IoTに欠かせない「無線通信」の技術。最近では、LoRaWAN、Sigfox、NB-IoT、Cat.M1などLPWA(Low Power Wide Area)と呼ばれる省電力・広域に対応した通信規格が注目を集めている。
しかし、どんな目的や環境でも使える「万能な通信規格」というものは存在しない。
省電力と通信の範囲・速度はトレードオフの関係にある。そのため、通信距離を追い求めるあまり、スループットや効率が低くなってしまうことも多い。また、優れた通信技術であっても、障害物で電波が遮蔽されてしまい、「データが取れていなかった」といった実環境での思わぬトラブルもある。
各地で実証実験は進められているものの、技術的な課題は多く残っている。
東大発ベンチャーのソナス株式会社が開発した通信規格「UNISONet(ユニゾネット)」は、無線通信の常識を覆す「同時送信フラッディング」技術を用いることで、省電力・時刻同期・ロスレスデータ収集・高速収集・低遅延な双方向通信といった機能を同時に実現する技術だという。
橋梁や建造物のモニタリングなど、土木建築業の企業を中心に、既に導入が始まっている。また、同社はこの技術が認められ、10月9日、シリーズAラウンドでグローバル・ブレインとANRIから総額3.5億円を資金調達したことを公表している。
このほど、「UNISONet」の詳細やソナスの取り組みについて、同社代表取締役/CEOの大原氏(写真左)と取締役/CTOの鈴木氏(写真右)に話をうかがった(聞き手:IoTNEWS代表 小泉耕二)。
無線通信の常識を覆す、ルーティングのいらないマルチホップ無線
IoTNEWS代表 小泉耕二(以下、小泉): 御社は昨年の4月に創業したそうですね。どのような経緯があったのですか?
ソナス代表取締役/CEO 大原壮太郎氏(以下、大原): もともと私たちは、東大の同じ研究室にいました。IoTが「ユビキタス」と言われていた頃から、ずっとIoTにかかわる研究をしていました。私は修士で卒業してソニーに入社しましたが、3年先輩の鈴木は研究室に残って博士号を取得し、省電力無線の研究を続けていました。
そこである時、世界で勝負できる技術が一つできそうだという話を鈴木から聞き、ベンチャーを立ち上げることになりました。
小泉: その世界で勝負できる技術というのが、「UNISONet」ですね。どのような技術なのでしょうか。
大原: 大まかには、「マルチホップ」と呼ばれる無線技術です。マルチホップは、一つ一つの無線機が通信できる範囲は広くないのですが、「バケツリレー」のしくみを用いることで、通信速度を保ったままデータを遠くまで届けることができるという技術です。
しかし、マルチホップには課題がありました。一般的なマルチホップでは、バケツリレーに参加するセンサー(一つ一つが中継器になります)の経路をまず決めておく必要があります。これは、「ルーティング」と呼ばれる作業です。
しかし、このルーティングの作業は、刻々と変化する隣接ノードとの通信状況を把握し、その情報をノード間で交換するなど、非常に複雑なプロセスが必要となります。また、変化をうまく検出できないノードがあると、ループが発生してしまうこともあります。
さらに、距離は近くても干渉によってロスが発生するなど、安定したルートを自動的に決定することは、意外に難しい課題です。その結果、通信が安定せず、「つながらない」、「データが取れていなかった」というトラブルにつながることも多いのです。
ルーティングを行っている限り、この課題は解決できません。そこで、私たちはルーティングを行わないマルチホップ無線(ルーティングレスマルチホップ)を開発したわけですが、そのコア技術となるのが、「同時送信フラッディング」と呼ばれる技術です。
ルーティングの場合は「経路上にあるノード(中継機)」だけにデータを転送するのですが、私たちの方式では、通信範囲にあるノード(上図2の青色の〇)が、すべて同じデータを同一タイミングで転送します。青色の〇は黄色の〇からデータを受け取った瞬間に、次のノード(灰色の〇)に転送します。これを順々に繰り返していきます。
つまり、(上図2の)青色の3つの〇は、同じデータをのせた電波を同時に発信し、それぞれの灰色の〇は、それら電波の重ね合わせを受信します。
これは、一般的な無線の常識だと、ありえません。なぜなら、同じ周波数で複数のノードからデータが送られると、コリジョン(衝突:電波の干渉を意味する)が起き、通信品質を悪くしてしまうからです。
ただ、特定の条件においては、コリジョンを発生させずデータを正しく受信ができることが分かってきたのです。
小泉: なぜ、できるのでしょうか?
