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エヌビディアが40億ドルを投じた「シリコンフォトニクス」とは何か ―AIデータセンターは電気配線の限界を越えられるか

エヌビディアが40億ドルを投じた「シリコンフォトニクス」とは何か ―AIデータセンターは電気配線の限界を越えられるか

2026年3月、エヌビディアは光通信部品を手がけるコヒーレント社とルメンタム社に、それぞれ20億ドル、合計40億ドルを投資すると発表した。

両社との契約には、研究開発や米国内の製造能力拡大に加え、エヌビディアによる複数年の購入コミットメントや、将来の生産能力を確保する権利も含まれている。さらに同年7月には、米商務省がグローバル・ファンドリーに最大3億ドルを支援し、シリコンフォトニクスと次世代の光接続技術を開発する方針も示された。

AIデータセンターへの投資といえば、これまではGPU、HBM、液冷、電源設備などが主役だった。

では、なぜエヌビディアは突然、光通信技術に巨額の資金を投じ始めたのだろうか。

その背景にあるのは、GPUの性能不足ではない。

GPU同士の間で、膨大なデータを移動させる仕組みが限界に近づいていることである。

この問題を解決する技術として注目されているのが、シリコンフォトニクスだ。

AIデータセンターでは「計算」より「データ移動」が問題になる

生成AIの学習や推論では、数千基、場合によっては数万基以上のGPUを組み合わせて一つの処理を行う。

一基のGPUだけで計算が完結するのではない。あるGPUが計算した結果を別のGPUへ送り、さらに別のGPUから必要なデータを受け取る。この通信を絶え間なく繰り返している。

工場にたとえるなら、GPUは非常に高速な生産機械である。

どれほど機械そのものが速くても、部品を運ぶ搬送路が混雑すれば、機械は材料を待つことになる。AIデータセンターでも同様に、GPUの演算性能が上がるほど、GPU同士を結ぶネットワークが次のボトルネックになる。

従来、サーバーやネットワーク機器の内部では、銅配線を流れる電気信号によってデータを運んできた。

しかし、通信速度を高めるほど、電気信号は減衰しやすくなる。信号を遠くまで正確に届けるためには、信号を補正する回路や、電力を使って波形を整える処理が必要になる。

通信するデータ量が増えるほど、データを運ぶための消費電力と発熱も増えていく。

そこで、電気信号ではなく、光を使ってデータを運ぶ必要が生じるのである。

シリコンフォトニクスは「光の回路」を半導体で作る技術である

シリコンフォトニクスとは、光を通す導波路や、光に情報を載せる変調器、光を電気信号へ戻す受光器といった機能を、シリコンを使ったチップ上に形成する技術である。

簡単にいえば、これまで個別の光学部品で構成していた通信装置を、半導体チップのように小型化し、量産しやすくする技術だ。

一般的な光通信では、電気信号を光信号へ変換し、光ファイバーで送り、受信側で再び電気信号へ戻す。

シリコンフォトニクスを利用すると、この変換や光の制御に必要な多くの機能を、一枚のフォトニックICに集積できる。半導体産業で培われた製造技術を利用できるため、通信速度の向上だけでなく、小型化、低消費電力化、大量生産にもつなげられる。

ただし、シリコンフォトニクスという名前から、光通信に必要な部品をすべてシリコンだけで作れると考えるのは正確ではない。

光源となるレーザーには、インジウムリンなど、シリコンとは異なる材料が使われることが多い。シリコン上の光回路、レーザー、制御用の電子回路、光ファイバーを、どのように組み合わせて実装するかが重要になる。

このため、シリコンフォトニクスは一つのチップだけで完結する技術ではない。半導体製造、レーザー、光学部品、先端パッケージング、ファイバー接続までを含む産業である。

シリコンフォトニクスは、突然登場した新技術ではない

シリコンフォトニクス自体は、2026年になって突然生まれたものではない。

すでにデータセンターの光トランシーバーなどで実用化されている。インテルは、2016年以降、800万個を超えるシリコンフォトニクスICを出荷し、そこには3200万個を超えるオンチップレーザーが組み込まれているとしている。

現在のデータセンターでは、ネットワークスイッチの前面に「プラガブル光トランシーバー」と呼ばれる着脱式のモジュールを差し込む方式が一般的である。

スイッチ内部の半導体から出た電気信号は、基板上の銅配線を通って光トランシーバーへ届く。そこで光信号へ変換され、光ファイバーを通じて別の機器へ送られる。

この構造は、故障したモジュールを交換しやすく、異なるメーカーの製品も利用しやすい。そのため、長年にわたってデータセンターネットワークの標準的な方式として使われてきた。

問題は、スイッチの通信容量が大きくなるほど、スイッチ半導体から光トランシーバーまでの短い電気配線ですら、電力と信号品質の負担になることだ。

そこで注目されているのが、CPOである。

CPOは、光通信部品をスイッチ半導体のすぐ横へ移す

CPOとは「Co-Packaged Optics」の略であり、光通信の機能をネットワークスイッチのASICと同じパッケージ、または極めて近い場所へ組み込む技術である。

