昨年の深セン視察(https://iotnews.jp/archives/103419/ 参照)では、テンセント本社訪問や無人コンビニなどの体験から、数年で急速に一般化したスマート決済普及の背景などを中心にレポートした。そして、今年の香港の展示会でアリババが杭州で展開する「City Brain」の取り組みを目の当たりにしたことをきっかけに、アリババの街、杭州に興味を持った。
そこで、今年は杭州に訪問し、先進的な店舗やホテルの視察及びアリババ本社にて関係者のインタビューを実施し、世界でも最先端の生活環境が構築されている中国の実態と背景を探った。
アリペイ、WeChatPayという2強によって生活に定着したスマート決済だが、昨年の取材で浮き彫りになったスマート決済普及の3つのポイントをまずは頭に入れておきたい。
- 現金に対する不潔感・不信感が顕在化している中で、現金に変わる決済手段であるQR決済採用による店舗の対応コストが無かったこと。
- 中国ならではの人的リソースを活用することで、スマートフォンでの注文から短時間でデリバリーが実現できること。
- 中国では電話番号が個人IDとして機能している。その電話番号を持つスマホで、店舗でもECでもデリバリーでも利用できるだけでなく、信用スコアとも繋がったこと。
現金やクレジットカード以外にSuicaやEdy、店舗独自の決済手段などが選べる日本と異なり、中国では多様なキャッシュレス手段がまだ広まっていなかった。
日本では、(1)の利便性で普及したことばかりが報じられているが、実際は(2)や(3)がスマート決済の定着には重要な要素だったといえる。
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スマートフォンからの短時間デリバリーが実現できる効果
生活者視点で見ると(2)の重要度がわかる。
店舗での支払いが簡単、便利になるというだけでなく、「スマホで注文すれば届く」という事実が、生活者にとって大きな利便性の向上につながったことは間違いない。実際、2018年末のモバイルEC比率は約88%となっていて、PCからのアクセスを大きく上回っている。
「わざわざお昼にランチを買いに行っていた生活」から、「スマホで注文するだけですぐに届く生活に変わった」。ランチタイムのエレベーター渋滞は、「オフィスからランチを買いに行く渋滞」ではなく、「デリバリースタッフがオフィスにランチを届ける渋滞」に変化した。つまり、現金決済から電子決済社会になることで、こういった、「Before→Afterでの生活の変化」が起きたといえるのだ。
この変化を支えるために必要なのは、配達員のリソースだが、中国には潤沢な人的リソースがある。さらに、日常的に頻繁に利用するWeChatとの相性、つまり、WeChat上のミニプログラムと呼ばれる店舗サービスにおいて、クーポンの提供やキャンペーンの告知など、店舗とのコミュニケーションが利用頻度の向上に貢献した。
電話番号と信用スコア
(3)の電話番号を活用した個人識別と信用スコアは、アリババのビジネス上では融資に直結しているという。アリババの関係者によると、金融サービス利益の約7割が貸金ビジネスによるものだという。「芝麻信用」と呼ばれる信用スコアを活用すると、1秒で融資可否が審査できる上、貸し倒れリスクが1/10,000となるのだという。
この「信用スコア」は融資だけでなく、様々なサービスでも利用されているのだという。
スコアが一定以上に達していないと予約できないホテルやレストランがあったり、シェアリングサービスなどでのデポジットが免除されるなど、特典は多様だ。
後発だったアリババ系のバイクシェアサービスのハローバイクは信用スコアを利用したデポジットの無料化と先行サービスの利用分析による配車最適化で、この1年で一気に勢力図を塗り替えたとさえ言われている。
また、決済やサービスの利用にスマートフォンが欠かせないことから、スマートフォン用のモバイルバッテリー貸出機が街中の至るところに設置されている。そして、このモバイルバッテリーも一定以上のスコアを得ていると無料で利用できるようになっている。
信用スコアはECや決済の利用状況、借入金の支払い滞納が無いことなど、金融サービスの履歴で変動する。これでは「登録してすぐに使えないのではないか」と疑問を持つ方も多いだろう。
そこで、登録した当初から、一定水準を満たすために、自らの情報をアップロードすることで信用スコアを上げることができるのだという。
