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衛星開発の技術とは ―QPS研究所代表取締役社長大西俊輔氏 取締役COO市來敏光氏インタビュー

(左)QPS研究所取締役COO 市來敏光氏(右)QPS研究所代表取締役社長 大西俊輔氏

九州を拠点に活動するQPS研究所は、従来の観測衛星よりも圧倒的低コスト・高性能なSAR(synthetic aperture radar:レーダー衛星技術)で世界に革命を起こそうとしている。

36基の小型衛星を打ち上げることで、リアルタイムで地球を観測することができるようになるというのだ。

同社が保有する独自技術と、その技術を支える職人技術のネットワーキングについて、QPS研究所代表取締役社長の大西俊輔氏(トップ写真右)と取締役COO 市來敏光氏(トップ写真左)に話を聞いた(聞き手:IoTNEWS生活環境創造室長 吉田健太郎)。

大学の研究知見を地場産業に伝承

IoTNEWS生活環境創造室長 吉田健太郎(以下、吉田):会社設立の経緯について教えて下さい。

QPS研究所取締役COO 市來敏光氏(以下、市來):前任者である九州大学の八坂教授が1995年に始めた50cm、50kg級衛星開発がベースになっています。CanSat(空き缶サイズの模擬人工衛星)ではなく、最小ながらも実用的なサイズとして50cm、50kg級の独自路線を歩みだし、その蓄積した知見を元に10年後の2005年にQPS研究所が設立されました。

QPS研究所代表取締役社長 大西俊輔氏(以下、大西):CanSatとは異なり50cm、50kg級になると衛星に求められる機能、目的が明確になる分、衛星を作る要素が強くなり、しっかりとした設計をしないといけない。会社設立までの十数年の経験の蓄積は大変貴重であり、九州地域に根付かせたのは高いアドバンテージだと思います。

吉田:2005年より前に九州の技術者のネットワークはあったのでしょうか?

大西:その頃はまだネットワークはありませんでした。また、九州は種子島や内之浦などの打ち上げインフラは揃っていますが、宇宙産業は根付いていませんでした。

2000年頃から八坂教授を中心に、九州大学の研究の知見を地場企業に伝承しようとしてネットワークづくりが始まりました。

吉田:企業はどのように探されたのでしょうか?

大西:八坂を中心とした創業メンバーの方々が九州中で「あなたの技術を宇宙に活用してみないか?」と講演会を催し、その話を聞きつけた地場企業がやってきた感じです。まずは地場企業の社長の方々の個人の思いで入ってこられてスタートすることが多かったのではと思いますが、十数年たつと現場も興味持ってやれる体制になっていき、今は皆さん楽しんでいらっしゃると思います。また、ここまでくると企業が企業を呼んでくるようになります。弊社の衛星を実現する上で重要な縫製技術を持つ大川の企業様に出会えたのもご紹介によるご縁でした。

市來:今は北部九州だと協力関係にある地場企業が20社ぐらいありますね。また、見ていると企業の2代目が多いように思います。創業された先代より連綿と蓄積された優れた技術があるのに別の分野で見せる場が無いという中で、宇宙で活かしてみたいと思われたのではないかと思います。

大西:QPSの企業体は既に世代を超えて宇宙に取り組んでいます。宇宙においては開発の知見を長期間継続していかないといけないので、その点は強みだと思います。

QPS研究所代表取締役社長 大西俊輔氏

吉田:2005年の会社設立から現在までの活動を教えて下さい。

大西:各大学が行っている宇宙プロジェクトを支援する立場で関わっていました。大きな転換点は2011年開始のQSAT-EOSプロジェクト(九州大学を中心とした九州地区の大学・企業による50kg級小型衛星プロジェクト)です。そこでQPSが全体を取りまとめるような形で動きました。

市來:もともと創業者の八坂教授は、ビジネスよりも純粋に宇宙産業を根付かせたいという思いが強かったので、様々なところと開発を進めており、日本初・世界初のものはいろいろと開発していました。実際にビジネスとして何かを成し遂げようと大きく転換したのは、学生時代にQSAT-EOSのプロジェクトリーダーを担当していた大西がQPSに入社し、社長となってからですね。

阿吽の呼吸でものづくり

吉田:数年前から宇宙関連企業が複数出てきていると思いますが、その中でQPSの強みはどこでしょうか?

大西:強みは2つあると考えています。1つ目は技術企業の経験値が高いところですね。各企業にノウハウが貯まっていて、「ここだ!」という勘どころが分かっているので、阿吽の呼吸で進められます。2つ目は技術企業との繋がりが強固なところです。何か新しいものを作ろうとしたときに、最初の構想から参加して下さるので、物を作って検証するところまでスピード感をもって行うことができます。

市來:他社との一番の違いは創業陣が十年以上かけて育てて下さった地場企業との環境ですね。アイデアを持つことと実際に形にすることは別のことなので、信頼できる協力企業が周りにいることでタイムラグを発生させずに動くことができる点は、他社にはない圧倒的な強みだと思います。構想会議の時に「ちょこっと持ち帰ってみて、実際に作ってみるばい」と言って、その後すぐに形になります。やっぱり近くにいるというのは良いことですし、我々の革新的な衛星も、このような素晴らしい土壌の上に成り立っているものと思っています。

吉田:日本では異常なほど品質を気にする企業がありますが、一方で、その感覚がない人たちが新しいものを作っている気がしています。宇宙産業もそのような傾向はありますでしょうか?

