コンサルティング事業を展開し、IoTNEWSの運営母体である株式会社アールジーンは、6月15日、年次イベント「IoTConference2018」を開催。各業界をリードする6名のゲストスピーカーの講演やパネルディスカッションをとおし、IoTやAIなどのデジタル技術で“再定義”される産業と社会の未来について共有した。
IoTNEWSでは、その模様を3回に分けてダイジェストでお届けしてきたが、本稿では、株式会社ストラタシス・ジャパン 代表取締役社長の片山浩晶氏、ならびに株式会社デンソー MaaS開発部長兼デジタルイノベーション室長 成迫剛志氏の講演の様子を紹介する。
なお、IoTConference2018の概要や他の登壇者の講演の様子はこちら↓。
・デジタライゼーションの未来、IoTとAIで”再定義”される製造業とモビリティ —IoTConference2018レポート1
・LINEとNECの戦略にみる、AIの実装のために必要な2つの”コト” —IoTConference2018レポート2
3Dプリンタが、ものづくりに”失敗”を恐れない文化をもたらす
IoTConference2018、5人目の登壇者は、3Dプリンタ事業を手がける株式会社ストラタシス・ジャパンの代表取締役社長 片山浩晶氏だ。
今回、登壇いただいた6社の中で、3Dプリンターの企業は異色だと思われる方もいるかもしれない。しかし、そもそも3Dプリンタはデジタルデータ(3DCADデータ)によって可能になる技術だ。
また、「インダストリー4.0」と聴くとIoT・AIを活用した製造現場が一般にはイメージされがちだが、その背景は「大量消費から多様消費」(片山氏)への変化であり、3Dプリンターはまさにそうした変化に対応するソリューションだ。
世界の3Dプリンタ市場は、2019年が1兆2000億円、2023年には3兆円まで拡大すると予測されている(Source:Wohlers Report 2018)。
従来のものづくりの現場では、「除去加工」と「変形加工」が一般的だ。「除去加工」は工作機械などを使って材料を削って加工する手法で、「変形加工」は、プレスや射出成型機を使って材料の形を変形させる手法だ。
それに対して、3Dプリンタを使った生産の方法は、アディティブ マニュファクチャリング(AM:積層造形)と呼ばれる。積層造形は、デザインの自由度が高く、種類の異なる製品を効果的に製造できるといった特長を持ち、「多様消費」に対応した新しい生産工法だと期待されている。
ストラタシスは、アメリカのミネソタとイスラエルに本社を構え、ものづくりの現場で使われる「工業プリンタ」のシェアは世界で55%を誇る。
片山氏は講演中、同社の3Dプリンタでつくったマセラティのシフトノブを披露。3時間で、アセンブリなしでつくったというそのシフトノブを筆者も実際に触ってみたが、光沢感や「シボ」(皮革製品の表面のシワ模様)の肌触りまで緻密に再現されていた。
また、積層造形はIoT製品の開発にも向いているという。「積層造形では、製品の中にIoTセンサーを組み込むことができる。たとえば、造形しながらシューズの中にセンサーを組み込めば、アスリートのリアルタイム分析などにも可能になる」(片山氏)
ストラタシスの3Dプリンタは、ボーイング、フォード、シーメンス、Airbus、GE、ロケット製造のULA、NASA、BMW、ダイムラー、マクラーレン、ホンダ、マセラティなど世界のさまざまな企業で既に活用され、製品の開発プロセスを大幅に短縮している。
たとえば、ULAでは従来のアルミ製パーツ140点を3Dプリンタの樹脂製製パーツ16点に置き換え、57%のコスト削減を実現。2016年には3Dプリンタで製造したパーツを搭載したロケットを打ち上げている。
また、これらの企業は、アディティブ マニュファクチャリング(AM)を検証する技術センターの設立も推進。そこでは、従来のパーツをAMに置き換えた際の検証やノウハウの蓄積、デジタル製造熟練者の育成などさまざまな目的があるという。
片山氏によると、欧米ではAM生産によってどれくらいのメリットが出せるのか明確な数値目標を打ち出し、トップダウンで進めるのだという。つまり、世界ではIoTやAIの活用にとどまらず、3Dプリンタも含めた生産方式の抜本的な改革を進めているのだ。こうした動きは、日本企業では殆ど見られないという。
また、ストラタシスでは「GRABCAD」というクラウドソリューションを展開している(上の図)。
GRABCADには約280万件の3DCADのファイルがあり、ユーザーは無料でダウンロードが可能。また、それは一つのエコシステムとなっており、企業などが設計条件を提示し、懸賞金をかけて世界中のエンジニアに設計を依頼するといった活動を行っている。
GRABCADのユーザー登録数は中国が約5万人、韓国が約4万5千人、北朝鮮が約2000人。それに対し、日本は約1万4千人だ。片山氏は、日本のものづくりの現場で3Dプリンタの活用が遅れている現状を指摘した。
片山氏は講演の最後に、「成功は、99%の失敗に支えられた1%だ」というホンダの創業者である本田宗一郎氏の言葉を引用。「日本のものづくりの現場は失敗をおそれがちだ。しかし、3Dプリンタは失敗して成功するまでつくるツール。ストラタシスはみなさんと一緒にチャレンジし、失敗できるような場をつくっていきたい」と語り、講演を締めくくった。
イノベーションは、”チームづくり”から始まる
最後の登壇者は、株式会社デンソー MaaS開発部長 兼 デジタルイノベーション室長の成迫剛志氏だ。
自動車業界は今、100年に1度の大変革期とも言われている。「CASE」という言葉で表現されるが、「Connected」(コネクティッド)/「Autonomous」(自動運転)/「Sharing」(シェアモビリティ)/「EV」(電気自動車)が実現し、旧来のビジネスモデルが大きく変わろうとしているのだ。
