IoTやAIといったデジタル技術により、製造業のビジネスモデルが大きく変わろうとしている。その最新動向や背景については、IoTNEWSでも度々お伝えしてきた。
一方で、消費者の側では、どのような変化が起きているのだろうか。企業が発表するプレスリリースなどを見ると、「顧客ニーズが多様化している」、「顧客は自分だけの製品を求める傾向にある」といった言葉をよく目にする。
そうした多様化する顧客のニーズに対し、インダストリー4.0時代の製造業は「マスカスタマイゼーション」(※)への対応が必要であり、そのために、IoTやAIの活用が必要だ、というように説明される場合がある。
昨今の顧客ニーズはどのように変化し、先進的と言われる企業はどのように対応しているのだろうか。メーカーが今知っておきたい3つのポイントについて解説していく。
※フォードが発明したクルマの大量生産方式に代表されるように、かつては少ない品目の製品を大量に生産することで、製品の消費者への普及が加速した。しかし昨今では、顧客ニーズの多様化に伴い、大量生産と同じコストで多品種の製品を生産する「マスカスタマイゼーション」への対応が必要だと言われている。
1. 顧客ニーズの多様化とマスカスタマイゼーション
“People can have the Model T in any color – so long as it’s black.”(T型フォードを買う人はどの色でも好きに選べる。それが黒色である限りは)
これは、大量生産方式を発明したヘンリー・フォードの有名な言葉だ。冒頭でも述べたように、フォードが発明した大量生産のしくみにより、1910年代以降、クルマ社会が一挙に到来した。しかし大量生産では多様な製品をつくることはできない。
顧客はさまざまな色や大きさ、デザインのクルマを求める。また、グローバル化が進んだことで、企業は国や地域によるニーズの違いにも対応を迫られることになった。そこで、世界のメーカーはそれぞれ、デジタル技術などを活用することで、品目が増えても効率的に生産が行える独自の生産方式を整えていった。
そして昨今では、製品の設計・開発に関わるPLM(Product Life cycle Management)や生産現場に関わるMOM(Manufacturing Operations Management)など個々のシステムを統合したプラットフォームや、IoTによるデータ収集に特化したプラットフォームなどが次々と展開されている。
こうしたデジタル基盤を活用し、”顧客が欲しい時に欲しいモノが手に入る”「マスカスタマイゼーション」の最終系へ向かうべく各国の企業が凌ぎを削っている。これが、いわゆるインダストリー4.0の背景だ。
ここで留意すべき点は、顧客ニーズの多様化は企業のイノベーション駆動によって起きているということだ。
もともと、顧客の考えや嗜好は多様である。人間は一人一人違うのだから、欲しいものがそれぞれ違っているのはあたりまえのこと。しかし従来では技術的な制約により、大量生産という方法しかなかった。
ところが、テクノロジーがそうした技術の限界を突破し、顧客が本来求めていたモノを次々と提供できるようになったのだ。しかもデジタル技術により、そのスピードは加速している。先進的な企業(プラットフォーマー)がイノベーションを起こし続ける限り、これからも顧客のニーズは多様化し続けることになるだろう。
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2. 顧客が自ら製品をデザインする時代へ
最近ではさらに、「マスカスタマイゼーション」の次の展開として、「パーソナル・ファブリケーション」というコンセプトも期待されている。これは、顧客のPCと企業などが持つ3Dプリンターや工作機械がつながり、顧客が自らオリジナルの製品を設計・製造できる環境のことを指す。
3Dプリンタの普及や、ものづくり関連のデジタルデータが増えていくことによって、このような「顧客が自ら製品をデザインできる」しくみは次のトレンドとなるだろう。
実際に事例も出てきている。製造業を中心とした企業が垣根をこえて“つながる”ものづくりを推進するフォーラム、インダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)は、「コンビニ型ファクトリー」をテーマにかかげ、「製造現場と最終顧客をつなぐ」新しいものづくりのしくみをつくろうとしている。
具体的には、メーカーの工場と消費者の間に「コンビニ型ファクトリー」を設け、消費者が欲しいB2C商品を「いつでも、どこでも」オーダーメードできる場所やWebサイトによるプラットフォームをつくる。消費者ニーズはSNS活用により収集し、製造現場のエッジと連携させる。
メーカーのマーケティング戦略用途においては、消費者がその場でオーダーメードが試せる「試験店舗」の出店も行うという。
3DEXPERIENCEプラットフォームを展開するダッソー・システムズは、ユーザー自らが家具やキッチンをデザインできるサービス「Homebyme」を提供している。
家具やキッチンはずっと使うものであるから、顧客が自分でデザインしたいというニーズは高いと考えられる。しかしこれまでは、家具やキッチンを顧客自らがデザインするには、紙の図面や設計者と顧客のコミュニケーションを用いるしか方法がなかった。それが3D空間を使うことで、設計者と顧客がアイディアと工程を共有しながら、より柔軟にデザインができるようになるのだ。
3Dプリンタによる積層造形では、「ジェネラティブデザイン」という考え方も新たに出てきている。
従来の製品の設計においては、3DCADデータを用い、基本的には規定のデザインに沿って、強度などのパラメータを最適化していった。しかし「ジェネラティブデザイン」においては、ある「強度」のパラメータさえ入力すれば、人工知能(AI)がその強度を担保した最適なデザインを、植物の葉や動物の骨などの自然法則をもとに導き、3Dプリンタなどの機械が自動で出力する。