ここで、シリコンフォトニクスとCPOを混同してはならない。

シリコンフォトニクスは、光を扱う回路をシリコン上に作る技術である。一方のCPOは、その光回路をスイッチ半導体の近くに配置する実装方法だ。

従来のプラガブル方式では、スイッチASICから機器の前面まで、電気信号を基板上で運ぶ必要がある。

CPOでは、電気信号が移動する距離を数センチから数ミリ程度へ短縮し、その先を光信号として運ぶ。これにより、信号補正に必要な電力を抑えながら、より多くの通信回線を高密度に実装できる。

エヌビディアは、シリコンフォトニクスを組み込んだSpectrum-X Ethernet Photonicsにより、従来のプラガブル光トランシーバーを利用した構成に比べ、ネットワークの電力効率を最大5倍に高められるとしている。同製品は最大409.6Tbpsのスイッチ容量を持ち、2026年後半の提供が予定されている。これはエヌビディアによる製品上の比較値ではあるが、同社が光技術を将来のAIファクトリーに不可欠と位置付けていることは明確である。

エヌビディアは、なぜ光部品企業に40億ドルを投じたのか

エヌビディアの狙いは、単に優れた光通信技術を手に入れることだけではない。

今後、AIデータセンターの建設が続けば、GPUだけでなく、レーザー、光変調器、受光器、レンズ、光ファイバー、コネクターといった部品も大量に必要になる。

特に、CPOを大規模に導入するには、研究室で動作する試作品では不十分である。数十万台規模のネットワーク機器に搭載できる量産能力、品質、寿命、供給の安定性が必要だ。

コヒーレントとルメンタムは、データセンター向けレーザーや光通信部品を供給する主要企業である。エヌビディアが両社へ投資し、長期購入契約まで結んだことは、光部品を将来のAIインフラにおける戦略物資とみなしていることを意味する。

エヌビディアはコーニングとも長期提携を結び、AIデータセンター向けの光ファイバーや接続部品の米国内生産能力を拡大している。GPUの供給網だけではなく、光ネットワーク全体の供給網を押さえようとしているのである。

TSMCも、シリコンフォトニクスチップと電子制御チップを統合する「COUPE」と呼ばれる技術を開発している。光通信機能をCoWoSなどの先端パッケージングへ取り込み、HPCチップと近接させることを目指している。

つまり、シリコンフォトニクスは光通信企業だけの市場ではない。半導体ファウンドリー、先端パッケージング、レーザー、光学部品、ネットワーク機器が交差する新しい競争領域になっている。

すぐにすべてがCPOへ置き換わるわけではない

もっとも、光通信に切り替えれば、すべての問題が解決するわけではない。

従来のプラガブル光トランシーバーには、故障した部品だけを現場で交換できるという大きな利点がある。

CPOでは光部品が高価なスイッチASICの近くへ組み込まれるため、故障時の交換や保守が難しくなる。光ファイバーを高精度に接続する実装技術、レーザーの供給方法、放熱、製造時の検査などにも高度な技術が必要だ。

そのため、一般的なデータセンターのネットワークが一斉にCPOへ移行するわけではない。

当面は、プラガブル光トランシーバーの改良も続く。そのうえで、通信容量と消費電力の制約が最も厳しい、最先端のAIクラスターからCPOの導入が進むと考えるのが自然である。GlobalFoundriesも、現行のプラガブル方式と次世代のCPOの両方を支える製造基盤を提供する方針を示している。

シリコンフォトニクスは、GPUの外側にある次のボトルネックである

AIデータセンターの競争は、GPUの演算性能を高めるだけでは成立しなくなっている。

GPUへ電力を供給する設備、発生した熱を処理する冷却技術、GPUへデータを届けるHBM、そしてGPU同士を接続するネットワークが、システム全体の性能を決める。

シリコンフォトニクスが注目される理由も、光が電気より新しいからではない。

GPUの台数と通信量が増えすぎた結果、従来の電気配線では、消費電力、発熱、通信密度を維持できなくなり始めたからである。

エヌビディアによる40億ドルの投資や、米政府によるグローバル・ファンドリーへの支援は、シリコンフォトニクスが研究開発段階の将来技術から、量産能力を確保すべきAIインフラ技術へ移り始めたことを示している。

HBMがGPUへ計算データを供給する技術だとすれば、シリコンフォトニクスは、巨大化するAIシステムの中で、そのデータをGPUからGPUへ運ぶ技術である。

AIデータセンターの次の競争は、より多くのGPUを並べることだけではない。

並べたGPUを、いかに少ない電力で一つの巨大な計算機として動かすか。

シリコンフォトニクスは、その成否を左右する重要な技術になりつつある。

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