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生産技術向上から販路支援まで、農業をエンジニアリングする ―Trex Edge 池田氏インタビュー

生産技術向上から販路支援まで、農業をエンジニアリングする ―Trex Edge 池田氏インタビュー

株式会社TrexEdge(トレックスエッジ) 代表取締役社長 博士(工学) 池田博樹氏

スマートアグリ、アグリテック、スマート農場と呼ばれるものは、農業にロボット技術やICTを活用する新たな農業だ。スマートアグリと聞くと、AI、IoT、センシング技術、ロボット、ドローンなどの先端技術の導入を想像する人も少なくないだろう。

しかしそういった先端技術を取り入れるにしても、どこに何を取り入れるのか、取り入れることによってどれだけ生産効率が上がりどれだけ利益が増えるのか、といったことがわからなけらば導入は難しい。

株式会社TrexEdgeでは、「Agrion」という農業日誌をつけることによって、どの圃場でどのような作業をしているか記録し、作業の全体像を把握する取り組みを行っている。そして全体の最適化を考え提案するというサービスを打ち出している。

今回はAgrionの概要、世界の農業と日本農業の違い、今後の展望などについて株式会社TrexEdge(トレックスエッジ) 代表取締役社長 博士(工学) 池田博樹氏に話を伺った(聞き手:IoTNEWS代表 小泉耕二)。

IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): まずはTrexEdgeを設立した背景についてお聞かせください。

TrexEdge 池田博樹氏(以下、池田): 私はもともとインターネットとスマホの開発者と、サービス提供者として仕事をしていました。そしてこれらのIT技術を違う産業に役に立てたいという思いから始まりました。

その中でも、日本の食糧生産に関わることにやりがいを感じ、特に農業になんとか適用できないかと考えて立ち上げたのがTrexEdgeという会社です。

小泉: 初めは技術目線で入られているということですね。そこから農業の分野にデジタルテクノロジーを取り入れていこうとしているわけですが、今実際どのようなサービスをやられているのですか。

農業日誌「Agrion」による可視化から分かる改善策

農業日誌「Agrion」のスマートフォンでの操作時の画面

池田: 「Agrion」という農家さんの農業日誌をつけていくというサービスを展開しています。クラウドとスマホで作業を記録していき、その作業に合わせてどのように改善していくか、アドバイスやコンサルをしています。

小泉: クラウドに様々なデータを入れていくというイメージは沸きますが、改善活動をしていこうと思うと、農業技術に関する知見も必要なのではないかと思うのですが。

池田: 私も初めはそう思っていました。しかし、可視化をするとほとんどの場合が農業従事者の方が自分で気づくことが多かったのです。

やってみて気づいたことは、可視化をするだけでかなり改善する業界だということが分かりました。

例えば朝の朝礼から圃場の移動、圃場の作業というものの時間をとってもらうのですが、その中で圃場が50以上ある方ですと、移動時間が見えてきます。

その移動時間をとると、月の20%を占めていました。それを見た農家さんは、移動を減らすためにどういう作業をしたら良いかを考えていった結果、かなり移動時間を削減することができたという例があります。

小泉: 工場と同じですね。工場のラインが多かったので、そこを改善すると一気に生産効率が上がったということがあるのですが、共通する点がありますね。

次ページは、「露地栽培のスマート化

露地栽培のスマート化

池田: 今までは施設園芸(ハウス栽培)という固まった中では割と作業が決まっていたのですが、それを圃場(露地栽培)に広げたというところが初めてだと思います。

小泉: ではハウス栽培ではデジタル化が進んでいたということですか。

池田: ハウス栽培ではセンシングした後に二酸化炭素など、何をフィードバックするか決まっていたので割と知見は溜まっていたのですが、露地栽培一般に関してはあまり溜まっていませんでした。

ハウス栽培の場合は環境をある程度自分たちでセンシングしてコントロールできます。しかし露地栽培の場合は天候、太陽、雨などの環境が関係してきますので、制御しにくいのです。

小泉: データを取ったところで日光や温度を調節できないということですね。

池田: はい。ですから露地栽培のIT化はほとんど進んでいませんでした。取り入れられていたとしてもセンサーを置くくらいで、そこからどうするのか、というとこで止まっていました。

そこをもっとITを使ってスマート化できないかというところに踏み込んでいきました。

小泉: 始めた時は他の方がやっていたように農地に温度センサーを置くということをやってみたのですか?