市來:QPSには長年宇宙の研究をやってきた先生方もいれば、全く関係ない若手も在籍しています。そのため、何を守り何を切り捨てるのか、しばしば議論になりますね。ただし、誰も自分の意見に意固地にならないので、色んな視点から最適解を出すことができていると思います。チーム構成が良かったのかもしれないですね。

QPS研究所取締役COO 市來敏光氏

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地球の今を俯瞰して未来を予測する

吉田:どんな社会や未来を作っていきたいですか?

大西:現在、インターネットを通しての「人々の行動や考え」は分かるようになりましたが、「いまリアルにここがどうなっているのか」が目で分かる世界にできればと考えています。また、国内では人口減少という社会問題に対して、人々がより効率的にかつ住みやすくなるための情報になってくると思います。

市來:表向きは衛星で定点観測をしているだけに見えるかもしれませんが、地球規模で人やモノ、インフラの変化を観測できるデータベースは世の中にはありません。また、定点観測という一貫性のあるデータを解析していくことで、過去のパターンの蓄積より未来を予測することができると考えています。同時に未来に発生する課題を前もって解決策を考えておくこともできるようになりますね。

吉田:確かにマクロの可視化はまだできていないですね。スマホのセンサーによって、その人がどう動いているのは取れますが、そのエリアが今どうなっているのか、例えば数十キロ四方でまとめて動きをトラッキングすることはデジタルセンサーでは当面無理ですよね。そこができるようになるのは凄いと思います。

市來:センサーを外に置くと数が多くなり、暴露するのでメンテナンス費用等のコストも増えてしまいます。もしQPSの衛星が特定の車を識別することができれば、それぞれの車にセンサーを付ける必要すらなくなる。IoT的なセンサーの使い方もあり得ると思いますね。

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10分間隔が圧倒的なアドバンテージ

吉田:今の構想だと36基の衛星で10分ごとに観測のことですが、10分というのは、どういう基準で決められたのでしょうか?継続的に撮影はできないのでしょうか?

市來:これは衛星をどのような軌道に入れるかで変わるのですが、現時点では主要先進国の大都市をメインに観測すると想定して軌道を考えています。その場合、例えば大都市圏は7-8分に1回、赤道周辺は15-20分に1回撮影できる等、場所によっての時間の濃淡はあるものの、全ての平均を取ると約10分に1回程度になる見込でいます。

また、レーダーは多量の電力を消費するので、どんな衛星でも継続的に撮影し続けることはできません。少しでも長く撮影するためには、衛星を大型化して太陽電池を多くせざるを得ず、1-2トンの衛星で数百億円の費用がかかります。QPSは100kgの衛星でありつつ、1m四方の分解能で撮影できる点が大きなイノベーションです。将来的には継続的に撮影できればと思いますが、まずは希望の場所を10分で撮影する、もしくは10分に1度撮影できるところを目指します。既存の商用レーダー衛星は早くても12時間間隔なので、これが10分になれば圧倒的なアドバンテージになると思います。

吉田:トレンドが流れで読み取れることは凄い強みですよね。短期間でデータを点で取っていくと数値がブレますよね。1回だけだと意味がないのですが、これを長期間やっていくと流れが見えるようになります。いまのところ各分野において、マクロでトラッキングする人は少ないのですが、これからもっと価値を見出されていくと思います。

市來:ここは大手IT企業を含め、まだ誰も持っていないデータですので、とにかく早く作りたいですね。

雲も夜間も関係なく撮影できるSARとは

吉田:雲があっても夜間でも撮影できるとのことですが、SARというのは基本的には光の情報になるのでしょうか?

大西:電波ですね。跳ね返りの強弱を画像化しています。また、直接的に識別できるものは形として認識できるので、標高データなども取れます。また、電波は基本的には白黒ですが、表面の色は相対的に識別できるので、そこに対して着色できます。

市來:色によって反射の強弱が変わってくるので疑似カラーのようなものを当てはめて、レーダーなのに写真のようなカラー画像にする技術を開発されているところがあるのです。

吉田:なるほど、では一度に撮れる範囲や解像度はどの程度になりますか?

市來:正確な数値は企業秘密ですが、小型SAR衛星の競合他社と比べても一回の撮影が断トツに長い方だと思います。販売する場合は10km四方でのデータ提供を考えています。また、解像度は1mなので車は判別できますね。人は固まりだと判別できるかもしれませんが、個人は難しいです。

大西:使用している電波は9-10GHz帯の一般的なものです。ちなみに電波なので光学ズームはできません。広い周波数帯域を総務省より割り当てて頂ければ数十cm等更に高解像度に撮影できるようになりますが、現在許容された周波数帯域では1mの分解能になります。

吉田:これだけ高い帯域を使っていても、霧などの影響を受けないのでしょうか?

