2020年5月、株式会社アスコは小型IoTゲートウェイ「PUSHLOG」を発売した。
「PUSHLOG」は、製造現場におけるIoT導入のハードルを下げるため、FAエンジニアが簡単にハードウェアの設置からクラウド環境の設定まで行い、データの可視化に取り組める事を目指した製品である。
アスコはなぜ製造業向けのIoTゲートウェイを開発したのか。そして、FAエンジニアでも簡単に設定できる製品を実現するために、どのような工夫を行ったのか。
アスコ IoT事業推進室長 杉村和晃氏にお話を伺った。(聞き手:IoTNEWS代表 小泉耕二)
FA環境に配慮し、製造業のIoT導入を簡単にする製品を作りたい
IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉):まずは御社の成り立ちと、事業内容について教えてください。
アスコ 杉村和晃氏(以下、杉村):弊社は、FAメーカーを経営していたメンバーが中心となって、2003年に立ち上げた会社です。もともと製造業と関わりが深いため、FA向け製品の開発については「再参入」という意識が強い一方、IoTに関しては取り組みを始めてから2年ほどですので、新規参入のメーカーといえます。
現在、アスコグループは主にIT関係とトラック関係の事業を展開し、グループ全体で約300億円の売り上げがあります。IT関係のグループ会社では、製造業向けのタッチパネルセンサーや、組み込みのタッチパネルコンピュータを作っています。トラック関係では、中古トラックの買い付けや販売を行う会社や、フィルターの洗浄を行う会社を保有しています。
小泉:そもそもPUSHLOGを開発した理由は何でしょうか。
杉村:製造業の方が簡単に利用できるIoT機器を作りたい、と思ったからです。
経営陣から「製造業におけるIoTの普及がもっと進むような製品を作って欲しい」という指示を受け、思い切った投資、思い切った価格設定を行い、開発した製品がPUSHLOGです。
小泉:確かに可視化、と声高に叫ばれている一方で、製造業についてIoT導入がまだまだ進んでいない面がある気がします。ならば製造業をよく知る強みを活かして、製造業におけるIoT導入のハードルを下げよう、という思いが御社にはあるのですね。
ハードウェアからクラウドまで一括提供、プログラミングレスで設定ができる
小泉:PUSHLOGのコンセプトと製品構成を教えてください。
杉村:PUSHLOGはPLCに接続するハードウェア本体、それに内蔵する通信SIM、取得したデータを上げるためのクラウドシステム、データを可視化するダッシュボードを一括で提供することによって、簡単にIoT化に取り組んでもらう、というコンセプトの製品です。
これまでは、FAのエンジニアと、Sierや情シスの間に技術の違いがあるため、製造業におけるIoT化については困難な面がありました。しかしPUSHLOGの場合、FAエンジニアがすべて設定を済ませ、クラウド環境へのデータ収集、簡単な可視化を行う事が出来ます。
また、クラウド上のデータをAPI連携によってSier側が取得できるため、可視化した後のデータ活用についてもステップを踏めば、簡単に取り組めるようになっています。
小泉:ハードウェア本体は、スマートフォンくらいのサイズなのですね。
杉村:はい。これを、PLCなどを入れている工場内の制御盤に取り付けます。
小泉:可視化の環境を簡単に設定できる、とのことですが、実際にどのような手順で行うのでしょうか。
杉村:まずはユーザーが専用Webページ内で作成したアカウントに、新規のゲートウェイを登録します。登録については、本体に付いているIDを入力し、名称を付けるだけで完了します。
そして、接続するPLCの通信設定を行います。通信設定については、Webページ内でメーカーや型式を選択するリストが出てきますので、それを選ぶだけでデフォルトの設定をプログラミングレスで行う事ができます。
通信設定を行った後は、データ取得のタイミングを決めます。例えば圧力値を1分間隔で取りたい場合、データ名を「圧力値」、アドレスを「1000」と選択すれば設定ができます。
