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【後編】「ものづくり白書」を読もう —変革の手がかりは細部に宿る

「ものづくり白書」を読もう —変革の手がかりは細部に宿る

今年の5月に公開された2018年版「ものづくり白書」。その重要なメッセージは「4つの危機感」ですが、危機を打開するためのヒントは白書の細部にちりばめられています。そんな白書には「何が書かれているのか」を紹介する本稿の前編では、白書の構成と第1章-1節の要点を紹介しました。後編ではまず、その続きとして第1章-2節の内容を紹介します。

また、後半では2018年版の白書に対する読者の反響や2019年版の白書作成の取り組みについて、経済産業省 製造産業局 ものづくり政策審議室 課長補佐の住田光世氏(トップ画像)にうかがいました。


第1章-2節の要点①:デジタル技術で現場力を再構築する

白書の第1章-1節では、2017年の実績調査にもとづき、製造業の足下の状況を確認しました。そこから経産省が考える指針は次のようなものです。

第四次産業革命のうねりは避けられません。そして、国内の人材不足がますます深刻化することも明らかです。そこで、この二つの危機を乗り越えるには、従来、日本の製造業が強みとしていた「現場力」を再構築しなければなりません。これが2節のメッセージです。

では、日本の製造業の「現場力」とは何でしょうか。製造業4,500社に行ったアンケートの結果によると、「製造業の現場力の強み」で最も回答が多かった項目は「ニーズ対応力」で、次に「品質管理」が続きます(本文p.32)。

第1章-1節、「現場力」に関する調査結果(本文p.32)

一方、その「現場力」を維持するための課題として最も多かった回答が「熟練技能者の技能継承」です。

そこで、日本の「現場力」を維持するにはIoTやAI、ロボットなどの「デジタル技術」を活用し、熟練技能者の技能や暗黙知をデジタルデータとして資産化するしくみが必要になるのです。「現場力の維持」という明確な目的がなく、ロボットの導入や見える化の部分最適を行っていては、大きな価値にはつながりません。そのため、経営層がリーダーシップを発揮し、全体最適を主導する実行力が欠かせないのです。第2節では、デジタル技術を活用して現場力の再構築に挑む企業の例が24件紹介されています。

第1章-2節、「イーグル爪つきジャッキ」で国内シェア7割を誇る株式会社今野製作所の事例(本文p.90)

次ページ:第1章-2節の要点②:人材不足の対策と品質管理

第1章-2節の要点②:人材不足の対策と品質管理

現場力の維持には「デジタル人材」が必要です。人材確保の方法としては、社内で育てるか、新たに雇うかの2通りがあります。アンケート調査によると、足下の対策としては「中途採用による確保」が最も多いです(本文p.99)。中長期的には社内育成を検討している企業が多いようですが、その際には「社内に教える人材がいない(社外にも少ない)」、「社外研修を受けさせる時間的余裕がない」という課題が見えてきます。

こうした人材確保の問題を解決する取り組みとして、ダイキン工業と大阪大学の事例が紹介されています(本文p.100)。ダイキン工業は大阪大学と連携契約を結び、AI人材を育成する社内講座「ダイキン情報技術大学」を開講しました。2020年までに約1,000名の社員を大学情報学修士レベルに再教育することを目標に、毎年社員の中から40~50名を選抜し、教育を行うといいます。大学のリソースを活用しながら、集中して人材育成をはかろうという狙いがあります。

さきほど、アンケートの結果から、「製造業の現場力の強み」の2番目は「品質管理」であると紹介しました。ただ、一方で昨今の度重なる「品質不正」の問題から、課題意識を持っている企業も多いことも調査からわかっています(本文p.32)。経産省の住田氏は次のように話しています。

「品質管理はきわめて重要なテーマだと考えています。人材不足のあおりを最も受けやすいのは品質管理です。国内の工場で人員の余裕がなく、品質管理工程の人手を確保するために、海外に工場を展開した企業もあると聞きます。人材的余裕がないとどうしてもヒューマンエラーが発生します。解決の糸口は二つあると考えています。経営主導によるガバナンス強化とデジタル技術を活用した『うそのつけないしくみ』の構築です」(住田氏)

経営主導によるガバナンス強化については、建設機械メーカーのコマツなどの事例が紹介されています(本文p.120)。また、「うそをつけないしくみ」のカギは、第3節のテーマである「Connected Industries」の推進にあります(具体例として、白書では検査工程の自動化に取り組む株式会社ヒロテックなどの取り組みが紹介されています)。

