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MaaSのカギを握る、「マイクロモビリティ」の現状と課題 ―八子知礼×小泉耕二【第18回】

MaaSのカギを握る、「マイクロモビリティ」の現状と課題 ―八子知礼×小泉耕二【第18回】

IoTNEWS代表の小泉耕二と株式会社ウフルCIO/株式会社アールジーン社外取締役の八子知礼が、IoT・AIに関わるさまざまなテーマについて月1回、公開ディスカッションを行う連載企画。本稿では第18回目をお届けする。

本年6回目となる八子と小泉の放談企画。今回のテーマは「マイクロモビリティ」だ。

私たちが住む町を見渡すと、個人のクルマやタクシー、バス、電車などさまざまな移動手段がある。デジタルの力を使ってそれらを包括的に一つのサービスとして提供する、新たな「モビリティ(移動)」の概念を「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」と呼ぶ。そして、「マイクロモビリティ」はその中でもeスクーターや自転車といった小型の移動手段のことを指す。

このほど、八子はヨーロッパを旅してMaaSの現状を視察した。そこで最も目にとまったのが、町が一体となって進める「マイクロモビリティ」の取り組みだったという。ヨーロッパで「マイクロモビリティ」はどれほど進んでいるのか、その現状から日本の事業者がおさえるべきポイントは何か、八子と小泉が議論を行った。

パリで大流行、「eスクーター」

小泉: この度、ヨーロッパを旅行されて、どのような気づきがありましたか?

八子: 今回のメインの渡航先の一つはパリです。そこでいちばん気になったのが、「eスクーター」です。パリの街中のいたるところで見ました。

これは、「スクーター」とは呼ぶものの、キックボードの電動版です。ちょっと地面を蹴ってスロットルを回せば、すいすいとどこまででも走れます。

dottが提供する「eスクーター」(写真提供:八子知礼)

小泉: eスクーターは、乗るのは難しいのですか?

八子: 難しくないですよ。子供でも乗れると思います(法律上、子供は乗れませんが)。最高速度は、時速25キロメートル、バッテリーは20 kmほどもつのではないかと思います。

小泉: 何メートルくらいの間隔でスタンド(乗り場)があるのですか?

八子: 200メートルほど歩けば、3、4台は必ず置いてあります。事業者は、Lime、dott、Tier、Bird、flash、などの企業が参入しています。気になったのは、ヘルメットの着用が「required」にはなっているのですが、誰もつけていませんでした……。

小泉: (笑)。

八子: 現時点で、利用のマナーはとても悪いです。ヘルメットを着用しないだけでなく、歩道に乗り上げて走ったり、夜になると色々なところに乗り捨ててあったり。そのため、パリでは今年の9月からeスクーターで歩道を走ることが正式に禁止されます。

次ページ:自転車専用レーンが着実に増えている

「自転車専用レーン」が着実に増えている

小泉: 自転車はどうでしたか? シェアバイクも以前からあちこちで話題になっていますが。

八子: パリでは「モバイク(Mobike)」(世界最大の自転車シェアリングサービス)を少し見かけました。オランダにも行ったのですが、ハーグでは一部ありましたね。ロッテルダムではほんの少し。アムステルダムでは1台も見ませんでした。

オランダでシェアバイクが流行らない理由は、オランダでは個人で自転車を持っている人が多く、“マイ自転車”へのこだわりが強いので、シェアサイクルに対するニーズがないものと思われますね。

小泉: 概して、自転車からeスクーターへシェアリングのトレンドが移行している、というわけではないのでしょうか。

八子: そうではないと思います。シェアバイクが普及しているところもありますし、アムステルダムの場合にはeスクーターも見ませんでした。もしかすると、どこかのベンダーが提供しているのかもしれませんが、さきほど申し上げた、5つの企業のeスクーターはありませんでした。それくらい、オランダは“マイ自転車”によるモビリティが確立されているのでしょう。

小泉: eスクーターについて、日本ではヘルメットの着用が義務付けられますし、道路交通法の問題もあって、簡単には進みづらいという議論があります。

最近では、自転車専用レーンも増えてきましたが、隣を走っているクルマのドライバーからすると、逆に怖い思いをするときがあります。そこからさらにeスクーターも走り始めると、どうなんだろうという不安な気持ちもあります。その点は、ヨーロッパではどうですか?

