IoTNEWS代表の小泉耕二と株式会社ウフルCIO/株式会社アールジーン社外取締役の八子知礼が、IoT・AIに関わるさまざまなテーマについて月1回、公開ディスカッションを行う連載企画。本稿では、第12回をお届けする。
この放談企画も、今回で12回目となる。昨年の11月、AWSの年次イベント「re:Invent」の内容について、現地のラスベガスで議論したのが始まりだ。
それ以降、ロジスティクス、小売流通、スマートシティ、コンシューマIoT、働き方改革、人工知能(AI)、プラットフォーム連携、データ流通など、IoTに関わるテーマを全方位から取り扱ってきた。
- AWS re:Invent2017から、八子氏と共に世界の潮流と今後のIoT/AIを考える
- 物流網は末端に自律分散される流れへ
- 小売業界もプラットフォーム時代へ、「Amazon GO」の先に見えてくること
- 日本のスマートシティはなぜ、進まないのか?
- コンシューマのIoTとAIは、明るい未来をもたらすのか
- 「プラットフォーム時代」、私たちの町はどう変わってゆくのか?
- テクノロジーは職場環境の全体最適をもたらすか?
- 「感覚器」の代用から「脳」へ、私たちがAIに期待すべきこと
- 「プラットフォーム」はなぜ必要なのか、その分類と理想像
- 「データで儲ける」ってどういうこと?
- IoTによって業界の境目がなくなる時代
いずれのテーマにおいても、各業界の実ビジネスの現状を俯瞰したうえで、社会や産業の全体最適化に向けて今、何が課題なのか、近い将来にどのようなことが起こりうるかを淡々と詳細に議論してきた。特にこの1年は、「2018年はプラットフォーム元年になる」という八子の予言を前提に、その動向をタイムリーに追ってきた。1年が経ち、その結果はどうだったのだろうか。八子と小泉が駆け足でふりかえった。
「期待通りの1年」、その理由は?
小泉: この放談企画もめでたく1周年です。そこで今回は、2018年のIoTを振り返ってみたいと思います。八子さんは年初に、2018年は「プラットフォーム元年」だとおっしゃっていましたが、実際にどうでしたか。
八子: 「期待通り」というと言いすぎかもしれませんが、総論としては期待通りだったと思います。製造業向けの「Field system」や土木建築向けの「LANDLOG」など、それぞれの業界のプラットフォームが立ち上がってきました。
小泉: そうでしたね。ただ、「プラットフォーム」にも色々あります。八子さんが以前からおっしゃっているのは、業界を包括し、さらには業界を横断していくようなプラットフォームだと思いますが、すべてがそうではありませんね。
八子: ええ、現場の可視化やデータの収集・蓄積が中心になっている印象はあります。ただ、現場にとっては生産性や歩留まりの改善、稼働率の向上といったことが最も重要な課題なので、そこが中心になるのは当然の話かと思います。
小泉: 今年の「JIMTOF」(日本国際工作機械見本市)では、70社の生産設備をつなぎ、稼働状況などを可視化するというデモが行われました。さらには、ファナックの「Field system」や「Edgecross」、森精機の「ADAMOS」などプラットフォームの相互連携まで実現していました。私はかなり感動しました。
八子: 感慨深いですね。プラットフォーム連携については、お客さん(工場をもち、ものづくりを行う企業)からのニーズが強くなっているというのが背景にあると思います。メーカーが自社の設備機器だけをつなげるのではなく、工場のラインにあるすべてのメーカーの設備をつなげてほしいと。
小泉: 産業機械が「つながる」ことはもうあたりまえになりつつあるのですね。
八子: そうですね。実は、船舶の業界では「つながる」ことはあたりまえでした。つながらない設備やアセットは調達から外されます。データを活用できることが前提のビジネスモデルを目指している企業からすれば、つながらないものに対してコストをかけようとはしないからです。製造業においても同じような流れをたどっていると言えます。
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ロジスティクスはこれから、課題は「統合」
小泉: 製造業はつながり始めたということですが、他の分野はどうでしょう。ビルのマネジメントシステムについて言えば、シュナイダー・エレクトリックが、世界中にあるビルのデータをクラウドに集めて、稼働状態や電力消費量を分析するプラットフォームを提供しています。しかもそれは、主にビルオーナーが経営インパクトを見るためのしくみのようです。日本では、そうした取り組みはあまり見られませんね。
