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「ファストDX」でレガシー企業の顧客接点を変えていく ――オプトデジタル 代表取締役 野呂健太氏インタビュー

「ファストDX」でレガシー企業の顧客接点を変えていく ――オプトデジタル 代表取締役 野呂健太氏インタビュー

株式会社デジタルホールディングスのグループに、また一つ新たな企業が誕生した。「ファストDXカンパニー」として、企業のDXサービス創出をシステム開発から支援する、株式会社オプトデジタルだ(本年4月1日に設立、株式会社オプトが100%出資)。

代表取締役には、損害保険の分野で数々のDXサービスを生み出してきた野呂健太氏が就任した。その野呂氏に、同社の設立の背景やねらいについて話をうかがった(聞き手:IoTNEWS 小泉耕二)。

DXを推進する上であったらいいなと思い描いていた企業、それがオプトデジタル

IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): オプトデジタルの設立、おめでとうございます。まずは、事業の概要について簡単に教えていただけますか。

オプトデジタル 野呂健太氏(以下、野呂): ありがとうございます。弊社はDXサービスの「ものづくり集団」です。DXサービスのシステム設計から開発までを一貫して行います。その中でも、「アジャイル型」開発という、必要最小限のものをスモールにつくり、ユーザーのフィードバックで改修していく方法を取り入れていることが特徴です。

また、LINEのプラットフォームを活用したサービス開発に注力しています。弊社の親会社であるオプトは、「LINE Innovation Center」(以下、LIC)を4月1日に新設しました。LICは、LINEを企業のさまざまなサービス提供基盤として活用するための組織です。弊社はこのLICを通じて、LINE社とさまざまなサービス開発を共同で進めています。

小泉: 会社を設立した背景について教えてください。

野呂: 私は前職で損保ジャパンに在籍しており、そちらでDXサービスの開発に携わってきました。そこで、オプトとは深いかかわりがありました。オプトはLINEの開発パートナーとして、LINEのAPIを使ったサービスを開発しており、私は損保ジャパンでLINEを活用したDXサービスをつくっていたのです。つまり、オプト、LINE、損保ジャパンの3社でサービス開発を行っていたわけです。そうして開発を進める中で、私が「あったらいいな」とずっと思っていた組織が、今のオプトデジタルなのです。

株式会社オプトデジタル 代表取締役 野呂健太氏

小泉: 当時は、どのようなサービスを手がけていたのでしょうか。

野呂: たとえば、「LINEによる保険金請求サービス」です。今ではこのサービスを、損保ジャパンの10,000名の職員が年間数十万人というお客様の事故対応に使っています。それまで、お客様は事故が起きたとき、電話で事故担当者と話をし、状況を伝える必要がありました。今ではLINEのチャットでそれができてしまうのです。しかも、従来は保険金の請求が完了するまでに約2週間かかっていたのが、今のしくみでは約30分で完了します。

小泉: 早いですね。お客さんはかなりびっくりされたのではないですか。

野呂: はい。保険金の請求手続きといえばものすごく時間がかかるのが常識ですから、30分で完了できるということに大変驚かれました。

また、このサービスはお客様のみならず、社内にも大きなメリットがあります。セキュアな環境を構築している前提ですが、例えば電話対応なら職員は必ず出社しなければなりませんが、チャットシステムを使えば在宅で事故対応ができます。現在はコロナ禍でリモートワークがひろがっています。損保ジャパンの事故担当者は、自宅という安全な環境から事故対応ができます。

小泉: すばらしいことですね。

野呂: ただ、私たちの生活をより便利にするためには、このようなDXの波を他の企業、業界にも広げていく必要があります。それが、オプトデジタルを設立した理由でもあります。

小泉: お客様対応というのは、けっこう複雑ですよね。業務全体のことを熟知していなければ、使いやすいサービスをつくることは難しいように思います。

野呂: おっしゃるとおりです。それは、損保ジャパンで私自身が強く実感したことです。私は、DXとは決して華やかなものではなく、泥くさいものだと思っています。レガシー企業の現場のオペレーションをいきなりすべて変えることなどできません。まずは電話のやりとりをチャットに置き換えるなど、一歩ずつ地道に進めていくことが重要です。そして、そこには業務の深い理解とさまざまなノウハウが必要とされます。