そんな中、Tier1の自動車部品メーカーであるデンソーは、CASEに対応した新たなモビリティ・サービスをつくる基盤としてMaaS(Mobility as a Service)の開発を進めている。
そのMaaS事業を加速させるため、新たなイノベーションを生みだす組織として昨年の4月に誕生したのが、「デジタルイノベーション室」だ。その室長に、これまでシステムエンジニア(SE)、商社マン、外資系ERPベンダーのプリンシパルなどの多彩なキャリアを積み、「ICT幸福論」を唱えてきた成迫氏が就任。チームづくりなどゼロから進めてきた。
「イノベーションには組織づくりが大切だ。デンソーのような大企業では、アイディアがあってもそれが活かされるチャンスは少ない。そこで、社内にシリコンバレー流をつくろうとしてこの1年間取り組んできた」と成迫氏は語った。
成迫氏は冒頭、昨今の世界の変化について言及。「ITのカンブリア大爆発」(ネットコマース株式会社 代表取締役 斎藤昌義氏の言葉を引用)が起きており、歴史や今起きつつあるさまざまな事例を参照しながら、「インターネットが登場した時のインパクトよりも大きく、私たちが今考えている以上に大きく、早い(速い)変化が起きる」と述べた。
そうした時代、特に大変革期と言われる自動車業界には、IT企業を中心とした他の業界から「ディスラプター」が参入し、旧来のビジネスモデルが破壊されていくと考えられる。
しかし、成迫氏は「彼らにはアプローチの手法」があり、デンソーも同じ道具、同じ文化で同じ体制を構築すれば戦えるとして、「シリコンバレー流」の導入を目指しているのだ。
デジタルイノベーション室は昨年4月に発足。当初は成迫氏含めて2名だったが、今では35名に増えた。また、元Google/元マイクロソフトの及川卓也氏を技術顧問として迎えるなど、外部との連携も強化している。
発足して約1年だが、アンケートによると、社員からは「仕事が楽しい」、「スタートアップの働きやすさ(と厳しさ)が社内にある」など前向きな姿勢が見えるという。その社員の反応には、成迫氏も驚いたということだ。
続けて成迫氏は、デジタルイノベーション室で実際に進めている「デザイン思考/サービスデザイン」や「アジャイル開発/内製化」の方法について解説。たとえば、デザイン思考におけるポイントの一つは「観察」のフェーズであり、「消費者は何が欲しいかわからない。無意識の声を聴くことが必要」(成迫氏)だとした。
また、一人で考えていてもイノベーションは生まれにくい。ブレインストーミングによって、「ヒトとヒトの脳を接続する必要がある」と成迫氏は説明した。ただし、単純にブレストを行うだけのではなく、互いに「共感」するための工夫が大切だとした。たとえばデジタルイノベーション室では、プロトタイプの説明を1分の即興劇で行うなどの方法を取り入れているという。
また、アジャイル開発の重要性について指摘。従来の「ウォーターフォール」と「アジャイル」の違いについて成迫氏は次のように説明した。
「ウォーターフォールでは仕様通りのシステムを確実に納品することがゴールとなるため、ビジネス部門とシステム部門でゴールが分断される。しかし、アジャイルではそれぞれの部門が一丸となって共通のゴールを目指すことができる」(成迫氏)
成迫氏が紹介したネットコマースの調査によると、日本のITエンジニアの75%がITベンダーにいるのに対し、アメリカでは72%がユーザー企業にいるのだという。つまり、日本は構造的にアジャイル開発が難しい状況だと言える。だからこそ、デジタルイノベーション室のように、既存の事業とは切り離し、一つのチームをつくる方法が重要になってくるのだ。
成迫氏は、この約1年の実践を通して、さまざまな気づきを得たという。特に「チームビルディング」が重要だとして、「スポーツと同じで、良いメンバー、良いコーチ、良い監督がおり、目標や価値観を共有することが大事。人数は少ない方がいいが、チームづくりさえしっかりできれば、人数はそこまで関係なくなる」と語った。
IoT時代は、リスクをおかさないことがリスク
最後に、IoTNEWSの小泉がモデレータとなり、各登壇者とのパネルディスカッションを行った。方法としては、参加者からの質問に応じて、議論をひろげていった。
キーワードは、「イノベーション」だった。
今回のカンファレンスでは、さまざまな業界のリーダーに登壇いただき、議論のテーマは多岐に渡ったが、共通して語られていたのがヒトやチームの重要性、そしてイノベーション(デジタライゼーション)を起こすためにどうしたらよいか、という方法論だ。
パネルディスカッションでは、さらに踏み込み、日本企業がどうしたらイノベーションを起こし、勝ち残っていけるかという観点で議論が展開された。
各登壇者からは、「少し舵を切っただけでは何も変わらない」「大胆な投資をするべき」「何が起こるかわからない時代においては、何もしない方がリスクだ」といったことが語られた。
また、「中国の深センに行けば変わる。日本がいかに遅れているかがわかり、カンフル剤になる」という言葉もあった。
今年で3年目となるIoTConference。IoTやAIで何が実現できるのか、探索する時代はもう終わったようだ。ある程度の技術やソリューションはそろいつつあり、今何が実現できて、何ができないのかも可視化されている。
これからは、それらを活用してイノベーションを起こすために個人やチームがどう変わり、明日から何を変えるか、といった具体的なアクションの方法が問われるフェーズに入っている。
【関連リンク】
・ストラタシス(Stratasys)
・GRABCAD
・デンソー(DENSO)

