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テクノロジーは職場環境の全体最適をもたらすか? —八子知礼×小泉耕二【第7回】

テクノロジーは職場環境の全体最適をもたらすか? —八子知礼×小泉耕二

IoTNEWS代表の小泉耕二と、株式会社ウフル専務執行役員/株式会社アールジーン社外取締役の八子知礼が、IoT・AIに関わるさまざまなテーマについて公開ディスカッションを行う連載企画。本稿では、第7回をお届けする。

「IoTやAIによって、世の中ではこんな変化が起きている!」と熱をもって伝えても、「そうなんだ」とあっさりとした反応が返ってくることがある。このGAPはどこからくるのか。

その原因の一つは、職場環境にあると考えられる。AIで自動化だといいつつも、デスクの上には大量の書類が積み重なっていたり、PC内のエクセルファイルが見つからなかったり、会議室のプロジェクターとパソコンがうまくつながらなかったり…。

取引先によっては、電子メールを使えなかったり、FAXがきちんと届いているかを電話で確認しなければならなかったりするビジネスマンも少なくない。

いちばん身近なところが変わらないのに、世界が大きく変化していくイメージが持てないのは当然のことなのかもしれない。

そこで、今回の八子×小泉の放談企画では、「オフィス」をテーマに、テクノロジーがこれからの職場環境や働き方をどう変えていくのかを議論する。

ただし、セールスマンにiPadを配布して営業活動を効率化する、というような「個別最適」的なことではない。

働き方そのものを抜本的に変えるような「全体最適」をもたらす技術はあるのか。あるいは、それは本当に求められていることなのか、といった観点からも八子と小泉が模索していく。

インターネット・メールから変わり始めた、私たちの職場環境

小泉: 今回は、オフィスをテーマに議論をしていきたいと思います。

私はこれまで20年間、IT業界と関わってきているのですが、インターネットを使った電子メールによって仕事環境が激変したな、と思っています。

振り返れば、オフィスに一人一台、パソコンが与えられ、インターネットを使った電子メールの活用が普通になってきました。

それにより、たとえば会議においてもその場で議事録を打ち込み、関係者にメールを送るだけですみます。時間的な効率がよくなりましたし、それまでにはなかった仕事の習慣ができてきました。

ただ、それ以降、さまざまな技術は出てきているものの、あまり変化はしていないな、という感覚があります。

八子: 「クラウド」という、大きなものがあるではないですか。

小泉: そうでした。八子さんは今でこそ「ミスターIoT」ですが、元々は「ミスタークラウド」でしたね(笑)。

八子: クラウドによって、我々の生活は大きく変わりました。小泉さんも、ドキュメントは全部クラウドに上げていますよね。

小泉: そうですね。当社もファイルサーバはもうなくなっていて、すべて「Google ドライブ」に入っています。

八子: そうでしょう。ということは、メールだけでなく、オンライン上にワークスペースがあり、ファイルストレージがあり、コンテンツもすべてクラウド上にあり、完結します。

クラウドは、結構な衝撃があったのではないかと思いますよ。

小泉: なるほど。確かにそうかもしれません。

株式会社アールジーン社外取締役/株式会社ウフル 専務執行役員IoTイノベーションセンター所長兼エグゼクティブコンサルタント 八子知礼

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期待が高まる、バーチャル・リアリティ(VR)のオフィスでの活用

小泉: クラウドが登場したように、世の中ではさまざまな変化があって、私たちの生活や仕事のやり方は変わってきていることがわかります。

他に、私が最近面白いと思った例で、「HTC Vive」というバーチャル・リアリティ(VR)技術を使った事例があります。

VRが見えるゴーグルをつけ、コントローラを手に持って操作します。バーチャル空間上に会議室があり、5Gなどの高速通信を前提として、会議を行ったり、製品の設計図面をバーチャル空間上に映し、ひっくり返したり回したりして、ディスカッションできるというデモンストレーションです。

VRなので体験してみないとわからないということもあるのですが、これは、私としてはかなりセンセーショナルな体験でした。

これだと、本当に会議室が必要なくなると思ったのですね。こういうものについては、八子さんはどう思われますか?