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泥くさく、お客様のためになるシステムをつくりこむ

小泉: 電話やメールからLINEへと、職員や顧客にマインドを切り替えてもらうのは、大変なことではないですか。

野呂: それには発想の転換が重要だと思っています。私はよく「コミュニケーション手段が変わるだけですよ」と言います。電話やメールで行ってきたコミュニケーション手段をLINEに置き換えるだけで、実はとても単純なことなのだと、お伝えするのです。そうすることで、導入のハードルは下がります。

小泉: 大きな絵を描いて見せるのではなく、目の前のあたりまえのことを伝えると。

野呂: はい。世間ではコミュニケーションの手段にLINEが使われているのに、企業の顧客対応に使われていないのはおかしいですよね。LINEの国内月間アクティブユーザー数は8,400万人です。世間のニーズと企業がもっている顧客接点の間には、だいたい10年くらいのずれがあるのではないでしょうか。

小泉: 確かにそうですね。

野呂: 職員(企業)にとってのメリットはとてもわかりやすいです。事前に質問する項目が決まっている名前や電話番号、住所、事故の状況などは、すべてチャットボット(自動会話プログラム)で聞くことができます。また、従来の電話対応の場合、そのオペレーターは拘束されますが、チャットであればほぼ同時に何人ともやりとりできます。DXを推進するにあたり、チャットは非常に有効な手段として使えるものですが、その価値に気づいていない企業がまだ多くいらっしゃいます。

小泉: テキストでも音声でも、自然言語という処理がきちんとできるのなら、画面の向こうにいるのが人である必要は必ずしもないですよね。

野呂: お客様の立場からすれば、どちらでもいいはずです。

ファストDXの基盤となる「アジャイル型開発」の概要(画像提供:オプトデジタル)

小泉: チャットボットにはAIを使うのですか?

野呂: いえ、チャットボットは基本的にルールベースです。事前に設定した規則にもとづいて自動応答するしくみになります。実は、弊社は現状ではAIを積極的に使ってはいません。

私が損保ジャパンで開発したサービスの一つに、LINEを活用した自動車事故のAI自動修理見積サービスがあります。AIが自動車の画像から傷やへこみを認識し、その修理金額を見積もるしくみです。

そのときの経験をもとにしているのですが、AIの開発というのはそれなりにコストと期間が必要です。また精度も100%ではありませんから、既存のすべてのプロセスをAIに任せるかたちで開発しようとするのは、現実的ではありません。それよりも、レガシー企業は多くのアナログなオペレーションを抱えているため、AIを組み込む以前にやるべきこともたくさんあると考えています。紙や電話、FAXを利用しているような状況が前提ですから。そこから一歩ずつ進め、もし必要であれば応用編としてAIを使えばいいと思います。

加えてルールベースでも、必要な情報は入手できますし、ルールを組み込めばわざわざ学習させる必要もなく、精度も基本的には100%となります。レガシー企業の受付やオペレーションにおいては、ルールベースがいちばん使いやすいと私は思っています。

小泉: ルールベースの方が、何が悪かったのかを分析しやすいという面もありますよね。

野呂: おっしゃるとおりです。たとえば、先ほどの自動車事故の見積もりサービスでは、見積もり金額の算出理由をお客様に説明できなければ、現場では使えません。すべてをAIに任せると、「AIが出したからです」としか言えなくなってしまいます。ですから、そのサービスでは一部にルールベースのロジックを組み込みました。担当者がきちんとお客様に説明できるしくみにしたのです。

小泉: 先ほどの、DXとは「泥くさい」ものだということの意味がわかってきたような気がします。

野呂: ありがとうございます。何でも最先端だからいいのではなく、今やれることをしっかり一歩ずつやっていくことが、レガシー企業のDXに必要なことです。

小泉: LINE社とはどのように協業を進めているのでしょう。

野呂: LINEをプラットフォームとして活用していると、(LINEに対する)色々とこまかい要望が出てきます。LINE社はプラットフォーマーですから、法人サービスの個別の開発対応は基本的に行っていません。そこは役割分担です。私たちのようにサービスをつくる側が企業のニーズを受け取り、それをLINE社に伝えるのです。そうしたコミュニケーションをより柔軟に行うために設立したのが、「LINE Innovation Center」です。

小泉: LINE社からしても、ありがたい話ですね。

野呂: LINE社とは週に一度打ち合わせをしているのですが、「クライアント企業はこの機能は使わないよ」といったことを伝えます。それくらい、忌憚なく意見を言い合える、良い関係性を築けていると思います。

