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「データで儲ける」ってどういうこと? ー八子知礼×小泉耕二【第10回】

IoTNEWS代表の小泉耕二と、株式会社ウフルCIO/株式会社アールジーン社外取締役の八子知礼が、IoT・AIに関わるさまざまなテーマについて月1回、公開ディスカッションを行う連載企画。本稿では、第10回をお届けする。

デジタル化が進んだ世の中では、現実世界のさまざまな出来事やしくみがデジタル空間に「コピー」され、ヒトの脳では追い付かない複雑な事象の原因を分析したり、未来を予測したりできると考えられている。

人間がテクノロジーを進化させ続ける限り、そのような未来は必ず来るだろう。

そうすると、ビジネスの世界では自社が持つ「デジタルデータ」を他社に販売するという新しいビジネスモデルが想定しうる。実際に、昨年の11月に経産省などが主導で「データ流通推進協議会」(DTA)を設立するなど、制度づくりも本格的に始まっている。

しかし、自社の足元の事業を見た時に、データの売買によって商売を行うイメージを持てる企業は多くはないはずだ。そもそもデータを持っていない、持っていてもそれが価値のあるデータなのかわからないといった状態では、とても重い腰を上げてデータ中心のビジネスモデルには切り替えにくい。

「データを活用してお金を儲ける」とは、どういうことなのだろうか。企業はまず何から始めればいいのだろうか。八子と小泉が議論した。

そもそも、何のデータをどれだけ集めればいいのか

小泉: 前回は「プラットフォームはなぜ必要か」というテーマで議論をしましたが、今回はその続きとして、プラットフォーム上で行うデータの連携や売買についてお話ししていきたいと思います。

その前に八子さんにお聞きしたいのですが、IoTによってデータがどんどんたまっていく一方で、そのデータをどう活用するかが大事であると言われます。「データを活用する」とは、具体的にどういうことを指すのでしょうか。

八子: 一つは、BIツールなどで現場の状況を可視化し、何が起きているのかを人間が把握すること。もう一つは、未来を予測して次の打ち手を考えること、これが一般に、「データを活用する」ということです。

小泉: その際、どのようなデータが必要でしょうか。例えば、機械の「温度」のような単一のデータをたくさん集めると故障の予兆がわかるかもしれませんが、そんなに単純なケースばかりではありません。

八子: そうですね。例えば工場の設備においても、温度だけではなく湿度や騒音、騒音によって起こる振動。さらに、その振動は設備の固有振動なのか、環境による振動なのかなど、色々なパラメータを複合的に取ってきて、相関関係を分析しなければ、活用は難しいでしょう。

小泉: 色々なパラメータがあって初めて、複雑な事象に対しても「予測」ができるのでしょうか。

八子: それは実空間上で起こっていることですから、私たちでもある程度頭の中で分析することはできます。しかし、「それが本当にそうなのか」ということを、集まってきたデータをもとに判断したり、将来を予測したりしようとすると、さすがに色々なパラメータが必要になります。

小泉: 「色々なデータ」と言っても、どのデータを取ればいいのかよくわからないというケースが多いと思います。

例えば機械の故障について分析しようとした時に、「温度」と「加速度」のデータは必要だなということは、感覚としてわかります。故障する機械は温度が高くなったり、振動が大きくなったりするということがイメージできるからです。

ただ、「そこに湿度も必要だ」などと言われると、よくわからなくなります。あくまで端的な一つの例ですが。

八子: それはまず、「機械そのものの故障」か「機械から生産される製品の精度」か、どちらを重点的に見たいのかで取得するデータが変わってきます。

例えば、金属を切断し、最後にメッキで仕上げるような工程の場合には湿度によってメッキの付き方(厚み)が変わってきますが、メッキに使う機械の故障状態を湿気で判断できるのかどうかは、また違う話です。

小泉: なるほど。そうすると、まずはこれまで現場でやってきた人たちが、ある程度このパラメータは必要だと感覚的にわかっているところから取るということが大事ですね。その結果、このパラメータが効いている、効いていないということを一つ一つ見ていくのがよいかと。

「データで儲ける」ってどういうこと? —八子知礼×小泉耕二
株式会社アールジーン社外取締役/株式会社ウフルCIO(チーフ・イノベーション・オフィサー) IoTイノベーションセンター所長兼エグゼクティブコンサルタント 八子知礼

八子: (IoTの事例として有名な)GEの航空エンジンでは、数百あるセンサーの値を分析し、故障予知につなげたり、燃料の消費を減らす航路情報を把握したりできたわけですが、そこに使われたのはほんの数十のセンサーしかないという話を聞いています。