パリ市街の中心部で見られる自転車専用レーン(写真提供:八子知礼)

八子: パリでも、同じように道路の隣に自転車が走るレーンが設けられています(上の写真)。それは、「シャンゼリゼ通り」(パリ市内の北西部にある大通り)など、主に街の中心で見られます。

一方で、セーヌ川の南側など街の中心部から離れたところの、道幅が三車線ほどあるような太い道路では、そのうち一車線を自転車専用の道路としてアサインしなおしています。

もともとパリもオランダと同じように、自転車への造詣が深い街です。「ツール・ド・フランス」(毎年7月にフランスおよび周辺国を舞台にして行われる自転車ロードレース
)もありますしね。でも、道路の専用レーンについてはそこまでは徹底していなかった。

それが最近では、パリ市長が力を入れて、クルマを街の中から締め出そうという狙いもあり、道路のアサインを変える工事を随所で行っているのです。

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マイクロモビリティ推進の目的とは?

小泉: 一度整理したいのですが、パリの中心部はとても道路が混雑します。こうしたどうにもならない街の現状を解決するために、そもそもクルマに乗らずeスクーターや自転車などの「マイクロモビリティ」を使おうという話が最初にあり(1)、でもマナーが悪いから規制をきちんとしていこう(2)、この2段階のプロセスが進んでいるということですか?

八子: そうです。マイクロモビリティを押し進める目的は、クルマを街から締め出し、渋滞を解消することが一つあります。あともう1つは、ヨーロッパは石畳の道路が多いですから、この上をクルマが通るとメンテナンスが大変です。そのため、「マイクロモビリティ」へ移行することで、保全のコストをおさえられる、というメリットもあります。

また、規制については、利用エリアを限定する傾向も見られました。例えば、オランダのハーグの中心部では、eスクーターは1台も見なかったのですが、モバイクのシェアバイクが少しありました。

ただ、エリアがとても限定的です(アプリのマップで見られます)。しかも、さらにその中の小さなエリアが、駐輪エリアになっていて、そこに駐輪しないといけないのです。

まあ、不便ですよ。私はそれを知らずに、利用可能エリアの外を15分ほど走ってしまいました。アラートも何もありませんでしたが(笑)。

モビリティの自由度が高くなっている反面、行政が求めるニーズにも対応することも重要になってきているのだと思います。

株式会社アールジーン社外取締役/株式会社ウフルCIO(チーフ・イノベーション・オフィサー) IoTイノベーションセンター所長兼エグゼクティブコンサルタント 八子知礼

小泉: 私が中国でシェアバイクを体験した時に思ったのは、事業者側からすると、乗り捨てした自転車を回収するのが大変だろうなということです。ユーザーが乗り捨てた自転車は、夜中に担当の人がきて回収します。なので、朝になるときれいに並んでいます。

自転車は、トラックに積んで回収します。その際、自転車をトラックに載せる人と、受け取る人あわせて2名の人員が必要です。また、自転車だと1台でかなりの幅をとります。

それがeスクーターになると、一人でトラックに積み込めます。すると、2人から1人に人員を削減できますし、小さい分たくさん載せられるので、効率的だと思います。

でも、あまりにもたくさん乗り捨てられてしまうと、1台の自転車を回収しに行くだけで一苦労です。そうすると、やはりエリアを限定せざるをえないような気がしますね。

八子: 例えばLimeの場合、アプリでマップを見ると、全体の90~95%が市内に集中しています。郊外ではぽつんと3~5台ずつくらい、マップの上に表示されていました。

次ページ:マイクロモビリティが普及するための条件

「普及」の条件

八子: そこから推測するに、郊外に乗り捨ててあるモノは回収して市内の中心部に持っていき、中心部に乗り捨てられているモノはバッテリー交換をするだけ、というように負担をおさえていると思いますね。

盗難の恐れもありますし、アプリでカギは管理されているものの、できるだけ市内の中心部だけ使ってほしいというのは、事業者側の本音でしょうね。

小泉: 以前、シンガポールでeスクーターが早く導入されていると聞いて行ったのですが、最初はなかなか見つかりませんでした。暫くして見つけたのですが、大した数は置いてなかったんですよね。普及していくには、ある程度の数がないといけないですよね。

