泥くさく、お客様のためになるシステムをつくりこむ
小泉: 電話やメールからLINEへと、職員や顧客にマインドを切り替えてもらうのは、大変なことではないですか。
野呂: それには発想の転換が重要だと思っています。私はよく「コミュニケーション手段が変わるだけですよ」と言います。電話やメールで行ってきたコミュニケーション手段をLINEに置き換えるだけで、実はとても単純なことなのだと、お伝えするのです。そうすることで、導入のハードルは下がります。
小泉: 大きな絵を描いて見せるのではなく、目の前のあたりまえのことを伝えると。
野呂: はい。世間ではコミュニケーションの手段にLINEが使われているのに、企業の顧客対応に使われていないのはおかしいですよね。LINEの国内月間アクティブユーザー数は8,400万人です。世間のニーズと企業がもっている顧客接点の間には、だいたい10年くらいのずれがあるのではないでしょうか。
小泉: 確かにそうですね。
野呂: 職員(企業)にとってのメリットはとてもわかりやすいです。事前に質問する項目が決まっている名前や電話番号、住所、事故の状況などは、すべてチャットボット(自動会話プログラム)で聞くことができます。また、従来の電話対応の場合、そのオペレーターは拘束されますが、チャットであればほぼ同時に何人ともやりとりできます。DXを推進するにあたり、チャットは非常に有効な手段として使えるものですが、その価値に気づいていない企業がまだ多くいらっしゃいます。
小泉: テキストでも音声でも、自然言語という処理がきちんとできるのなら、画面の向こうにいるのが人である必要は必ずしもないですよね。
野呂: お客様の立場からすれば、どちらでもいいはずです。

小泉: チャットボットにはAIを使うのですか?
野呂: いえ、チャットボットは基本的にルールベースです。事前に設定した規則にもとづいて自動応答するしくみになります。実は、弊社は現状ではAIを積極的に使ってはいません。
私が損保ジャパンで開発したサービスの一つに、LINEを活用した自動車事故のAI自動修理見積サービスがあります。AIが自動車の画像から傷やへこみを認識し、その修理金額を見積もるしくみです。
そのときの経験をもとにしているのですが、AIの開発というのはそれなりにコストと期間が必要です。また精度も100%ではありませんから、既存のすべてのプロセスをAIに任せるかたちで開発しようとするのは、現実的ではありません。それよりも、レガシー企業は多くのアナログなオペレーションを抱えているため、AIを組み込む以前にやるべきこともたくさんあると考えています。紙や電話、FAXを利用しているような状況が前提ですから。そこから一歩ずつ進め、もし必要であれば応用編としてAIを使えばいいと思います。
加えてルールベースでも、必要な情報は入手できますし、ルールを組み込めばわざわざ学習させる必要もなく、精度も基本的には100%となります。レガシー企業の受付やオペレーションにおいては、ルールベースがいちばん使いやすいと私は思っています。
小泉: ルールベースの方が、何が悪かったのかを分析しやすいという面もありますよね。
野呂: おっしゃるとおりです。たとえば、先ほどの自動車事故の見積もりサービスでは、見積もり金額の算出理由をお客様に説明できなければ、現場では使えません。すべてをAIに任せると、「AIが出したからです」としか言えなくなってしまいます。ですから、そのサービスでは一部にルールベースのロジックを組み込みました。担当者がきちんとお客様に説明できるしくみにしたのです。
小泉: 先ほどの、DXとは「泥くさい」ものだということの意味がわかってきたような気がします。
野呂: ありがとうございます。何でも最先端だからいいのではなく、今やれることをしっかり一歩ずつやっていくことが、レガシー企業のDXに必要なことです。
小泉: LINE社とはどのように協業を進めているのでしょう。
野呂: LINEをプラットフォームとして活用していると、(LINEに対する)色々とこまかい要望が出てきます。LINE社はプラットフォーマーですから、法人サービスの個別の開発対応は基本的に行っていません。そこは役割分担です。私たちのようにサービスをつくる側が企業のニーズを受け取り、それをLINE社に伝えるのです。そうしたコミュニケーションをより柔軟に行うために設立したのが、「LINE Innovation Center」です。
小泉: LINE社からしても、ありがたい話ですね。
野呂: LINE社とは週に一度打ち合わせをしているのですが、「クライアント企業はこの機能は使わないよ」といったことを伝えます。それくらい、忌憚なく意見を言い合える、良い関係性を築けていると思います。
無料メルマガ会員に登録しませんか?

技術・科学系ライター。修士(応用化学)。石油メーカー勤務を経て、2017年よりライターとして活動。科学雑誌などにも寄稿している。