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「2025年の崖」に向け、日本企業にはいま何が必要か ―鍋野敬一郎×八子知礼×小泉耕二【第17回】

「2025年の崖」にむけ、経営者が今知っておくべきこと ―鍋野敬一郎×八子知礼×小泉耕二【第17回】

IoTNEWS代表の小泉耕二と株式会社ウフルCIO/株式会社アールジーン社外取締役の八子知礼が、IoT・AIに関わるさまざまなテーマについて月1回、公開ディスカッションを行う連載企画。17回目となる本稿では、IoTNEWS顧問/株式会社フロンティアワン代表取締役/IVIエヴァンジェリストの鍋野敬一郎氏をゲストにむかえ、お届けする。

本年3月に公開した「2025年の崖」に関する下記の解説記事は大変な反響があった。

2025年までに起こりうる既存ITシステムの崖 ーDXレポート

「2025年の崖」とは、経済産業省が昨年の9月に公表した「DXレポート」における重大テーマだ。それによると、既存の情報システム(レガシーシステム)が残存した場合に、2025年以降、最大12兆円/年(現在の約3倍)にのぼる経済損失が生まれる可能性がある。つまり企業は、2025年までに既存システムを刷新し、DX(デジタルトランスフォーメーション)に着手する転換期をむかえている、ということだ。

本年5回目となる八子と小泉の放談企画では、「2025年の崖」にむけて企業がおさえておくべきポイントを整理すべく、企業経営の根幹となる情報システム「ERP(エンタープライズ・リソース・プランニング)」をテーマに設定。そして、ERPベンダー最大手のSAPジャパン出身で、これまでコンサルタントとして数々のERPの導入支援・提案活動に従事してきたIoTNEWS顧問/株式会社フロンティアワン代表取締役/IVIエヴァンジェリストの鍋野敬一郎氏をゲストにむかえ、3名で議論した。

ERPでは何ができるのか?

小泉: 本日はゲストとして鍋野敬一郎さんにおこしいただいています。鍋野さんは約30年にわたって、ERPシステムの導入支援や提案活動に携わってこられました。そんな鍋野さんから見て、ERPはこの30年間でどのように変化してきたのでしょうか?

鍋野: まず、きちんと使えるシステムになってきたなと思います。企業にとって、ITシステムの導入には莫大な投資がかかります。そうした投資に見合う、優れたシステムがそろってきたのです。

そして、コストパフォーマンスもだいぶ変わりました。現在では、10万件の顧客データベースをつくるのに、クラウドを使えばかなりお手軽に導入できます。ところが、昔はたとえば70万件の顧客データベースを管理しようとすると、2億円かかりました。

小泉: そんなにかかっていたのですか。

鍋野敬一郎:株式会社フロンティアワン 代表取締役。1989年、米国大手総合化学会社デュポンの日本法人へ入社。農業用化学製品をあつかう部門にて営業・マーケティング・広報を担当。1998年にSAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて戦略担当マネージャーとして「SAP Business All-in-One(ERP導入テンプレート)」の立ち上げを行った。2003年にSAPジャパンを退社、コンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事。2005年には株式会社フロンティアワンを設立し、ITベンダーむけの事業企画や提案活動の支援、ユーザー企業のシステム導入支援などを手がける。2015年からは国内最大の製造業フォーラムであるインダストリアル・バリューチェーン・イニシアティブ(IVI)のエヴァンジェリスト、2019年からはIoTNEWSの顧問にも就任。

鍋野: ええ、それくらいコストパフォーマンスが上がってきているのです。

ITシステムを導入するユーザー企業からすると、ERPやMES(製造実行システム)といったITシステムの製品カテゴリーはあまり意識していません。必要な時に使えるシステムがあればいいのです。ERPはあくまでその中の一つという位置づけですから、企業経営に欠かせないとはいえ、あまりその中身は知られていないかもしれません。

小泉: ERPでは何ができるのでしょうか?

