NECのものづくり共創プログラムにおいて、経済産業省 商務・サービスグループ物流企画室長 中野剛志氏から、「物流の課題における、歴史的経緯、これからどのように対応していくべきかという取り組み」について講演があった。
物流の問題というと、それ以外の産業では、「コスト削減をすればよい」という程度にしか見ていない企業も多い。しかし、バブル期以降の物流の規制緩和やその後の長引く不況、ECの隆盛といった歴史の流れを紐解くと、全ての産業にとって重要かつ深刻な状況が起きていて、まさに「物流クライシス」と言うべき状況なのだ。
物流クライシス
2015年を100とした、道路貨物輸送(トラックのコスト)を見た図を見ると、80年代から90年はバブルで急激に上がった。その後規制緩和、不景気でなだらに下がった。
そして、2015年にバブルごろの水準まで戻り、その後上がり続けている。
ECマーケットの広がり、マスカスタマイゼーションの潮流
現場のコスト増における要因として考えられるのは、「ECの普及による宅配便のコスト急騰」だけではないと中野氏は言う。
バブル期は、輸送量の増大と共に、トラックドライバーの年収も上がっていたが、その後バブル崩壊と共に下がっていき、2015年くらいから上がり始めているのだが、全産業平均から比べると下回っている。
つまり、物流コストがインフレになってい流にも関わらず、トラックドライバーの賃金はあがっていない(どころか、全産業平均以下になってしまっている)のだ。
なぜ、こんなことが起きているのだろう。物流コストインフレの理由は、ECだけでなく、積載効率が悪いく、運ぶべき荷物の量に対して適切な量のトラックがないことが原因だ。
小売の輸送では「多品種小ロット輸送」が増えているし、製造業における「多品種少量生産」が進む中、部品の調達でも同じ傾向が見られる。
製造現場のマスカスタマイゼーションが実現できることで、調達物流は多品種小ロット輸送になるため、調達物流にはかなりの負荷がかかっていることとなる。
ドライバーの人手不足と働き方改革によって起きる「物流の2024年問題」
また、供給サイドの課題として、規制緩和後の競争激化がすすみ、価格減少のためドライバーの賃金が低下、労働環境も悪化していったという。
トラックドライバーは、全産業からすると2割くらい長時間労働なのにも関わらず、賃金は低い。また、トラックドライバーの平均年齢も高齢化しているという実態がある。
こういった背景から。「2030年には荷物の36%は運べなくなる」状況なのだという。
さらに、トラックドライバーの労働環境の改善施策として、2024年の法改正でトラックドライバーの時間外労働に対する上限規制がはいることとなる。
これは、「物流の2024年問題」と言われていて、物流コストの高騰の可能性があるのだ。
カーボンニュートラル
もう一つの要素として、「カーボンニュートラルへの要請がある」と中野氏は言う。カーボンニュートラル対策はそのままコスト要素となり、物流コストに跳ね返るからだ。
物流の需要と供給を考えると、バブル以降、規制緩和によって、ドライバの数は増えたが、景気が悪くなり需要が伸びなかったため、2000年代はデフレ状況だった。
そして、2010年以降、受給のバランスが逆転し、需要が上がる一方で、労働者人口は減少、時間外労働規制、カーボンニュートラル、という要因のため、今後改善される見込みもなく物流コストは高くなる一方だといえる。
中野氏は、「こういった状況を放置しておくと、2030年に10.2兆円の経済損失となりそう」という試算を紹介した。
例えば、業界1位の企業の製品と、2位の製品があったとする。
1位の企業には物流が足りなく、2位の企業は物流が潤沢にあるとすると、1位の企業であったとしても「物流がないこと」で、「製品が消費者に届かない」というケースが出てくることになる。
つまり、物流が競争の源泉となり、物が運べるかどうかが販売数の差となるわけだ。今後は、「物が運べる量に合わせて製造や販売を行わざるを得なくなる」可能性がある。
物流クライシスへの対応
物流の課題は、「運賃」と「非効率性」なのだと中野氏は言う。
バブル後の運賃を圧縮施策として、規制改革をして運賃を下げたと言う経緯がある。その結果、参入障壁は下がったが、ドライバー賃金も同時に下がったため、その後参入数が減っていくこととなったのだ。
人手不足を改善するには運賃をあげて、労働改善を上げるしかない。しかし、単純に運賃を上げるだけでは物流コストが上がる。
全体の物流コストを変えないで参入を増やすには、ドライバーの賃金の部分ではなく、その他の非効率な部分を見つけて圧縮するしかないのだ。
例えば、製造業において、「多品種少量はやめて、計画的に大ロットで発注をする」という対応がある。
しかし、そんなことができるのだろうか。
製造業から見たサプライチェーンマネージメントの目指すべき姿は、「部品の調達から生産、物流、販売をするというバリューチェーンをデータで連携することで、需要の変動に対して即座に対応することができる」ということはいうまでもない。
