し、運用し、ガバナンスできる人材だという。
この手の人材は、AI開発企業自身も欲しがるほど希少で、育成にも時間がかかる。
もう一つは、AI導入プロジェクトそのものが、基幹システムの刷新や業務システム開発といったAIを使わない一般的なITプロジェクトよりも、失敗しやすいという構造的な事実だ。
RAND Corporationが2024年に発表した調査「Why AI Projects Fail and How They Can Succeed」では、AIプロジェクトの80%以上が失敗しており、これは通常のITプロジェクトの失敗率の2倍にあたると報告している。
データサイエンティストや機械学習エンジニアへの聞き取りから導かれたこの数字は、たとえ社内にそれなりの技術力があっても、AIの実装は簡単ではないことを示している。
つまり、モデルの性能差は縮まりつつある一方、「特定の企業の複雑な現実の中で、実際に機能するAIを作る」というのは、依然として希少なスキルだ。
OpenAIやAnthropicのようなモデル開発企業自身が実装会社を買収・設立しているのは、この「最後の一マイル」こそが差別化要因であり、かつ自社だけでは埋めきれないボトルネックだと判断しているからだろう。
外部支援の「本当のリスク」
とはいえ、外部支援に頼ることが無条件に正解というわけでもない。
むしろ、外部依存には現実に起きている失敗パターンがある。
最も典型的なのが、契約終了後に何も残らない「ブラックボックス化」だ。
外部のコンサルタントやベンダーにAIのオーケストレーション(複数のAIやシステムを組み合わせて動かす設計)を丸ごと任せきりにすると、そのプロジェクトが終わったとき、社内には知識もノウハウも残らない、という「依存の罠」に陥りやすい。
担当者が変わったり契約が切れたりした瞬間に、誰もシステムの中身を理解していない、という状態だ。
これに加えて、特定のベンダーへの依存が固定化することで、乗り換えが困難になってしまうベンダーロックインや、継続的な外部委託コストの増大といった問題も付随する。
つまり、外部支援には「導入を早められる」という明確なメリットがある一方で、「使えば使うほど、自社の中に何も残らない」というリスクも同時に存在する。
この二つは表裏一体であり、どちらか一方だけを見て判断するのは危うい。
「内製vs外部」という二択自体が間違っている
ここまで見てきた通り、内製には「理想だが時間がかかる」という制約があり、外部支援には「速いが依存のリスクがある」という制約がある。
どちらか一つを選ぶという発想では、この二つの制約から逃れられない。
実際にうまくいっている企業の多くは、「外部に丸投げ」でも「最初から全部内製」でもない、第三の道を取っている。
それは、外部の専門人材をオンデマンドで一時的に活用しながら、並行して社内チームへの知識移転を進める、というハイブリッドなアプローチだ。
ここで重要なのは、知識移転を「なんとなく期待するもの」ではなく、最初から明示的な成果物として契約に組み込むことだ。
外部人材が作ったシステムのドキュメントを残す、社内メンバーと共同で構築する、引き継ぎのマイルストーンと期限を設定する、といった具体的な取り決めがなければ、知識は移転されないまま終わってしまう。
また、社内の人材育成に対する投資も欠かせない。
外部の力を借りている間にも、社内の学習を止めないことが、最終的に「外部への依存」から抜け出すための有効な道だ。
言い換えれば、外部支援を「頼る」のではなく、「期間を区切って借り、その間に自社の力に変える」ものとして設計できるかどうかが、成否を分けると言えるだろう。
企業が問うべきこと
以上を踏まえ、外部の実装支援を検討する際に確認すべきことを整理する。
知識移転を契約に明記する
一つ目は、契約に知識移転の具体的な条項が入っているかを確認することだ。
「サポートします」という抽象的な約束ではなく、ドキュメントの納品、社内メンバーとの共同構築、引き継ぎ研修といった、目に見える成果物として定義されているかを見る。
定義されていなければ、知識は移転されないと考えたほうがよい。
具体的には、誰が・いつまでに・何を引き継ぐのかを契約書レベルで明記できているかを確認したい。
設計書やコードだけでなく、「なぜその設計にしたのかという意思決定の背景まで記録に残すよう求める」「社内メンバーがオブザーバー(中立・客観的な立場)ではなく共同開発者として毎回のセッションに入る」といった条件を入れておくと、知識移転は「たまたま起きるもの」から「契約で担保されたもの」に変わる。
逆に、ベンダー側が「伴走する中で自然に身につきます」といった説明しかできない場合は、要注意のサインだ。
内製化のロードマップと期限を最初に決める
そして、内製化のロードマップと期限を、導入の最初の段階で設定する。
「いつまでに、どの範囲を、社内で運用できるようにするか」を先に決めておかないと、外部支援はずるずると恒久化しやすい。
外部人材の役割は「代わりにやる人」ではなく「一緒に作りながら教える人」であるべきだ。
理想的には、「外部主導で立ち上げるフェーズ」「外部と社内が共同で運用するフェーズ」「社内が主導しベンダーは相談役に回るフェーズ」というように段階を区切り、それぞれに移行の目安となる時期を置いておくとよい。
期限を握らないまま契約を更新し続けると、「もう少しだけ支援が必要」という理由が積み重なり、気づけば数年単位で外部依存が固定化してしまう、というのはよくある失敗パターンだ。
外部に任せる業務と内製すべき業務を切り分ける
第三に、どの業務は外部の知見が必要で、どの業務は内製すべきかを切り分ける。
最先端で前例の少ない領域は、外部の専門知識を借りる価値が大きい。一方、自社の競争力の核となる、繰り返し使う業務プロセスは、早い段階から内製化を目指すべき対象になる。
つまり、全てを一律に外部委託する必要はないということだ。
判断の目安になるのは、「専門性の高さ」と「自社特有性の高さ」の二軸だ。
最新モデルの選定や基盤構築といった、専門性は高いが汎用的な技術領域は外部に頼りやすい一方、専門性はそこまで高くなくても、自社の業務プロセスに深く根ざした顧客対応の細かい判断基準などは、外部の人間には再現しにくい。