池田: やってないです。センシングから入るのではなく、そもそも農業はどういう動きをして、どのように生産しているか、ということを分析し、農業をエンジニアリングするという発想で動いていました。

農業に詳しい人は理論など、農産物がどう育つかというところに注力を注ぎます。しかしエンジニアとしての観点からいくと、とりあえずそこは置いといて、全体として業務を分析してエンジニアリングをし、生産性があればいいのではないかと考えたのです。

機械化はできているのですが、人の動きがあまり規格化されていない。ですから農業日誌を取ることで、人のオペレーションを見て、そこから分析する、ということをやったのです。

方法としては、人と場所と作業と時間を「タイムライン」と呼んでいるところにあげていきます。

タイムラインに作業の記録を上げていく(写真はイメージ)

それぞれの作業に対して、「機械化をすると効率が良くなる」、「除草の作業に関しては農薬を撒くと作業が早くなる」、など規格化していきます。

その中で、見回りを減らすためにセンシングを取り入れるところもあります。そうしてくると、様々なデータが蓄積され、さらに効率を上げる方法を考えられるのです。

小泉: 従来の農業の発想とは逆で、生産性向上から入っているわけですね。

池田: そうですね。また、サービスが広がった1つの理由として、センシングメーカーとあまりバッティングしなかった、ということが挙げられると思います。

小泉: センシングメーカーからしても、競合しているわけではなく、場合によってはセンサーの販売ができるマーケットなわけですよね。

池田: はい。協業していこうという動きです。「Agrion」の方でも、センサーなどとの連携の問い合わせが増えてきています。

数が増えると、プラットフォーム化ができます。現在TtexEdgeは個人経営から大規模経営まで様々な農業形態との契約が1万2千件と、業界ではトップの数です。

小泉: それだけ農家さんは感覚で作業をしていて、自分たちの作業を見てこなかったということですね。

池田: その通りです。現場に行って「なぜそれをしてるのか」とヒヤリングするのですが、「100年前からこうしているから」など、習慣的に行っているものを継続しているケースが多々あります。

農家さんの作業は基本的に日単位です。何月何日に「タネを植える」、「肥料をあげる」、「収穫する」という風に日単位で決まっています。

それを私たちは2時間くらいで分割してデータを取っています。そこまでたくさん記録する必要はなく、1日で考えると、4〜5作業程度可視化するだけでかなり効率化することができます。

取れたデータをWebで、圃場別、人別、日別に分析できます。日別に見ると、日毎に作業の偏りが分るので、偏りがないようにフラットにしていくほうが効率的になります。

Agrionにおける圃場ごとの作業のグラフ

圃場別で見ると、圃場の場所によって作業の効率が悪い圃場と悪くない圃場が可視化できます。

可視化できてしまえば、悪いところの原因は農家さんがほとんど自分たちで分析し、対策を立てるができます。

よく見るとここは毎年雑草が生えやすい場所なので、除草に時間がかかっているということが分かる。農家さんは「だろう」という予測はしているのですが、それを可視化することで、こんなにかかっているなら早めに除草剤を撒いておく、など対策を考えようとなるわけです。

人別で見ると、農業の場合は班で移動する場合がほとんどです。ですから、現地でどういう作業をしているのかほとんど見えていませんでした。

そこで班の方にも入力をしてもらい、可視化する。そうすると、作業が偏っているかどうかが分かってきます。

さらに個々のスキルも可視化できますので、難しい作業はスキルのある人に頼む、ということもできます。そしてそのスキルのある人を評価してあげると、他の人が見習うようになり、難しいものに挑戦するようになったという例もあります。つまり人材の教育効果のようなものも間接的に見えてきます。

私たちがやっていることは決して難しいことではなく、うまくITツールを使いインセンティブを見せながら、自分たちで回せるような仕組みを作っているのです。

小泉: このように無駄が省かれていくと、生産量が増えていくのですか。

池田: 増えていきます。1点目は、耕作放棄地(リタイヤなどで使われなくなった圃場)が毎年増えていくので、それを若い人に貸していくという方法です。

私たちが応援している農家さんは、毎年10%〜20%吸収し、売り上げが伸びているのが数字的に見えています。

今までの農業ビジネスというのは、単位あたりの面積で収量を増やそう、という研究が多いです。

私たちはそうではなく、人の動きを20%改善して、面積を二割増やします。そうすると、売り上げが1.2倍になります。オペレーションを効率化して、売り上げをあげるということです。

