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ロボットとヒトが共同する未来の建設現場に向けて、竹中工務店などがBIMデータを活用した「建設ロボットプラットフォーム」を本格稼働

竹中工務店は、ロボットが自律走行するための経路・範囲シミュレーションおよび遠隔操作・監視を行う、BIMデータを活用した基盤システム「建設ロボットプラットフォーム」を開発した。今年の2月14日に記者会見を開き、その概要を発表。それから実証実験をつみかさね、現在ではすでに各所で本格稼働が始まっている。今回は、同プラットフォームを実装した自動清掃ロボットが稼働を始めた、竹中工務店 東京本店の現場を取材した。

※写真:左からブレインズテクノロジー株式会社 工場長/CTO 中澤宣貴氏、竹中工務店 西日本機材センター 開発グループ 課長 永田幸平氏、株式会社カナモト 営業統括本部 ニュープロダクツ室 室長 吉田道信氏、岡谷鋼機株式会社 東京本店 エレクトロニクス部 ICTソリューション室 森彩由利氏

デジタル空間の「地図」をもとに、ロボットが現場を走行する

労働力不足が問題となっている建設業界では、搬送や清掃など、施工段階におけるさまざまな用途で、ロボットの活用が求められている。しかし、現場が「簡単」に使えるロボットの運用ということについては、依然として課題がある。

たとえば、1日の作業時間のうち20~30%を占めるという清掃の作業。ロボットが代替してくれれば、大きな時間削減になる。だが従来のロボットでは、ティーチングによって清掃範囲を指定するという手間が、その効率化を妨げていた。そうした状況について、竹中工務店と共同でロボット開発を進めるカナモトの吉田道信氏は、「毎回同じところを清掃するなら、ティーチングでも構いません。ただ、建設現場は頻繁に状況が変わりますから、その度にティーチングしていたら、それだけで清掃の時間が終わってしまいます」と説明する。

一方で、ロボットにあらかじめ清掃現場の「地図」をインプットしておくという方法がある。この場合には、専用のカメラを持って現場を歩き、「点群データ」を収集するという手法が一般的だ。だが、これはある程度せまい領域なら効果を発揮するが、施工現場や巨大なビルなどの建物内の点群データをすべて集めるには、多大な時間がかかってしまう。

ロボットとヒトが共同する未来の建設現場に向けて、竹中工務店などがBIMデータを活用した「建設ロボットプラットフォーム」を本格稼働
建設ロボットプラットフォームの概要

そこで竹中工務店が着目したのが、BIM(Building Information Modeling)だ。BIMとは、CADデータによって設計に関連するあらゆる情報を管理する手法。つまり、BIMを使えば、これから施工する建物をデジタル空間に構築し、さまざまなシミュレーションを行うことが可能になる。このデジタル空間の「地図」をロボットの経路設定とシミュレーションに適用するのが建設ロボットプラットフォームだ。BIMによる設計を得意とする竹中工務店ならではのサービスである。

竹中工務店の永田幸平氏は、「地図データを点群からつくる場合、弊社の本社ビルでも1週間かかります。それが、BIMデータを使えば、5~10分で完了します」と説明する。

同プラットフォームの機能は2つある。1つは、すでに説明したBIMデータを用いた移動シミュレーションと経路設定だ。なお、このプラットフォームはAWSのクラウドを基盤とし、経路シミュレーションはAWSのロボット開発向けサービス「AWS RoboMaker」を用いている。

もう1つは、クラウドによるロボットの遠隔操作・監視だ。ロボットに故障などが生じた場合、従来なら保守・メンテナンスの担当者が現場に駆けつけなければならない。だが、ロボットの状態をクラウドで一元管理し、遠隔で操作できれば、その手間がなくなる。また、このプラットフォームは、(スマートフォンのように)ソフトウェアのアップロードも遠隔で行えるという。

建設ロボットプラットフォームが実装された、自動的に床面を清掃する吸引型ロボット「AXキュイーン」(場所:竹中工務店 東京本店)。「AXキュイーン」自体は、竹中工務店、豊和工業株式会社、株式会社カナモト、朝日機材株式会社の4社が2018年に共同開発した。

なお、竹中工務店は2018年に「カラーコーン方式」というロボットの経路を設定する独自技術を開発し、運用してきた。これは、ロボットが走行する経路をカラーコーンによって設定するという手法だ。たとえば、施工現場に4つのカラーコーンを設置すれば、ロボットはそのカラーコーンを目印として認識し、その範囲を一筆書きで走行する。

コンセプトは、「現場の人が簡単に使えること」だった。実際にこの方式は、カラーコーンを置いてボタンを押すだけで清掃できるため、現場でひろく普及した。

だが、簡単すぎることのデメリットもあった。たとえば、この手法は、ロボットが自らカラーコーンを認識できなければ機能しない。清掃範囲に大きな障害物があれば、ロボットはカラーコーンがどこに置いてあるのかわからなくなり、走行できなくなってしまう(また、障害物にぶつかる危険性もある)。だからといって、たえず状況が変わる建設現場で、障害物を避けるような経路をいちいち再設定するのは手間だ。

そこで、清掃範囲の設定すらも自動で簡単に行いたいという現場の声が増えてきた。これが、建設ロボットプラットフォームの開発に至った背景だ。

走行中の自動清掃ロボット「AXキュイーン」のモニター画面。竹中工務店 東京本店1Fフロアの地図が表示されている。この地図情報をもとに、ロボットが走行する経路を自由に設定することができる。また、ロボットの上部についている黒い部分は、周囲の状況の点群データを収集するための「LIDAR(ライダー)」だ。

