大手印刷会社の凸版印刷が運営する国内最大級の電子チラシサービス「Shufoo!(シュフー)」。2001年のサービス開始から17年が経った今、新たな展開を迎えているようだ。
「Shufoo!」は、自宅の郵便受けで手にすることの多かった紙の広告チラシを、一つのアプリ上で閲覧できるデジタルメディアだ。20~40代の女性を主なターゲットとしている。今では大手流通各社、地域主力スーパーなど3,800法人、約112,000店舗のチラシを閲覧することが可能。月間1,100万人のユーザーが「Shufoo!」アプリを訪れている(2018年10月時点)。
生活者からすると、「Shufoo!」が便利なサービスであることは「月間1,100万人」というユーザー数が物語っている。一方、凸版印刷からすれば、「Shufoo!」によって生活者が普段どのような広告に関心をもち、どの店舗に足を運んでいるかの情報が見えてくる。これは、生活者に直接商品を届ける「店舗」には手に入れることが難しいデータだ。
そして、凸版印刷は今年の7月、「Shufoo!」ユーザーのIDを他のポイントカードサービスのIDと連携するサービスを開始した。
連携の第1弾は、「T-POINT」カードを運営するCCCマーケティング株式会社だ。これにより、生活者は「Shufoo!」のアプリを「T-POINT」カードの代わりに使ったり、ポイント履歴を確認したり、他の連携サービスのクーポンを利用してポイントをためたりできるようになった。
そして、凸版印刷のDMPには「T-POINT」の会員情報や購買情報、クーポン利用ログのデータが蓄積される。CCCマーケティングはそのデータを使って来店前から購買までの生活者の行動を可視化・分析することで、精度の高いマーケティング施策につなげる。
凸版印刷は、2018年度内に3社以上とのID連携を目指している。また、ID連携の他にも「レシートくじ」を活用した購買データの取得や、GPSによる位置情報を活用し、広告閲覧者の来店を可視化するサービスを今夏以降、矢継ぎ早にリリース。そして11月7日には、凸版印刷のグループ会社であり、日本の地図検索サービスを提供する株式会社マピオンと連携し、天気に合わせた広告の自動配信を行うサービスを開始した。
凸版印刷がそのようなサービス展開を本格化させた背景は何か、同社のDMPでは生活者のどのような実態が見えているのか。同社のメディア事業推進本部 副本部長の亀卦川篤氏と主任の森谷尚平氏にくわしいお話をうかがった(聞き手:IoTNEWS代表 小泉耕二)。
ヒトの「温度感」につながるデジタルサービスをつくりたい
IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): 「Shufoo!」を基盤とした新サービスが次々と登場していますね。どのような経緯があったのでしょうか。
凸版印刷 亀卦川篤氏(以下、亀卦川): インターネットを活用したサービスの素晴らしいところは、「距離を超えた利便性」を提供できることだと思います。たとえば、今では沖縄の方が北海道産の商品を欲しいと思い、注文すればすぐに届きますよね。しかし、そうしたIT系のサービスにはヒトの「温度感」を感じないという一面もあります。直接、顔の見えるヒトから商品を買うわけではないからです。
「Shufoo!」は、生活者のみなさんが地域のお店に足を運び、安心して買い物をしてもらうためのサービスです。デジタルメディアではありますが、私たちの提供した情報を使い、生活者のみなさんが商品を買うのは生活地域のリアルな店舗です。
小泉: もともと御社で扱われてきた「印刷物」がまさにリアルの世界のモノですね。
亀卦川: そうなんです。弊社はこれまで、アナログな紙のメディアをデジタルに置き換えることで、さまざまなサービスを発展させてきました。「Shufoo!」もその一つです。1,100万人の月間ユーザーがおり、その生活地域の「買い物行動」に関わるデータが私たちのDMPに蓄積されています。とても貴重なデータです。リアル(オフライン)のデータを持っている企業はそう多くありませんから。
小泉: そうですよね。
亀卦川: 各社が導入しているポイントサービスでも顧客の情報は集まりますが、自社の加盟店の顧客情報に限られます。もしかすると、ユーザーはあらゆる加盟店のカードを持っているかもしれませんが、その中でユーザーがどの加盟店を最もよく利用しているのかは見えてきません。一方、「Shufoo!」はさまざまな流通小売業や店舗で買い物するユーザーの情報が「横断型」で集まってきます。これは弊社の財産であり、強みです。
月間1,100万人のデータから見えてきたこと
小泉: その集まってきたデータを、デジタルマーケティングのサービスとして展開したのですね。