「同時送信フラッディング」はなぜ可能なのか?
ソナス取締役/CTO 鈴木誠氏(以下、鈴木): 実は、私たちが利用している「IEEE802.15.4」という無線通信の規格において、同じデータをまったくの同一時刻(約0.5マイクロ秒程度の差)に受信すると、深刻なコリジョンが起きないのです。
複数のノードから同一の電波が送られてくると、信号が強くなったり弱くなったりする「うなり」(干渉)が発生しますが、情報は壊れません。
うなりは微妙に周波数が異なる波が重ね合わさることで発生します。同じ2.4GHzといっても、実際には微妙に周波数が違いますから、複数ノードが同一データを送信すると、うなりが発生します。
IEEE802.15.4では、振幅に情報をのせておらず、周波数にのみ情報をのせているため、うなりが発生しても情報が壊れることはありません。むしろ、うなりが発生することによって、信号が弱くなり続けることがなくなるため、ロバストな通信が可能になります。
歴史を振り返ると、ポケベルも同じ原理です。今でも「複局同時送信」とGoogle検索すると、NTTドコモのページがトップにきて、複局同時送信についての簡単な解説を読むことができます(当該ページ)。
ポケベルの場合は、コリジョンしないように厳密に周波数を調整していたのですが、IEEE802.15.4で通信を行う場合は、そうした調整をせずとも、通信品質を損なわないという点が、新たな発見です。
ソフトウェアで同時送信フラッディングを実現することは、割り込み遅延などを考慮した実装が必要となり、簡単ではありません。この点を考慮して、最新のチップに実装していることが、私たちの強みになります。
小泉: 説明を聞いても、そんな簡単にバケツリレーできるようには思えません(笑)。
鈴木: 私も最初は眉唾だと思いました(笑)。
小泉: そうなんですか(笑)。そもそも、なぜこの研究をやろうと思われたんですか?
鈴木: 私は大学で、センサノードの時刻を合わせる技術の研究をしていたんです。「同時送信フラッディング」のコア技術そのものは、海外の研究グループが論文で発表したものです。私はその論文を読み、眉唾だなと思いながら試してみたところ、きちんと動いたんですね。
私は、数年に1件ほど出てくる人騒がせな(笑)新しい無線技術のことを、「眉唾系ワイヤレス」と呼んでいます。そうした論文のほとんどが、論文通りに動かすためには、非常に厳密な環境の調整が必要です。
ただ、「同時送信フラッディング」に関しては、何も調整を行わなくても、本当にロバストに動く。すごいなと思いました。
小泉: うーん、信じられない(笑)。
大原: 鈴木とこの技術でベンチャーを立ち上げようという話をしてからまる3年が経つのですが、私もここにきてようやくわかってきたくらいです(笑)。
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「UNISONet」の3つの特徴
大原: 私たちはこの技術を、「UNISONet」という新しい通信規格として提供しています。特徴は主に3つあります。
1つ目の特徴は、省電力と高速通信の両立です。
いまのIoTでは、「アプリケーションにあわせて通信規格を選ぶ」ことが普通です。たとえば、LoRaだったら少量のデータを長距離送るのに適していますし、Bluetoothは近距離の通信に適しています。
一方、UNISONetの場合は、そうした用途にかかわらず、幅広いアプリケーションに使えます。使ったら使った分だけ電力を消費して、しかもそれなりに通信スピードが出せます(最大速度:16 kbps)。省電力モードで待機して、時々データを送るくらいの用途であれば、電池で10年もちます。
2つ目は、双方向の通信です。各地に設置したセンターから、ゲートウェイにデータを集めてくるということは、みなさんもう取り組まれていることです。ただ、それは「上り通信」の用途であって、「下り通信」はどんな無線機でも大変です。
ただ、UNISONetだと、さきほどの転送の起点(ノード1)をどこにするかということだけ設定すれば、上下の区別はないのです。さらにとても低遅延で、「上り」に対して1秒程度の遅延で、「下り」も可能です。