小泉: では、まずはたくさんデータを集めてみて、そこから絞っていくというのがいいのでしょうか。

八子: そうですね。あとは、小さな環境からまずは始めるのがいいでしょう。ある設備に10個のセンサー、他の設備にも10個のセンサーを付けるというように、それぞれでデータを集め、いったん集約します。すると、全体がパズルのようになり、抜けているピースが見つかります。それをあとから埋めていく、あるいは相関関係に入ってこないパラメータについては外していくという流れですね。

小泉: そうすると、かなり時間がかかりそうですね。安いセンサーを付けてすぐに結果が欲しいというパターンは別途あるにしても、GEのような付加価値が欲しいのであれば、やはりある程度の数が必要になりますね。

八子: 「その会社が何をしたいのか」という目的にも寄ると思いますよ。工程の歩留まりを改善するということであれば、機械に入ってくるところと出ていくところのタイムスタンプを取っていれば、ボトルネックはすぐ見つかります。その場合には、高度な分析は必要ありません。

一方、機械の加工状態を見るといった場合には、高度な分析が必要ですから、パラメータの数も増えることになります。

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外部からデータを取得しなければならない理由

小泉: 次にデータの売買の話に移っていきたいと思います。ただやはり、さきほどの歩留まりの改善にデータを活用するという話から、データの売買に話を進めるというのは飛躍があるように思うんですね。

データを売買したり、データを使って新たなサービスをつくったりとなると、もう少し緻密なデータや広範囲なデータがないと難しいと感じますが、どうでしょうか。

八子: たとえば小売・流通の店舗でデータを取る場合に、その目的が「お客さんの顔を認識する」ことだけであれば、ものすごくピンポイントの領域のデータでしかないわけです。

そこに、POSシステムに蓄積された「何の商品がどれだけ売れたのか」といったデータやお客様の動線のデータなどを集め、店舗の状態をすべて可視化しようとすると、データは膨大になります。

そこで初めて、天気のデータや食材の仕入れに関連するデータが足りない、といった「データの不足」に気づくのです。その場合には、データを外部から取ってこないと高度な分析はできません。また、大量のデータを自社だけで蓄積していると、ストレージコストの負担も大きくなります。

そこでようやく、データ連携の環境にアクセスしたりAPI連携したりといった具体的な話が始まります。ですから、まずは自社である程度のデータがたまっていない限りは、そこまでいかないでしょう。

小泉: なるほど。製造業だと、ある産業機械メーカーがタイとロシアに機械を売っているとします。この二つの国は気温がまったく違いますから、それぞれの気温のデータを集めることで、機械の故障に対する気温の影響を分析し、自社の製品を改善していくことができますよね。

もうちょっと高温帯に耐えられる部品を使わないといけないなとか、寒いところでも動くような設計にしないといけないということがわかります。それはイメージつきますね。

株式会社アールジーン代表取締役/IoTNEWS代表 小泉耕二

八子: ウフルでご相談頂いている案件の中に、海の近くと山の近くでは、潮にさらされている影響で、設備の故障状況が違うという事例もあります。あるいは、同じエリアでも粉塵の発生の度合いで加工精度が変わることもあります。

小売であれば、鮮度を管理してお店に並べるわけですが、特にチルド品(0℃前後で輸送、販売する食品)の場合には、きちんと温度が管理されているかの証拠提出を義務付ける「コールドチェーン・マネジメント」の制度化も米国を中心に始まりつつあります。そうすると、自分たちでは結局、データが取れないのです。

小泉: 小売・流通のサプライチェーンは特にそうですよね。製造過程・倉庫での在庫時・トラックの中・店頭といったそれぞれのデータがなければなりません。

高級なワインなどは昔から緻密にやってきたのでしょう。高級なワインを扱うお店では、その保存状態をさかのぼって聞いて回ったうえで仕入れるようですからね。開けてみないとわからないというワインはダメで、初めから品質が保証されていなければならないのです。

そういうことが、日常生活に関係のある製品でもひろがっていくということですね。冷凍品でも、「これは一回溶けたんじゃないか?」というような氷の塊があったりしますからね。

八子: そうです。ある企業さんで、全体の3分の1の製品は既定の温度から外れているというデータを我々も目の当たりにしています。そこはやはり、複数のプレイヤーでひとまとめに分析や管理をするという体系的なしくみが必要になるでしょう。そうなったらようやく、データが流通していく段階に移るのかなと思います。

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データの活用が価値に直結する絵姿を描くこと

小泉: 小売・流通であれば、これまでは1社対1社のやり取りに限られていたと思います。例えば、イトーヨーカ堂のような大きな会社であれば、その配下にある物流会社や物流センター、小売店といったサプライチェーンのすべての温度データをイトーヨーカ堂という屋台骨の中で管理することができたかもしれません。