鍋野: 企業のヒト・モノ・カネにわたる様々な情報をリアルタイムに把握することができます。ERPがなければ、いちいち人が動いて現場に情報を聞いてまわる、ということをしなければなりません。

また、ERPは他の部門をまたがって情報を管理できるところが重要です。概して部門の壁は大きいものです。隣の部門でも、業務の進め方が全然違ったりしますからね。

次ページ:ERPに対する、日本と欧米の考え方の違い

ERPに対する、日本と欧米の考え方の違い

小泉: そして、今はIoTの時代です。ERPのシステムにIoTによって取得したリアルタイムのデータを組み合わせていくことが重要になってくると思います。そうした取り組みは世界でどれくらい進んでいるものなのでしょうか。

鍋野: まず、欧米の企業と日本の企業ではERPに対する考え方が異なります。国民性の違いによるものだと思いますが、日本の場合は、とにかく失敗せず確実に進みたいと考えます。そのため、まずは社内のいちばん身近なところの課題解決にシステムを使おうとします。いわゆる、カイゼンやボトムアップといわれる日本ならではのアプローチです。

ところが、欧米は逆です。せっかくシステムを活用するなら、チャレンジをしよう、お金に変えようと考えます。

(左)株式会社アールジーン代表取締役/IoTNEWS代表 小泉耕二、(右)IoTNEWS顧問/株式会社フロンティアワン代表取締役/IVIエヴァンジェリスト 鍋野敬一郎

小泉: それは、具体的にどういうことでしょうか。

鍋野: 日本と欧米では、仕事のパフォーマンスに対する評価の仕方が違うことが背景にあります。日本の場合、与えられた仕事をしっかりこなしたかどうかが成果になります。それに対して、欧米は新しいことをしかけた人が評価されます。最終的に行きつくところは同じなのかもしれませんが、スタート地点が異なるのです。

小泉: なるほど、情報システムの活用によって、最終的には同じところにむかうものの、そこにむかう道筋が違うと。

八子さんもこれまで外資系企業につとめ、様々な企業のコンサルティングを手がけてこられましたが、デジタルの活用という面において、違いを感じますか?

八子: 日本と欧米の違いにおいて、ERPはとくに典型的だと思いますよ。ERPは「エンタープライズ・リソース・プランニング」という名前にあるように、「計画に資するために色々な情報を集める」ということが目的です。それなのに、結局は実績管理にしか使っていない、というのが日本です。

鍋野さんのお話にあったように、欧米は実績の管理をしたうえで、そこから新規事業の検討や次年度のプランニング(計画)に活用しようとします。発想が違うのです。日本は過去のことを見るためにERPを使っているわけです。

小泉: 実績のデータを見て、過去をふりかえるというのは、イメージしやすいです。一方、未来にむかってERPを活用するというのは、具体的にどういうことなのでしょうか。

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計画を立てるためにERPを使う欧米企業

八子: たとえば企業は、1年後、3年後、あるいは5年後に、どのエリアに対してどの製品をどれくらい販売して、そのためにロジスティクスはどうするか、どの営業所にどれくらいの人員やシステムを投資するべきか、という具体的な計画を立てますよね。その際に、欧米はERPを使うのです。

日本の場合はそうではなく、計画を立てる際にまた別途データを集めるので、その結果、膨大な工数がかかります。欧米ではERPである程度把握できていることを、スムースに横展開するしくみができているので、計画を立てやすいのです。

株式会社アールジーン社外取締役/株式会社ウフルCIO(チーフ・イノベーション・オフィサー) IoTイノベーションセンター所長兼エグゼクティブコンサルタント 八子知礼

小泉: 整理しておきたいのですが、「システム」というと、ボタンを「ピッ」とおすと何かのアウトプットが出てくるイメージがあります。そのように、ERPには何かしらの未来予測が出てくる機能があるということでいいのですか?

鍋野: あります。ただ、多くの場合、そのままでは精度が十分ではないので、人が考えた知見も加えていかなければなりません。達成できない計画を立てても意味がないですからね。

小泉: では、日本も欧米も実績データはあり、同じようなERPのシステムは持っているのだけれども、根本の考え方が違うために、使い方が異なるということですね。

鍋野: そうです。より具体的には、日本の場合は、昨年の実績を100%とすると、今はこれだけのリソースがあるので、今年は110%を目指そうという計画の立て方をします。

