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オープンな3D都市モデル「PLATEAU」でまちづくりのDXを加速する —国土交通省 細萱英也氏インタビュー

国土交通省が主導し、日本全国の3D都市モデルの整備・オープンデータ化を展開する「Project PLATEAU(プラトー)」が、2021年から本格始動した。

都市がまるごとデジタル空間に再現されたPLATEAUの3D都市モデルのデータを用いて、さまざまな民間企業や自治体が独自のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進することができる。

2021年3月には、東京23区を始めとする複数都市の3D都市モデルが公開された。「PLATEAU VIEW」というブラウザベースのWebアプリを使って、誰でもその3D都市モデルを体感することができる(上の画像:新宿区)。今後、全国56都市の3D都市モデルが順次オープンデータ化される予定だ。

本稿では「Project PLATEAU」の詳細について、国土交通省 都市政策課 企画専門官の細萱英也氏に話をうかがった(聞き手:IoTNEWS代表 小泉耕二)

国土交通省が主導で、日本全国の3D都市モデルを整備

IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): 「Project PLATEAU」について教えてください。

国土交通省 細萱英也氏(以下、細萱): 「Project PLATEAU」では、①3D都市モデルの整備、②3D都市モデルのユースケース開発、③3D都市モデルの整備・活用ムーブメントという活動を行っています。

簡単に全体像を説明すると、3D都市モデルの整備(①)は国土交通省と地方自治体が協力して行っています。今年度、全国56都市を先行で整備しています。しかし、つくっただけでは意味がありません。それらのデータがどう使えるのか、何の役に立つのかが重要です。そこで、ユースケースの開発(②)を国交省と地方自治体、民間企業が共同で進めています。

将来的には、3D都市モデル「PLATEAU」は、オープンデータとしてさまざまな企業や団体に自由にはばひろく使ってもらいたいと考えています。そこで、「PLATEAU」の可能性を多くの方に知ってもらえるように、特設サイトの開設やメディアを通じた情報発信、アイデアソン/ハッカソンなどの活動を行っています(③)。

オープンな3D都市モデル「PLATEAU」でまちづくりのDXを加速する —国土交通省 細萱英也氏インタビュー
3D都市モデルの3つの提供価値。視覚性・再現性・双方向性。(画像提供:国土交通省)

小泉: 3D都市モデルはどのようにつくっているのでしょうか。

細萱: まず、地方自治体がもっている「都市計画基本図」という2Dの地図情報(建物、道路、街区など)に、航空測量などによって得られる建物・地形の高さや形状の情報をかけあわせます。すると、3Dの地図情報ができます。そして、この地図情報に各自治体が定期的に行っている「都市計画基礎調査」などによって得られた属性情報、つまり都市空間の意味情報を付加することで、3D都市モデルを構築しています。

ポイントは、この3D都市モデルは、都市空間の形状をたんに再現した幾何形状(ジオメトリ)モデルではないということです。都市空間に存在する建物や街路などを定義し、これに名称や用途、建設年、行政計画といった都市活動情報を付与することで、都市空間の「意味」を再現しています。これを「セマンティクス」(意味論)モデルといいます。

「セマンティクス・モデル」のイメージ。たんなる地形情報だけでなく、3D空間に存在するオブジェクトが何なのか、どの部分なのかの「意味」の情報も付与することができる。PLATEAUでは、地方自治体が「都市計画基礎調査」などで収集した属性データを付与することで、セマンティックな3D都市モデルを構築している。なお、グーグルが提供する「Google Earth」は、地形の情報を再現したジオメトリモデルである。(画像提供:国土交通省)

細萱: こうしたセマンティックな情報を整備できるのが、「CityGML」というデータフォーマットです。これは、都市スケールの分析やシミュレーションに必要なセマンティクスを記述できる、地理空間データのための唯一の標準データフォーマットです。諸外国でもこの「CityGML」を使って国家・都市レベルでのデータ整備が進められていますが、日本における大規模なデータ整備は今回が初めてとなります。

CityGMLのLOD概念。従来は、縮尺ごとに整備された地図データのように、同じオブジェクトに関する情報であっても、ばらばらにデータが整備・蓄積されてきた。これにより、データ間の不整合やデータの重複が生じ、横断的なデータ利用や効率的なデータの更新が難しかった。LODを使うことで、同じオブジェクトに関するすべての情報を一元的に管理することができるようになる。(画像提供:国土交通省)

細萱: 「CityGML」は LOD(Level of Details)と呼ばれる概念をもっています。これによって、同じオブジェクトに関する、詳細度の異なるさまざまな情報を統合的にデータとして管理できるようになります。LOD1からLOD4へ階層が上がると、データの詳細度も上がります。

