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芸術大学が提唱する文系理系の枠組みを超えるアート系人材育成とは ー京都造形芸術大学 事務局長 吉田大作氏インタビュー

ビジネスシーンにおいて「デザイン思考」の浸透とともに、アート的アプローチのビジネスへの取り込みが重要視されている。次のビジネス人材を輩出する芸術大学の提唱するアート系人材と、その育成について、京都造形芸術大学の社会実装・事業戦略部門事務局長・吉田大作氏に話を聞いた。(聞き手:IoTNEWS代表 小泉耕二)

「世界基準のファクトリー」ウルトラファクトリーとその狙い

IoTNEWS代表 小泉耕二(以下、小泉):ウルトラファクトリーの概要と設立の狙いや背景について教えてください。

京都造形芸術大学 吉田大作氏(以下、吉田):ウルトラファクトリーは京都造形芸術大学(以下、京都造形大)内にあり、地下1階、地上2階の計3階からなる複合的なファクトリーです。

年中解放されており、テクニカルスタッフが常駐。学生であれば所属学科の垣根を越えてだれでも利用することができます。「想像しうるものはすべて実現可能」と宣言し、木材・金属・樹脂加工はもちろん、シルクスクリーンから3Dスキャナ・プリンタといった最新のデジタル造形を自由に創ることができます。

吉田:2008年の設立当初から、モノづくりのエネルギーが集まる場所で社会の変革を担える創造力を持った学生たちを輩出していきたいという思いがありました。

10周年を機にウルトラファクトリーの1Fと2Fの面積を拡充して、3Dスキャナや3Dプリンタ、CNCカッターなどといった3Dモデリングができるような工房を新設しました。

世の中に新しいテクノロジーが進んでいっていて、アナログとデジタルの対立構造ではなく、アナログの良さとデジタルの良さ双方向を行き来できるようなことが必要だということを考えた結果です。

芸術大学が提唱する文系理系の枠組みを超えるアート系人材育成とは ー京都造形芸術大学 事務局長 吉田大作氏インタビュー
地下1階の工房では金属加工・溶接、プラスチック成型、スプレー塗装、大型造形のための機材が揃う。ウルトラファクトリーのディレクターを務めるヤノベケンジ氏の作品も

小泉:モノづくりのファクトリー自体は昨今、珍しくないですが、芸術大学が率先してというのは他にないように思います。芸大なので設備があるのは理解できるが、「社会の変革を担う人材づくりを目指す」というのはどういう考えに基づくものでしょうか。

吉田:芸術系学部のシェアは日本の全大学の中で2.4%にとどまっているのです(※京都造形大調べ)。

「芸術は社会にとって必要だ、芸術こそがこれからに必要な学問だ」、と言われ、「アート思考」、「デザイン思考」という言葉は出てきていますが、いまだに学問領域のシェアは2.4%しかありません。

それは社会の芸術に対するイメージが、前時代的な「芸術=趣味・娯楽・特別なもの」というステージから脱却できていないということです。それはその一端を担う大学側にも問題があると考えました。

いまの社会構造では人材は文系、理系、それ以外という構造になっていて、芸術系は「それ以外」の部分です。

社会全体がステレオタイプ的な壁を作っていては、イノベーションは起こらないと考えました。構造の壁を越えていける発想が必要だと考えたのです。

京都は世界的なセンサーや半導体の企業が多いのですが、まさにそういう企業がつくった論理やプロダクトを、人の心や感情にゆらぎを起こせるアートというアプローチでさらに発展させることができると思います。

いまはそういう企業には理系の人材が採用されることが多いですが、これからはそういう企業にも、芸術大学の卒業生の可能性に気づいてもらえるアウトプットを大学としても創ってく必要があります。

小泉:具体的にどのようなアウトプットでしょうか。

吉田:今の社会構造の中でアート人材の力が必要なのは、アイデアを可視化するという部分にあると考えます。

アイデアは人の頭の中にあるもので、それを言葉で伝えるのが得意な人もいれば、そうでない人もいます。

アイデアのイメージを具体的に共有することでさらに他の人のアイデアを誘発することが可能だと思います。アイデアを可視化していろんな人のアイデアを誘発することができるということが、芸大が輩出する人材として重要なスキルと考えます。

大切なことは、ひとりの人がすべて完成させていくのではなく、プロトタイプを早く出すことによって、いろんな人の意見を誘発することでより良いアウトプットを生みだすことです。

その結果、どんどんイノベーションのサイクルが加速していくということを目指しています。

小泉:既存の方法とウルトラファクトリーの設備を使ってできることの違いを教えてください。

吉田:今までは頭の中に描いたものをラフスケッチなどの2Dに落とし込むというアプローチでした。

それでも伝わるものはあったが、それがいまの新しいテクノロジーでは、映像としてみせたり、3Dで立体的に見せたり、空間の中に配置してみたりというイメージを共有する可能性が広がっています。

