IoTやAIを活用し、建設現場の安全と生産性を向上させるオープンプラットフォーム「LANDLOG(ランドログ)」。産業別プラットフォームの先駆けとされるLANDLOGが誕生した背景には、コマツ執行役員 スマートコンストラクション推進本部長 四家千佳史氏と、ウフルCIO/IoTイノベーションセンター所長 八子知礼氏の出会いがあった。
本稿では、そのお二人におこなったインタビューの後編をお届けする(聞き手:IoTNEWS代表 小泉耕二)。前編はこちら。
失敗を恐れなければ、大企業はスタートアップを凌駕できる
IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): コマツさんは製造業、ウフルさんはIT企業です。四家さんは、異なる事業や風土を持つウフルさんと組んで、何かお気づきになった点はありますか?
コマツ 四家千佳史氏(以下、四家): そうですね、多くの製造業がどうやってイノベーションを起こそうか悩んでいながら、なかなか具体的な行動に移せないという場合が多いと思います。ですから、まずはこれまでの方法をまるっきり変えることが重要だと考えています。私が持論として言っているのは、「時計をもう一つ持つ」ということです。
私はかつてスタートアップ(BIGRENTAL)をつくり、自分で10年ほど会社をやってきました。そして、2008年にコマツの傘下に入ることになるのですが、その時に自分が失うものは何かを考えました。
それは、スピード感と機動力です。ウフルさんのように少数精鋭の企業が持つ強みです。
ところが今、「スマートコンストラクション」に追いつくのは大変だとスタートアップの皆さんから言われるわけです。(大企業なのに)「どうしてかな?」と思いますよ。なぜなら、それは私がコマツに入る時に全て捨ててきたもののはずだからです。
思い返してみると、スタートアップの時には、「何か新しいことをやりたいから、誰かと組んでやろう」とまず考えます。それで恋愛相手を見つけてアタックするのですが、「お前の会社なんて名前も知らん」と門前払いを受けるのがあたりまえで、それでも担当者に会い、部長に会い、ようやく社長に会うことができて、「さあ一緒に何かやろう」となっても、今度はお金がないということもあります。
今は大変ありがたいことに、我々コマツが企業さんにお声がけして「一緒にやりましょう」と言うと、皆さんとんできてくれます。私は自分の部門の予算を持っていますから、「じゃあやりましょうよ」と言える。
そこで私は気づいたんです。大きい会社や名前の知れた会社が、ある意味「別の時間軸」を持ち、機動力を持つことができたら、逆にスタートアップを凌駕できるのではないかと。
でもこれは、二つ目の時計です。大きな会社がこれまで大切に守ってきた時計をこの時計に置き換えたら大変なことになります。崩壊するかもしれない。そこであえて「もう一つの時計を持つ」ということになるんです。
小泉: なるほど…。
四家: スピード感が大事です。結果としてたくさん失敗したとしても、PDCAを高速で回して、その中からうまくいくものがいくつか出てくればいいと思っています。
小泉: たくさん失敗もされているんですか?
四家: もちろんです。とにかく高速に失敗していますからね(笑)。ただ、着実に進んでいます。
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社内に「2つの時計」をもつことの意味
ウフル 八子知礼氏(以下、八子): 我々がコマツさんのアドバイザーとして参画させていただいている中で、小さなプロジェクトが8つほど動いていました。そのうちの3つは、現場と議論したけどうまく進まないというものでした。やはり進むものは進む、進まないものは進まないんです。
四家さんもスタッフの方も、2、3か月でうまくいかないなら次に行きます。とにかくPDCAのサイクルが速いのです。あとは、一度捨てたものにはもうこだわらない。
四家さんのスタンスは、「とにかくアイディアがあったらやってみようよ」ということです。そこが明らかに大企業のアプローチとは違います。
面白いのは、部下の方々が同時並行的に抱えきれないほどたくさんのプロジェクト進めている中で、いつも顔を見合わせて、「四家さんから新しいプロジェクトが落ちてきたらどうしようかな…」という顔をしているんですよね(笑)。
四家: みんな抱えきれないほどのプロジェクトがあるんですけど、そこに新たに落ちてくると、それぞれがプライオリティを考えて、落とすものは落としていきますからね。ダメなビジネス案は自然と淘汰されていくんです(笑)。
八子: そうなんです。コマツさんは優先順位をつけてとてもうまくやりくりされます。柔軟であるということが、大企業であるにもかかわらず担保されている。そこがすごいところです。
四家: ただ、これはぜひコメントしておかないといけないのですが、コマツという会社全体がこのようなスタイルになったら、ぼくはダメだと思います。重要なのは、二つのスタンダードがあることなんです。
小泉: さきほどおっしゃっていた「時計が二つ」ということですね。
四家: そうなんです。
小泉: 逆に少数精鋭のウフルさんですが、そんなコマツさんをどう見ていますか?