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「ファストDX」の伝道師として社会を変えていく

小泉: オプトデジタルが注力しているのは、どのような分野でしょうか。

野呂: 私たちはミッションとして「企業のデジタルシフトを柔軟さと実行力で実現する。」と掲げており、「ファストDXカンパニー」としてレガシー企業の顧客接点を変えていくことを目指しています。業界でいうと、自治体や不動産、金融機関などです。例えば、銀行ではいまだに口座開設に紙を使っているところもあります。そうした手間となっている業務をすべてデジタルに切り替えていきたいと思っています。

企業が事故対応などの窓口を新たにつくろうとした場合、ウェブページや自社アプリをつくることが多いです。でも、それではあまりお客様に使ってもらえないのです。1回の問い合わせのためにアプリをダウンロードしようと思う人は少ないからです。LINEであれば、友だち追加のみで使えます。

小泉: LINEでできるのは非常に便利ですよね。先日、厚生労働省から新型コロナウイルスのアンケート(「新型コロナ対策のための全国調査」)がLINEで送られてきていましたね。相当な回答数があったとか。

野呂: はい。1回の調査で約2,500万人から回答があったということです。そのようなプラットフォームは他にありません。

プラットフォームはあくまで手段です。その手段をいかにうまく、セキュアな環境に組み込むかという発想が大切です。現状、企業がLINEを活用してつくっているサービスの多くは、マーケティング活用や簡易なチャット機能を使ったサービスなど汎用的なものばかりです。

LINEというコミュニケーションの入口をうまく使えば、もっと深く、便利なサービスをたくさんつくることができるはずです。そのことを「伝道師」として企業に伝え、支援していくのが弊社の重要なミッションの一つです。

株式会社オプトデジタル 代表取締役 野呂健太氏

小泉: ところで、家電が故障すると、エラーが記号で表示されることありますよね。あれが非常にわかりにくいのです。そのような場合の問い合わせも、御社のサービスで便利にできませんか。

野呂: それは、実は私も最近考えていたことです。先日、自宅のエアコンが壊れて、メーカーに電話したのです。すると、オペレーターから、「何色のランプが何回点灯していますか?」、「リモコンにどういうコードが表示されていますか?」と聞かれるわけです。

これは非常に手間です。ランプやリモコンの表示内容などはスマートフォンのカメラで撮影して、チャットで送れば、すぐ把握できるはずです。電話じゃなければいけない理由はありません。そもそも、画像と動画の方が情報として正確なはずです。

小泉: それこそ、カジュアルに画像認識技術なども使えるのではないでしょうか。一枚の画像からAIがすべてを判断しなくても、大まかにこれはこういうケースだ、と分類することは簡単なAIでもできますよね。

野呂: それは学習さえさせれば簡単にできますね。

小泉: こうした例はいくらでもありそうなものですが、なぜなかなか変わらないのでしょうか。

野呂: 多くの場合、企業は顧客接点のメインであるコールセンターをコストセンターと見てしまっています。事業の売上高や営業収益に直接寄与していないと考えているのです。ですから、新型コロナウイルス感染症の感染拡大によって見直されつつあるものの、設備投資の対象になりにくく、デジタル化が遅れてしまうのです。

小泉: 日本の企業はコスト削減が得意というイメージもあるのですが、逆なのですね。

野呂: それは分野によります。おそらくコールセンターの場合は、「電話でやっていることは他に置き換えられない」という固定観念があるのだと思います。なので、私は「もっと便利な方法を楽に導入できる」ということを伝え続けていきたいのです。実際に、損保ジャパンでは電話でやっていた業務を、セキュアなLINEのチャットでやり取りできる環境に変えることができたわけですから。

小泉: もちろん、人間が対応した方が丁寧な場合もあります。でも、それによってお客様を待たせてしまうこともあるわけですよね。

野呂: はい。たとえば、飲食店の電話予約などがそうですね。LINEなどのアプリを使ってきめこまやかに予約できるしくみがあれば、お客様と従業員の双方が幸せになると思います。

小泉: ぜひ、変えていってほしいです。

野呂: ありがとうございます。デジタルはあくまで手段ですから、必要に応じて組み込めばいいと思っています。餅は餅屋で、商品の査定などの画像認識を使ったサービスであればAIの画像解析に特化した企業のシステムとAPIでつなぎこめば、自社で開発しなくてもかまいません。色々なところから素材を持ちこみ、うまく組み合わせてお客様が本当に欲しいサービスを提供できることが私たちの腕の見せどころであり、「ファストDX」が意味するところです。

小泉: 本日は貴重なお話をありがとうございました。

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