信用スコア上昇に貢献する情報としては、「クレジットカードの利用履歴」「信用度の高い勤務先」「スコアの高い友人」などがあるのだという。信用できる人の友人というのはリアルの世界でもそうだが、デジタルの世界でも非常に有効な指標となるようだ。
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アリババ創始者のジャック・マーが立ち向かう、生活の向上
そもそもアリババの創始者であるジャック・マーは、農村の「利便性ディバイド」を大きな課題と考えていたという。明らかな不便を便利にすることを掲げて、EC事業を展開したのだ。
現在、盤石となったEC事業を軸に、「ニューリテール戦略」を掲げ、リアル店舗へ進出すると同時に、物流課題の解決にも取り組んでいる。こういった取り組みによって、生活の様々な不便が便利となる「Before→Afterの変化」が起こっているのだ。
関係者によると、実は多くのトライと失敗、その検証を行う中で、中国の便利な生活は構築されているのだという。
PoCで留めず、どんどんトライアンドエラーを繰り返すのが「中国流」と言っても良いのかもしれない。この、どんどん新しい課題解決にトライする姿勢には感銘すら覚える。
失敗例としては、この2年で急増した無人店舗の事業があるという。
一方、Amazon goのような決済無し店舗は、MWC19 Shanghaiでも展示されていて、今後実店舗でも展開される模様だ。
話題のアリババホテル FlyZoo Hotelに宿泊してみた
今回宿泊したFlyZoo Hotelは様々なトライが詰め込まれていた。
まず、フロントは無く、KIOSK端末でセルフチェックインをするようになっていて、そこで顔認証の登録も行う。
次に、部屋の扉にはカメラが付いており、扉の前に立つと顔認証でアンロックされるのだ。
そして、部屋に入ると自動でカーテンが開き、調光されるようになっていた。部屋の中にはスマートスピーカーがあり、空調や明るさの調整、必要なモノの注文、テレビの操作などができる。ホテルの情報も聞くことができ、Wi-Fiパスワードもスマートスピーカーに教えてもらう仕組みになっていた。ただし、中国語専用なので私たち日本人には少し不親切だったが。
密かな気遣いとして、部屋を出たことを確認するとエレベーターがそのフロアまで先回りして動き出す仕組みもあった。これは実際に宿泊して、確かにエレベーターがなかなか来ないと感じることは皆無だった。
さらにホテルの1Fには、ロボットアームがバーテンダーとなりカクテルを提供してくれるバーがあるなど、活用可能なテクノロジーを数多く取り入れたホテルになっていた。
次ページは、「飲食店のスマート化への取り組み」
飲食店のスマート化への取り組み
飲食店もスマートな仕組みを導入していた。
スマートフォンで注文したものが出来上がると、スマートフォンに通知が来るとともに、ボタンが表示される。このボタンを押すと、商品の入ったロッカーがアンロックされ、扉が開き、注文した商品を取り出す、という流れになっていた。
マクドナルドやケンタッキーフライドチキンなどのファストフード店では、基本的にサイネージ型のメニュー選択・決済一体端末を利用していたり、スマートフォンでメニュー選択と注文をすませ、カウンターに行って商品を受け取る流れになっていた。まずは注文のためにカウンターに並ぶ日本に比べ、明らかにプロセスが短縮されている。
プロセスの短縮は人員の削減にも繋がる。
コールセンターのAI化
さらに、コールセンターのAI化も定着しているとのことだった。
淘宝(タオバオ:アリババのECサイト)で注文した商品が家に配送される前には、AIから電話がかかってきて、お届け時間に在宅しているのか、不在の場合の対応をどうするのか、といったこと自然な会話で聞いてくるという。アリババの担当者によると15分くらい話さないとAIだと気付かないくらい、人間に近い会話をするとのことだ。
利用者は、いつでも電話に出られるわけではないので、不在で持ち帰ることもある。その際も自宅に届けたスタッフが不在だったという報告を担当者のスマートフォンから行うだけで、AIが自動で電話をかけ、持ち帰った荷物をどうするか、利用者に聞いてくる。その際に、コンビニ受け取りや、管理人に渡しておく、といったオプションも選べるということだ。
中国では宅配ロッカーもあるが、現時点では日本ほど定着しておらず、マンションの管理人が荷物を預かっておく方が一般的なのだという。