八子: クラウド上に3DCADのデータがあり、それを複数のメンバーでクラウド上にアクセスし、それぞれのローカルな3D端末で共有する、というようなものは既にありますよね。

小泉: はい。それだと、今でもできるかと思います。ドキュメントを共有するだけでなく、一緒につくれるといった製品もあります。

そういった「共同作業」ができるような製品は増えていると思うのですが、私が体験したデモでは、生々しさが違うような気がしました。アバターがいて、そこから先方が話している声が聴こえてくるからではないか、と思っています。

八子: アバター(ユーザーの分身となるキャラクター)がいるんですね。

小泉: はい。アバターがいて、小泉、八子さん、というようにそれぞれに名前がついています。ただ、実物はどこにいるかはわかりません。でも、同じテーブルの上で同じテーマについて議論ができる。

八子: ワークスペースの中に、”没入”できるしくみということですね。クラウドやアプリケーションがクラウド上にあったとしても、操作環境やユーザーインターフェースがネットワークの外側にある場合とは違いますね。

小泉: バーチャル空間上にユーザーインターフェースがないということですね。

八子: そうですね。ですから、これまでだと、あくまでパソコンないしはスマートフォンの外側にユーザーインターフェースがあって、手や音声といった何らかの操作方法で行うわけですね。

ところが、小泉さんが話してくれたVRの例だと、電脳空間と言いましょうか、クラウドの空間上にヒトが完全に入り込んだような状態のままで、空間操作をすることができる、ということですね。

株式会社アールジーン代表取締役/IoTNEWS代表 小泉耕二

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VRの“没入感”は仕事に必要?

小泉: 『マトリックス』(1999年に公開されたアメリカ映画)などの映画にあるように、バーチャル空間の中にヒトが入り込み、そのリアリティが高まってくると、リアルの世界にいるのか、バーチャル空間の中にいるのかといった、区別がつかなくなりますよね。

映画の世界だと「ほう」と思っていたのですが、実体験してみるとそのような感覚に近く、操作に慣れてくると、あまり手足を動かすことに違和感がなくなってきます。

つまり、バーチャル空間の中がかなり”器用”になっていて、モノをつかんだり広げたりすることが自然な操作としてできるようになっているのです。

自分が思ったことを、(バーチャル空間で)すぐにできてしまう。そうなってくると、仕事の環境も変わってくると思います。

八子: 我々は、ハノーバーメッセでVRアーティストの「せきぐちあいみ」さんのパフォーマンスを見ましたね。

小泉と八子は、4月23日~27日にドイツのハノーバーで開催された世界最大の産業見本市「ハノーバーメッセ」を訪問していた。

VRゴーグルを使い、3D空間上で彼女が描いたものを我々は(ゴーグルをとおして)ずっと見ていましたけれども、あれは”没入感”ならではこその操作感かつ素晴らしいグラフィックが可能になるわけで、パソコンのこちら側にいると(ユーザーインターフェースがVR空間の外にある場合)、なかなかあそこまでのものは描けないのかもしれませんね。

ただ、私も最近、自宅で「Oculus GO」を使い、色々なコンテンツを見ていますが、2時間も見ているとかなり脳が疲れてくるというか痺れてきて、つけたまま寝てしまう時があります(当然、デバイスの電源は切れています)。

小泉: 普通に疲れているだけじゃないですか(笑)。

八子: いやいや(笑)。元々疲れているのもありますが、長く見ていられないのです。

ですから、たとえば先ほどのようなVR空間上で、8時間ずっとCADの画面を見ながら、議論や作業を続けるということができるのかな、というのは思います。

小泉: 私は、リアルな世界でパソコン作業をすることと、バーチャル空間の中で没入して何かをすることは、使い分けることができるのかなと思っています。

例えば、会議などをとおして(会議そのものは無理にバーチャル空間でやる必要はないかもしれませんが)、出来上がってくるモノ(製品)の過程をメンバーと共有したり、写真とか立体物を見ながらイメージを共有したり。

