2020年4月28日、スマートドライブはオンラインセミナー「Mobility Transformation Online」を開催した。2019年11月にリアルイベントとして開催した第1回に引き続き、「移動の進化への挑戦」をテーマに、新型コロナウイルスの感染拡大がもたらす移動の価値の変化、モビリティデータの利活用といった課題に関するセッションを行った。
本稿では、「運賃・料金の柔軟化、キャッシュレス」「事業者間連携」「新型輸送サービス」「街づくり」の4つの分野における小田急電鉄のMaaS事業を紹介したセッションの模様をレポートする。
セッションに登壇したのは、小田急電鉄 経営戦略部課長 西村潤也氏(トップ画像左)、スマートドライブ 弘中丈巳氏(トップ画像右)の2名である。
小田急電鉄がMaaSに取り組む理由
そもそも、なぜ小田急電鉄はMaaSに取り組むのか。その理由として小田急電鉄・西村氏は、高齢者には移動手段の提供、若者には新たな移動体験の提供を行い、公共交通機関が抱える課題を解決するためだ、と述べた。
小田急電鉄を含む公共交通機関は現在、以下のような課題を抱えている。
人口減少
特に生産年齢の人口が減少することによって、鉄道の通勤利用者が減少する。また、鉄道の運転手となる若者が不足する恐れがある。
人口減少は鉄道事業のみならず、私鉄会社のビジネスモデル全体にも影響を与える、というのが西村氏の意見だ。例えば小田急電鉄は、高度経済成長期の人口増加を背景に、運輸業、流通業、不動産業、ホテル業といった分野でビジネスを成長させてきた。したがって人口減少が進めば、多角的なビジネスモデルが通用しなくなるというのだ。
外出率の低下
75歳以上の高齢者が外出する機会が減っているという。一方で「平成27年度全国都市交通特性調査」によれば、20代が休日に外出する回数は1980年代に比べて減っており、若年層の外出率も低下している。これは人口減少と同様に、鉄道利用者の減少につながる。
外出率を低下させる要因としては、Eコマースの発達、リモートワークの広がりによる自宅勤務の増加、VR旅行といった事が挙げられた。
「自家用車ネガティブ層」への対応
「自家用車ネガティブ層」とは、高齢者の免許返納、事故の増加といった要因で車を持たなくなった層のこと。このような人々が増加する事を、交通事業者にとっての「チャンス」であると捉え、「自家用車ネガティブ層」に対して移動機会を提供していく事が重要である、とセッションでは述べられた。
このような課題を解決するためには、高齢者に対しては自家用車以外の移動手段を増やし、若年層に対しては、アプリやサブスクリプションを通した新しい移動体験を提供して、外出の機会を増やす事が必要である、というのが西村氏の意見である。
「EMOT」を使った運賃・料金の柔軟化、キャッシュレス
では、小田急電鉄はどのようなMaaS施策に取り組んでいるのか。最初に紹介されたのは、MaaSアプリ「EMOT」を使った、運賃・料金の柔軟化、キャッシュレスに関する取り組みである。
「EMOT」とは2019年10月に小田急電鉄がスタートさせたMaaSアプリである。「EMOT」を使った具体的な取り組みには、以下のようなものがある。
複合経路検索
通常の電車や路線バスの検索に加えて、タクシーやカーシェア、バイクシェアといった新しいモビリティサービスの予約・決済ができる。
例えば、徒歩、電車、タクシーを組み合わせた経路検索を行った場合、API連携を行っているタクシー会社のアプリやサイトへと遷移し、乗車予約や決済を行う事ができる。
電子交通チケット
通常、駅や旅行代理店で購入する交通チケットをアプリ内で購入し、アプリの画面をチケット代わりに提示する、という機能だ。鉄道、バス、ロープウェイ、遊覧船といった乗り物を周遊できる「デジタル箱根フリーパス」が代表例として紹介された。
電子チケットには、その発展形として「バス無料チケット」というサービスがある。商業施設において一定金額の買い物を行ったレシートを受付で見せると、担当者がQRコードを提示する。そのQRコードをスマートフォンで読み込むと、「EMOT」内に小田急バスの電子チケット2枚が無料で付与される。つまり、買い物客に対して往復分のバスチケットをプレゼントし、バスでの移動を喚起させる狙いがあるのだ。
電子飲食チケット
小田急電鉄グループの蕎麦屋やおむすび屋、パン屋(対象7店舗)で1日1回、500円相当の商品が購入できる定額制電子チケットを購入できる。