八子: やはり、約3年前に初めてお話をうかがった時から、「現場の課題を解決する」という考え方が、全くぶれてないんですよね。コマツさんのビジネスと関係がなくても、「それを解決しないと、現場の安全と生産性がよくならない」といってやるんです。
いわゆる、社会的な「大義」です。普通の企業であれば、プラットフォーム化を検討する際に、「うちの会社の大義って何だっけ?」という話に戻ってしまうんですよ。
「それをやらないと現場が困る」ということであれば、コマツさんは躊躇しません。「Edge Box」(ドローンで撮影した建設現場のデータを高速で計算し、3Dの地形データを作成するハードウェア)についてお聞きした時はびっくりしました。
「NVIDIAさんのコンピュータを使って画像認識をやる。PoC(概念実証)で色々つくっている」と四家さんがおっしゃるんです。「Edge Box」はサーバーですよ? それが半年も経つとできあがっているんですから。PoCじゃなかったのかと…。
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コマツがビジネスモデルを変革できた理由
小泉: 四家さんに初めてお話をうかがった時に、「バリューチェーン」とは何かということについて、すごく考えさせられました。自社のビジネス領域にとどまらず、バリューチェーン全体にコミットしながら顧客の価値を最大化しようとする企業は、そんなに多くはないと思います。
四家: それについて、私は最近ようやく頭の整理がついてきました。よく電機メーカーさんなどが、「コマツさんはリカーリングビジネス(継続的に利益を生み出すビジネスモデル)が上手ですね」とおっしゃるんですね。
でもよく考えると、建機メーカーとは、そもそもそういうビジネスモデルなんです。建設機械の販売台数は、自動車の大体300分の1です。自動車が1億台売れれば、建設機械は30万台です。
ただ、金額的には14分の1なので、1台当たりの金額は高い。では、クルマと建機で、生涯どれだけ動くのか、距離を時間に換算してみると、建機はクルマの5倍くらい動きます。かつ、お客様にとってのライフサイクルコストは、クルマが新車価格の10%だとすると、建設機械は買った分と同じくらい。鉱山機械だと2倍です。
ですから、お客様の使用期間中にずっと関わりながら、そこでお客様は自社のコストを下げ、コマツは売上を上げるというバランスを保たなければ、コマツのビジネスは成り立たないんですよ。
「バリューチェーン」という言葉が出る前から、我々はお客様が新車を買う時に、中古になった機械を買い取り、さらにはその中古車を売り、またその中古車の部品を売ってというように、とにかくスクラップになるまで関わっていこうというのが、もともと建設機械業界のある意味「DNA」としてあるわけです。
ただ、コマツの建機を使っているお客様のコストの話はしているけども、お客さんはどれくらい現場で儲かっているのかについては、私たちはコミットできていなかった。そこで入ってきたのが、今の「スマートコンストラクション」なんです。
小泉: ビジネスモデルを変えるのは至難の業だと思います。長い歴史を持つ会社は特にそうです。バリューチェーン全体に責任を持つことが「正論」だとしても、それを本当にやろうとする企業は多くありません。
四家: それは多分、コマツも一緒です。ある時、社員からこういうことを言われました。「四家さん、ぼくらはスマートコンストラクションでお客様に何を提供するんですか?」と。
私は、「お客様の生産性と安全の向上だから、つまりはお客様の利益だね」と答えた。すると間髪入れずに返ってきたのが、「コマツがお客様の利益をつくることができるんですか?」という言葉でした。
私は言ったんです。「コマツは建機で何を売っているのか。それは生産性だ。建機はお客様の生産活動に使うものなんだから、これはお客様が儲かるために買ってもらっているのであって、飾るためのものではないはずだ」と。
小泉: なるほど…。
