いつもはIoT・AIに関わるコンテンツを提供しているIoTNEWSですが、今回は「ものづくり」の分野で注目を集める日本企業の取り組みにスポットを当て、お届けします。
デジタル化やグローバル化により時代が大きく変わろうとする昨今、日本の産業を支える「ものづくり」企業は変革を迫られている。そんな中、「少量生産」のノウハウと高い技術力を武器に躍進を続ける企業がある。神奈川県茅ケ崎市にある金属加工メーカー、株式会社由紀精密だ。
30名ほどの従業員からなる小さな町工場だが、医療や航空宇宙の分野において世界の大企業や研究機関から注目を集めている。一時は倒産の危機にも直面したという同社だが、躍進の秘訣はどこにあるのか。2006年に入社し、同社をV字回復に導いた3代目社長、大坪正人氏に伺った。(聞き手:株式会社アールジーン 代表取締役/IoTNEWS 代表 小泉耕二)
<大坪正人氏 プロフィール>
株式会社由紀精密 代表取締役社長。神奈川県茅ヶ崎市に生まれる。2000年、東京大学大学院産業機械工学を修了し、株式会社インクスに入社。金型技術や工作機械の設計、工場の立ち上げ等に携わる。2005年に「第1回ものづくり日本大賞 経済産業大臣賞受賞」を受賞。2006年に由紀精密に入社。2013年より同社社長に就任。
倒産の危機からの大転換、「目標を決めたら、やり続けること」
-御社のこれまでについて教えて頂けますか。
大坪正人氏(以下、大坪): 私の祖父が起こした会社で、創業当時からねじなどの小さな金属部品をつくっていました。主力だったビジネスは、公衆電話のカードリーダーに使われる部品です。ただ、時代の流れでそうした製品の需要がなくなっていき、苦しい時代が続きました。
私が入社したのが2006年で、当時の会社は本当にボロボロの状態でした。これからどうしていくべきか、決断しなければならないタイミングでした。そこで、金属加工という軸は捨てずに、少量生産で高付加価値という方向にかじを切ったのです。
それから約10年が経ちましたが、今では売上の7割が航空宇宙と医療の分野です。旅客機や人工衛星の部品、医療では人体に入れるインプラントの部品などをつくっています。ここ茅ケ崎本社の他に、新横浜に設計・開発の拠点、フランスのリヨンには欧州市場向けの営業拠点(2015年、同社海外法人を設立)があります。
-高付加価値の製品をつくる方向へ舵を切られたということですが、簡単なことではないと思います。どのような苦労がありましたか。
大坪: 10年間でじわじわと実績を積み上げてきました。すぐに利益化するものではありませんから、長期ビジョンが大切です。あとは、目標を決めたらとにかくそこに向かって進み、途中で戻らないこと。あきらめずにやり続けることですね。
-医療や航空宇宙など、「この分野へ進もう」という方向性は、どのように決断されたのですか。
大坪: 「それしかない」というのが実際のところです。金属部品で少量となると、活かす領域が限られてきますから。ただ、残る分野というのは、あるのです。それは“機械が残るところ”です。なぜなら、機械には金属部品が必要だからです。
“機械が残るところ”という視点で考えていくと、大体、目の付け所は決まってきます。当社がつくっていた公衆電話はまさに機械の塊です。しかし、それはやがて携帯電話(ガラケー)になりました。携帯電話は部品をたくさん使います。ところがそれがスマホになると、ボタンが要らなくなりました。このように、機械が要らない方向に、色々なモノが向かっているのです。
ただ、そうは言ってもやはり、“機械が残るところ”はあるのです。人間の体を動かそうとすると、物理的に動く“機械”がなければなりません。それは何であっても同じで、飛行機でもそうです。機械的に人間という質量を囲わないといけないので、それを支える推力を出すものが必要です。そういうところには、電気だけではなく機械が必要なのです。
(電気自動車で使われるような)モーターを回すには電気が必要ですが、モーターそのものは機械です。物理的に人間の質量を移動させるために、これからも機械は使われていきます。そのように考えながら将来の姿を見ていくと、「このあたりはきっと機械が残るな」といったことが見えてくるのです。
“ないないづくし”からの躍進、秘訣は少量生産へのこだわりと情報発信
-ある特定の分野を少量生産で攻めていく一方で、突破した市場をさらに広げていくというアプローチはされるのでしょうか。
大坪: 「広げていく」ということが、どういうことかですね。大量生産するということであれば、全く狙っていません。それは、得意な企業にやってもらえればいいと考えています。私たちが得意とするのは、大量生産になるより前のところです。
新しい製品をつくろうとすると、まず試作から始まり、開発し、少量生産をします。その後、だんだんとコモディティ化され、どこでも同じモノがつくれるようになり、大量生産の技術が生まれ、コストが下がっていきます。そうなってしまうと、もう私たちの仕事ではありません。
-御社の場合はそこで、別の製品の試作を始め、少量生産の方へ移行していくということですね。
