今年の5月に公開された2018年版「ものづくり白書」。「読まなくちゃ」と思ってはいるものの、日々の仕事に忙殺され、まだ読めていない。そんな方もいるのではないでしょうか。
「ものづくり白書」は日本の製造業に関する政府の指針と施策が書かれた報告書です。その概要は、たとえ本書を熟読していなくても、メディアでの紹介記事や製造業に関わるイベントでの経産省による講演を通して知ることができます。特に、2018年版の次の「4つの危機感」については、経営者に向けた強いメッセージとして印象に残っている方も多いのではないでしょうか。
4つの危機感
- 人材の量的不足に加えて質的な抜本変化に対応できていないおそれ
- 従来「強み」と考えてきたものが、変革の足かせになるおそれ
- 経済社会のデジタル化等の大変革期を経営者が認識できていないおそれ
- 非連続的な変革が必要であることを認識できていないおそれ
ただ、これを知っただけでは、ものづくり白書を読んだことにはなりません。確かに、4つの危機感は「ものづくり白書」の根幹であり、最も重要なメッセージです。しかし、重要なことはその「細部」にこそたくさん書かれているのです。約4,500社のアンケート回答による製造業の課題の分析と対応策、そして詳細な取材にもとづいた約150におよぶ先進事例。製造業が「危機」を乗り越えるためのヒントが各所にちりばめられています。特に、企業や団体の取り組み事例はとても詳細に書かれており、参考になるものばかりです。
そこで、本稿ではできるだけ細部のポイントにこだわり、「ものづくり白書」を紹介します。前半では、ものづくり白書は具体的にどのような構成になっており、「何が書かれている文書なのか」を説明します。後半では、経産省が取りまとめた第1章「我が国ものづくり産業が直面する課題と展望」に着目し、重要な部分をいくつかピックアップして紹介します。
なお、本稿は経済産業省 製造産業局 ものづくり政策審議室 課長補佐の住田光世氏の協力のもと作成しました。住田氏には、5月に白書が公開されてからの反響や課題と、来年の5月に公開予定の2019年版の白書作成に向けた取り組みについてもうかがいました(後編)。
「ものづくり白書」の概要を知る
まず、「ものづくり白書」(以下、白書)の構成について説明します。白書は「概要」と「本文」に分かれており、PDFでダウンロードが可能です。概要は、本文のポイントを74ページにまとめた資料です。また、本文は紙の本としてもまとめられています。常時、書店に在庫があるということではないようですが、取り寄せは可能です。あるいは、Amazonで注文すればすぐに手に入ります。
「本文」には、「第1部 ものづくり基盤技術の現状と課題」と「第2部 平成29年度においてものづくり基盤技術の振興に関して講じた施策」があります。第2部は、2017年版のものづくり白書にもとづいて行った施策について報告したものです。2018年版の白書とは主に第1部のことであり、「概要」も第1部をまとめたものです。第1部は以下の4つの構成になっています。
総論
第1章 我が国ものづくり産業が直面する課題と展望
第2章 ものづくり人材の確保と育成
第3章 ものづくりの基盤を支える教育・研究開発
第1章は経済産業省、第2章は厚生労働省、第3章は文部科学省がとりまとめています。本稿では1章に焦点を当てますが、まず全体の構成について簡単に説明します。
上記にあるように、第1章の前に「総論」という文書があります。総論は次のように始まります。
現在、我が国ものづくり産業は大きな転換点に直面している。(中略)「大きな転換点」と言っても、「またか」と感じる向きもあろう。
日本の製造業はこれまでも幾度となく危機を乗り越えてきました。そして、足下の経済は好調であり、受注も設備投資も増加しています。その一方で人手不足に悩まされ、「仕事はあるのに人手が足りず納期が守れない」という状況にある企業も少なくありません。これでは「大きな転換点」という実感をもつことは難しいだろう、と前置きをしているわけです。しかし、その上で次のように続けています。
過去の成功は将来における成功までも約するものではない。(中略)「第四次産業革命」が到来する中、我が国ものづくり産業が直面する課題は、プラザ合意後の円高不況、不良債権問題を契機とする金融不況、リーマンショック、といった過去の困難な時期と比較しても、より本質的で、より深刻なものである。
「より本質的で、より深刻なもの」とは何でしょうか。それは、ものづくりの競争力の源泉が「モノ」から「サービス・ソリューション」へ移行しているという変化です。このような変化が起こったことはこれまでの歴史で一度もありませんでした。そうした世界の大きな変化に対し、日本の製造業が取り残されるという危機感があります。さらに、日本の場合には人材不足の問題もあります。この「ダブルパンチ」により、日本はこれまでにない転換点を迎えているということが語られています。