亀卦川: そうなんです。とはいえ、最初は「Shufoo!」ユーザーデータのCRM(顧客関係管理)として使い始めたのがきっかけです。3年前のことです。私たちとしても、ユーザーが1,110万人(月間)まで増えたからといって、これで満足はしていません。もっと増やしたいですし、一人あたりの活用頻度やユーザーの利便性をさらに高めるなど、改善するべきことは多くあります。
そのためには、ユーザーのこともっとよく知る必要があります。そこで、これまでに集まってきたデータを自分たちで独自のDMPとして構築し、プロモーションなどに活用していたわけです。
小泉: そのDMPからは、具体的にどのようなことがわかるのですか。
亀卦川: 「Shufoo!」のデータから、ユーザーは1人あたり平均3、4店舗を日常の買い物に使っていることがわかります。そこからさらにユーザーの行動を追っていくと、同じ商圏にある3、4店舗のうち、どこがうまくお客さんを獲得できているのかが見えてきます。
小泉: なるほど。主婦の日常の買い物の傾向だけでなく、リアル店舗の営業の実態についてもわかると。
亀卦川: おっしゃる通りです。また、電子チラシは「潜在的な興味関心」を発見できるところもメリットです。たとえば、「Shufoo!」の展開領域をスーパーやドラッグストアだけではなく、学習塾やクルマのディーラー、不動産などにもひろげた場合には、「小泉さんが、昨日まで見ていなかったクルマのチラシを急に見始めた」という事象をとらえることができます。
通常のオンラインサービスでは、ユーザーの顕在化した行動データを分析したうえで、広告を発信したりレコメンドしたりします。そうすると、ターゲティングの範囲がしぼられる分、「潜在的な興味関心」は見えなくなってしまいます。つまり、「主婦の方にクルマのチラシが届く」という機会はできません。
ところが、「Shufoo!」の場合は、さまざまな分野のチラシを「プッシュ」型で届けるので、気が付かなかった潜在的ニーズを引き出せるのです。これはある意味、「セグメントしないメディア」としての私たちの価値です。
小泉: なるほど。せっかく興味の「きざし」が取れるのに、範囲を最初からしぼってしまうとそれが見えなくなりますからね。
亀卦川: ええ。電子チラシのもう一つの特徴は、コンテンツそのものが広告であるということです。通常のメディアだと、コンテンツを充実させて、その基盤の上に広告を仕込むのが普通ですよね。
しかし、「Shufoo!」の場合は、サイトに訪れたユーザー全員が自ら広告を見にきてくれているわけですから、当然、その興味関心は高いのです。これも他のメディアにはない特徴ですね。この強みを活かせば、電子チラシ以外にも、さまざまなサービスを効率的に届けられるプラットフォームになります。
【事例紹介】DMPを使ってコンバージョン率が12.5倍に
小泉: LINEなどのSNSで広告発信を行うサービスもリリースされましたね。
凸版印刷 森谷尚平氏(以下、森谷): はい。ATA(※)という、弊社のDMPを通してSNSなどで広告を配信するサービスです。私たちのDMPを介して広告を出す企業のメリットは、生活者の「買い物行動圏」やさきほどの「興味フラグ」などのデータにもとづいてターゲットをセグメントできることです。
※正式名称:「Shufoo! Audience Targeting Ad(シュフー・オーディエンス・ターゲティング・アド)」
小泉: その広告配信サービスは、御社が一気通貫でやられるんですか。
森谷: 配信したい広告のフォーマットさえいただければ、配信ターゲットのセグメントと広告配信まで弊社で行います。ただ、来店を可視化する際は(株式会社)フリークアウトさんが提供する「ASE(エース)」と連携します。
小泉: 来店検知は、スマートフォンのGPSから取得した位置情報を使うのですね。
森谷: ええ。主婦の方は、基本的には日常的に行くお店のチラシしか見ません。なので、およそどのあたりのエリアで買い物をしているのかが、「Shufoo!」のデータを分析するとわかってきます。
そうすると、私たちのDMPのデータと来店時のGPSの位置情報を組み合わせれば、それはただの位置情報ではなく、主婦の方が「日常的に歩き回っている時の位置情報」というコンテキストを含む位置情報になるので、価値がぐっと上がります。たとえば、旅行に行った時の位置情報と日常生活における位置情報、あるいはちょっとぜいたくをしようとした時の位置情報は、それぞれデータの意味がまったく違うわけです。
小泉: なるほど。
森谷: 例を一つご紹介します。主婦の方に対し、お子さんのスイミングスクールの体験レッスンをすすめる広告の例です。お子さんのスイミングスクールとなると、主婦の方が日常的にすぐ行ける距離でなければ通うのは難しいはずです。そこで、主婦の方の行動圏でセグメントした場合と、都道府県でセグメントした場合で広告の成果を比較したところ、行動圏で分けた場合の方が12.5倍も申し込みのコンバージョンが高かったのです。