大坪: はい。ただ、大量生産にならないものもあります。たとえば、ロケットエンジンはそんなにたくさんつくるものではありません。世界で最も多くつくっている企業でも、年間数百台くらいです。それは少量生産のレベルです。
私たちは、ロケットエンジンの小さな部品であれば、世界の需要分の個数をこの工場で一挙につくることができます。そのように、ずっと大きくならない市場もあるのです。
私たちは、ニッチ市場を狙い、そこがダメだったら次、というふうに“賭け”を続けているわけではありません。今後の市場を予測すると、高付加価値の製品が必要な分野が見えてきますから、そこに対して先行して製品を供給していくという方法です。
-御社のようにやりたくても、できない企業もあります。御社はなぜできているのでしょうか。
大坪: 当社もはじめは、誰にも知られていないところからのスタートでした。そこでいきなり航空宇宙をやるといっても、実績もおカネありません。本当に、“ないないづくし”の状態で、あるのはアイディアとか根性くらいのものでした(笑)。
そんな中で、「こんなことをやります」と目標を掲げて、積極的に情報発信をしました。そうすると、声をかけてくれるお客さんが出てくるのです。そのあとは、実績ですね。しっかりと実績を出すと、今度はそれが口コミで横に広がっていく。ニュースに取り上げてもらったら、当社からもそれを発信します。そうしたことの地道な繰り返しです。
大坪社長が考える「職人技」、“機械を動かすことは、鉛筆で字を書くことに似たり”
-ものづくりの世界では「職人」と呼ばれる方の技術が重要だと認識しているのですが、それは手作業によるものが多いのですか。
大坪: いえ、機械の方が多いです。ものづくりでは「リピータビリティ」、つまり同じものをよい品質で出し続けていくことが大切です。そのためには、手作業にあまり頼らない方向へ行かないと、どうしてもばらつきを抑えきれません。
手を使わないと「職人技」ではないかと言えば、まったくそんなことはありません。たとえば、金属を削るためのプログラムをどのように書くか、どういう加工工程にしていくか、切削液は何を使い、どの機械を使うのか、そうしたすべてがノウハウの塊なのです。
ものすごくいいペンを使っても、字が下手な人はいますよね。機械とは、鉛筆みたいなものです。それをどのように動かすかは、すべて人間が決めるのです。同じ機械を持っている中国の企業と何を勝負するのか、という話においても同様で、機械は道具ですから、結局それをどう削るかは自分たちのやり方次第です。
そこには色々な要素があります。たとえばある製品を、今は一部の企業しかつくれなくても、時間が経てば他の企業でも同じように加工できるようになるかもしれません。ただ、そこに至るまでのスピード感も競争力です。
あとは、それを100個同じ品質でつくれるのか、10年後にまたつくる際に、10年前と同じ品質でつくれるのか。そういうことを一つ一つ考えていくと、ものづくりというのは本当に難しいことがわかります。
-大量生産でつくるものと、御社のように少量かつ高付加価値でつくるものの差は、簡単に言えばどういうところにあるのでしょうか。
大坪: 量産ではつくれないタイプの製品があります。量産する場合は、金属でも樹脂でも基本的に、金型を使います。ただ、金型では成型できないような材質を使う場合がその1つです。
たとえば、超高温まで耐えられる製品をつくろうとする場合です。金属を加熱し、溶かして金型に流し込もうとしても、そもそも溶けません。溶かすには、加熱温度を上げるために莫大なコストが必要ですし、金型はもっと融点が高い特殊な材質のものを使わなければなりません。
たとえば、ジェットエンジンに使われるような部品などがそうです。あるいは、体の中に機械を埋め込む際には、生体親和性の高いチタンを使うのですが、チタンも耐熱合金ですから、同じように簡単にはつくれません。
そのようなつくりにくい特殊なものを、私たちはあえて狙っています。
日本のものづくりの強み、そして将来のあるべき姿
大坪: 私たちの会社は少数精鋭で、新しいこと、難しいことにチャレンジしたいというメンバーが集まっています。量産型の現場もたくさん見てきましたが、社員のやるべきことはマニュアル化されている場合が多いです。
そういう現場を見ていると、ロボットに置き換わる可能性があると思うこともあります。私たちはロボットに使われる側ではなく、ロボットをつくる側にいたいと考えています。
-製造業は色々です。ロボットのような自動設備を用い、「生産性改善」に取り組むというのも一つの流れです。IoTで取材する場合には、そうしたシーンの方が多いです。
問題は、“そっちの話”をしているのに、匠の技術や少量生産のこともいっしょくたにした議論をよく耳にします。でも本当は、それぞれ切り口が違うはずなのです。
また、既存産業をどうするか、といった話に焦点が偏っており、新しい産業をつくっていこうという議論が少ない印象を持っています。チャレンジするべき領域は、まだまだあるはずなのですが。
大坪: そうですね。私は、日本の企業が、世界中のものづくりの開発拠点になっていけばいいなと考えています。今は、中国の深センやアメリカが注目されています。あれはものづくりの一つの“カタチ”ではありますが、日本はちょっと違うと私は思っています。