次ページは、「宅配の効率化とスマートスーパー盒馬鮮生(フーマー)」
宅配の効率化
宅配の人員削減と言えば、2019年6月に中国の宅配ロボット「Neolix」が、年間10万台を量産する、と発表したニュースが注目されているが、杭州のDreamTownでは既にドローン宅配が体験できるようになっていた。
ケンタッキー・フライドチキンの商品をスマートフォンで注文すると、指定された2カ所のドローンステーションで受け取ることができるという仕組みだ。
ドローンを活用した宅配が普及するにはまだ時間がかかりそうだが、社会実装することで技術的な課題が次々と解決され始めていることも明らかだ。
スマートスーパー盒馬鮮生(フーマー)
スマートスーパーとしてすっかりメジャーになったアリババ直営の盒馬鮮生(フーマー)だが、店舗でも買い物を楽しむことができるのにもかかわらず、売上の8割がネット経由なのだという。
ネット経由の利用が多い理由としては、利便性が高いということがあるはずだが、裏を返すと物流網が最適化されていることが重要だ。実際、アリババでは、エリアマーケティングを緻密に行った結果、MDを最適化した倉庫の位置付けとしているのだという。
購買データと個人データ、その双方を分析した出店計画と在庫管理ができているため、商品の破棄はもちろん、機会損失も非常に少ないのだという。
また平日日中の店内にはネットで受けた注文に対応するスタッフの方が、来店客よりも多く、店の外にはデリバリースタッフが常に数人待機している状態になっていた。
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ET City Brainとスマートシティへの取り組み
杭州ではスマートシティの取り組みも進んでいる。
そのコアとなるのが、アリババクラウド「ET City Brain」だ。
信号機のデータとカメラなどで収集した道路状況を基に、ナビ機能が強みの中国版Google mapである「AutoNavi」と連動し、モビリティの最適化が進んでいる。
実際に、緊急車両の運用における効果が出ていて、ルート検索と同時に信号制御も行い、一般車両への影響を最小限にしながら、最短で目的地に緊急車両が到着できるように案内するのだという。
5G時代に普及すると見られている緊急車両内での遠隔医療もそうだが、救急救命まわりで有効な取り組みは、世界でもどんどん取り入れられて、フォーマット化が進む可能性があるだろう。
さらに、信号データと渋滞情報を基にしたナビゲーションは、出発地点と目的地が同じでも最短ルートが異なる場合があるという。
この交通制御は、物流のドライバーにも大きな影響を与えている。デリバリー系のサービスでは、配達までの時間のコミットや、配達件数によって得られる収入が変わることもあり、ドライバーは1分1秒でも早く配達をしたいと思っている。
生活者の行動に合理性をもたらす、アリババの街
中国に出張すると、出張者には不便に感じることも多い。
昨年はWeChatPayもアリペイも使うことができず、とても不便な思いをした。そこで、今回は、事前にアリペイをアクティベーションし、現地の方に現金を渡してアリペイにチャージしたことで、様々な店舗でスマートに買い物をすることができた。
しかし、信用スコアは中国内での身分証明書がないため利用することができない。信用スコアを前提としているシェアバイクもモバイルバッテリーもデポジットや利用できない。
これは、ビジネス的見地に立てば、とても合理的な判断であるといえる。
年に数回、来るか来ないかわからない海外の旅行者に向けてサービスを開放し、新しい基準を設けることは、コスト効率も悪く、信用スコアの指標にも影響を及ぼす。中国内の巨大な市場に閉じたサービスだからこそ機能しているのだ。
アリババのサービスは中国に住む人民の便利な生活を支えている。
前述するような、ビジネス面での合理主義がある一方で、「生活者の行動合理性」も重視していることがわかった。
そのアプローチは、「Before→Afterを提示」し、Beforeに戻れない利便性を提供する。生活者の無駄な行動を次々と無くしていくのだ。
その結果、物理的なリソースも、時間的なリソースも、最適化されていくのだ。
実際、サービスの中には「雑な品質のもの」もあるが、その一方で、「まずは提供することが重要」で、「それが無ければ新しい便利な環境は構築されない」のだ。
この考え方が続く限り、中国では生活者の行動合理性が確認できる、新サービスがこれからも数多く生まれてくるだろう。