3つ目は時刻同期です。各地に置いたセンサーの時刻をマイクロ秒レベルで一致させ、データを集めてくることが可能です。
以上がUNISONetの3つの特徴になります。さきほど鈴木が申し上げたように、このコア技術は2011年に論文で発表されましたが、そこに鈴木はすぐ目を付けて、継続して研究を続けてきました。今のところ、この技術を最新の無線チップに実装して安定的にサービス提供できているのは、世界でも私たちだけです。
小泉: 通信帯域はどうですか。
大原: 今、商用化できているのが2.4GHz帯の無線です。金属などの遮蔽物が立ち並ぶ橋梁などであっても、センサーをそれぞれ50~100 mごとに置いていただければ、安心して広域での通信が利用できます。
そして、今開発中なのがサブギガ帯(920MHz)です。年度内には提供できると思います。サブギガ帯で同時送信型のマルチホップというのは前例がないと思います。
小泉: IoT向けの通信規格はこれまでも色々出てきていますが、実環境で試してみると使えないということも多いです。
たとえば、街の中はあとから建物がどんどん立っていくので、センサーを設置したときに見通しがよくても、1年経った後に(電波が遮蔽されて)つながらないみたいなことが起こります。
鈴木: ありますね。以前にトマト農場で温湿度センサーを設置したのですが、葉が繁ったり、トマトがたくさん実ったりすると、つながらなくなるんですよ(笑)。
そういう意味では、同時送信型フラッディングによるマルチホップでは、すべての経路をセンサー(中継機)が勝手に使ってくれるので、安定して通信できるというメリットがあります。
小泉: なるほど。
トマトの生育監視から橋梁のインフラ管理、工場の予知保全まで幅広く対応
大原: IoTがなかなか進まない理由として、無線通信が足かせになっている部分があると思います。そこで、「UNISONet」が世界中で使われることで、IoTをもっと普及させていくということが弊社のミッションです。
具体的には、UNISONetの標準化、IP化、IEEE標準の取得が一つのゴールとして考えています。そこに向けて、私たちがまず進めたいことは、UNISONetの無線モジュールをパートナーさんの製品に搭載していただくということです。
ただ、やはりベンチャーの無線規格なので、「はい、わかりました」と言ってすぐに導入してくれる企業さんは多くありません。そこで、まずは我々の方でセンサーを用意し、「sonas xシリーズ」としてソリューションを含めて提供しています。
たとえば、加速度センサーです(上の写真)。これは、私たちが基板から起こしてつくっています。センサー・無線モジュール・省電力センサ・プロセッサ・ストレージがすべて組み込まれていて、電池を入れればすぐに使えます。無線モジュールは内製化しています。
また、ハードウェアの他に、現場での計測を補助するようなWindowsのソフトウェアもありますし、ゲートウェイからLTEでクラウドにデータを送り、クラウドベースで使えるアプリケーションも用意しています。
小泉: 企業には既に販売しているんですか。
大原: はい。昨年だけで400台ほど販売しました。メインは土木建築関係の企業さんになります。
キャッチーな事例ですが、長崎の軍艦島で使われています。軍艦島には、築100年以上が経っている日本最古の鉄筋コンクリートの建物があります。見るからに、もう崩れそうなんですね。
この建物が崩れるときの現象をとらえ、知見化することで、たとえば地震が起きた時に、「あそこの庁舎は大丈夫か」などの判断に使えることが期待されています。
あとは橋梁です。橋の寿命は50年と言われる中で、その寿命を越えてしまう橋の割合が2023年には40%になると言われています。
今は点検作業を目視で行っていて、5年に1度と実質義務付けられているのですが、かなりのコスト負担となっています。それをセンサーでサポートしようと、取り組みをしています。既に数年設置して、問題なく動いている事例もあります。