実際に、経産省らが製造業4,500社にアンケートを行ったところ、その危機感が浮き彫りになりました。それをまとめたのが「4つの危機感」です。経産省の住田氏によると、この4つの危機感は、白書の企画の段階で定まっていたものではなく、約半年にわたる詳細な取材の末、見えてきた実態だと言います。そして、4つの危機感は主に経営者に向けたメッセージです。この危機を突破するには、「経営者の実行力」が不可欠であると、白書は明確に訴えかけています。
こうした背景が2018年版ものづくり白書の根幹にあり、1章から3章までのすべての内容がこの危機感に紐づいて書かれています。
次ページ:第1章~3章の構成を知る
第1章~3章の構成を知る
第1章(経産省)は、3節に分かれています。第1節では、日本の製造業の足下の状況や課題について分析しています。足下の業績や経常収支の推移(稼ぎ方の変化など)、工場の国内回帰の実態、我が国の2つの主要課題である「現場力の維持・強化」(人材不足・品質管理)と「付加価値の創出・最大化」の分析など、日本の製造業の課題についてさまざまな切り口から調査が展開されています。
第1節の詳細については次ページで紹介しますが、ここで一つ補足をします。本文の第1節はさらに7つのセクションに分かれています。7番目のセクションでは「明治期創業のものづくり企業から得られるヒント」というユニークなテーマについて、約6ページにわたって語られています(本文p.74-80)。
前述の「総論」では、「日本は幾度となく危機を乗り越えて」と書きましたが、そのヒントを明治期創業の企業から得ようという狙いです。2018年は明治維新(1868年)から150年を数える年であることが背景にあります。「(明治期の創業から)変えていないこと、変えたこと」「長寿企業の強みと弱み」など5つの切り口から分析しています。
なお、このテーマは白書概要では書かれていません。こうした読み物記事や各所にちりばめられているコラムも、ものづくり白書を読む醍醐味だと言えます。
第2節では、第1節で明らかになった課題をふまえ、2つの対応策が提示されます。デジタル時代の新しい「現場力」の定義と「品質保証」体制の強化です。いずれにおいても、重要なポイントは「経営層の主導力と実行力」であることが示されます。そうした経営者の強力なリーダーシップのもと、デジタルツールを積極的に現場に取り入れたり、独自の人材育成を推し進めたりする企業の事例が、2節では合計24件、コラムとして紹介されています。
第3節では、「モノからサービスへ」という大きな変化と人材不足を日本の製造業が乗り越えるためには、「コネクテッド・インダストリー(Connected Industries)」の推進が不可欠であるとして、ここでも豊富な事例が紹介されています。
「統計データだけでは、本質を読み違えてしまう可能性があります。統計と事例を組み合わせることで、具体的なアクションにつなげられます」と住田氏は話しています。
また、「Connected Industries」を推進する上では、「サイバーセキュリティ」がきわめて重要になります。セキュリティに対する企業の意識や対応策についても、第3節ではくわしく議論されています。
第2章のテーマは「人材育成」です。厚労省がとりまとめています。第1節では日本の企業が人材育成(ものづくり人材、IT人材など)においてどのような取り組みを行っているのか、成果を上げている企業にはどのような傾向があるのかについて、企業のアンケートにもとづいた詳細な分析が展開されています。
「人材育成で成果ありと回答した企業はベテランの技能者が多く熟練技能者集団に近く、成果なしと回答した企業は労働集約的な作業者集団に近い」、「成果あり企業では人材の定着状況もよくなったと回答した割合が高い」といった具体的な知見に注目です。第2節では、それらの課題や傾向に対して、厚労省が取り組む施策について紹介されています。
第3章では、文科省が「ものづくりの基盤を支える教育・研究開発」について指針を示しています。その根幹にある構想が「Society5.0」です(後述)。第1節では、Society5.0の実現に向けた人材育成の方針、第2節ではさらにその中でも、「ものづくり人材」に焦点を当てています。そして第3節では、Society5.0に向けた研究開発のための指針や研究プログラムが紹介されています。
第1章-1節の要点①:業績は好調でも人材不足が顕在化