次ページ:第1章-3節の要点①:「Connected Industries」とは何か

第1章-3節の要点①:「Connected Industries」とは何か

第四次産業革命と人材不足の「ダブルパンチ」を乗り越えるには、「現場力」を維持・向上する新たなしくみが必要であり、そのためには経営者が強いリーダーシップを発揮してビジネスモデルを変えていく必要がある。これが、第1章1節~2節の主なメッセージです。では、具体的に何をすればいいのでしょうか。その答えは「Connected Industries」にあると第3節では説明しています。

第1章-3節、「Connected Industries」の概要(本文p.130)

ここで、よく登場するキーワードである「Society5.0」、「Connected Industries」、「第四次産業革命」という言葉の意味について補足します。

「Society5.0」とは、政府がかかげる日本が目指す「社会」の一つの姿です。内閣府のホームページには、次のように明確に定義してあります。

サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会

サイバー空間とフィジカル空間の融合はCPS(Cyber-Physical System)と言われ、「インダストリー4.0」と同様、製造業のIoTに関わる仕事をしている人であれば、なじみのある概念です。一方で、生活者にとってはイメージがわきにくい言葉かもしれませんが、そうは言っていられません。未来の日本がCPSを基盤にした社会になると明確に示されていることを、私たちはまず知るべきです。

「Society5.0」のイメージ図(内閣府のホームページより)

では、今の社会は何かというと、「情報社会(4.0)」です。4.0と5.0、何が違うのでしょうか。インターネットが普及して以来、私たちの世界は既にフィジカル空間とサイバー空間に分かれています。サイバー空間とはいわゆるクラウドのことで、フィジカル空間は私たちが生きているこの現実世界のことになります。

サイバー空間を使うことのメリットは、情報に簡単にアクセスできることでした。これにより、私たちの生活はとても便利で豊かになりました。ただ、サイバー空間に働きかけるのはいつも人間の方であり、サイバー空間の方から私たちに働きかけてくることはありませんでした。

しかし、5.0になるとそこが決定的に変わります。私たちが意図しなくても、サイバー空間は自ら私たちに働きかけてくるのです。IoTによる膨大なデータと人工知能(AI)がそれを可能にします。こうしたしくみによって新しい価値を生み出して経済を発展させ、これまで解決できなかった社会課題を解決できるようになる。これが、「Society5.0」が描く世界です。

いつの時代も社会をつくる基盤は産業です。「Society5.0」をつくるための産業の在り方が「Connected Industries」です。IoTであらゆるモノや機械などがつながると、AIが学習するデータがたまります。データがたまると産業の垣根が消滅し、企業やヒトもどんどんつながります。そうして生まれた新たなビジネスモデルが「Society5.0」の基盤をつくるのです。

「第四次産業革命」とは、その根幹にある技術の変化です。これらは同時並行であり、同じものを別の角度から見ているに過ぎません。工場や研究所で技術に携わっている人であれば、それは「第四次産業革命」かもしれませんし、オフィスで事業企画を練っている人であれば「Connected Industries」なのかもしれません。そして「Society5.0」は、誰もが普段目にする町の景色にもいつか現れるはずです。

次ページ:第1章-3節の要点②:30ページにわたる事例集とシステム思考

第1章-3節の要点②:30ページにわたる事例集とシステム思考

第3節には、「Connected Industries」の先進事例が、「生み出す、手に入れる」「移動する」「健康を維持する、生涯活動する」「暮らす」という、「生活者の視点」にもとづいて分類され、詳しく紹介されています。その目的について、白書概要の19ページには次のように書かれています。


「Connected Industries」(CI)推進の重要性を経営者に訴えるため、経営者が主導的にビジネスモデル変革を図る取組や企業を超えた連携の取組等を中心に、国内外の先進事例を整理・紹介

ここでも、4つの危機感のメッセージは一貫していることがわかります。事例は本文において30ページにわたって紹介されています(本文p.131-161)。
第1章-3節、「生み出す、手に入れる」で紹介されている株式会社ワールド山内の事例(本文p.134)

一方、「Connected Industries」を実現するためには、まず私たち自身のマインドが変わる必要があるといいます。具体的には、「自前主義」を脱却し、「システム思考」を持つ必要があるということです。

製造業におけるシステム思考の例として、「工場の中での狭い最適化の話として捉えるのではなく、バリューチェーン全体に及ぶ全体最適化をデジタル技術等を活用してシステム化」することと白書では説明されています。

スマート工場の実現においては、「チェーン全体」を最適化する考え方が重要(本文p.170)。

ここでの「部分最適」とは何でしょうか。白書では事例を交えて紹介しています。たとえば、次の「資金不足による部分最適」という事例です(白書概要p.23、本文p.170より)。