ウルトラファクトリーはそのプロセスを推進したいと思っています。

データ上の3Dモデルを実際に触っているかのように感じることができ、仮想のクレイを削ったり付け足したりということができるハプティックデバイスTouch Xも導入されている。

次ページは、「アート×テクノロジーのイノベーション人材を育てるクロステックデザインコース

アート×テクノロジーのイノベーション人材を育てるクロステックデザインコース

ウルトラファクトリー内のプロトタイプ展示スペース。木工から3Dプリンタで制作された作品たちが並ぶ

吉田:ウルトラファクトリーで構想を進めていくうちに、技術も知識も人もクロスさせていく接点のなかに新しい価値観が生まれるのではないかという考えが生まれました。

芸術大学はそもそも、理屈だけでなく、未来を描いたときに社会の人がわくわくするビジョンを提示できるスキルを身につける場所だと思います。そこで、大学の中にアートとテクノロジーのクロス価値に特化したコースがあれば、社会の縦割り価値観を変えていくことができるんじゃないかなと思いました。

それが、2018年にできた「クロステックデザインコース」です。

クロステックデザインコースは5軸で体系的に学ぶことができます。

背骨になるのが「スタートアップ」です。どこかで就職することが前提の技術でなく世の中に新しい製品やサービスや事業を起こしていくのならば、どういう仕組みを理解しなければならないのか、を学びます。

2つめには、「メカ&エレキ」。世の中の製品・サービスがどういう機構で動いているのかというのを理解して、新しい製品を生み出します。

3つ目が「ネットワーク&プログラミング」。IoT/IoEが社会の基盤になると言われている中で製品・サービスを繋げるしくみの理解は不可欠です。

4つ目が「プランニング」。人を幸せにするような製品・サービスを生み出すにはなにが必要かのプランニングを学びます。

最後は「コミュニケーション・プレゼンテーション」。きちんと伝えることで他の人からのアイデアを誘発したり、支援を受けたりすることができる。その5軸で1年生から4年生まで学んでいきます。

まず、一つの課題に対し、4人のグループで取り組みます。全員がすべての領域が得意である必要はありません。5軸の構造をチームワークでこなしていく、まさにスタートアップでも言われているチームワークも実践的に身に着けていきます。

小泉:まさにスタートアップですね。非常に実践的なプログラムだと感じました。

海外の芸大とのコラボレーションもあると伺いましたが、お聞かせいただけますか。

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未来に向けた活動

吉田:サイクロン掃除機で有名な「ダイソン」のジェームスダイソンを輩出したロイヤルカレッジオブアート(以下RCA)との提携を実施しています。RCAも芸術教育によるイノベーションの創出を大学のテーマとして掲げていて、京都造形大と非常にシンクロしています。

もともとは、先ほど述べたアイデアの早期具現化と社会に向けたフィードバックの反映というプロセスを伝統文化・伝統工芸の分野で実現するために、「京都伝統文化イノベーション研究センター」という機関を京都造形大学内に持っていました。

“伝統工芸は日本のモノづくりの原点”、このセオリーの本質を今の時代に転用するため、それぞれの伝統工芸の優れているポイントを分析し、道具・素材・技術など、具体的に何を転用すべきか検討し製品に落とし込むということをやっていました。

それにRCAが興味を示し、共同研究を希望してきたという流れです。RCAは日本の優れた技術、京都造形大は海外の目線で見た伝統工芸の良さというポイントをお互い知ることができるWin-Winの取り組みになっています。

RCAを皮切りにジュネーブのHEAD(ジュネーヴ造形芸術大学)やドイツのハレ大学(Burg Giebichenstein University of Art and Design Halle)とも提携を進めています。RCAの取り組みは9月に一般企業に向けのワークショップとしても提供する予定です。

小泉:最後に、未来に向けて、今後こうしていきたいという展望をお聞かせください。

吉田:いまの日本や子供たちの未来を考えたときに、閉塞感しか感じません。

例えば少子化・高齢化、福祉の課題、AIやビッグデータの最新技術に追いついていない日本企業など、暗い話題ばかり。大学は社会を切り拓いていく人材が育っていく場所なので、先行きの見えない時代だからこそ学生たちにどんなマインドセットやスキルを身につけてもらうのが良いのかというのを考え続けたいと思います。

そして、幸せな社会を構築するために、大学や大学が関わっている企業や自治体、海外の研究機関と一緒になって取り組んでいけたらと思っています。

小泉:ありがとうございました。

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