私たちの生活に欠かせない「天気予報」。いまの時代、テレビやラジオはもちろんのこと、スマートフォンでも複数のサービスを通じて見ることができる。
しかし、「どれも一緒」だと思ってはいないだろうか。見る手段の利便性だけでなく、天気予報は予測の「精度」が肝心だ。この20年、殆ど変化することのなかったその精度がいま、IoTとAI(人工知能)によって大きく向上しつつある。
今回紹介する株式会社ウェザーニューズは日本の民間気象情報会社であり、天気予報アプリ「ウェザーニュース・タッチ」でおなじみの企業。同社は今年の7月から「5分ごと」の天気がわかるサービスを開始するなど、天気予報の世界に変革をもたらしている。
どのような技術を用いているのだろうか。そして将来、天気予報はどのように変わっていくのだろうか。同社執行役員の石橋知博氏に訊いた(聞き手:株式会社アールジーン代表取締役/IoTNEWS代表 小泉耕二)。
次世代の天気予報、進化の理由はディープラーニング
IoTNEWS代表 小泉耕二(以下、小泉): 先日、御社のアプリの会員になりました(笑)。
ウェザーニューズ 執行役員 石橋知博氏(以下、石橋): ありがとうございます(笑)。
小泉: 正直、試しにとは思っていたのですが、すっかり“やみつき”になってしまいました。きっかけは、先日東京でゲリラ豪雨があった時です。お客様のオフィスから駅まで10分ほど歩かなければならず、出発のタイミングに迷う場面がありました。
そこで、御社の「雨雲レーダー」を見ると、「雨雲が水色になった時がチャンス!」ということがわかり、とても助かったのです。なぜ、あのようなこまかい予報が可能なのでしょうか?
石橋: 背景には、画像解析(ディープラーニング)の技術があります。
右:ウェザーニューズが提供するスマートフォンの天気予報アプリ「ウェザーニュース・タッチ」における「雨雲レーダー」の画面。(提供:ウェザーニューズ)
従来は、“物理の方程式”を解くことで天気を予測していました。気象レーダーが観測した雨雲のデータと、日本各地に1,300箇所ある気象庁の観測機「アメダス」が取得した気温・風速のデータを“方程式”に入れて計算するのです。パソコンの性能が上がるにつれてその精度は向上してきたものの、やはり限界があります。実は、この20年間で予測精度は殆ど変わっていません。
ところが、よくよく考えたら雨雲のデータは画像(上の画像・左)です。ですから、それをAIに画像認識させればいいじゃないかという発想で、従来の物理方程式や気温・風速などのデータのことをいったんすべて忘れて、ただ画像だけをAIに学習させ、画像Aと画像Cがあったら、その間にある画像Bはこうなるだろうと、予測したんです。
すると、非常に高い予測精度が出ることがわかりました。実際にはAIだけを使っているわけではなく、ぼくらが持っている従来のさまざまな“方程式”をベースに、場合によってAIの予測画像を使って補完するという運用をしています。
それによって、たとえば1時間後の雨雲の動きも”くっきり”とわかるのです(下の画像)。
遠い未来の天気ほど、雨雲レーダーの解像度は悪くなります。従来、1時間後の天気は1 kmメッシュの解像度が限界でしたが、AIの技術を加えることで250 mメッシュという高解像度で予報ができるようになりました。しかも10分刻みで、3時間後まで高解像度で画像を提供することができます(1時間以内であれば5分刻み)。
小泉: なるほど。雨雲レーダーにはこのような背景があったのですね。
変わる天気予報のニーズ、生活者は“瞬間”の情報を求めている
石橋: そして、今年の7月から「5分ごと」の天気予報が見られるサービスを新たにスタートしました。
小泉: さきほどの雨雲レーダーを見なくても、アイコンを見れば5分ごとの天気が簡単にわかるというものですね。
石橋: はい。これまでは数時間ごとの天気予報が一般的でした。でも、都会に住んでいるとまさにそうですが、私たちが知りたい天気情報というのは、オフィスから駅に着くまで、あるいはランチに行くまでといった10~20分くらいのことですよね。