そうした場合には、人間がこれまでに見たことないような、ある意味”奇妙な”デザインの製品がつくられることもあるという。しかし、どんなに形が悪くても、「強度」を最優先に求める顧客にとっては、魅力的な生産方法になるのだ。
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3. スマホユーザーの実態にみる、顧客ニーズの変化
これまで見てきたように、イノベーションによって顧客ニーズはますます多様化していく。しかし注意すべきは、顧客は必ずしも”目新しい製品”を求めているわけではないということだ。顧客が本当に欲しいモノは何なのか、こまかく分析していく必要がある。
その一例として、いまや生活者の”身体の一部”とも言える、スマートフォン(以下、スマホ)の実態について紹介したい。
株式会社電通が進めている「電通モバイルプロジェクト」では、2003年から2か月に1度、モバイルユーザーの利用状況を調査し、その実態を追い続けている。
そのリーダーを務める吉田健太郎氏によると、スマホユーザーの最近のトレンドは「アプリの断捨離」だという。
つまり、世の中には膨大な数のアプリが存在するものの、ユーザーは、自分が頻繁に使うアプリだけを残し、それ以外は削除する傾向にあるということだ。
また、吉田氏のレポートによると、ユーザーが日々使うアプリの種類は、時が経っても変わらないという。3年前にスマホで音楽を聴いていた人は、今も聴いている。逆に、3年前にスマホで音楽を聴いていなかった人は、今も聴いていない可能性が高いということだ。
理由は、ユーザーは限られたリソースの中で自分がしたいことだけをするためだという。バッテリーの「容量」も、スマホを使って楽しめる「時間」も有限だ。その有限な環境の中で、自分が本当にしたいことができる環境を顧客は求めているというのだ。
また、中国のIT企業テンセントが展開するWechatは、本来はコミュニケーション・プラットフォームだが、今では電子決済のしくみも併せて、中国の社会インフラのように国民に浸透している。
そこからは、用途ごとにアプリを保有したりサービスの登録をしたりするのではなく、共通化されたプラットフォームの上で、最低限の目的を兼ねたいという消費者の傾向が見て取れる。
こうした実態からは、顧客は必ずしもさまざまな種類の製品を求めたり、世界で自分しか持っていない製品を求めたりする傾向にあるわけではなさそうだ。
むしろ、選択肢が増えすぎた世の中においては、消費者のニーズは均質化する傾向に回帰しているとも言える。
スマホの例でさらに付け加えると、日本国内のiPhoneのシェアは2018年1月時点で45.9%だという。つまり、国民の半数がたった一つの企業の製品を利用しているのだ。
この理由について電通の吉田氏は、「日本人は周囲と同じものを好む傾向にある」と分析している。同じものを好む日本人の特性は昔も同じだ。
ニーズが多様化する時代には、普遍的な国民性などを考慮することも重要だと言える。
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インダストリー4.0時代、メーカーに必要な3つのポイント
これまで紹介してきた顧客ニーズの変化に対応するには、次の3つのアクションが必要だ。
- 製造現場のデータがIoTでつながっていること
- 製造現場と製品ライフサイクル全体がプラットフォームで統合されていること
- プラットフォームが顧客とつながっていること
まず、マスカスタマーゼーションに対応するには、顧客が欲しいタイミングで製品がつくれないといけない。その時に、自社の工場の状況がリアルタイムで把握できなければ、対応は難しいだろう。そのため、IoTプラットフォームによって、現場の設備やモノのデータはすべて一元管理できている必要がある。
次に、多様化する顧客ニーズに対応するには、設計・開発プロセスも最適化していかなければならない。
これまでメーカーは、航空宇宙や自動車の産業を中心に、製品の設計・開発・保守・廃棄・リサイクルといった製品のライフサイクルに関わるデータをデジタル基盤で一元管理するPLMを導入することで、製品の納期を短縮してきた。
これからはさらに、PLMに製造現場のデータや顧客データも統合することで、顧客ニーズが変化するスピードに対応していくことが迫られる。
そして、その統合されたプラットフォームは顧客とデジタルでつながり、そのニーズをリアルタイムで把握できる必要がある。
スマートフォンや製造機械のように、製品そのものにセンサーが組み込まれ、リアルタイムにその利用状況がわかることが望ましいが、品目によっては難しい場合がある。
そのような場合には、他社と連携してデータを共有したり、カメラなどを使って間接的に顧客の動線データを入手したり、いかなる方法であっても、顧客データをリアルタイムで収集するしくみが必要だ。
最後に、重要なことはメーカー側も顧客であるということだ。
製品Aをつくるために部品Bが必要な場合。これまでだと既存の商流でBを調達していたかもしれないが、これからは、AmazonのEコマースサイトのように、Webページを通じて、コストを見比べながら早く、簡単に資材調達ができるマーケットプレイスのしくみも普及していくだろう。実際に、ファナックやダッソー、シーメンスなどの企業が既にリリースしている。
また、製品Aをつくるリソースが自社にない場合には、Webページから他社の空き稼働状況を閲覧し、その設備を利用して納期に間に合わせることも可能になる。
マスカスタマイゼーションの時代には、こうした手段が必須となってくる。メーカーはデジタル・プラットフォームの構築を急ぐべきだ。