小泉:ゲートウェイの状態や取得したデータについては、どのように確認できるのでしょうか。
杉村:Web上の管理画面において、PUSHLOGとPLCの接続状態、システムアラーム、またはユーザー設定のアラームの有無、電波の接続状態を確認できます。
さらに「詳細」をクリックすれば、登録したPLCの詳細データが表示され、データログの検索やグラフ化といった処理を行う事ができます。
webページ上の管理画面については作り付けであるため、FAエンジニアが新しく画面を開発する必要は有りません。
簡単な可視化を短時間で実現、料金は通信料とクラウド使用料込みの2年間定額
小泉:PUSHLOGについて、他のIoTゲートウェイ製品と異なる特長はありますか。
杉村:特長は2点あります。1点目は、簡単な可視化ならば、クラウド環境を整えてデータを蓄積するまでの流れを短時間で作る事ができる、という点です。
従来、製造業におけるIoT化では、Sierがユーザーの現場に出向いて仕様を相談し、ハードのプログラム作成、データサーバーの導入、可視化のシステム作成を行い、さらにPoCに取り組む、という流れでした。しかし、これでは時間と費用が掛かってユーザー側が疲弊するため、IoT化の取り組み自体が敬遠されがちでした。
しかしPUSHLOGの場合は、FAの方でも購入すれば、すぐに可視化の仕組みを立ち上げる事ができます。
小泉:製造現場の技術者はFA機器の設定を熟知しているから、あとは通信とデータ取得の設定さえ簡単にすれば、クラウドを利用した可視化を導入し易くなる、ということですね。
杉村:はい。データベースの設計を知らなくてもゲートウェイを簡単に設置できる、という事が特長の1つです。
小泉:特長の2点目は何でしょうか。
杉村:通信費やクラウド使用料込みで2年間98,000円という、定額料金を設定していることです。
昨今、月額サブスクリプション制が注目されがちですが、製造業の場合、カード決済を行う事が難しい企業が多いです。そこでPUSHLOGは定額で提供し、延長する場合は1年ごとのライセンス購入を行う形を取っています。定額制のため、追加料金を気にせず使ってもらう事ができる、というメリットがユーザー側にはあります。
小泉:一定金額内でサービスの改善を行い、ユーザーの利便性を高める方がSaaSの考え方に近い気がします。
杉村:はい。定額内でサービスの提供を重ねることによって、契約率の上昇を狙っています。PUSHLOGの契約者が増えれば、新しいサービスをリリースした際にその契約者が利用してくれる、と考えているからです。
次ページは、「製造現場での利便性を考慮した、2ピース構造のハードウェア」
製造現場での利便性を考慮した、2ピース構造のハードウェア
小泉:技術面について具体的なお話を伺います。まず、搭載する通信プロトコルについて教えてください。
杉村:シリアル通信を搭載した型式が2種類あります。1つは主にPLCと接続する「RS-232C」を搭載した型式、もう1つはインバータや温調器といったModbus対応機器と接続する「RS-485」を搭載した型式です。
ちなみに各型式には、センサーやスイッチとつながる外部入力を2点搭載し、装置のオンオフ状態を確認できるようにしています。
小泉:電源供給はどのように行うのでしょうか。
杉村:PLC付近に設置する事を前提に、ハードウェアにヨーロピアンコネクタを付けてDC24Vを供給できるようにしています。ただし、結線せずに通信と一緒に電源供給したい場合についても、DC5Vで動くように作って対応しています。
小泉:シンプルにPLCと接続できる反面、PLCとPUSHLOGは一対一対応に限定されているのでしょうか。
杉村:はい、基本的には一対一です。複数のPLCからデータを取得する場合、データ収集用のPLCというのを1台置いて結線する、という方法を取ります。しかし、PUSULOGの場合は大規模な情報収集よりも、スタンドアローンの装置を対象とした簡単なデータ収集を想定した製品ですので、一対一対応で十分、という導入企業が多いです。