欧米は違います。「現状のリソースでは110%が妥当だね」ではなく、自分たちは1年後、3年後にどの地点にいなければならないのかをみすえた上で、計画を立てます。そこに到達するために、リソースが足りないのなら、どこからもってくるか、あるいは今のリソースのままでも到達できる方法がないかを考えます。

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「データを見るだけ」で終わってしまう日本企業

小泉: なるほど。IoTでも同じような議論がありますよね。IoTによって、現実世界のデータがどんどん取れてきます。そうすると、あとはそれをどう活用するかが問題ですが、日本の場合は取れてきたデータを見るのはいいが、それをどう活用するかの議論は進んでいないという現状があるように思います。それはどうしてでしょうか。

鍋野: IoTの関連で最も多い相談が、「次に何をやればいいですか?」という質問です。PoCはうまくいっている、見える化はもしかしたら欧米より進んでいる、でも、その次に何をやればいいのかを考えていないのです。

そもそも、自分たちの課題や危機感をもとに取り組みを始めたのではなくて、ドイツなどの先行事例に対して、「追いつかなくては」という思いからやっていたことが背景にあると思います。追いついてしまった今、はたと自分はどこへ進めばいいのかわからなくなるのです。

小泉: そういう質問がきた場合、鍋野さんはどのようにお答えになるのですか。

鍋野: 「何をやりたいかは、自分で考えてください」と言っています(笑)。あたりまえのことですが、目標は自分たちで決めないといけません。デジタル化はあくまで手段ですから。

小泉: 八子さんもそういう相談はきますか?

八子: めちゃくちゃ多いです(笑)。そもそも論で言うと、「それは考えていないあなたが悪いですよ」という話になります。ただ、別の答え方もあります。

「技術」というものは、10年後どうなるかわからないと言いながらも、大体は見えているものです。たとえば近い将来、通信の速度がどれくらい速くなるのか、コンピューティングの能力がどれくらい高くなるのかということは、ある程度予測できています。5Gにおいては、空間のリアルタイム転送が可能になるということは明白です。

そうすると、経営で何ができるかということは、おのずとわかります。ERPとIoTが組み合わされば、たとえばインドネシアの〇〇支店で行われているオペレーションにおいて、これまでは1か月に1度しか実績を把握できなかったところが、データ収集のリアルタイム性が上がることで、1日単位で実績を把握できるようになります。

その結果、企業は何ができるでしょうか。色々とあるはずです。技術が上がると、できることはおのずと決まります。そもそも、そうした技術に対する感度とイメージを持っていないことが問題です。

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経営層がゴールを設定すべき

鍋野: 未来の計画や方針について、IoTのプロジェクトを現場で担当している人たちに考えろと言うのはかわいそうな話です。会社がどこに進むべきなのか、あらゆる業務のどこを最適化するべきなのか、全体を俯瞰している人じゃないと判断できません。そこは本来、経営責任のあるマネジメントの人たちが考えるべきです。そのことに、日本も最近ようやく気がつき始めたという感じがします。

小泉: そうすると問題は、経営者がいかにゴールを設定するかという話になると思いますが、私も色々な人にお話を聞いてきて感じることは、日本人はゴールを置くのは苦手なんだなということです。

八子: そうです、結局そうなんです。「わからない」ことを理由に、「俺が決めたんじゃない」と言いたいのです。ですから、さきほども言ったように、わからないのだったら、「技術的なロードマップはこうなるのだから、こうしませんか」という話を私は企業の方にしてきています。

「そんなことまでやらないといけないのか」と言う人もいます。やらないならそれでかまいません。ただ、私はこの話を他の人にも言っているわけですから、あなたがやらないのなら、他の人がやります。結局、やる人はやりますが、やらない人はやらない。

鍋野: そうですね。大事なことは、マネジメントの「やる/やらない」の判断です。便利なツールはそろってきているわけですから、そのツールを今までの感覚で使うのではなく、「ここに到達したいから使う」、「到達するためにもっといい道具が探せばあるのではないか」という観点を持ってほしいですね。

小泉: なるほど、「デジタル」というと難しい話のように思われがちですが、もはや身近なものですからね。スマートフォンがわかりやすい例です。

ERPにおいては、データが高速で上がってきてたくさん処理できるようになったら、自分だったら何できるかというイマジネーションを経営者の方には持ってほしいですね。本日はありがとうございました。

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