小泉: 12.5倍はかなり高いですね。
森谷: 高いと思います。他にも、サントリー(酒類株式会社)さんでは、広告を見た方の8.3%が(タイアップ先のチェーン店に)来店したという効果が得られています。
小泉: それもかなり高いですよね。
亀卦川: 普通にセグメントした場合の3~4倍は高いと思います。「クックパッド」の事例も興味深いですよ。クックパッドでその日の晩の献立を考えている主婦の方に対して、食材の広告が打てるのです。
小泉: それは面白い。クックパッドを見ながら晩御飯は揚げ物にしようかなと思っている時に、ちょうどタイミングよく油の広告が出てくるというようなことですね。
亀卦川: そうです。しかも、「〇〇の××店」というように、近所のお店のレベルまで絞り込めます。
小泉: それはユーザーからすると、とてもありがたいことです。
スーパーとドラッグストアの比較分析に見るDMPの可能性
亀卦川: 主婦は日本の消費の6割以上の意思決定をになっていると言われています。その方たちのリアルな買い物の状況をおさえているというのは、私たちの強みです。また、最近はECが普及しているとはいえ、まだ日本の消費行動の6%ほどです。94%以上はリアルなお店で買っているわけです。
オンライン(デジタル)もオフライン(リアル)もどちらも重要です。ただ、デジタルだけではお客さんとのコミュニケーションを誤ってしまう可能性があると私は思っています。
小泉: おっしゃる通りだと思います。
亀卦川: さきほど、生活者一人当たりの買い物行動圏は3、4店舗とお伝えしましたが、その中でどのお店の来店率が高いのか、この情報がこれまでは全く見えていませんでした。A社は小泉さんのことをものすごく優良顧客だと認識していたとしても、実はB社の方にもっと行っているのかもしれない。つまり、お客さんのポテンシャルがわからなかったんです。
小泉: もしかしたら、実は私が大家族かもしれませんからね(笑)。
亀卦川: そうなんですよ。それが、「Shufoo!」を通じて見えてきたことが大きいですね。ただ、お客さんの来店のきっかけや、そのお店に行こうと思った最初のモチベーションが何なのかについては、私たちもまだわかっていません。そこで、始めたのが「レシートくじ」のサービスです(下図)。
「小泉さんはなぜそのお店に行ったのか」ということが、レシートを調べると見えてくるんです。そこまでわかれば、私たちのDMPの価値はさらに高まります。
小泉: 生活者の購買パターンの全容がいよいよ把握できるようになりますね。
森谷: 最近は、生活者がスーパーとドラッグストアをどう使い分けているのかについて、レシートから分析しています。
小泉: なるほど。最近ではドラッグストアが日用品をどんどん売るようになっていますからね。
森谷: ええ。ある特定のお客さんがどうしてその商品を買ったのかについては、POSでもある程度見えます。しかし、スーパーとドラッグストアのうち、どうしてスーパーを選んだのかということはわかりません。
現在、スーパーとドラッグストアを両方とも使っているユーザーのレシート分析を進めていますが、既に色々な知見が得られています。たとえば、加工食品はやはりスーパーがリードしているものの、ドラッグも意外と善戦しています。飲料やお菓子などは、既にドラッグが逆転。生鮮はもちろんスーパーが優位ですが、卵についてはわりと善戦しています。
この卵のデータはかなり重要です。なぜなら、卵を安売りすると買い物客が増えるという知見は以前からありましたが、もしかするとその戦略をドラッグも取り入れているかもしれない、という仮説が見えてくるからです。
小泉: なるほど。
森谷: 次に、スーパー2つとドラッグ1つを使い分けているユーザーさんの例を紹介します。この方は興味深いことに、食パンは必ずドラッグストアで買いますが、菓子パンはスーパーで買います。おそらく、何か目当ての食パンがドラッグストアにあるのでしょう。一方で、生鮮食品はスーパーで買いますが、他の牛乳やチーズ、お菓子などはスーパーとドラッグストアでさほど違いはありません。
ということは、「今日は食パンが切れているからドラッグストアへ行く」あるいは「今日は生鮮を買う日だからスーパーへ行く」というように、ピンポイントの理由でその日に行くお店を決めているのでは、という仮説が見えてきます。とすると、もしこのスーパーが「おいしい食パン」を仕入れたとしたら、この方は今後スーパーにしか行かなくなるかもしれないんです。
小泉: なるほど…。そこまでわかってしまうと、マーケティングの世界がかなり変わっていきますね。