アプリのユーザートラフィックを見ると、もちろん週間予報を気にする方もいますが、いちばん見られている天気予報のページは、やはり1~3時間の範囲でした。また、見るタイミングはお昼休みの直前、あるいは17~18時の帰宅時です。駅までの20分をどうするか、歩くのか自転車で行くのか、傘を持っていくのか、そうしたユーザーの強いニーズを感じていました。
小泉: 天気予報のアイコンが面白いですよね。雨の場合でも、「サー」、「ポツポツ」とか。
石橋: そうなんですよ。天気予報には、「晴れ時々曇り」とか昔ながらの表現がありますよね。でも、5分ごとの天気なのに「晴れ時々曇り」とか意味がわからないわけですよ(笑)。
「雲量が8割だと晴れ」、「雲量が9割だと曇り」などの定義もありますが(日本式天気記号)、そのような基準を把握している人は殆どいません。また気象庁と同じアイコンにすると、雨は「雨」しかないので、どんな雨かわからない。1時間に10ミリの雨といった表記もありますが、よくわからないですよね。
そこで、「影がなし」(曇り)とか「影うっすら」(少し太陽が見える曇り)、雨だと「サー」、「ポツポツ」、「ザーザー」、「ゴー」など、直感的にわかりやすいアイコンにしたのです。
小泉: なるほど。
石橋: 実は、この「ポツポツ」や「ザーザー」にもちゃんとした理由があります。私たちのアプリには、「ウェザーリポート」という、ユーザーさんが現在地の天気をリポートできるしくみがあります(2005年からスタート)。1日に写真付きで3万通ほどのリポートが上がってきます。
そのリポートにあるコメントをすべて分析したのです。たとえば、こんなコメントがあります。
「7月も残すところあと2日。朝からじりじりと日が差していますが、風が強いせいか、ここ何日かの暑さが少し和らいでいる、そんな感じがします」
このようなテキストをすべて分析してみたところ、「サーという雨」や「ゴーという猛烈な雨」などの表現が多かったのです。そうしたコメントを実況値(実際に何ミリ降っていたのか)と照らし合わせ、「この雨量で予報するならこのワードだ」という相関表をつくったのです。
いまでは、アプリの画面に「現在地の天気を報告する」というアイコンがあるので(上の画像)、そこからいまの天気を「ポツポツ」や「サー」の中から簡単に選択できます。
実は、私たちの天気予報はユーザーさんからのリポートでかなりの部分をつくっています。ユーザーさんからのリポートを“方程式”に入れることで、目先3時間くらいの天気を精度よく予報できるのです。AIを導入するよりずっと前から、このしくみを使っています。
小泉: そうだったのですか。
石橋: はい。同じ曇り空でも「影が見える、見えない」といったこまかい違いは、そこに観測機がない限りわからなかったのですが、ユーザーさんの報告でわかるようになるのです。
ゲリラ豪雨を予測、ユーザーが自らつくる天気予報
石橋: そもそも観測機は、ヒトの視点で天気を見ていません。気象レーダーが「雨」と認識しても、雨粒が地上に降ってくる前に蒸発してしまい、地上では雨が降っていないということがよくあります。
また、レーダーは雨雲ができやすい地上2 km以上の位置に電波を当てているために、ゲリラ豪雨を見逃してしまうという問題があります。ゲリラ豪雨は地上から2km以下の位置にできる小さな雲が発生源となりますから、レーダーの画像に映ってこないのです。
ですから、完全な天気予報をつくるには、レーダーの予報を補完するデータが必要です。そこで、ユーザーさんのリポートが生きてくるのです。このようなしくみを導入しているのは、当社だけです。
小泉: そのように天気予報がつくられているのですね。全く知りませんでした。
石橋: 実は、このサービスのきっかけとなったのは「写メール」です。写メールが登場した当時、多くの人は待ち受けに自分の子供の画像を貼るなどするくらいで、キャリアさんが想定していたよりも写真を添付して送りませんでした。
小泉: 自撮りして終わりでしたね(笑)。