「PLATEAU」は基本的にLOD1で整備しています。詳細なものをベースとしてつくると、簡単には処理できないような膨大なデータ量になり、都市全体を俯瞰した議論ができなくなってしまいます。ですから、詳細なデータは用途に応じて部分的につくりこんでいくのがよいと考えています。

たとえば、現在は検証のために都市の中心部のみLOD2で整備しています(トップ画像の新宿区のモデルがその一例)。また、羽田イノベーションシティや東京ポートシティ竹芝などの一部の場所で、LOD4のデータ、つまり建物の内部構造のデータまで含めて整備し、PLATEAUの特設サイトで公開しています。ただし、内部構造のデータは本来オープンにできるものではなく、今回はあくまでユースケースとして公開しています。

3Dモデルを活用することで期待されるユースケースの例。オブジェクトの属性データを活用することで、精密なシミュレーションが可能になる。(画像提供:国土交通省)

小泉: 今年度に、56都市で3Dモデルを整備(LOD1レベルが基本)するとのことですね

細萱: はい。今回は公募によって選ばれた全国 56 都市の 3D 都市モデルを先行的に整備しています。全国の自治体のまちづくり部局に対して、3D都市モデルをつくりたいですか? 使いたいですか? 更新もしますか? というような投げかけをし、ぜひやりたいという自治体と協力して行いました。

今回のプロジェクトの肝は、実は地方自治体のまちづくり部局が基点となっているということにあります。市町村のまちづくり部局には、まちに関するさまざまな情報が蓄積されています。数年前から、それらのデータをオープン化していこうという活動を進めていました。その延長線上に、今回の「PLATEAU」プロジェクトがあるのです。

「PLATEAU」に必要な都市の基本的なデータは、そもそも各自治体のまちづくり部局が定期的に調査をして集めているものです。ですから、3D都市モデルを今後更新していくにあたっても、それほど追加費用をかけずに、従来の活動の延長として行うことができるのです。

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民間企業のデータを3D都市モデルと重ね合わせる

小泉: 「PLATEAU」で検証中のユースケースには、どういうものがあるでしょうか。

細萱: 現在、民間企業や自治体と共同で約30件のユースケース開発を進めています。内容は、大きく①都市活動モニタリング、②防災、③まちづくり(都市開発)に分けることができます。

都市活動モニタリングの例:3DLiDARを用いることで、プライバシーを考慮しつつ高精度でリアルタイムな都市活動の把握が可能となっている。このデータを3D都市モデルと重ね合わせることで、都市空間の人の流れを可視化できる。(画像提供:国土交通省)

細萱: 都市活動モニタリング(①)は、カメラやセンサーで取得した人やモノの流れのデータを、3D都市モデル上で可視化するというものです。これにより、たとえば混雑(コロナ禍における「3密」)を避けたルート選定などを市民に促すことができます。都市における人やモノのデータを取得するには高度なセンシング技術や試行錯誤が必要であることから、現在さまざまな企業がそれぞれ独自の手法を用いて、検証を行っています。

防災(②)については、洪水や地震などの自然災害のシミュレーションのデータを、3D都市モデルと重ね合わせることで、より精緻な避難ルートの策定などができると期待されています。たとえば、自然災害のリスクを2Dの地図で表示する「ハザードマップ」というものがあります。これを3Dの都市モデルで表現できれば、災害リスクをより直感的に可視化することができ、防災意識の向上に役立つのではないかと考えられます。

また、3D都市モデルを使えば、都市が浸水した場合に垂直避難が可能な建物がどれくらいあるかということを可視化できます。郡山市では、実際にこのデータを防災の計画に活用しています。

都市開発(③)では、たとえばカメラやセンサー、プローブパーソン調査(携帯電話などのGPS機能を用いて、人や車の移動状況を記録する調査)を使って得た歩行者の動きのデータを、3D都市モデルを使って可視化することで、歩行者目線を重視した歩きやすい空間の再編を行うといった検証が行われています。

三越伊勢丹ホールディングスなどが展開する「バーチャル新宿」のイメージ図。(画像提供:国土交通省)。アバターを用いてデジタル空間上の新宿三丁目エリアを回遊することができる。

細萱: また、3D都市モデルは、民間企業が新しいサービス(体験価値)をつくるきっかけにもなります。

たとえば、三越伊勢丹ホールディングスでは、デジタル空間に再現された百貨店の中を、アバターを使って回遊することができる「バーチャル伊勢丹」を提供しています。そこで、今回のユースケース開発では、3D都市モデルを活用してこの仮想世界を百貨店の外まで拡大し、新宿三丁目エリアを中心とする「バーチャル新宿」を構築しました。