あとは、もう少し産業をひろげて、工場や発電所ですね。産業機械や発電機に使われるモータの軸受(ベアリング)は消耗品です。その交換時期を加速度センサーが取得した振動データから、導き出すことができます。
現時点では、加速度を計測するタイプが主に売れています(温湿度センサーもあります)。アプリケーションに依存しない無線がUNISONetの特徴ですから、トマトの生育状況の監視やオフィスの働き方改革まで、幅広く貢献していきたいと考えていきます。
次ページ:他社との協業も推進
他社との協業も推進
小泉: マルチホップですから、センサーは中継機にもなるということですよね。また、どこから送っても構わないというルーティングレスの特性を使うと、センサーは出口にも入口にもなります。
大原: おっしゃるとおりです。中継機を別途置かなくてもいいこともメリットです。測定したいところに置いて、トポロジー(通信強度)が弱ければ、センサー(中継機)の数を増やしてもらえばいいのです。設置補助のアプリケーションを使えば、どれくらいセンサーを増やせばいいかもわかります(下図)。
小泉: そうですよね。中継機は普通、別に用意しないといけないですからね。
大原: 今、市場にある無線規格は、中継機は省電力にできないというものがほとんどです。基本的に、中継機は電源につないでいる必要があります。それについても、私たちは電池駆動ですから、メリットがあります。
小泉: そうか、なるほど。マルチホップとはいうものの、多くの場合は中継機が「無理やり」データを右から左に送っているのだけれども、UNISONetの場合には、時刻同期を利用して一斉に起きて、純粋にバケツリレーをして短期間で通信を完了させて、一斉に寝るので、省電力が可能になるわけですね。
でも、その原理からすると、余計な電力がかかりそうですね。1個のセンサーが、同じデータを周りの10個のセンサーに送るわけですから。
鈴木: 鋭い指摘です。ただ驚くことに、ルーティングをする場合よりも、1個あたりの消費電力は低いのです。
大体の感覚として、厳密に省電力制御した場合に必要な電力を1とした場合に、ぼくらの技術の効率がどれくらい悪いかというと、10~100くらいです。それに対して、ルーティングを行う場合だと、100から1000くらいです。
小泉: そうですか。にわかに信じられないことばかりの技術ですね(笑)。
大原: お客さんのところに提案に行くと、無線に詳しい人ほど、信じられないと言われます。でも、言っていることはわかるから、サンプルを使いたいとおっしゃいますね。
小泉: ぜひ、サブギガ帯でやってもらいたいですね。
大原: サブギガ帯が注目されるのは、やはり干渉の問題ですか?
小泉: そうです。身の回りに2.4GHz帯を使っているモノが多すぎるので、干渉して使えないんですよ。スマートフォンのWi-Fi接続だってあたりまえのようにやっていますが、実は結構大変です。実環境で何度もテストを繰り返していて、やっと電波が安心して使えるのです。
そういう意味で、実環境でしっかり使える通信規格が切望されます。
大原: そういう意味では、我々の通信規格を使うと、展示会場でデモが動くんですよ。普通、展示会場で2.4GHz帯を使おうとすると、動きませんよね。そうしたロバスト性も、我々の強みです。
小泉: センサーの販売の次は、どのように事業を展開していく予定ですか。
大原: 次は他の企業さんとアライアンスをつくり、「UNISONet」の使い方について議論できるような場をつくっていければと思います。
鈴木: (株式会社)ケイ・オプティコムさんに既に採用していただき、ホームページの「選べるセンサー無線ネットワーク」の一つとして紹介されています。
大原: 一方、弊社のソリューションではケイ・オプティコムさんのクラウドを使い、私たちはゲートウェイまでを担当しています。このような他社さんとの協業もこれからは積極的に進めていきたいと思います。
小泉: これからが楽しみです。本日はありがとうございました。
【関連リンク】
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