石橋: はい。画像の送信料が当時は高かったのです。でもキャリアさんとしては、カメラで撮った画像を自分の携帯電話に保存されても1円も儲かりませんから、何か写真を送りたくなるようなアプリケーションを求めていました。
そんなこともあり、「空の写真をユーザーさんに送ってもらって解析したら、天気予報に使えないだろうか」と、ある時ふと思いついたのです。最初はぼんやりしたアイディアでした。でも、台風が来た時に試しにやってみたら、結構みなさん送ってくれたんですよ。これはもしかしたら行けるかもしれないと思いました。
決定的だったのが、「桜の開花前線」です。気象庁が、毎年春が近づくと発表するものです。でもあの前線は大まかなもので、実際には山の標高の違いなどで、桜がまだ咲いていないといった場合も多い。そこで、ユーザーさんが送ってくれた桜の写真をマッピングしたら、本当の桜前線ができるのではないかと思ったんです。それを、「さくらプロジェクト」として打ち出しました。
その結果、本当に桜前線が見えたんですよ。それを契機に、「ウェザーリポート」のサービスを続けてきました。ユーザーさんも続けていくのが大変ですから、台風が来た時や、桜や紅葉の時期に企画を考えたり、ポイントが貯まったらオリジナル製品をプレゼントしたり、ゲーミフィケーションの要素も取り入れてきました。
そうして、いまでは1日約18万件のリポートが上がってくるようなコミュニティに成長しました。彼らは台風などが来ると、何か使命感のようなものを持ってリポートを上げてくれます。ユーザーさんには本当に感謝しています。
ウェザーニューズの観測網は”全国13,000か所+ヒト”
小泉: ユーザーさんもわかっているのですね。自分のリポートが御社の天気予報に役立っているということを。
石橋: そうですね。そこからぼくが思うのは、IoT時代にはすべてが観測機になりうるということなんです。
アメダスを1台設置するには数千万円、運営・通信経費などで年額4億円ほどの費用がかかります。ですから天気予報というのは、基本的には国家予算レベルのバジェットがないとできない事業なのです。
でも、ぼくらにとってアメダスはもちろん重要なのですが、IoTの時代はそれだけではありません。スマートフォンを持ったヒト自身が観測機でいいのです。ヒトの次はクルマです。ぼくらからすると、町中を走っているクルマもすべて観測機です。
小泉: ヒトが行かないような場所はどうですか。
石橋: それについては、まず私たちの観測網をお見せしますね(上の画像)。全部で13,000箇所あり、これは日本で最大の観測網です。
小泉: こんなにあるんですか。
石橋: はい。観測する手段としては、主に3種類です。1つは、全国に1,300箇所ある気象庁さんのアメダスです。
もう1つは、KDDIさんと一緒に行っている事業なのですが、携帯電話の基地局に小さな観測機を設置しています。いまでは全国に3,000か所あります。
正直、山の頂上など本当にヒトが行かないような場所では、天気予報は必要ありません。一方、ヒトが住んではいないけれども、何かしら行く必要があるような場所には、必要です。
そういう場所には必ずキャリアさんの基地局があります。基地局は電波や電気があり、動物や人も通れないようになっています。観測機を置くには絶好の環境です。
KDDIさんは全国に数十万か所の基地局があるのですが、その中から当社の気象予報士が、「ここに観測機が欲しい」という場所を選定し、設置してきました。世界においても、これだけ細かいメッシュで観測網を持っている国は他にありません。
小泉: 持ち運び用のセンサーもリリースされていましたよね。
石橋: はい。「WxBeacon2(ウェザービーコン2)」という製品で、アプリの会員さんで2,000ポイント以上の方にお渡ししており、一般販売もしています。気温・湿度・気圧・照度(単位:ルクス)などのデータを取得することができます。
小泉: このセンサーが必要な理由は何でしょうか。全国13,000個の観測網だけでは駄目なのですか?
