サイトアイコン IoTNEWS

デジタル化の意義は「ダイナミック・ケイパビリティ」の強化にある —「Smart Factoryセミナー2019」レポート3

(作成中)デジタル化の本質は「ダイナミック・ケイパビリティ」の強化にある —FAプロダクツ主催「Smart Factoryセミナー2019」レポート3

Team Cross FAは10月4日、東京都内で年次セミナー「Smart Factoryセミナー2019~スマートファクトリー構築の実例と進め方~」を開催(運営:株式会社FAプロダクツ、株式会社電通国際情報サービス)。本稿では、基調講演に登壇した経済産業省参事官(デジタルトランスフォーメーション・イノベーション担当)(併)ものづくり政策審議室長 中野剛志(なかのたけし)氏の講演の内容を紹介する。

FAプロダクツなどが中心となり本年8月27日に設立された、スマートファクトリーをワンストップで提供する企業コンソーシアム「Team Cross FA(チームクロスエフエー)」。同セミナーで登壇した株式会社オフィス エフエイ・コム 代表取締役社長の飯野英城氏は、「Team Cross FAが目指すスマートファクトリーとは、自律的に変化・対応し、市場を攻略するための工場」だと述べた(詳細はこちら)。さらに飯野氏は、「自律的に変化・対応」するための具体的な方法として、新しいデジタル生産手法「ロボット型デジタルジョブショップ」についても説明した。

では、「自律的に変化・対応」できることで、どのようなメリットや可能性があるのだろうか。経産省 中野氏が提示した「ダイナミック・ケイパビリティ」の概念をもとに考えると、その本質が見えてくる。

1. 不確実性の高まりはメガトレンドととらえるべき

本講演で中野氏は、政府の公式見解としてではなく、「Connected Industries」政策を策定する上で中野氏が自ら分析し、課題としているポイントについて語った。そのポイントとは、世界の「不確実性の高まり」である。

「不確実性が高い」社会とは、端的にいえば「何が起こるかわからない、先の読めない世の中」ということであり、昨今の世界情勢を表す言葉として一般的だ。しかし中野氏の指摘によれば、もう少し踏み込んで注目しないといけない。

各国の政府や国際機関の議論で引用される代表的な指数によると、2008年のリーマンショック以降、「政策不確実性(policy uncertainty)」は年々上がっている。また、ある研究データによると、政策不確実性とグローバル化は相関があり、世界は今「不確実性が高まるとともに、グローバル化が後退している状況」(中野氏)にあるという。

不確実性やグローバル化の後退の要因としてよくあげられるのは、アメリカ大統領、ドナルド・トランプ氏だ。様々なメディアを通して、「彼の言動が世界を動かしている、それゆえに先の読めない状況にある」という認識を持っている人も多いだろう。しかし、トランプ氏が大統領の座を退いたら、不確実性は低下し、グローバル化の傾向は戻るのだろうか。そうではないと中野氏は述べる。

「不確実性の高まりはメガトレンドだ。トランプ氏の登場やイギリスのBrexit自体が世界を変えているのではない。リーマンショック以降の不確実性の高まりとグローバル化の後退というメガトレンドの結果、トランプ氏などが出てきたと考えた方がよい。つまり、企業はこの世界情勢が一過性のものではなく、これからもメガトレンドとして長く続くものだとして、戦略をとるべきだと考えられる」(中野氏)

次ページ:2. イノベーションも後退する可能性がある

2. イノベーションも後退する可能性がある

経産省にとって先が読めないことによる懸念の一つは、「民間企業が投資できないこと」だと中野氏は述べる。「第四次産業革命」や「Connected Industries」と銘打ち、IoTなどのデジタル技術の導入を推進してきた経産省だが、そのためには言うまでもなく、投資が必要だ。しかし、世界情勢から投資が難しい現状にあっては、「Connected Industries」政策においても、別の視点から政策を立案していく必要があると中野氏は考えているという(全体の設備投資が鈍化している中、デジタル化における投資は比較的進んできてはいると中野氏は付言した)。

不確実性や地政学リスクの高まり、グローバル化の後退は、世界経済を下押しするのみならず、データやコネクティビティを核とするイノベーションを阻害する要因にもなると中野氏は指摘する。

