IoT NEWS

「まちづくりデベロッパー」が目指す「私鉄3.0」のビジネスモデル ―東急電鉄執行役員 東浦亮典氏インタビュー

人口減少やテクノロジーの進展によって、私たちの「まち(街・町)」はこれから大きく変わることが必至だ。しかし変わるといっても、「どこ」へ向かえばいいのだろう。道筋を鮮明にイメージできている人は、どれだけいるだろうか。

そのヒントを与えてくれる人物がいる。東急電鉄の執行役員である東浦亮典(とううら・りょうすけ)氏である。東浦氏は昨年、初の著書『私鉄3.0 – 沿線人気NO.1・東急電鉄の戦略的ブランディング-』を上梓した。

帯に書かれているのは、「電車に乗らなくても儲かる未来、それが私鉄3.0!」という言葉だ。現役の執行役員という立場で、東急電鉄の歴史をひも解きながら未来のビジネス構想まで語ったこの著書は、業界内外で大きな反響を呼んだ。

日本の多くのまちは鉄道の駅を中心に栄えてきた。これまで、私鉄企業として鉄道を敷設するだけでなく、その沿線のまちづくりにもコミットすることで発展してきた東急電鉄を、東浦氏は「まちづくりデベロッパー」と定義する。今年、鉄道部門を分社化することも決まっている東急電鉄は、未来のまちづくりを見据えた戦略をこれまで以上に推し進めようとしている。

本稿では、東急電鉄が目指すビジョンや、私鉄企業という視点から東浦氏が見据える日本の未来のまちのあるべき姿について、話をうかがった(聞き手:IoTNEWS代表 小泉耕二)。

東急のビジョンは2.0モデル、3.0はその先に

IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): 『私鉄3.0』を書かれた背景について教えてください。

東急電鉄 東浦亮典氏(以下、東浦): 実は、渋沢栄一氏が創設に関わった当社の前身となる「田園都市株式会社」の設立から数えて、昨年がちょうど100周年でした。その機会に当社の開発の歴史とビジネスモデルを再整理しておきたいと考えて筆を執りました。

昨年発表した当社の中期経営計画(2018年度~2020年度)は、2.0までのモデルを示したものだと考えています。その前の1.0モデルは、いわば20世紀の東急電鉄のモデルです。郊外に宅地を販売して、そこに居住してきたお客様に毎日電車で通勤してもらい、ターミナル駅に商業施設などを設けてお買い物を楽しんでもらう、というビジネスモデルです。

しかし、人口減少や働き方の多様化に伴い、そうした「通勤」をベースとしたビジネスモデルは立ち行かなくなります。そこで新たに策定したのが2.0モデルです(後述)。東急は今、2.0のモデルにようやく足がかかってきた状況だと、私は考えています。

そして、私が『私鉄3.0』で述べた3.0モデルは、中期経営計画のさらに先のビジョンであり、まだ東急電鉄では議論されていない、私の個人的な考え方です。ですから、個人として本に書いたのです。

“まちづくりデベロッパー”が目指す「私鉄3.0」のビジネスモデルとは ―東急電鉄執行役員 東浦亮典氏インタビュー
2018年12月8日にワニブックスより出版された、東浦氏の初の著書『私鉄3.0』

小泉: 東急電鉄がかかげる2.0モデルと、その先に続く3.0モデルとは、どういうものでしょうか。

東浦: 東急電鉄は従来から、観光路線を持たない鉄道会社です。他の私鉄各社は、基本的には都心から観光地まで人を運ぶ観光路線をもちます。東武線は日光、京浜急行は三浦海岸、小田急は箱根というように。

ですから、実は東急電鉄の本質は、鉄道事業そのものよりも、そもそも沿線のまちづくりにあったのです。私が東急電鉄を「まちづくりデベロッパー」と呼ぶのは、それが理由です。