森谷: ええ。今後は、こうしたお客さんをターゲッティングすることに価値が出てくると思います。
ヒト・モノ・場所のすべての軸から生活者の「買い物欲」を動かしたい
小泉: お話を聞いていると、御社のDMPを通して、リアルとデジタルのさまざまなデータがつながっていくイメージが持てます。
亀卦川: ありがとうございます。大事なことは、(プラットフォームにおける)弊社の立ち位置だと思っています。私たちは商品を売っているわけではありませんから、その分、立ち位置はニュートラルにいきたいんですよ。
私たちが一人一人のお客さんにモノを売るサービスを提供して、対価をいただくということになったら、このようなビジネスモデルはつくれません。ですから、私たちは排他的なアライアンスも結びません。
小泉: 今後はどのように展開されていくのでしょうか。
亀卦川: これまでのデジタルマーケティングは、過去のデータに紐づいているのが普通でした。しかしこれからは「過去」ではなく、「Now(今)」のデータですね。刻々と変化する今のデータに基づいた「リアルタイムオケージョン」の世界観をどうつくるかが、今後の課題です。
そして、ゆくゆくはデータをフル活用してお客さんの未来の動きを予測し、店舗コミュニケーションを最適化できるところまでもっていきたい。そのために、さまざまなデータが必要です。「Shufoo!」によって、「ヒト」のデータを集めるしくみはできてきました。また、凸版印刷の子会社であるマピオンは、全国900万か所の施設情報を持っていますから、「場所」のデータもあります。
唯一持っていないのが、「モノ」のデータです。たとえば、小泉さんがある時、ふと目に留まった商品があるとします。その商品名をインターネットで検索すれば、その商品情報を見ることはできます。しかし、それがどこに売っているかわからない場合が多いのです。
小泉: すごくよくわかります。
亀卦川: その商品(モノ)が全国のどこにあるのか、「〇〇さんのつくったおいしいキャベツ」はどこで売っているのか、こうしたモノの動きの情報を買い物の世界に取り込んだ「モノ軸」のしくみも、私たちはつくっていきたいと思います。
基本的にメーカーはテレビCMなどを打ち、商品軸でプロモーションします。「会社名」より「商品名」です。しかし、商品名でマーケティングするものの、その商品がどこで買えるのかわからないということが問題です。
そこで、私たちのしくみを使い、メーカーのマーケティングをリアル店舗まで直結できたら、win-winのしくみをつくれると思います。既にメーカーとの連携を始めています。私たちの役割は、メーカーが伝えたいコミュニケーションのまま、直接的にユーザーの気持ち(買い物欲)を動かしていくことです。これをぜひやりたい。
小泉: なるほど、「モノ軸」とはそういうことですか。お店によっては、自分が欲しい商品が置いていないことがよくあります。店員に聞けばいいのですが、うろうろさまよって時間を無駄にしてしまうこともありますよね。挙句の果てに「置いてません」と言われてしまう。そうしたことがなくなるのは、素晴らしいことです。
亀卦川: ええ。そうしたヒト・モノ・場所のデータをフルに使って、お客さんの快適なお買い物を実現すること私たちの今後の課題です。
なお、「場所」に関しては、今まさにマピオンのデータを活かした広告配信のしくみを、森谷が中心になって進めています。
森谷: 「環境データマート」という新たな取り組みです(※)。私たちのDMPは基本的には、一人の生活者がどのような人なのかをどんどん突き詰めていくプロセスです。でも、人の行動は、「今日は雨が降ったから買い物をやめよう」というようにすぐに変わります。一人の生活者が行動を決める要因は、自分の中にある「性格的な要因」と「外的な要因」の二つがあります。
私たちのDMPには今、「外的な要因」のデータが欠けています。このままマーケティングを続けてしまうと、どこかでマーケティングの効率が上がりきらなくなる段階がくると思っています。
小泉: 外的な要因のデータにはどのようなものがあるのですか。
森谷: ヒトがいる場所の気温差や降水確率、明日は雨が降るのか、寒いのか/暑いのかといった天気の情報です。あるいは、年収層などの居住者の属性がわかる「ジオデモグラフィクス」と呼ばれるデータもあります。
これらのデータをDMPと組み合わせて、生活者の行動を予測する精度を上げていきたいと考えています。
小泉: これからがますます楽しみです。本日はありがとうございました。
※本インタビューは11月7日のリリース前に行いました。「Shufoo! 気象ターゲティング広告」の記事はこちら。
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