ここからは、第1章-1節について要点を整理していきます。経産省の調査によると、製造業の足下の業績は、売上高・営業利益ともに好調であり、今後3年においても「明るい見通し」だといいます。
また、白書では国内回帰の現状について詳細にまとめられています(本文p.22)。経産省の調査によると、海外生産を行っている企業の約14%が過去1年で国内に生産を戻しています(中国・香港からが全体の 2/3 近く、続いてタイの順)。戻した理由は、人件費、リードタイムの短縮、品質管理上の問題などが上位となっています。そして、いざ国内回帰する際の主な課題意識としては、「工場労働者の確保」と「高度技術者・熟練技能者の確保」があるようです。
「国内回帰については、読者の反響が最も大きいテーマの一つです。特に、中国で今ビジネスを進めるのは難しい状況にあると、企業のみなさまから多くの声をいただいています。2019年版の白書でも引き続き、製造業の立地戦略の歴史をひもときながら、詳細に分析していきたいと考えています」(住田氏)
今、多くの企業が直面している課題が「人材不足」です(本文p.24)。昨年の白書(2016年の調査)でも課題でしたが、今回(2017年の調査)さらに顕在化しており、その実態はアンケートの結果から切実に伝わってきます。
たとえば、人材不足が「ビジネスにも影響が出ている」と回答した企業は、前回の22.8%から32.1%に増えました。どのような人材が不足しているのかというと、「技能人材」です。「特に確保が課題となっている人材」について、大企業の40.5%、中小企業の59.8%が「技能人材」と回答しています。
一方、デジタル人材と回答した企業は大企業で9.9%、中小企業で3.8%です。2016年の調査で「技能人材」と回答した企業の割合は55.9%、「IT人材」は3.5%でした(いずれも大企業・中小企業合計)。大企業においてはデジタル人材の必要性が高まっているものの、中小企業においては「現場で人が足りない」という切実な実態が見えてきます。
別のアンケートで、「デジタル人材が業務上必要である」と回答している企業は61%で、半分以上にのぼります。残りの38.9%を占める「不要」の一番の理由は「費用対効果が見込めない」(53.9%)、二番目は「自社の業務に付加価値をもたらすとは思えない」(22.5%)です。大企業と中小企業で分けると、大企業は84.4%がデジタル人材を「必要」と考えているのに対して、中小企業は60.0%です。約25%のギャップがあり、やはり中小企業がデジタル人材の育成に踏み込める余裕がないという現状が見えてきます。
第1章-1節の要点②:データの収集はできている、2019年のテーマは活用
次に、データの利活用について調査した結果を紹介します(本文p.38)。住田氏によると、この「データの利活用」のテーマも、読者からの反響が大きいといいます。「国内工場で何らかのデータ収集を行っている」と回答した企業は、2016年は66.6%、2017年は67.6%でほとんど変化していません。この結果について住田氏は、次のように説明しています。
「7割弱という数字はとても高い水準だと認識しています。2015年の調査では40.6%でしたから、実は2016年に20%ほど向上しています。しかし、課題はその収集したデータを活用できていないことにあります」(住田氏)
データを活用している企業が少ないことは、調査データから歴然とわかります。たとえば、生産設備の「見える化」を実施しているかについて、2017年の調査では「実施している」が17.4%、「可能であれば実施したい」が39.4%でした。7割弱の企業がデータ収集を行っていながら、活用にはいたっていないのです。
また、データの収集と利活用を主導する部門を「経営者、経営戦略部門」と回答した企業は、29.6%(2016年)から55.1%(2017年)に増えています。この結果について住田氏は、「経営層主導のアクションが社内に与える影響が大きいことをあらためて実感する一方で、ではそのデータを具体的にどう活用してよいかわからないという実態も見えてきました。どうすれば集めたデータを効果的に活用できるのか、2019年版の白書ではさらに深堀をしていきたいと考えています」と説明しています。
今年の「JIMTOF」(日本国際工作機械見本市)では、70社の生産設備をつなぎ、稼働状況などを可視化するというデモが行われ、さらには「Field system」(ファナック)や「Edgecross」(エッジクロス)、「ADAMOS」(森精機)などのプラットフォーム連携も実現しました。生産設備がつながることがあたりまえになりつつあります。そんな潮流の中で、「データをいかに活用するか」が2019年の課題の焦点になると考えられます。
(後編はこちら)
【関連リンク】
・2018年版ものづくり白書