文書で伝えるのではなく、活字よりもわかりやすい「イメージ」を使って訴求していくということができると思います。

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テクノロジーが職場に普及しない理由

八子: 今日のテーマであるオフィスでの活用に戻ると、ばオフィス空間でなかなかそういったものが採用されないのはなぜなのでしょう。

小泉: 一つは、値段だと思います。

八子: 値段ですよね。「Oculus GO」のように3万円を切るような価格になってようやく、社員ひとり一人に配布しても構わないのかな、というレベルです。数十万円するというような場合には、多くのヒトには行き渡りません。

また、ガチャっとヘルメットを被るというようなタイプでは、設備的な要素が強くなり、場所を拘束されてしまう。

私の前職の会社であるシスコ・システムズでは、「テレプレゼンス」の製品を販売していました。(遠隔地にいる)相手がまさに目の前にいるように、生々しい映像と音が伝わってくる環境がつくれるシステムです。

今でこそ値段が下がり、小さくなり、持ち運びができるようになって、ようやく普及し始めました。

我々はスマートフォンによって、場所の制限から解放されました。あるいは、クラウドによって、会社に行かなくてもいいというような環境ができてきた。そのような状況の中で、場所を固定されてしまうというのは、非常に大きな制約となります。

小泉: 政府がかかげる「働き方改革」でも、「テレワーク」(インターネットなどを使い、時間や場所の制約を受けずに、柔軟に働くこと)を推奨すると言っていますね。

八子: はい、ただ、これまでの「働き方改革」では、テレプレゼンスやVRのしくみを活用することで、出張に行かなくてもすむ環境が求められていましたが、今は少し変わってきています。

弊社ウフルでもそうですが、「ワーケーション」といって、「ワーク」(仕事)と「バケーション」(休暇)を併用する取り組みです。たとえば、南紀白浜に行って、半分遊びながら半分仕事をする、もしくは日中は仕事をするのだけれども、夜はバケーションというような。

つまり、「オフィスから出て行った方がいい」、「出張してもいい」という流れになっているのです。

小泉: ずっと東京で仕事をしているよりは、集中したい時はどこか地方へ行くというようなことですよね。文豪の先生みたいですね。温泉地で執筆されたりしますから。

八子: VRのようなテクノロジーにおいては、単価がようやく下がってきて、これからまさに百花繚乱というような時期ではあります。一方で、テクノロジーに過度に依存しない、もしくはそれをベースとしながらも、オフィスから外に飛び出していって、さまざまな場所で仕事をするというような流れがある。

私は、ある程度、TPOがあるのではないかと思っています。つまり、閉鎖空間上の中ではVRが活用されることが多くなるのでしょうが、今の「ワーケーション」や「働き方改革」の観点からすると、それは逆行とは言わないまでも、オフィスの中に浸透していくかというのは、ややもすると二極化する可能性はありますね。

小泉: オフィス改革ということ自体がそもそも変だということでしょうか。

八子: 職種によって改革の度合いがだいぶ違うと思います。デザイナーなどプロダクトの設計・開発など関わるような人たちの場合には、オフィスでVRゴーグルをつけて進捗の度合いを共有するでしょう。

ただし、たとえば営業など、お客さんに会わないといけないような職種の場合には、やはりVRを活用するというのは、難しいのかもしれませんね。クラウドとスマートフォンだけで解決するような人たちも当然います。

小泉: かつてのインターネット・メールのように、何らかのテクノロジーが一足飛びに入ってきて、我々の生活を根底から覆すというようなことではなく、使われるべきところに、使われるべくしてテクノロジーが入っていく、というようなイメージでしょうか。

八子: そうですね。同時に、ブロックチェーンのようなしくみによって、個人がIDによって認証されるということが進むでしょうし、そのような場合には、共通のプラットフォームを使うことになる。そのあたりは普遍的に変わらないでしょうね。

小泉: なるほど。インフラは共通化が進み、ツールにおいてはケースバイケースということですね。ツールにおいては、これから値段も下がっていくでしょうし、毛嫌いせずに色々試していって、”よい働き方”を模索できるといいなと思います。本日はありがとうございました。

【関連リンク】
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VRアーティスト せきぐちあいみのパフォーマンスでVRの良さを伝える ーハノーバーメッセレポート14
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放談企画の第6回はこちら

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