2点目は社長の時間をどう使うかということで売り上げがかなり変わってきます。余った時間をできるだけ社長に回し、社長が営業をします。営業すると、売り上げが伸びます。

普段社長が何をやっているかというと、普通の人ができること、つまり事務作業を自分でやられています。例えば受発注作業です。それを分析すると、注文を受けてエクセルに入れ、その後請求書や納品書をワードで作られていました。

そういった受発注などの事務処理が慣れていないということがデータを見て初めて分かってきました。

そこに私たちのシステムを取り入れると、8倍ほど効率化にすることができます。

今まで農家さんは、「どういう肥料をどのタイミングであげるか」など、生産技術や農産物そのものに関して熱心でした。私たちが考えている改善と向かう方向が違うのです。

もちろん生産技術の向上は重要ですが、それをやりながらオペレーションを効率化することも重要、ということです。

そしてさらにそこから発展させ、農家向けの販売管理のようなサービスを今年一月に立ち上げました。

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販売管理システムにより効率化を図る

小泉: ところで、農家向けの販売管理システムというものは今まであったのですか。

池田: 工業向けのものはあるのですが、農家向けのものはありませんでした。工業と農業では販売管理の内容が少し違います。

例えば工業では出荷する時に価格が決まっていないということはありませんが、農業では出荷した時点では、価格、量が決まっておらず、着荷(納品)した時に相場で決まります。

あとは検品された時にサイズによって値段が変わってきますので、Mだと思っていたものがSだとなると、Sサイズの価格になります。さらに腐っていたりしたら取り除かれ販売できません。

ですから、その時点で入れたデータを発注まで全部同期させるという機能や、通常なら納品したものと違う差分があった場合、「赤伝票」を発行して破棄する、という工程を機能化したりしています。

農家さん特有の一連の作業に合った機能を出したということです。

小泉: 売り上げと納品が一緒になっているという意味ではシステムとしてはシンプルな気もしますね。

株式会社アールジーン 代表取締役/IoTNEWS 代表 小泉耕二

池田: システムとして難しいのはバリューチェーンの連携ですね。注文と出荷の日、そして請求です。

大きいスーパーだと入力するシステムが導入されているところもあります。ですから、将来は私たちのシステムがもっと普及してくれば連携も可能だと考えています。

小泉: 今後の展望をお聞かせください。

池田: まず現在青森県と、青森県のリンゴ農家から支援を受けて、果樹版を開発しトライアルを行なっています。これは圃場ではなく、木の一本一本に「ツリータグ」というQRコードをつけて管理できるというものです。

小泉: 果物の種類で管理の仕方が変わってこないのですか。

池田: 木の一本一本で管理したほうが良い果物と、場所で管理したほうがいい果物とがありますが、現在はリンゴの管理をベースにして展開していこうと思っています。

次に、現在問い合わせが多いのが酪農、畜産ですので、そこの参入も検討しています。

「作るところから食べるところまで」全体の最適化

さらに、最近フォーカスしているのが、果樹と野菜で取れたものの販路支援や、バリューチェーンをどこまでできるか、ということをトライアルし始めています。

実際私が農家さんから注文を受けて、営業して、どういう動きかを見ています。

ECサイトでの販売の部分だけの支援や、技術部分だけの支援をしている会社はあるのですが、生産技術から販路支援までをしている会社は他にありません。

「作るところから食べるところまで」の全体を見ないと、どこをどう最適化したらいいかが分かりにくいところがあります。

よく、「流通業者を抜けばコストが下がる」という風に一般的に言われていますが、そもそも卸しなど、そういう業界がなぜあるかということを分析する必要があると思っています。

小泉: サプライチェーンを加味した時に農家さんというのは流通面において取り残されているのでしょうか。

池田: そうですね。今の農業の仕組みというのは、ヨーロッパやアメリカも一緒なのですが、30年ほど前の仕組みがそのままです。30年前と違うところは、高速道路網の発達やIT網の発達ですが、それに合わせた形態に変わっていません。

しかし、高速道路網やIT網がない時代ではかなり合理的な仕組みでした。

流通網がいらないわけではなく、高速網、物流、情報が消費者とつながった時に、農産物の物流がどうあるべきかを考えて変えていった方がいいのではないか、ということです。

意外とP2Pなど、自分たちでやるには逆に無駄が増える場合が多いのです。

物流に関しては、トラックや運転手を抱えるかどうかは別として、サービスとして提供できるかどうか、というところも含めて今トライしています。

小泉: その先には店舗があると思うのですが、農業業界における店舗に関しての問題はありますか。

池田: 価格の決定メカニズムについては改善の余地があるのではないかと思います。農業の作業からみても、農産物価格は安くなりがちなので、そこにどのように価値をつけるかを考えています。