小泉: 東急電鉄は今年、鉄道事業部門を分社化しますね(※)。このことは、「まちづくりデベロッパー」としての取り組みとどう関係してくるのでしょうか。

※東京急行電鉄は今年の9月2日に「東急株式会社」に社名を変更する。なお、分割した鉄道事業を承継する子会社は「東急電鉄分割準備株式会社」として4月25日に設立済であり、同じ9月2日に「東急電鉄株式会社」に社名を変更する予定だ。

東浦: 最新の予測によれば、東急沿線は幸い2035年まで人口減少に転じません。しかし、いずれ必ずきます。すると当然、鉄道事業は自らの努力だけでは需要は喚起できません。都市開発や都市型観光と一体となって需要喚起を進めていかなければなりません。

そこで、鉄道部門は分社化して安全投資に対して意思決定を迅速にし、お客様に近いところでビジネスを行い、東急は都市部門や生活部門を柱とするようなビジネスモデルに注力しようと考えたのです。

次ページ:MaaSとも連携、東浦氏が提案する「Tレジデンシーカード」

MaaSとも連携、東浦氏が提案する「Tレジデンシーカード」

東浦: お客様がA地点からB地点へ向かう、その距離が長ければ長いほど、鉄道会社は儲かります。ですから、なるべくお客様に長い距離を移動していただくように工夫するのが、鉄道会社の常識です。

たとえば、郊外に住んでいて、都心の会社へ毎日通勤する方がたくさんいらっしゃいます。そうした方々に通勤定期券を提供し、利用していただくことが、安定収益を得るための方法でした。こうした「通勤」を基盤としたビジネスが、私鉄企業のいわゆる「1.0モデル」になります。

一方で、私が書いた『私鉄3.0』の帯には、「鉄道に乗らなくても儲かる未来」と書いてあります。従来の方法を否定するような言葉に聞こえてしまうかもしれませんが、これには深い意味があります。

今後は働き方の多様化や人口減少にともない、電車で長く移動していただけるお客様の数は確実に減っていきます。これは間違いなくくる未来です。しかし、それをただ悲観していても仕方ありません。

そうではなく、短い距離を何度も反復継続して移動していただくことで、街をアクティブにする。そのことによって、東急自身も儲けていくという方法があります。これが2.0モデルの基本となる考え方です。より具体的には、郊外と都心の中間エリアを中心に職住近接のワーク&ライフスタイルを確立し、鉄道を「交流鉄道」とする考え方です。

そして、次に2.0モデルをさらに推し進め、お客様の購買履歴や行動パターンといったデータにもとづき、お客様本位で快適で便利なサービス提供できるしくみを実装していくフェーズが3.0になります。

東浦亮典(とううら・りょうすけ)。東急急行電鉄株式会社 執行役員 渋谷開発事業部長 フューチャー・デザイン・ラボ。1985年に東京急行電鉄入社。自由が丘駅員、大井町線車掌研修を経て、都市開発部門に配属。以降は主に開発事業に従事し、92年に東急総合研究所出向。95年 東急電鉄復職後、商業施設開発やコンセプト賃貸住宅ブランドの立ち上げなどを担当。2009年より統括部長。2019年4月より渋谷開発事業部長に就任。

東浦: 世界最先端のIT国家と呼ばれるエストニアには、「eレジデンシーカード」という個人認証IDカードが国民に提供されています。国民の95%が持っています。このカードは国が管理するデータベースにつながっていますから、たとえば国中のどこの薬局に行っても、自分の処方箋データにもとづいて薬を受け取ることができます。

東急電鉄には、「クレジットカード」や「東急ポイント」、「東急ロイヤルクラブ」といったさまざまなサービスがあります。しかし、これらはまだデータ連携が完全とは言えません。そこで私が提案するのが、「eレジデンシーカード」ならぬ「Tレジデンシーカード」(Tは東急のT)です。これは3.0モデルの基盤となるサービスです。

「Tレジデンシーカード」を持つことで、まちのさまざまな快適なサービスを受けられます。たとえば、MaaS(※)との連携が一つのアイディアです。このカードを持っていただく代わりに、東急の沿線に住んでいる方のラストワンマイルを無料にすることも可能になると思います。