八子: 「ダントツ」がコマツさんの文化です。その「ダントツ」の目指す方向が、エンドユーザーさんの売上や利益につながる「ダントツ」のことなのか、それとも自社の利益のことなのか、その違いで議論はだいぶ分かれると思いますね。
エンドユーザーのハッピーやバリュー、もしくは生産性が上がることで、結果としてその差分としての利益を得ていく。必ずしも潤沢にというわけにはいかないでしょうが、土木建築業全体として、ある程度しっかりビジネスができるというレベルまでは持っていきましょうというところに、「スマートコンストラクション」はこだわっています。
そこの「ダントツ性」が、外の方々からすると、「そこまでやらなくてもいいのでは?」となるんです。
ビジネスモデルを変えるのは大変です。しかしコマツさんは、「KOMTRAX」がベースにあったから、やりやすかったというのはあると思います。要は、建機の稼働状態が把握できている前提で、その上にさまざまなアプリケーションをのせていくことができるわけですから。
ところが、他の会社さんでプラットフォームやデジタルツインを検討しようとすると、「うちはまだ何もやっていないから」、「データをまだ持ってないから」という話になります。そうすると、すさまじく遠いところからスタートするという、心理的なビハインドが大きいように思いますね。
真のプラットフォームは「危機感」と「大義」から生まれる
八子: 四家さんから「プラットフォームをオープン化する」という話をうかがった時に、ぼくは訊いたんです。
「オープンってどういうことですか。他の企業もデータを使えるようにするということですか?」と。すると、「そうだ」と四家さんはおっしゃった。いちばん大切にしていたはずのものを外に出してしまうということですから、相当な覚悟を感じました。
オープン化を決めてから、ニュートラリティを担保するために数社で合弁会社をつくるという段階までは、ものの2か月くらいですね。よほどのぶれない意志がなければ、このようなスピード感ではできません。
四家: 「わからないからこそやる意味がある」ということが、私のモチベーションでもありますからね。
八子: 多くの企業が、コマツさんと同じことをしたいと考えます。そこで重要なのが、やはり「なぜそれをするのか」です。コマツさんの場合には、建設現場で人が激減していて、その現場の生産性を上げなければ、ビジネスそのものがなくなってしまう、という危機感があります。
その危機感がない、あるいは気づいていないのであれば、コマツさんと同じしくみを目指そうとしてもなかなか難しい。そうすると、まずは危機感を発見するところから始めるという話になり、そうするとうまくいかないんです。
ですから、危機感を感じていない企業からすると、コマツさんの事例を説明しても理解できません。
四家: 「スマートコンストラクション」を通じて、現場を見てきて気づいたことがあります。それは、意外にも現場で施工している比較的規模の小さな企業の皆さんに、必要な時に必要なお金が回っていないということです。
大きな工事を受注しても燃料や材料の支払いが先に出てしまう、そんな一定期間の資金需要があるんですが、必要な時に必要なところへお金が回っていないんです。
生産活動をすることで血が回らないことには、生産性を上げようにもできません。ですから、我々が血(お金)を回すしくみをつくらないといけないんですが、そうするとこれはもう完全に建設機械メーカーの事業からは離れていくわけです。
小泉: そうですよね。
四家: コマツが主体となることはないのでしょうが、そうしたお金を回すためのプラットフォームをつくっていこうと考えています。
八子: 大義ですよね。それを定義するでもなく、つくるものでもなく、どこまでの範囲が大義なのかということを、自らがとらえ、それに対して境目なく解決に向かっていくということ。これが四家さんや大橋社長のこだわりであり、コマツさんの企業文化なのだと思います。
小泉: このたびは貴重なお話、ありがとうございました。