なお、建設ロボットプラットフォームには、ロボットが収集した現場の点群データや映像データを使って、建設作業の進捗状況を把握する機能もついている。たとえば、上の写真にある自動清掃ロボット「AXキュイーン」にはLiDARがついており(上部の黒い装置)、これで周囲の状況の点群データを収集する。また、こうして集めた現場のデータを、今度はデジタル空間にフィードバックすることで、デジタルツインを更新していく機能も開発中だという。

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アイディアのきっかけは、Amazonのカンファレンス「re:MARS」

建設ロボットプラットフォームの開発には、竹中工務店の他、建機レンタル会社のカナモト、鉄鋼・機械・電機商社の岡谷鋼機、異常検知を目的としたAIソリューションの開発などを手がけるブレインズテクノロジーの3社が関わっている。カナモトは、ロボットの開発と販売、保守メンテなどを広く行う。岡谷鋼機は、同プラットフォームをさまざまな企業、業界にひろく展開するためのパートナーとしてタッグを組んでいる。

ブレインズテクノロジーは、AWSを基盤とするシステム開発を手がけた。同社工場長/CTOの中澤宣貴氏は、次のように語る。

「弊社が支援した技術は、AWSのロボット開発向けサービスであるRoboMakerの上に、CADデータからシミュレーション空間を構築すること、また、そこでできた地図や経路の情報をロボットに渡すことです。今回はまず、クラウドとロボットをつなげるというプラットフォームの基本部分を構築することができました。今後は弊社の強みであるセンサーや画像のデータの解析というアプリケーションの実装も進めていきます」

竹中工務店が運用する、エレベーターやタワークレーンといった工事用機械の遠隔管理システム「℃(ドシー )」の異常検知機能には、岡谷鋼機からの提案でブレインズテクノロジーのAIソリューションが採用されている。両者の関係は、ここから始まった。

そして2019年 、中澤氏や永田氏など両社のメンバーは、ラスベガスで開催されたAmazonのカンファレンス「re:MARS」に参加した。そこでAmazonは、「Amazon GO」などの店舗や物流倉庫の最適化に、CADデータによるシミュレーション空間を活用するという手法を発表していた。その内容に、中澤氏らは感銘を受けたという。「現場に行かずに空間を把握するという手法に、ピンときました。BIMのデータを使えば、シミュレーション空間はつくれます。それから、シミュレーション空間とロボットを連携させようというアイディアが生まれました」と中澤氏は語る。

そして完成したのが、建設ロボットプラットフォームだ。竹中工務店の永田氏は、システム開発の過程について、次のように語る。

「普通のシステム開発は、一から基本設計してその通りにつくるというものです。しかし、私たちはそういう方法はとっていません。まずは簡単なモデルをつくり、修正を加えながら、一か月くらいの単位でアップデートしています。ブレインズテクノロジーさんがそうした(アジャイル型の)開発を推進してくれるというのが、弊社としてとても助かっているところです。ただその分、現場でのトライ&エラーは毎週のように行っており、なかなか苦労しましたね」

カナモトの吉田氏は、建設現場でロボットを活用するメリットについて、次のように語る。「第一の目的は、省人化です。今後、建設現場の労働力はさらに減少するでしょう。これまで10人でやっていた仕事を5人でやらないといけないという状況が、すぐそこまで来ているのです。人の仕事をロボットが代替してくれれば、そうした状況を解決できるとともに、人はさらに付加価値の高い仕事に取り組めるようになります」。

カナモトも、現場での試行錯誤を繰り返してきた。たとえば、ティーチング系のロボットは使い勝手が悪いと、建設現場からクレームがくることもあった。しかし、今回のプラットフォームを実装したロボットは、すでに現場で好評だという。

「現場に導入すると、当然色々な要望が出てきます。いきなり100%いいものなどできません。現場の意見を聞きながら、徐々にいいものに改善していっています。そうした過程を経て、未来の建設現場というようなものがようやく見えてきたような気がします。昔、漫画やアニメに出てきたようなSF的な世界が、現実化しつつあるという実感があります」と吉田氏は語る。

竹中工務店は、「建設ロボットプラットフォーム」とビル管理システムとの連携においても、開発を進めている。その第一弾は、ロボットがエレベーターと連動して、建物全体の清掃を行えるようなしくみだ。たとえば、搬送ロボットがビルの1階から6階へ移動する場合。ロボットがエレベーターの入口の前に着くと、その信号をビル管理システムが受信する。すると、エレベーターが1階まで移動し、今度はその「到着」の信号をロボット側が受信し、エレベーターに乗り込むという具合だ。

「これまでは、BIMを使ったロボットのシミュレーションは、1フロアにしか適用できませんでした。ところが、ビル管理システムと連携することで、ビル全体の3次元空間でシミュレーションできるようになります。ビル全体の点群データを取得するのは、さすがに無理があります」と永田氏は説明する。

なお、「建設ロボットプラットフォーム」は、現状では竹中工務店が設計している建物のBIMデータに限って利用できる。しかし今後は、外販も検討していくという。「これまでのゼネコン業界で、プラットフォームのオープン化ということはありえませんでした。しかし、そうした考え方は私たちの時代ではやめて、技術やデータはひろくオープンに使っていけるような環境をつくっていきたいと考えています」(永田氏)。

カナモトの吉田氏は、「プラットフォームのオープン化は、弊社のようなレンタル会社にとっても、非常にありがたいことです。よい技術を広く使えるようにすることは、建設業の全体にとって重要なことです。若い人材がたくさん入ってくれるような、楽しい魅力ある建設業にしていかないといけませんからね」と語る。

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