大西:これより上の帯域を使うと大気の水分量に影響してくるので、ここがギリギリのラインですね。ちょうど雲を突き抜けて、写真のように表面の反射が取れるのはここだけになります。

吉田:そうなると、アンテナもとても重要ですね。アンテナの特徴についても教えていただけますか。

大西:まず、高い高度の宇宙からでも強い電波を出すために大きなアンテナが必要です。航空機のSARは昔からあったのですが、宇宙に行くと距離が数倍~数十倍になり反射する電波が弱くなるので、大きなアンテナが必要になります。

市來:アンテナが開いた時の形の綺麗さ(鏡面精度)も重要ですね。大きくて軽いアンテナであれば誰でも作れると思いますが、我々の衛星はコンパクトに折りたたまれた状態で打ち上げ、宇宙空間においてミリ単位の誤差のないレベルで正確かつ綺麗な形に開くので、1m単位の物が検知できるほど良い電波を出すことができます。

吉田:実際の撮影画像も見せて頂けますか?

市來:はい、こちらが弊社衛星と同じXバンド1mのレーダーを飛行機に乗せて瀬戸大橋を撮ったものです。

吉田:とても鮮明に撮れていますね。斜め方向で撮影するとのことですが、どういった理由があるのでしょうか?

大西:SARは斜めでないと画像になりません。真上からだとデータとして識別できないので、斜めに電波を打ち、受信したものをデータ上で処理し俯瞰写真として出力しています。

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コストと耐久性はシステムで補完

吉田:耐久性について教えて下さい。1度飛ばすとどれくらいの期間使用するのでしょうか?

大西:衛星の設計としては5年を基準に定めています。ただし、通常長く生きる衛星も多いですね。環境は確率的なものであり、それ以上長くなることが多いので、「5年以上」が使用年数になってきます。

吉田:5年以上となると部材は精密になりますよね?

大西:そこは既存の大型衛星等とは思想が違うところだと思います。それぞれの部材を精密にカスタマイズすると信頼性は上がりますが、時間もコストも膨大にかかってきます。小型衛星の考え方は「基本的に部材は民生品を使う。部材レベルで壊れることは避けようがないため、部材の一つが壊れてもリカバーできるように補完のオプションをもつ。」という様に、それぞれの部材は大型衛星ほどに精密ではなくても、システムとしては5年以上使用できるように設計し、環境試験を行っています。

吉田:市場に浸透させることを見据えたコスト設計になっているのでしょうか?

市來:そうですね。もともと大学の研究から始まっているので、どれだけ安く作るかは設計思想としてはあります。いま1機目を作り終わったところですが、思ったよりも安くできました。自分たちしてはもっと下げられる余地はあると思っています。

吉田:値段がそこまで高くなければ、オープンに利用促進していけますね。

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今後の目標とパートナーシップ連携

吉田:一号機打ち上げの時期については公開されていないですね。

市來:はい、打ち上げ日は非公開になりますが、今年の半ば頃を予定しています。衛星もすでに完成しており、ロケットの打上日さえ確定すれば、いつでもロケットのある射場に向けて輸送できる状態になっています。

吉田:QPSが見据えている市場というのは、SARに詳しい専門的な集団なのか、SARから遠い民間なのか、どちらでしょうか?

市來:どちらも考えています。はじめは既にSARを使っている大手企業と手を組みながら事業を作り上げ、最終的には衛星データを使用したことのない民間の企業(例えばIT関連、インフラ関連、物流関連企業)に使って頂きたいと思っています。弊社がインフラを整え、ユーザー側にここまで浸透するには数年かかると思っています。

吉田:最終的な目標としては、Google Mapのように一般生活者が使えるようにしたいですか?

市來:一番望ましいのはそのレベルです。様々なサービスの裏側で当たり前に使われているものにしたいのですが、QPS一社ではそれを実現することは難しいと考えています。それゆえ、どこかと手を組んで目指していくことになります。良い衛星を作っても使われないと意味がありませんので、何よりも衛星を世の中に出して、活用されることにこだわっています。

作りたい世界のヴィジョンが関係者を集め、まとめていく

吉田:QPSは関係者の合意形成や集合体で物が作られています。今後は、いかに力を合わせて物を作るかがより重要になってくると思いますが、そのキーポイントはどこにあるのでしょうか?

市來:いかに力を合わせるか、において大事なのは「その先にある作りたい世界が見えるか」ですかね。以前のQPSは確かな技術がありましたが、組織そのものは世間に知られていませんでした。そこに私が入ってきて「地球の今を俯瞰して未来を予測する、予測を通して社会の発展に繋げていく」というヴィジョンをつくり多くの方々に説明することで、ご協力頂ける関係者を集めることができました。

大西:組織の一人一人が自分の「ここだ」というところがありながら、そこに他の人たちの意見を取り入れる姿勢がありますね。できれば一つ、とがったものを作るというところが大切だと思います。

吉田:今後のものづくりのヒントになりそうですね。本日はお話し頂きありがとうございました。

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