八子: 1年半前に、中国の成都(中国四川省の省都)にシェアバイクの現状を見に行ったことがあります。そこでは、1,400万人の人口に対して、約14万台、つまり1%の台数がありました。これはかなりの台数です。

でも、それくらいないと、使い勝手のあるサービスにならないですよね。パリは214万人の都市ですが、そこでは1万台までいきませんが、5千台を超える台数はありました。中心部に限っていえば、「どこにでもある」という状況です。

小泉: eスクーターの場合、駐輪場でなくても道端に乗り捨ててあるモノを拾って使ってもいいわけですからね。

八子: そうです。そこらへんにあり、アプリでカギを解除するだけなので。使い勝手のよいサービスになっています。

株式会社アールジーン代表取締役/IoTNEWS代表 小泉耕二

八子: あと、もう一つポイントは、坂の多い町では難しいということですね。今回の旅ではルクセンブルクにも行ったのですが、あそこはとても坂が多いです。eスクーターは1台もありませんでした。中国で重慶に行った時もそうでした。あそこも坂の多い町ですから。

日本の事業者はこれから、坂の多い町ではうまくいかないということを前提にして、導入しなければならないでしょうね。

小泉: これまでの議論で、マイクロモビリティを事業者が運営していくうえでの問題点や改善ポイントが見えてきました。

ここで、話の焦点をMaaSまで広げてみたいと思います。日本では、東急電鉄とJRがバスやタクシーなどあらゆるモビリティ定額制にして提供するというMaaSの実証実験を、伊豆で行っていますね。これらの取り組みを欧州の現状と比較すると、何が見えてきますか?

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フィンランドの「Whim」に学ぶ、街の「移動」を俯瞰する視点

八子: 東急電鉄とJRの実証実験は、とても画期的な事例ですね。欧州では、フィンランド発の「Whim」というMaaSのサービスがあります。これは、市が保有する路面電車やバス、タクシーを定額乗り放題で利用できるというサービスです。

これは、市内で閉じるからやりやすいです。一方で、各地に伸びていく中距離の幹線などでは、どこからどこまでをMaaSの対象にするのか難しい。日本でも「Whim」のように、市が保有しているモビリティをMaaSのパッケージとして展開していくのはありだと思います。

小泉: 昔の例で言うと、バスと電車の共通チケットのようなものですね。

八子: そうですね。そこにマイクロモビリティもセットになっているのが、フィンランドの「Whim」に代表される、MaaSのトレンドです。

また、ベルギーのブリュッセルでは、Uberが提供している「JUMP」というサービスがあります。これは、シェアバイクとeスクーターのいずれかで、ユーザーのその時の状況に応じて便利な手段を提案する、というサービスです。

これまで、クルマのシェアサービスを提供してきたUberのような企業もマイクロモビリティに参入してきているのです。

小泉: 日本でMaaSに取り組むうえで、大切なことは何でしょう。

八子: MaaSは、自治体を中心とした取り組みが必要です。ここでポイントは、自治体はバスや路面電車を持っていますが、その事業の多くは赤字です。もし、MaaSとして包括的にサービスを導入し、ある一定の金額をユーザーから徴収できれば、予算をそれぞれのセクターに分配できます。「ベーシックインカム」のように。

小泉: なるほど、個々の事業の採算を見るのではなく、「移動」をひとくくりにして事業を改善していけるわけですね。

日本は鉄道会社が中心となって街づくりを進めてきた背景がありますから、日本はMaaSを進めやすいという面もあるのではないかと思います。

八子: そうですね。さらに自動運転やシェリングのしくみも普及してくると、それぞれのエリアにある不動産やお店も有効活用されるようになりますから、鉄道会社のみなさんはビジネスがやりやすくなるのではないかと思います。

小泉: 一方、マイクロモビリティの事業を始めようとされている方にとっては、eスクーターなどの事業を単体でやるのも一つの方法だと思いますが、鉄道会社や自治体とうまくつながって、街の「移動」をどうしていくかという課題感を持って進めていくことが大切なのではないかと思います。本日も貴重なお話、ありがとうございました。

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