また、2020年2月には静岡県浜松市に開催されたフードイベント「はままつスマぐるウィーク」においても「EMOT」の電子チケット機能が利用された。
次ページは、「共通データ基盤「MaaS Japan」による事業者間連携」
共通データ基盤「MaaS Japan」による事業者間連携
2点目に紹介された取り組みは、共通データ基盤「MaaS Japan」による事業者間連携である。
「MaaS Japan」は小田急電鉄がヴァル研究所の支援のもと開発しているオープンな共通データ基盤である。この「MaaS Japan」を通して「EMOT」の機能や、他の交通事業者・自治体が開発するMaaSアプリ機能を、事業者間で連携して利用する事ができる。
「立川おでかけアプリ」
「MaaS Japan」による事業者間連携の具体例として紹介されたのが、2020年2月に行われた「立川おでかけアプリ」の実証実験である。これは小田急電鉄とJR東日本、ヴァル研究所が協力し、乗車券と沿線施設の利用券がセットになった電子チケットと、リアルタイム運行データを用いた立川駅周辺の交通機関の経路案内を、1つのアプリで提供するという実験だ。
電子チケットについては、小田急グループの立川バスの1日乗車チケットや、多摩モノレール1日乗車券と多摩動物公園の入場整理券がセットになったチケットを、「立川おでかけアプリ」内で購入できるようにした。これらの電子チケットは、「EMOT」と同様、アプリ画面がチケット代わりになる仕組みになっている。
また、経路案内については、「MaaS JAPAN」だけでなく、JR東日本の「Mobility Linkage Platform」とも連携を行い、JR中央線・南武線、立川バスのリアルタイムデータを反映させた経路検索が出来るようにした。
新型輸送サービス
西村氏が3番目に挙げたのは、新型輸送サービスに関する取り組みだ。具体的には以下の2点について説明があった。
自動運転バスの実証
2019年8月には小田急グループの江ノ島電鉄がSBドライブ、神奈川県と連携して江の島周辺での自動運転バスの実証実験を行ったほか、2019年冬には多摩ニュータウンでも実施した。
オンデマンド交通の実証
2020年2月より小田急線新百合ヶ丘駅周辺にて、「しんゆりシャトル」というオンデマンド交通の実証実験を行った。(新型コロナウイルス感染拡大にともない、現在は実験を中断)
西村氏によれば、「しんゆりシャトル」は「バスとタクシーのあいだのモビリティが何か出来ないか」という発想から生まれたという。買い物の帰り、通院、塾の送迎といった、地域のちょっとした移動において利便性を感じてもらうのが、この「しんゆりシャトル」の狙いだそうだ。
利用者はスマートフォンの実験専用アプリ内において、3ステップで「しんゆりシャトル」の手配が出来る。まず出発地、目的地をアプリ上の地図でタップして指定する。すると、アプリ側でシャトルの到着時間、乗降地点を提案し、その内容で問題なければ利用者は呼び出しを確定する。
スマートドライブとの街づくり
4点目に挙げた取り組みは、スマートドライブとの協業による「街づくり」である。2020年3月、小田急電鉄とスマートドライブは「安心・快適な新しいモビリティ・ライフの実現に向けたプロジェクト」について協業を行い、「安心・快適のまちづくり」「愛着のまちづくり」に取り組む事を発表した。このプロジェクトの具体的内容については、スマートドライブ・弘中氏より以下のような説明があった。
運転見守りサービスの提供
スマートドライブが提供する家族の運転見守りサービス「SmartDrive Families」を小田急沿線に提供し、車の位置特定や、運転特性を見る運転診断スコアといった機能を住民が利用することで、地域の安全運転を促す。
ヒヤリハットのポイントを共有
急加速、急ハンドルといった危険運転が発生するポイントを、住民の運転データから抽出し、運転に注意を要する地点を地域の住民で共有することによって、事故のリスクを減らす。
安全運転に対するポイント付与
正しい駐車場所に駐車する、法定速度を守って道路を走行する、といった正しくモビリティを利用する事によって、地域の店舗で使えるポイントやクーポンをドライバーに付与する仕組みを検討中だという。
この取り組みについては、スマートドライブが提供する安全運転診断サービス「SmartDrive Cars」を活用する予定とのことだ。