※乗用車やタクシー、バス、電車などさまざまな移動手段を、デジタルの力を使ってそれらを包括的に一つのサービスとして提供する、新たな「モビリティ(移動)」の概念を「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」と呼ぶ。

東浦: 現在の多くのまちでは、運転免許を返納した方や、体力の落ちた方が買い物難民になってしまうという事態が発生しています。東急はこれまで鉄道とバスを運行してきましたが、今後はそうした移動弱者の方々に、多様なモビリティサービスを提供できるしくみを提供することも、まちづくりデベロッパーの使命だと考えているのです。

ただ、そうしたしくみをつくるには、住民のみなさまからデータをいただく必要があります。たとえば、「住民の皆さんがたまプラーザ駅を降りてから、どういう経路で自宅へ帰っているのか」といったデータをセキュアな状態でためこみ、そのデータをもとに私たちはさらに最適なMaaS網を構築します。

つまり、私たちはよいまちづくりをするためのデータを住民の皆様からお預かりする代わりに、快適なサービスを保証しますというしくみです。

小泉: そうしたしくみを実装するために、自治体に求めることは何かありますか。

東浦: 自治体がもつデータのオープン化です。東急沿線には現在、17の市区があります。そこで思うのは、行政区域と住民の生活区域が必ずしも一致していないということです。

次ページ:東急電鉄が目指す人間中心のまち「WISE CITY」

東急電鉄が目指す人間中心のまち「WISE CITY」

東浦: たとえば、川崎市は南北に長い市域を持っていて、南部の工業地帯や市の中心部と、北部の住宅地では同じ行政単位と思えないほど、交流がありません。一方で、鉄道は東西に走っており、東京へと続いています。東京寄りに住んでいる人たちの中には、川崎市の中心部にはめったに行かず、どちらかというと東京の方になじみのある方が多いのです。

こうした構造では、行政が何か住民に快適なサービスを提供しようとしても、住民にとってのハッピーと少しずれてしまいます。

小泉: なるほど。たとえば、田園都市線の二子玉川からあざみ野のあたりは、頻繁に行き来する人が多いと思いますが、それは行政区分とは関係ありませんね。二子玉川は世田谷区ですから。

東浦: そうです。ですから、自治体と東急のような公共サービスの事業者がデータ連携をして、生活者のニーズに合ったサービスを提供していくことが重要だと考えています。

小泉: たとえば、自治体のデータがオープン化されると、生活者にとってどんなハッピーなことがあるでしょうか。

東浦: 一つ例をあげるとすると、保育園ですね。たとえば、川崎市にお住まいで、会社は東京にあるというお母さんがいらっしゃるとします。市内の保育施設に子供を預けて東京の会社に行くより、会社の近くの保育園に預けた方が安心ですよね。

小泉: なるほど、おっしゃるとおりだと思います。

東浦: 大事なことは、人が中心のまちづくりだと思っています。東急電鉄では、その思いをこめた、「WISE CITY(賢者のまちづくり)」というコンセプトを提唱しています。

WISEのWには、Wellness(健康)、Walkable(歩いて暮らせる)、Workable(郊外でも働ける)といった意味が込められています。また、ISEはそれぞれ「Intelligence & ICT」、「Smart, Sustainable & Safety」、「Ecology, Energy & Economy」の3つの頭文字をとっています。

最近では「スマートシティ」や「スーパーシティ」という言葉があり、あちこちで自治体や企業が取り組みを進めていますが、「誰のためなの?」と思うことがあります。

小泉: どうしても、技術ありきの議論になりがちですよね。

東浦: 「スマートシティ」というと、どうしても近未来的な、鉄腕アトムが登場するような世界を思い浮かべる方が多いようです。想像力が豊かであることは素晴らしいことですが、私はあまりそうした世界は期待していません。むしろ、人間はそんなに大きくは変われないと思います。テクノロジーがどんなに進化しても、人間の生物学的な部分は大きく変わらないからです。