価格が最適化されず、そのまま生産者に負荷が来てしまっているのが現状です。

小泉: 改善点としては価格から見直した方がいいということですか。

池田: そういった単純なものでもありません。価格というのはどこでどうやって決まっているのかを考え、もう少し第三者でも評価できるような仕組みにしていく必要があると考えています。1つの例ですが、「ITで価格を決める」というようなことです。

食料の場合は市場原理や、食の安全保障などのバランスがあります。最低限の食料は確保しなければならず、それを生産する「人」と「農地」が必要になってきます。最低限の食料は死守しつつも、そこからは食料を選択する消費者の自由、というバランスがあると思います。

小泉: 世界の農業と日本の農業での違いはありますか。

池田: ヨーロッパでは農業地政学という日本にはない学問があります。食料生産をどうするべきかという国レベルでの全体のヴィジョンがあります。

例えば都市に対してその周りの農地は責任を持つ、という取り決めをし、食料生産基地を確保します。そして最小限のインフラ投資をします。

日本に直すと、例えば仙台では、山形、秋田、青森の農地はある程度責任を持つと取り決めるとします。「責任」というのは買い上げるということです。スーパーや消費者など全体が気を付けながら買うという形で成り立たせていきます。

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持続可能な農業をつくっていく

左:IoTNEWS 代表 小泉耕二
右:株式会社TrexEdge(トレックスエッジ) 代表取締役社長 博士(工学) 池田博樹氏

池田: よくヨーロッパやアメリカで有機、地消地産という話が出るのですが、その奥にはもう少し深い理由があると思っています。食べるものを自分たちのエリアで、持続可能、継続するように購入しようという取り組みです。

小泉: 購入してくれるという前提があるから安心して作れるし、逆にちゃんと作らなければならないという義務も負うわけですね。

池田: そうです。例えばヨーロッパでは、小学生の尊敬する職業の上位三位内に農業者が入っていたりします。食料生産の重要性など、持続可能になるために自分は何を貢献するか、といったことの教育を行うことも大事なことだと思います。

例えば日本でよく言われる「地方活性化」というものがありますが、ヨーロッパから見ると分かりにくい概念です。

地方というのは農業生産基地である場合が多いです。ヨーロッパでは、そこには圃場が広がっているので、人口が増えなくてもいいという考えです。日本のように「地方に人口を増やそう」といったことを考えません。

合理的な考え方だと思います。農業の大規模化をするなら農業人口を減らさないと大規模化できません。家を減らして畑を増やすという考え方です。人はある程度の都市に住みます。

ゾーニングして整備した方が農業の生産効率も上がるという考えです。

また、日本では農業従事者の人口が減ってきていると言われていますが、日本での農業従事者は150万人、アメリカで300万人です。アメリカの農地の面積は、作物の種類によりますが、30〜100倍あります。

国土の差を考えると日本は足りているのではないのか、というような多様な見方をした上で、農業を支援していかなければならないと思います。

私たちのサービスは、日本4Hクラブ(全国農業青年クラブ連絡協議会)の35歳以下の団体に、特に利用してもらっています。若い人にIT化で支援し、その層をどんどん効率化して、大きくしていこうという試みです。

世界的な動きとしては、規模が大きくなると、隣の圃場の作業請負などを始めていきます。高齢化したところの作業を受けて、中核なものをたくさん作っていくという流れです。

小泉: 初めからそのようなヴィジョンだったのですか。

池田: いえ、やっているうちに形成されていきました。農業は外から見るのと中から見るのでは違いがあります。両方を知った上で全体のヴィジョンを作る人が少ないのではないかという印象です。

今後はTrexEdgeだけではできないことも、ヴィジョンに共感してくれる人を集めてプラットフォーム化しながら一緒にやっていければと思っています。

「Agrion」というサービスも県が推奨してくれています。今ですと熊本県などが熱心に使ってくれています。ですから今後も、県やJAなど様々なところと協業してデジタルを取り入れていければと思っています。

数十年単位でのビジョンを共有し、今やるべきことをやるという方針です。

小泉: 本日はありがとうございました。

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