MaaSとも連携、東浦氏が提案する「Tレジデンシーカード」
東浦: お客様がA地点からB地点へ向かう、その距離が長ければ長いほど、鉄道会社は儲かります。ですから、なるべくお客様に長い距離を移動していただくように工夫するのが、鉄道会社の常識です。
たとえば、郊外に住んでいて、都心の会社へ毎日通勤する方がたくさんいらっしゃいます。そうした方々に通勤定期券を提供し、利用していただくことが、安定収益を得るための方法でした。こうした「通勤」を基盤としたビジネスが、私鉄企業のいわゆる「1.0モデル」になります。
一方で、私が書いた『私鉄3.0』の帯には、「鉄道に乗らなくても儲かる未来」と書いてあります。従来の方法を否定するような言葉に聞こえてしまうかもしれませんが、これには深い意味があります。
今後は働き方の多様化や人口減少にともない、電車で長く移動していただけるお客様の数は確実に減っていきます。これは間違いなくくる未来です。しかし、それをただ悲観していても仕方ありません。
そうではなく、短い距離を何度も反復継続して移動していただくことで、街をアクティブにする。そのことによって、東急自身も儲けていくという方法があります。これが2.0モデルの基本となる考え方です。より具体的には、郊外と都心の中間エリアを中心に職住近接のワーク&ライフスタイルを確立し、鉄道を「交流鉄道」とする考え方です。
そして、次に2.0モデルをさらに推し進め、お客様の購買履歴や行動パターンといったデータにもとづき、お客様本位で快適で便利なサービス提供できるしくみを実装していくフェーズが3.0になります。

東浦: 世界最先端のIT国家と呼ばれるエストニアには、「eレジデンシーカード」という個人認証IDカードが国民に提供されています。国民の95%が持っています。このカードは国が管理するデータベースにつながっていますから、たとえば国中のどこの薬局に行っても、自分の処方箋データにもとづいて薬を受け取ることができます。
東急電鉄には、「クレジットカード」や「東急ポイント」、「東急ロイヤルクラブ」といったさまざまなサービスがあります。しかし、これらはまだデータ連携が完全とは言えません。そこで私が提案するのが、「eレジデンシーカード」ならぬ「Tレジデンシーカード」(Tは東急のT)です。これは3.0モデルの基盤となるサービスです。
「Tレジデンシーカード」を持つことで、まちのさまざまな快適なサービスを受けられます。たとえば、MaaS(※)との連携が一つのアイディアです。このカードを持っていただく代わりに、東急の沿線に住んでいる方のラストワンマイルを無料にすることも可能になると思います。
※乗用車やタクシー、バス、電車などさまざまな移動手段を、デジタルの力を使ってそれらを包括的に一つのサービスとして提供する、新たな「モビリティ(移動)」の概念を「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」と呼ぶ。
東浦: 現在の多くのまちでは、運転免許を返納した方や、体力の落ちた方が買い物難民になってしまうという事態が発生しています。東急はこれまで鉄道とバスを運行してきましたが、今後はそうした移動弱者の方々に、多様なモビリティサービスを提供できるしくみを提供することも、まちづくりデベロッパーの使命だと考えているのです。
ただ、そうしたしくみをつくるには、住民のみなさまからデータをいただく必要があります。たとえば、「住民の皆さんがたまプラーザ駅を降りてから、どういう経路で自宅へ帰っているのか」といったデータをセキュアな状態でためこみ、そのデータをもとに私たちはさらに最適なMaaS網を構築します。
つまり、私たちはよいまちづくりをするためのデータを住民の皆様からお預かりする代わりに、快適なサービスを保証しますというしくみです。
小泉: そうしたしくみを実装するために、自治体に求めることは何かありますか。
東浦: 自治体がもつデータのオープン化です。東急沿線には現在、17の市区があります。そこで思うのは、行政区域と住民の生活区域が必ずしも一致していないということです。
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技術・科学系ライター。修士(応用化学)。石油メーカー勤務を経て、2017年よりライターとして活動。科学雑誌などにも寄稿している。