私は、緑があって水がきれいで、空気がおいしいようなまちに住みたいと思っています。以前にエストニアの首都のタリンに行ったときはとても衝撃を受けました。IT立国と言われるくらいですから、高層ビルが立ち並ぶような街を想像していたのです。ところが、実際はきわめて中世的なヨーロッパの街並みでした。そこには1週間滞在して、毎朝ジョギングして、東西南北を走り回りました。どこまで行っても牧歌的でした。

でも、その裏側には、高度なIT技術が張り巡らされている。そのギャップに痺れました。「これだ!」と思いましたね。

次ページ:“林業型”ビジネスの視点が持続可能な社会のカギ

「林業型」ビジネスの視点が持続可能な社会のカギ

小泉: エストニアは、旅行者にはそのすごさがわかりにくいと思います。たとえば、電子マネーは確かにひろく使われているのですが、現金もけっこう扱っています。そうではなく、国民にとって気の利いたサービスがデジタル技術によって実現しているところが、エストニアの素晴らしいところです。

東浦: そうですね。人口が130万人と少なく、国のリソースが圧倒的に足りないので、デジタルを使う。そして、人間が人間らしく活躍できるところに、人を配置する。これがエストニアのよさです。

小泉: 日本では、人が少なくなっていく未来を前提にしたときに、人を外から呼び込もうと考える論調が多い気がします。人口が減っても社会がうまく回るようにするのが持続可能な社会です。

東浦: おっしゃる通りだと思います。私は、デベロッパーには2種類あると考えています。「狩猟型」と「農耕型」です。おそらくデベロッパーの9割が「狩猟型」に該当します。有望な土地を見つけ、ビルを建設し、竣工が終わったら、次の有望な土地を見つけに行く。そうしたビジネスのサイクルです。

一方、私たちのような私鉄企業は、沿線地域を抱えているので「農耕型」にならざるをえません。鉄道の沿線に住む人々に生活サービスを提供しているわけですから、開発した土地に密着することが必要です。そこで土地を耕し、水をやり、雑草をぬく。そうして、その場所を「肥沃」に保っていくのが「農耕型」デベロッパーの宿命です。

しかし最近思うのは、私たちは「林業型」のデベロッパーを目指すべきではないかということです。なぜなら、「農耕型」は春に種をまくと秋に収穫できます。それは少し早すぎるイメージがあります。私たちは木を植えて数年後に刈り取るように、もっともっと長い時間をかけて成果を求めていくべきではないか、そうした視点がこれからの社会では必要なのではないか、と思っているのです。

東浦亮典(とううら・りょうすけ)。東急急行電鉄株式会社 執行役員 渋谷開発事業部長 フューチャー・デザイン・ラボ。1985年に東京急行電鉄入社。自由が丘駅員、大井町線車掌研修を経て、都市開発部門に配属。以降は主に開発事業に従事し、92年に東急総合研究所出向。95年 東急電鉄復職後、商業施設開発やコンセプト賃貸住宅ブランドの立ち上げなどを担当。2009年より統括部長。2019年4月より渋谷開発事業部長に就任。

東浦: 私は常々思うのですが、私たちが今まさに会社で得ている利益というのは、過去の先輩方が築いてきた仕事の果実に過ぎません。今度は私たちが、次の世代に向けて新たな芽を植えないといけないのです。

そこで重要なのは、社会が大きく変わっているということをしっかり認識することです。経済が好調で、人口も増え続ける世の中なら、過去のビジネスモデルのまま進んでも利益は得られます。

しかし、今後は人口が減少し、まちは縮退していくわけです。現在の東急電鉄のビジネスモデルを考えた先輩たちは、まちが縮退するなどとよもや想像していなかったはずです。ですから、これからの社会の未来を見据えた、新しいビジネスモデルの芽をつくっていくことが重要なのです。

小泉: 貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

【関連リンク】
『私鉄3.0 – 沿線人気NO.1・東急電鉄の戦略的ブランディング』(ワニブックスPLUS新書)

モバイルバージョンを終了