小泉:現場での取り付け作業に関して、工夫を凝らしている点がありますか。
杉村:ハードウェアを2ピース構造にすることにより、制御盤の表面をアンテナ面と接続面で挟み込むような形で、簡単に後付けできるようにしています。
取り付けの際、ユーザーには制御盤の表面に直径30ミリの穴を開けてもらいます。そして、その穴を通して、電波を送受信するアンテナ部を外側に、防塵・防水が必要なPLCとの接続面を制御盤の内側に向けて取り付けます。
小泉:FA環境に配慮して複雑な部分をそぎ落とし、シンプルにしている事がPUSHLOGのポイントですね。複雑な処理については高度化が進むIPCに任せて、それ以外のシンプルなデータ取得についてPUSHLOGでは取り組んでいる、という印象を受けます。
杉村:はい。私たちもそのような棲み分けを意識しています。高性能の機械から取得したデータはエッジコンピューティングで処理すれば、クラウドとの連携が容易です。しかし、安価なPLCのIoT化についてそのような仕組みを導入することは、コストが合いません。したがって、分析の一歩前の段階である、簡単なデータの可視化ならばPUSHLOGで十分対応できます、という形で企業には提案しています。
小泉:通信SIM内蔵という点については、閉域通信をし易い事がセールスポイントになると思います。
杉村:はい。ハードウェア本体にチップ型のeSIMを搭載しており、完全に閉域網でつなげる事ができます。
小泉:クラウドは何を利用していますか。
杉村:データを上げるまでのセキュリティが担保できる点や、データ連携の利便性を考慮してAzureを利用しています。
遠隔監視による保守により、現場に赴く手間を無くす
小泉:保守メンテナンスはどのような体制で行っているのでしょうか。
杉村:ユーザーの許諾のもと、弊社が遠隔でシステム内に入り、サポートしています。遠隔監視を利用すれば長くかかっても数時間で解決できるため、メンテナンスのため現場に赴むく手間がありません。製品の交換については、基本的には標準在庫で対応しています。
小泉:遠隔監視については、デバイスの中にサポートを行うためのOSが積まれているのでしょうか。
杉村:いえ、OSは搭載しておりませんが、システムのログなどを全て残せるような仕組みをもっています。
小泉:組み込みのレイヤーでそのような仕組みを作っているのであれば、PLCからのデータを1分以下の短時間でサンプリングできると思います。
杉村:はい。PLCのデバイスを、数十ミリセックの間隔でポーリング(一定の周期で端末側からの通信要求や処理要求を確認すること)を行っているため、実際にはPLC内のリレーがオンしたらデータを取得する、といった設定も出来ます。しかし、現在は2年間9万8000円の提供価格に抑えるため、最小1分周期のサンプリングに設定しています。
小泉:どの部分がボトルネックとなって、提供価格に影響するのでしょうか。
杉村:クラウド側にデータを溜めている際の通信料です。一回ごとの通信料金は小さいですが、どのくらいの量のデータが蓄積されるのか、という事を考慮しなければ、結局は大きな金額がかかってしまいます。
小泉:膨大なデータの蓄積によって金額がかかる事を防ぐため短周期にはしないが、技術的には数10ミリセック程度の間隔でデータは取得できる、ということですね。
杉村:はい。高速でデータを取得したい場合は「高速大容量プラン」をオプションでご用意する予定です。また、トラブル発生時には、1分以下の高速周期で蓄積したデータを一括でクラウドに上げる「アラームレコーダー」という仕組みを導入する予定です。
小泉:そのような仕組みがあれば、ユーザーは遠隔でもトラブル対応の指示が出来ますね。あるいは、カメラの映像データと組み合わせた活用も出来るのではないでしょうか。
杉村:はい。ハードウェアにはRJ45コネクタを付けており、今後はイーサネットにも対応しようと思っていますので、ネットワークカメラを併用した事例が出てくるかもしれません。
小泉:PUSHLOGの利点は、産業機械が発する多頻度のデータを、短周期で受け取れる点であると感じました。したがって、映像処理に利用するのであれば、IPCと組み合わせた別のサービスを構築する、という案も考えられるのでは、と思いました。