国内需要増が見込めない中での設備のリプレース投資⇒ 部分最適になりがち
・少子高齢化が進み国内需要増が見込めない中、設備投資は、既存設備を少しずつ最新のものに入れ替える形になりがち。
・多くの場合、継続的に操業も行う中での入れ替えとなり、既存設備との連結も必要な中、抜本的な大幅変更を行うことが難しい。
・結果として、本来目指したい最新技術を存分に活用した全体最適なシステムをつくることが困難で、既存の設備から部分部分を新しくしたものをつなげた部分最適なものとなりがち。
需要増が見込める新興国等⇒ 全体最適なシステム導入が行いやすい
・他方、大幅な需要増が見込める新興国等の方が、大規模投資により最先端の設備を入れることが可能であり、最新技術を活用した本来目指したい全体最適なシステムの構築が行いやすい。

システム思考人材の抜本的な解決に向けては、地道な人材育成の取り組みが重要であり、その議論は白書の第2章へとつながっていきます。

次ページ:【インタビュー】経産省 住田氏に訊く、ものづくり白書の課題とこれから

【インタビュー】経産省 住田氏に訊く、ものづくり白書の課題とこれから

これまで、1章の重要なテーマをいくつかピックアップして紹介してきました(言及していないテーマも多くあります)。5月に「ものづくり白書」を公開してから反響はどうだったのか、2019年に向けてどのような課題があるのか。経済産業省 製造産業局 ものづくり政策審議室 課長補佐の住田光世氏にききました。

-2018年版「ものづくり白書」の反響はどうでしょうか。

住田光世氏(以下、住田): 「4つの危機感」の反響が最も大きいです。ものづくり白書は、経営者や経団連の勉強会などでも紹介されてきましたが、その際には経営層の方から、4つの危機感のように辛口なことを言ってくれるのはいいことだ、(胸に)響いたという声をいただくことができました。

ただ一方で、非連続的な変革とは何なのか、実際にどう改革していいかわからないという声も、中小企業の方を中心に多くいただきました。「概念はわかった、変革を進めなければならないのもわかった。では、具体的にどうすればいいのか?」ここが2019年版白書の課題になってきます。具体的には、各国との比較をまじえて4つの危機感をもう一度検証し、非連続的な変革とはいうものの、世界では具体的に何が起きているのかを分析していきたいと考えています。

-ものづくり白書にはとても豊富な企業の事例が紹介されています。取材を通して見えてきた、先進的な取り組みを進める企業の特徴はありますか?

住田: 現実をしっかり見据え、危機や変化に対するセンサーが敏感な企業です。たとえ足下が好調でも、危機感を認識している企業は行動につながっていることが様々な調査の結果からわかります。

ものづくり白書においても、「ビジネス環境の変化への認識」と「足下の業績(営業利益)」との関係をみると、「大規模な変化が見込まれる」と回答している企業の方が、「変化しない」と回答している企業と比べて営業利益率が増加している傾向にあることを紹介しています(本文p.51)。幸い、足下の業績は好調で設備投資も回復していますから、経営者の方には慣性の法則で動くのではなく、自前主義を乗り越えて新しいことにチャレンジしてほしいと考えています。

-最近は品質不正の問題が深刻です。出口はガバナンスの強化と「Connected Industries」の推進による「うそのつけないしくみ」の構築ということですが、後者で品質不正の問題は解決できるものなのでしょうか?

住田: 品質不正の背景の一つに、人材不足があります。人を育てる、雇うという対策には限界があり、デジタル技術を活用し、人が介在しなくても対応できる品質管理のしくみが不可欠だと考えています。AIを用いた画像認識技術の発達はめざましいですが、「〇〇の技術を使えば、××の製品の安全は確実に保証できる」という段階まで技術レベルを上げ、しくみを整えていくことが今後の目標です。

-「第8回ものづくり日本大賞」の公募が始まりました(11月16日(金)~1月25(金))。この賞をきっかけに、2018年版の「ものづくり白書」で紹介された企業もあるようですね。

住田: そうなんです。さらに今回のものづくり日本大賞では、従来と2点、変わったことがあります。一つは、「Connected Industries-優れた連携」部門の新設です。もう一つは、各賞の評価の基準です。審査の項目は、「社会的課題の対応」「革新性」「波及効果」の3つがあり、これまでは「革新性」、次いで「社会的課題への対応」という順で、評価項目となっていました。

第8回からは、「社会的課題への対応」の比重を大きくし、最も重視することにしました。地元での少子化や品質不正の問題といった、製造業の置かれている社会的な課題に対して、技術でもって対応されている企業を評価していきたいという狙いがあります。

-2019年版の白書作成に向けて抱負をお願いします。

住田: これまで以上にデータや事例を積み上げていくとともに、今後はより多くの方に白書を手に取っていただけるよう、さまざまな工夫をしていきたいと考えています。

-どうもありがとうございました。

【関連リンク】
2018年版ものづくり白書
「第8回ものづくり日本大賞」
Society 5.0(内閣府ホームページ)

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