この二軸で自社の業務を棚卸しすると、どこを急いで内製化すべきかが見えやすくなる。
Microsoftのコマーシャルビジネス部門CEO、Judson Althoff氏も、「企業が守るべきは自社データや専門知識、ワークフロー、意思決定プロセスといった、いわば企業ならではのIQ(知能指数になぞらえた、その会社固有の知性)だ」と表現している。
汎用的なモデルやプラットフォームは外部のものを使いながらも、このIQは自社の中で時間をかけて複利的に育てるべきだという発想は、「切り分け」の判断軸として参考になる。
外部支援と並行して社内の学習投資を止めない
外部支援と並行して、社内の学習投資も止めないようにしたい。
外部の力を借りている期間こそ、社内の学習を加速させる好機でもある。
具体的には、外部人材と社内人材が同じプロジェクトに入り、社内メンバーが実際に手を動かしながら学ぶペアワーク形式にする、定期的な社内勉強会やナレッジ共有の場を設ける、といった仕組みが有効だ。
外部支援を「見ているだけ」で終わらせず、社内メンバーがどれだけ手を動かす機会を持てるかが、学習の定着度を左右する。
実際、BCGの調査でも、成果を出している企業は人材育成への投資を、そうでない企業の最大2倍に振り向けていると報告している。
実装の意思決定権を自社に残す
実装の意思決定権は、外部ではなく自社側に残すことが重要だ。
技術的な実装作業を外部に任せることと、何を優先し、何を諦めるかという意思決定を外部に委ねることは、まったく別の話だ。
ロードマップの優先順位づけや、投資対効果の評価基準といった意思決定は、常に社内側が握っておく必要がある。
ここを外部に渡してしまうと、契約が終わった後も、自社が自分たちの取り組みを正しく評価できない、という状態に陥りかねない。
Foundryが実施した、IT部門の責任者と事業部門のリーダーあわせて900人超を対象にした調査でも、AIのROI指標が曖昧であることが導入拡大の障壁になっていると32%が回答しており技術的な作業は外部に任せても、成果指標の設定や評価は社内が握るべきだという実態を裏付けている。
Gartnerも、AIガバナンスにおいて意思決定の権限や責任の所在を明確にしておくことの重要性を指摘しており、技術的な作業を外部に任せることと、意思決定そのものを委ねることは切り分けるべきだという考え方と重なる。
「近道」と「依存の罠」を分けるもの
OpenAI・Anthropic・Microsoftという、AIを最もよく理解しているはずの企業自身が、実装のために専門会社を買収・設立しているという事実は、「最後の一マイル」にそれだけ大きな価値と需要があるということを示唆している。
しかしこれは「内製が無意味だ」ということではなく、「AIの実装は、モデルを作る能力とは別のスキルであり、それを育てるには時間がかかる」ということを、当のAI企業自身が証明しているに等しい。
だからこそ、内製か外部支援かという二択で考えるのではなく、外部支援を「期間限定で借りて、自社の力に変えるもの」として設計できるかどうかが問われる。
知識移転を契約に明記し、内製化の期限を最初に決め、任せる範囲を見極め、社内学習への投資を止めず、意思決定権を自社に残す。
これらを満たせているかどうかが、外部支援が「近道」になるか「依存の罠」になるかを分ける分岐点になるだろう。
参照元:
- ①:Exclusive: OpenAI deployment arm to acquire Northslope(Axios、2026年7月8日)
- ②:OpenAI Just Agreed to Buy Its Second Deployment Firm(LaunchReady.ai)
- ③:Anthropic, Blackstone bet the next trillion-dollar AI business is implementation, not just models(TechCrunch、2026年7月15日)
- ④:Microsoft launches its own AI deployment company with $2.5 billion commitment(TechCrunch、2026年7月2日)
- ⑤:Microsoft Frontier Company: AI engineering that amplifies and protects your intelligence(Microsoft公式ブログ、Judson Althoff、2026年7月2日)
- ⑥:The State of AI: Global Survey(McKinsey公式、約2,000社対象)
- ⑦:The GenAI Divide: State of AI in Business 2025(MIT NANDA、Aditya Challapally他、2025年7月)
- ⑧:AI Transformation Is a Workforce Transformation(BCG公式)
- ⑨:From AI Upskilling to AI Performance: Five Questions Every CEO Should Ask(BCG公式)
- ⑩:Why AI Projects Fail and How They Can Succeed(RAND Corporation公式、James Ryseff・Brandon F. De Bruhl・Sydne J. Newberry、2024年)
- ⑪:What’s holding back enterprise AI? Shortage of talent, CIOs say(CIO.com、2026年4月30日、2026年版State of the CIO調査に基づく)
- ⑫:2026 State of the CIO Survey Findings & Insights(Foundry公式調査レポート)
- ⑬:Gartner Says Applying Uniform Governance Across AI Agents Will Lead to Enterprise AI Agent Failure(Gartner公式プレスリリース)