しかし、小さいスーパーでも同じことをしようとすると、何か別の「データの箱」が必要になってきますね。

八子: そうですね。「箱」といいますか、それぞれの場所に物理的に散逸しているデータをまとめて分析できるような環境が必要です。

そのためには、前回もお話しした「データ・マネジメント・プラットフォーム(DMP)」のしくみが自社内で必要である一方、ストレージコストの圧迫をある程度避ける必要がありますから、オープンプラットフォームが求められます。

しかも今後は「リアルタイム性」が増してきますから、「データ流通協議会」(DTA)がいままさに進めているように、データのフォーマットをあらかじめ決めておいて、「ほしいデータがすぐその場にある」という環境が求められますね。

小泉: 会社といっても、大企業、中小企業、色々です。小さな会社の人は、自社でデータを取ることはできても、広範囲に集めていくのは難しかったりしますよね。

たとえば、小さな運送業の会社の人であれば、冷蔵車の中の温度データがクラウド上にあり、必要に応じてやり取りできるようなしくみが望ましいでしょうが、そこでもデータの時系列がずれていたり、取得頻度がばらばらだったり、色々あるでしょう。やはり各産業単位でプラットフォームを束ねていくことが大事なのでしょうか。

八子: そうですね。やはり場所や業界単位でプラットフォーム化していく必要があるでしょう。(建設機械メーカーの)コマツが立ち上げた「LANDLOG」はその典型です。

たとえば石油・エネルギーのような業界であれば、多くのプレイヤーが関与しますから、業界共通のプラットフォームをつくり、データを共有しながら、自分たちが最適だと思うオペレーションのモデル、もしくは価格のモデルを決めていくことになると思います。

小泉: いわゆる「設備投資」のように、その投資が次の自分たちの売上をつくるとわかればいいのですが、IoTの場合には、費用対効果が見えない中で進めていくことになります。「何となくデータが集まった状態で始めましょう」と言っても、難しい現状があると思います。「様子見」の人たちがたくさん出てくるのはそれが理由だと思います。

ですから、「野菜の鮮度を保つにはこのデータが必要なんだ」とぶち上げてしまって、きちんと管理していることが価値に直結して、売り上げにつながることがわかるようにすれば、みんな真似してやると思うのです。

八子: そうですね。ですから私は、お客さんから相談を受けた場合には、まずその業界や会社が目指したい姿を描ききります。あとは、その姿を実現するためにどのようなデータが必要なのか、どこから取ってくるのか、そのデータをどう活用して、どのようなビジネスモデルをつくっていくかということを、同時並行的に決めていきます。

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「データ流通」が加速するのはいつ頃か

小泉: 八子さんに相談すれば、企業と企業をすぐにつないであげることもできると思いますが、八子さんがたくさんいるわけではありませんし、「どの企業がどんなデータを持っているか」は、インターネットで調べても出てくるものではありません。IoTNEWSでも公開していければとは思っています。

八子: 私たちウフルが支援している企業の業界別プラットフォームが今秋からいくつかリリースされます。そこから、「なるほどこのような人たちが、このようなデータを集めようとしているのだな」というビジネスの全体図が立て続けに見えてくると思っています。

小泉: 企業はなるべく速くデータ公開に踏み切った方がいいですよね。Googleが勝った理由はそこにあります。どんどん公開していくので、どんどん利用する人が出てきます。利用する人が増えると儲かり、儲かるからさらにデータが集まってきます。

あまりにも未開発な状態でリリースするのはダメですが、速めに出していって、「いまはこんなデータが世の中で見られるんだ」、「そこに参加するとこんなに儲かるんだ」ということがちょっとでも見えてくると、いっきに進むのかなと思います。

八子: 日本企業は囲い込みますからね。自社のデータは外に出したくないという意向が非常に強いです。もう一つの問題は、データを経営に活かす意識が非常に低いことです。「デジタルユニバース」(地球上で生成されるデータ全体)に占める日本の割合は世界的に見てもきわめて低いです。

ためたデータをオープンにしていき、そこでどうエコシステムをつくっていくのかという視点でビジネスを考えていかなければならなりません。

小泉: そうですね。今回のお話から、「データ流通」の世界はもう少し先という気がする一方、既に取り組んでいる人たちも確実にいます。コマツさんは半年前から始めていますし、グローバルでもデータで勝負する時代に入ってきています。

ただ、1社でやれませんから、色々な協力関係を使っていくことが必要ですね。本日はありがとうございました。

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