石橋: さきほどもご説明したとおり、固定の観測機では地上のこまかい天気がわからないことがあります。そこで、(ヒトの視点による)「ウェザーリポート」が必要になってくるわけですが、このしくみでは気温や湿度などの報告はできません。
実は以前、自前の温度計を持って、天気を報告する時にわざわざ温度を入力してくれていたユーザーさんがいらっしゃいました。それがコミュニティ内でちょっとしたブームになってきたので、それだったらぼくらから何か持ち運びができる簡易的な観測機をお渡ししようと、現在提供しているのがこの「WxBeacon2」です。
小泉: なるほど。
石橋: 「ウェザーリポート」で天気を報告する際、スマートフォンと「WxBeacon2」がBluetoothでつながっていれば、「WxBeacon2」が自動的に温度や湿度のデータを取得するしくみとなっています。
次ページ:もう一度、ヒトが天気予報をつくる時代へ
もう一度、ヒトが天気予報をつくる時代へ
石橋: 「WxBeacon2」はまずコンシューマー向けにつくったのですが、精度がよく不具合も全くないので、7月から法人向けにも展開を始めました。工事現場の作業員の方に向けたソリューションです(※)。
現場の担当者は、夏は暑く、冬は寒いという過酷な状況の中、作業を行うことが多いです。私も以前に観測機の設置作業に立ち会った際、その過酷さを実感しました。ビルの屋外でしたが、太陽の光を遮るものが何もなく、休憩室もなかったのです。
現場の担当者は「WxBeacon2」を持っているだけで、危険な状況(たとえば熱中症が発生しやすいような場合)にはスマートフォンにアラームが自動で届きます。一方、オペレーションの担当は、現場の作業者がアラームを見たかどうかのチェックをすることもできます。
小泉: 天気予報、面白いです。これからどう変わっていきますか。
石橋: 天気予報の歴史を振り返ると、漁師さんや農家さんが空を見て、「今日は雨が降りそうだな。稲を刈るのをやめようかな」と判断していた「観天望気」の時代から、気象庁が観測したデータをマスメディアを通じて毎朝公開するという時代に変わっていきました。これは、天気を観測する主体が、ヒトから機械へと変わってきた歴史だと言えます。
そしていまはIoTの時代です。IoT時代には、もう一度ヒトへと戻ります。ただし、その際にはただ「空を見上げる」のではなく、IoTセンサーやAIなどのテクノロジーを利用することで、ヒト自身が自ら天気予報をつくるプロセスに入っていくのです。
ぼくらはモバイルが登場した時からずっとこの世界を思い描いて、愚直なまでにやり続けてきました。それがようやくいま、ビジネスとして実現するタイミングがきていると感じています。
小泉: ユーザーさんの強力なバックアップもありますしね。
石橋: そうですね。ただ、油断はできません。GoogleやAmazonがこの業界に入ってきたらどうするのかという話もあります。これは当然、ありうることです。天気のアルゴリズムはデジタルですから、ある意味コピー&ペーストが可能です。
ただ、ぼくは最終的に生き残る資産というのは、コミュニティやヒトとのつながりだと思っています。それはコピー&ペーストできるものではありません。そうしたつながりをうまく使いながら企業さんに観測機を置いてもらったり、そこで集めたデータをその企業さん向けのサービスに活かしたりといったことができます。
小泉: Googleに関しては、スマートフォンが勝手に気象情報を取ってくれるようになれば、脅威ですね。クルマの走行データから地図をつくるのと同じです。でも、天気ではそれが難しいような気はします。
石橋: まだ難しいでしょうね。とはいいながらも、Googleさんは競合でもありパートナーでもあります。Google検索で「天気」と打つと、現在地の天気が表示されますが、実はこれ、Googleさんが提供しているように見えて、「ウェザーニュース」と書いてあるんですね。
日本では当社がデータを提供しているのです。国によって法律が違うこともありますし、Googleさんとしても地元の企業と一緒にやっていくという方針があるのです。ですから、どちらかというと一緒に天気予報をよくしていくという方向にもっていきたいなとは思っています。
小泉: 最後に、未来に向けて展望をお聞かせください。
石橋: 2020年の東京が一つのチャンスだと考えています。天気情報でスポーツ選手をサポートするのはもちろんですが、日本に来た外国人の方にも、日本の精度の高い天気予報を体感してもらいたいんです。
「日本はトイレのウォシュレットがいいし、電車が時間通りくるのもすごいけど、天気予報もよくあたるな」と思ってもらいたいんですね。天気は必ず見ます。それこそ夏の時期はゲリラ雷雨もありますから。
小泉: 特に日本は天気が変わりやすい国ですからね。アメリカのロサンゼルスみたいに雨が全く降らない地域とは違います。
石橋: そうですね。これは持論ですが、シリコンバレーから天気予報のイノベーティブな企業が生まれないのは、雨が降らないからだとぼくは思います。問題としてとらえていないのです。
Uberの配車サービスは、地元のタクシーのサービスレベルが低いことを課題としてとらえたところから始まりました。そのように身近な問題を解決することで、世界規模になったというのがシリコンバレーのポイントです。
一方、日本は台風があり、地震があり、四季もあります。何なら梅雨もあります。そういう意味で、天気のイノベーションが生まれるベンチマークとしては最高の場所です。
小泉: 楽しみです。
石橋: 期待していてください。「天気」はこれからかなり変わると思いますよ。
本日はありがとうございました。
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