中国は、製品の種類は電子制御系が多く量産です。それに対して、日本はわりと少量多品種で、精度が高い製品をつくるのに長けています。
Appleもいまや日本に開発拠点がありますが、そのような世界の企業が、深センでやる開発はこう、日本でやる開発はこう、というように、“キャラ”があるといいなと思うのです。とくに、モノをつくるための機械と金型は、日本でできればいいですね。
工作機械メーカーは、日本が世界でも圧倒的に強いです。「〇〇をつくるなら、日本の製品でやろうよ」というプロモーションが、世界的にできればいいと思っています。
-日本のものづくりは、他にはどのような特徴がありますか。
大坪: いいものをすぐに調達できるというのも、日本のいいところです。電子部品は中国の深センの方が早く調達できますが、機械部品は日本の方が早く調達できます。当社はフランスに拠点を置き、ヨーロッパの市場も見ていますが、「日本は便利だ」と思うことが多々あります。
たとえば、イタリアやフランスで、ハードウェア製品をつくろうとした時のスピード感を日本と比較すると、圧倒的に日本の方が速いなという実感があります。世界最高峰の技術を使ってこの製品をつくりたい、と思った場合には、知り合いの会社だけでほぼ世界最高峰の技術が手に入ります。
世界最高峰の技術を見に行こうとスイスの展示会などに行くと、確かにすごい企業はあるのですが、その技術が日本にはできないと思うことは殆どありません。逆に、スイスの企業から当社が仕事をもらう場合もあります。
その代わり、日本はもっと高く売らないといけません。ヨーロッパを見ていると、物価が全然違います。いい製品でも、「日本ではなんて安いのだろう」と思うことがよくあります。ヨーロッパの企業は高く売っているから、労働生産性が高いのです。日本はもっと付加価値を前面におしだしていっていいのではないかと思います。
”つきぬけた技術”で、世の中を幸せにしたい
-私が気になっているのが、日本の優良企業が海外からあまり見えていないなということです。たとえばシリコンバレーの企業がハードウェア製品を外注する場合に、その選択肢の中に日本の企業が入ってこないのではないか。それで、中国の企業に取られてしまっているのではないかと懸念しています。
大坪: おっしゃる通りだと思います。これまで日本の中小企業は、日本のお得意先企業に部品を納めるというのが普通でした。そして、大手の企業が完成品を世界中に売ってくるというしくみです。
それが今、大手は海外に進出して現地調達するようになり、日本の中小企業が不満を持っているのは事実だと思います。ただその原因の一つは、私たちのアピールが足りていなかったことだと思います。本当は、私たちも積極的に海外へ行き、売ってこなければならなかったのです。
当社ではそうはならないように、マーケットを世界に求めてきました。パリの航空ショーに2010年に「YUKI」ブランドで出展して以来、毎年出展しています。
ここ3年間では、年に6回は海外の展示会に出展しています。今ではようやく展示会で会う外国人に、「知ってるよ」と声をかけてもらえるようになりました。また、小型衛星のメーカーであれば、由紀精密を知ってくださっている企業が増えてきましたし、時計業界でもかなり知名度が上がってきています。そうした地道な努力が大切です。
-本日はお話を伺い、製品も見せて頂いて、ものづくりというのは本当に奥深い世界なのだとわかりました。
大坪: 当社では、よい製品を追求し続けています。ただ、それが世の中から要らないと言われてしまうと、意味がありません。「イノベーションのジレンマ」という言葉があります。イノベーションが行き過ぎてしまって、逆に世の中にニーズがないという場合のことです。
しかし私は、突き抜けてしまっていいと思っています。世の中の要求よりも突き抜けてしまって、その突き抜けでしまったものを使ってくれる人を探していく。それが使われるマーケットをつくっていく。その方が面白いと思っています。
-今後の展望についてお聞かせください。
大坪: 「ものづくりの力で世界を幸せに」が、当社のミッションであり存在価値です。
それはたとえば、背骨のインプラントです。背骨が悪くなってしまうと、人の働ける寿命は短くなってしまいます。頭はしっかりしていて、立つこともできる。それなのに、背骨がちょっとずれているだけで動けないということがあるのです。私たちは、そうしたことをなくしたいと思っています。
また宇宙の分野においては、「ごみ掃除」が課題となっています。宇宙開発を進めてきた結果、地球の軌道上にはたくさんのごみがあります。私たちは、そのごみを除去するための衛星に必要な部品を供給することで、宇宙開発のサステナビリティに貢献したいと考えています。
他にも、食糧問題や水不足など、世界には問題がたくさんあります。そうした課題に対し、私たちはものづくり企業として、「プロダクト」によって解決していきます。
-本日はありがとうございました。
【関連リンク】
・由紀精密(YUKI Precision)