杉村:そうですね。例えば現場にストレージを設置し、クラウドにはファイルナンバーのみを上げて、必要がある場合だけストレージに保存した画像データを確認する、という活用方法もあると思います。
次ページは、「FA機器をいじらずIoT化出来る点が、製造業には魅力的」
FA機器をいじらずIoT化出来る点が、製造業には魅力的
小泉:PUSHLOGを導入するユーザー層について教えてください。
杉村:製品の出荷は2月から始めていますが、そのデータを見る限りでは6割の顧客が製造業です。それ以外の4割は、農業用途など非FA分野で使われています。
小泉:購入先は設備会社が多いのでしょうか、それともエンドユーザーが多いのでしょうか。
杉村:エンドユーザーが3割、設備メーカーが3割、残りの3割は自社の商品と合わせて共同提案されるFA機器メーカー、という割合になっています。
小泉:確かにFA機器メーカーにとっては、自分たちが扱っている機器をいじらずにIoT製品を売ることが出来る、というメリットがあると思います。
杉村:はい。従来、スターターパックで販売するIoT機器にはセンサーの用途を決め打ちしたものが多く、導入するためにはFA側の環境を変える必要がありました。PLCに接続するだけでデータを取得できる仕組みを作ってしまえば、そのような問題は発生しません。
小泉:製造業の側も「FA側に近い製品」という点を評価して、購入を決めているように思います。
杉村:そうですね。PUSHLOGの開発メンバーにはPLCやタッチパネルの開発経験者が多いため、FAエンジニアにとって分かり易い管理画面のUIを作成するなど、製造現場に配慮した製品作りを行っています。
そのため、顧客から「FAでも理解できるIoT製品が出てきた」「IoT化について投資やPoCに失敗した経験があるが、PUSHLOGについては自分たちでもIoT化に取り組めるという気持ちになる」という意見をいただくことがあります。
製造業ではOAに活用、手打ちや手書きのムダを省く
小泉:製造現場では具体的にどのような事例に取り組んでいるのでしょうか。
杉村:人による設備の定期巡回を遠隔監視に変え、省人化を図る、といった事例が多いです。
小泉:取得したデータを利用し、機械学習による予知保全を行う事例はあるのでしょうか。
杉村:BIツールによる可視化やエクセル帳票への出力にデータを利用する事例はありますが、予知保全の事例はまだありません。
小泉:実績報告といったOAサービスにデータを活用し、手打ちや手書きのムダを省く、という用途が多いのでしょうか。
杉村:はい。実は製品のリリース前に、機械学習との連携サービスについても検討しました。しかし、製造現場には未だ手書き作業が多い事に気付き、可視化のレベルでも出来る事はまだ沢山ある、という考えに至りました。
小泉:例えば、ボタン一つで業務日報を作成する仕組みを要望する企業がいるのではないでしょうか。
杉村:おっしゃる通りです。作業終了時間にボタンを押すだけで、すぐに業務実績を集計したレポートが出る、という仕組みについて、現在パートナー企業と取り組んでいます。
ダッシュボード機能を充実させ、製造業におけるデータ活用の幅を広げたい
小泉:今後の展望を教えてください。
杉村:主に2点あります。1点目はシリアル通信だけではなく、イーサネットに対応した型式も開発する事です。
2点目は、現在の簡易的な可視化を行うダッシュボードに、ガントチャートの作成といった更なるデータ分析を行うための機能をパートナー企業と開発し、追加する事です。
小泉:簡単な可視化から、今度はデータ分析による生産状況や稼働監視を行うフェーズに力を入れたい、という事でしょうか。
杉村:はい。その際も、FAエンジニアだけで設定や操作が完結できるような仕組みを提供するつもりです。いま、クラウドの利便性が一層向上していますので、製造業の方々にはその仕組みを上手く使い、データ活用の自由度をさらに広げて欲しいと思っています。
小泉:本日はありがとうございました。