しかし実際は、このようにバリューチェーンはデータでつながっていないし、そもそも物流コストが可視化されていない場合が多く、全体のコストとして入っていない、販売物流に関しても、外部化していてコントロールできていない状況だ。
製造業でも物流改革が進んでいる例
水平の企業間協調・連携での物流改革の例としては、「F-LINEプロジェクト」がある。これは、味の素なやハウス、カゴメなどがあつまって、共同配送する仕組みだ。
また、キューピーなどでは、納品リードタイムを長くすることで、1回の輸送における積載率を上げたり、発注ロットを大きくしたりして、物流の無駄を減らしている。
こういった取り組みは、物流業者は恩恵を受ける一方で、着荷主にメリットがないので、なかなか実現されてこなかった。荷主の相互理解があって初めて実現されることだとも言える。
さらに、これを実現しようと思うと、情報システム資産も刷新しなければならない、ということも問題になる。
NECのものづくり共創プログラムでは、会員企業とのオンラインでのコミュニケーションで意見集約をしながら物流クライシスとフィジカルインターネットについて議論が進んだ
フィジカルインターネットのロードマップ
そこで、「フィジカルインターネット」という考え方を、国土交通省と経済産業省で検討してきたのだ。インターネット通信の考え方を、物流(フィジカル)に適用した新しい物流の仕組みとして、2010年頃に提案され、以降、国際的に研究が進められている。つまり、これは、「次世代の物流システム」だとも言える。
例えば、デジタル技術を駆使して、トラックや倉庫の空き状況を見える化して、コンテナも規格化、共同配送しようという考え方が実現されている。
こういったことが実現されると
- オープンなハブ拠点で結節
- ユニットロードで積載効率化
- 物流拠点では自動化、ロボットが活用される
- 需要予測をシェアすることでいらないものは作らないし、運ばない
- 帰り荷物をリアルタイムマッチング
- リアルタイムルート・赤黄拠点を最適化
- オペレーションっっ標準化、商慣行適正化
といったことが実現される。これらは、実は海運や航空の物流では既におこなわれていることで、これを陸上でやりたいということだ。
ちなみに、すでにリレー輸送など、部分的には実現されている。こういったことを一部の事業者間でやるだけでなく、日本中の物流網を最適化する取り組みとなるのだ。
フィジカルインターネットの実現イメージ
フィジカルインターネットは、「効率性」だけでなく、「レジリエンス(強靭性)」にも恩恵がある。
例えば、災害で物流が止まったとしても、すぐ別のルートにいくことができる。別ルートの車に混載するなど物流がとまらない状況を作ることができるのだ。
他にも、「良質な雇用の確保」やしっかりした物流機能が企業にない小規模事業者などでも全世界にむけてものを運んで商売をすることが可能になる「ユニバーサルサービス(社会インフラとしての物流)」も実現可能となる、という価値がある。
フィジカルインターネット・ロードマップ
理想的に見える、フィジカルインターネットだが、「その実現は、すぐにできないし、みんなで協力しないといけない」と中野氏は言う。
そこで、「フィジカルインターネット実現会議」を開催し、スーパーマーケット、百貨店、建材・住宅設備、といった業界ごとのアクションプランを作ったのだという。
ちなみに、政府レベルでフィジカルインターネットのロードマップを作ったのは初めてなのだということだ。
このロードマップでは、2025年くらいまでに各業界においける物流の標準化を行い、EDIの普及などをやっていく。
2026年-2030年で離陸する。具体的には、業界内、地域内でのプロト・フィジカル・インターネットができてくることになる。その結果、業界や地域内での共同配送が徹底されるようになる。
そして、2031年-2035年になると、業界の垣根をこえ、全国、海外と発展していく。
業種別アクションプランでガラパゴス化しないために、あとで業界間、地域間でつなぐことができるように気をつけることで、2036年くらいから本格的なフィジカルインターネットが実現されるという考え方だ。
製造業においても、調達物流をどうにかしないと、物が作れない、作ったものを運べないということが起きてしまう。
中野氏は、「なんとかして、こう言った取り組みを製造業にも広げて、全国の運動としてやっていきたい」と述べた。
フィジカルインターネット実現会議の資料は、経済産業省のホームページで公開されている。
https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/physical_internet/index.html
無料メルマガ会員に登録しませんか?
IoTNEWS代表
1973年生まれ。株式会社アールジーン代表取締役。
フジテレビ Live News α コメンテーター。J-WAVE TOKYO MORNING RADIO 記事解説。など。
大阪大学でニューロコンピューティングを学び、アクセンチュアなどのグローバルコンサルティングファームより現職。
著書に、「2時間でわかる図解IoTビジネス入門(あさ出版)」「顧客ともっとつながる(日経BP)」、YouTubeチャンネルに「小泉耕二の未来大学」がある。