「たとえば、最近ではアメリカの中国ファーウェイに対する輸出規制が問題となっている。こうした事態が起こると、コネクティビティは担保できない。せっかく規制に対応しても、また規制が変わる、あるいは新たな規制が出てくるとなると、企業側は投資のしようがないからだ。たとえば自動車の分野は、『CASE』(※)と言われるように、今変革期にある。しかし自動車は規制と深く関わる分野であり、イノベーションが阻害される可能性が懸念される」(中野氏)

※「Connected:コネクティッド化」、「Autonomous:自動運転化」「Shared/Service:シェア/サービス化」「Electric:電動化」の4つの頭文字をとった造語

また、世界最大の政治リスク専門コンサルティング会社であるユーラシア・グループが今年発表した2019年のトップ10リスクの6番目には「イノベーション冬の時代」があげられている。これも同様に、政策がイノベーションを阻害するリスクが高まっていることが理由だという。「平和とグローバル化によって促進されていたイノベーションのあり方やビジネスモデルがこれからは通用しない可能性がある」と中野氏は述べる。

一つの例として、中野氏はユーラシア・グループが提示しているスマートフォンのビジネスモデルについて紹介した。世界中から低コストで品質のいい部品(モジュール)をAppleが集めて、デザインで付加価値をつけて販売するというモデルである。しかし、それは「平和でグローバル化が進んだ世界で可能だったモデル」(中野氏)だというのだ。国交や災害などの問題によって現行のサプライチェーンが寸断されると、標準化されたモジュール化のビジネスモデルは成り立たない。

実は、これは「モジュラリティの限界」と呼ばれ、平和なグローバル化の時代にはうまく機能するが、先が読めない時代には弱いビジネスモデルであると従来から指摘されてきた。「オープンイノベーション」という用語を生み出したことで知られるアメリカ、カリフォルニア大学バークレー校のヘンリー・チェスブロウ教授も「モジュラリティの罠」として、「モジュールだけをつくっていると(製品の)全体像が見えないため、環境が変化したときに対応が難しくなる」(中野氏)というモジュール化の弱点を指摘していたのだ。

では、どうしたらいいのだろうか? ここで中野氏が参照したのが、カリフォルニア大学バークレー校のデビッド・J.・ティース教授が提唱する「ダイナミック・ケイパビリティ」という理論である。

次ページ:3. 不確実性の高い時代には、「ダイナミック・ケイパビリティ」の高い企業が強い

3. 不確実性の高い時代には、「ダイナミック・ケイパビリティ」の高い企業が強い

ティース教授の趣旨は、「簡単に言うと、不確実な世界では企業の行動指針は『利益の最大化原理』ではない」(中野氏)ということである。

「なぜなら、未来を予測できなければ、利益の最大化を計算することができない。その代わり企業が優先して行うべきことは、環境変化にすばやく対応できるように準備しておくことだ。不確実性の高い社会では、環境変化にすばやく対応できる(ダイナミック・ケイパビリティが高い)組織が生き残る」(中野氏)

「ダイナミック・ケイパビリティ」とは?

では、「ダイナミック・ケイパビリティ」を高めるにはどうしたらよいのか? そのカギを握るのが「デジタル化」ではないかと中野氏は提案する。

「IoTやシミュレーションなどのデジタル技術は、ダイナミック・ケイパビリティを高めるのに非常に役に立つはずだ。不確実性の高い社会では、瞬間的には収益とはならなくても、デジタル技術に投資してダイナミック・ケイパビリティを高めておくことが大切なのではないか。製造業においては、生産性向上と安定稼働は大前提。それに加えて、リアルタイムのデータ収集や柔軟な工程変更のしくみなどにより、ダイナミック・ケイパビリティを高めることが重要だ」(中野氏)

また、中野氏は、ハーバード・ビジネス・レビュー「デジタルトランスフォーメーションの再評価:企業文化とプロセスの不可欠な変化」によると、デジタルトランスフォーメーション(DX)が有効だと答えた企業は世界でも13%にすぎず、「DXが進んでいる企業の中では、協力的で透明性のある企業文化ほどDXがうまくいくという結果が出ている」とレビューの要点を紹介した。