「バーチャル新宿」ではアバターを用いて街を回遊したり、ユーザどうしのコミュニケーションやイベント参加したりといったさまざまなコンテンツを体験することが可能です。こうしたバーチャル空間上での体験が顧客の満足度にどれほど貢献するのかを検証しています。

さらには、配送用ドローンが安全に運航するためのフライトシミュレーションに、3D都市モデルを活用するという検証も行っています。高層ビルが立ち並ぶ都市部で安全かつ効率的にドローンの運航を行うには、詳細な都市空間の情報が必要だからです。

また、配送ルート上の航空写真をドローンで撮影し、そのデータを使った3D都市モデルのアップデートがどの程度可能なのか検証するという取り組みも行っています。

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自律分散的に3D都市モデルをつくりあげていく

細萱: 以上のように、3D都市モデルにはさまざまな可能性があります。それをうまく引き出せるように、国交省として支援していきたいと考えています。何よりも、3D都市モデルの可能性を多くの人に知ってもらいたい。そこで、国交省ではさまざまな取り組みをしています。

たとえば、開発者が使いやすいようにデータを整備したり、地方自治体や民間企業向けに3D都市モデルのガイドラインを作成したりしています。これらの情報は、すべてPLATEAUのホームページ(特設ページ)から入手できるようにしていきます。

小泉: ホームページは、かなりこだわってつくられているという印象を受けました。

細萱: ありがとうございます。わくわく感をもってみてもらえるように、さまざまな工夫しました。「PLATEAU VIEW」では、実際に3D都市モデルを動かしたり、それぞれの方が保有するデータをとりこんで、ビューワー上に表示したりすることもできます。

1月にはアイデアソン、2月にはハッカソンを開催しました。どちらも、私たちでは想像がつかなかったような新しいアイディアが出てくるなど、とても可能性を感じる、有意義な機会でした。

「PLATEAU VIEW」の一例。国交省が提供する3D都市モデルに浸水のシミュレーション・データを重ね合わせることで、災害リスクを可視化することができる。(画像提供:国土交通省)

小泉: 今後、都市空間の詳細なデータが増えていくと、可能性がさらにひろがっていくと思います。そうしたデータの更新や拡張は、国交省で主導的に進めていくのでしょうか。

細萱: それについては、「データを増やすこと」と「データが活用できること」の両面からみていくことが重要だと考えています。確かに、データがたくさん集まり一元化できれば、色々なことができると思います。ただし、現時点では、「データを提供してくれた人にどんなメリットがあるのか」ということがまだ十分に説明できる段階ではありません。そのため、まずはユースケースをお示しし、3D都市モデルで何ができるかということをお伝えしていくことが先だと考えています。

小泉: メリットが見えてくれば、データはおのずと集まってきそうですね。

細萱: はい。まずは民間企業に利益を感じてもらって、それぞれのビジネスが成立することが前提のシステム構築ということが重要で、その積み重ねが3Dモデル全体の発展につながっていくと考えています。

私たちは、実は「PLATEAU」という3D都市モデルによって一つのシステムをつくったとは考えていないのです。PLATEAUはあくまでプラットフォームです。価値を生み出すシステムそれ自体は、個々につくってほしいと考えています。というのも、「さまざまな用途に使える1つのシステムをつくる」ということは、原理的に困難だからです。

これは、「PLATEAU(プラトー)」というプロジェクトの名称に関連してきます。この名称は、フランス人哲学者のジル・ドゥルーズと精神分析家フェリックス・ガタリの著書『千のプラトー』が由来です。ここでプラトーとは、「一つの頂上を目指す統一的構造ではなく、多様で自律・分散的なシステムが平面的に接続・連続することで強靭性を獲得していく哲学的な実践」とされています。

簡単にいえば、集権的(トップダウン的)に何か一つのシステムをつくるのではなく、さまざまな主体が有機的(ボトムアップ的)につながることで、結果として強靭なシステムが生まれてくるという意味です。

これは、私たちの3D都市モデルのコンセプトとよく合致するのです。つまり、個々のユースケースをつくり、それがボトムアップ的に積み重なることで、結果として日本全国の3D都市モデルができあがっていければと考えています。

小泉: とても楽しみです。本日は貴重なお話をありがとうございました。

「Project PLATEAU」の特設サイト(ホームページ)はこちら

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