「デジタルツールを導入すると社内のコミュニケーションが向上し、DXがうまくいくのではない。社内のコミュニケーション能力が高い企業がデジタル化を進めるとDXがうまくいくという因果関係が明らかになっている」(中野氏)

なお、ダイナミック・ケイパビリティが高い企業ほどビジネスモデルが「垂直統合」に移行していく傾向にあるとして、中野氏は次のように述べる。

「垂直統合(自前主義)と聞くと古臭く、批判的な概念だった。しかし、今のAmazonやGoogle、インテルを見ていると、どの企業も自前主義だ。日本ではソフトウェアの領域まで拡大しているトヨタもそうだ。気がつくと、強い企業は『メガ自前主義』をやっている。自前主義のデメリットは、情報伝達がスムースにいかず、組織が硬直化することだ。しかし、(私の仮説では)デジタルが進むと、組織が巨大でも『ダイナミック・ケイパビリティ』が高いために、硬直化しないのだ。硬直化しないなら、自前主義によってバリューチェーンをすべておさえた方がメリットがある」(中野氏)

また、自前主義が進むもう一つの理由は、やはり不確実性だという。さきほどのモジュラリティの議論でもあったように、バリューチェーンを広範囲に広げておくよりも、自社で抱えこんだ方が不測の事態に対応しやすい。「つまり、(1)『デジタル化によってダイナミック・ケイパビリティが高まること』と(2)『不確実性の高まり』の両方によって、これからは自前主義の動きがもう一度起こる可能性がある」と中野氏は語る。

次ページ:4. 日本の製造業はエンジニアリングチェーンを強化するべき

4. 日本の製造業はエンジニアリングチェーンを強化するべき

では、日本企業はどうしたよいのだろうか? 中野氏は、「GAFAのように日本企業が今から垂直統合を目指すわけにもいかない。そこで、『Connected Industries』が重要になってくるのだ」と述べる。「Connected Industriesとは、共通のプラットフォームを活用し、社内がつながり、さらには企業間が連携していくビジネスモデルだ」(中野氏)。

経産省の調査では、信頼関係のあるコミュニティ基盤がある上でデジタル化を進めた団体の方がうまくいく傾向にあることがわかっているという。「信頼関係のない企業間での連携は難しい。そのため、これからは産業ごとの系列は解体されるのではなく、強化される方向に進む可能性がある」(中野氏)。

スマートファクトリー化におけるエンジニアリングチェーンの重要性

また、製造業においては「エンジニアリングチェーン」が重要だと中野氏は指摘する。「エンジニアリングチェーンを強化しないと、ダイナミック・ケイパビリティの高い製造はできない。特に重要なのが製品設計と工程設計だ。ここが弱いと、いくらデータでつないでも効果が出ない」(中野氏)

また、中野氏は日本の製造業が目指すべき姿について、「ドイツの製造業は設計部門が強いという話を聞いている。設計からこまかい設計書を生産部門に渡し、トップダウンで製造する。そうした考え方から生まれたのが『インダストリー4.0』だ。日本が同じことをしてもうまくいかないのではないか。日本はかつて設計・生産・販売が一体となって設計を詰めていく時代があったはずだ。しかし昨今はグローバル化の影響もあり、設計と生産が分断されている。今こそ一体となってアジャイル型で進めていくことで、日本の製造業の良さが出させるはずだ」と述べる。

最後に中野氏はダイナミック・ケイパビリティの高い製造業の姿について、「野球」を例にして次のように説明し、講演を締めた。

「ピッチャーの球種が豊富だと、球筋を予測するのが大変だ。ストレートだと思ってもフォークボールが飛んできたりする。これがつまり、不確実性の高い状況だ。ところが、イチローのように『ダイナミック・ケイパビリティ』の高いバッターは予測が外れても胸元までボールを引きつけた上で球種を見極め、高速スイングとバットコントロールでヒットにしてしまう。平凡なバッターは『早い段階から詳細設計を詰めてしまう』ために、予測と違う球種が来ると対応できないのだ。――つまり、企業は『ダイナミック・ケイパビリティ』を最大限まで高めること、そして、いったん決断したなら迅速に動くスピードが重要だ」(中野氏)

「ダイナミック・ケイパビリティ」の高い製造業とは?
モバイルバージョンを終了