八子: そもそも日本の場合は、ビルが統合管理されているという事例が多くはありません。ビルにある複数のアセットに対して、その稼働状況をリアルタイムに見るという段階まで進んでいません。ただ今後は、ビル全体で統合管理を行い、コストや投資のインパクトを見ていく段階に移っていくでしょう。
小泉: ロジスティクスの分野はどうでしょうか。
八子: 大和ハウスや日立物流が、今年からプラットフォームの提供を始めていますね。ロジについては、サプライチェーンや小売流通の在庫管理など、他の領域との統合をもっと考えていかなければならないですね。
小泉: 確かに、そうした構想は昔からありましたが、なかなか難しそうな印象です。でも、なぜ難しいのでしょうか。
八子: 全体の責任を担うのが誰なのか、明確に定義されていないからでしょうね。荷主なのか、ロジ会社なのか、ウェアハウス(倉庫管理)のオペレータなのか。現実的には、3PL(サードパーティ・ロジスティクス)がある程度、全体最適を主導していかざるを得ないでしょう。
最近では、Eコマースのひろがりによってラストワンマイルの物流リソースが枯渇しつつあり、タイムリーにモノを届けることが難しい現状にありますから、全体最適の流れになることは必然かとは思います。日本の物流を担う方たちは、本当に切実な思いでこの課題をとらえているはずです。
小泉: なるほど。その課題意識が後押しをすることで、サプライチェーン全体を統合しようという動きがあるんですね。
八子: そういうことですね。
小泉: 日立物流などの3PL企業が互いに連携することで、夢の日本縦断物流網のようなものが実現する可能性もありますね。
八子: ええ、自動運転の時代も見据えると、製造業がプラットフォーム連携を始めたように、物流の領域についても同じ方向へむかわざるを得ないでしょう。
レジなし店舗も始まった小売流通、焦点は「買い物体験」
小泉: 小売流通の分野はどうですか?
八子: 今年は「Amazon GO」に代表される「レジのない店舗」が注目されました。なので、プラットフォームというより買い物体験を「2.0」にひきあげるという発想の方が今年は強かったと思いますね。
今後は、そうした店舗のしくみをバラバラにつくっていくのではなく、店舗に商品を卸している企業がその店舗で起こっていることをデータとしてとらえ、マネージしていくためのプラットフォームを構築するという流れにむかうでしょう。
小泉: たとえば、「商品が今どういう売れ行きか」というデータもリアルタイムで共有できるようになるということですね。
八子: あるいは、店頭で売れなかった商品を売るためのしくみをどうつくるかですね。「オムニチャネル時代」といわれて久しいわけですが、店頭で売れなかったモノもEコマースだと売れることはあります。お客様が商品を買いやすいようなチャネルをいかに構築していくかが求められます。
小泉: なるほど。たとえば、手に持った時に軽い商品は、何となく実価格に対して割高な感じがして、買われにくいみたいな話があります。でもそれは、そもそも重さを感じないEコマースでは売れる。オムニチャネルといっても、商品をどこで売るべきかの最適解を導くことは簡単ではありません。
ただ、これもデータが集まるしくみができてくると、どのチャネルが最も売れるのかがわかるようになっていくのでしょうね。
八子: 商品を手に取らなくてもその商品が果たす効果が明確にわかるものについては、次第にネットに移行するでしょう。一方で、洋服などの嗜好性の高い商品は、「買い物体験」がきわめて重要になってきます。
そうした新しい買い物体験を提供するプラットフォームが徐々に展開され始めたということは言えると思います。それを「プラットフォーム」と呼ぶのかどうかはまた別の話ですが。
期待高まる、クルマから始まるスマートシティ
小泉: クルマとスマートシティの分野はどうですか。
八子: クルマについては、何といっても1月にCESでトヨタが発表した「e-Palette」でしょう。MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)がいよいよ本格的に始まったなという印象を強く持っています。東急電鉄とJR東日本も、2019年春から伊豆エリアで「観光型MaaS」の実証実験を行うと発表しました。
小泉: スマートシティでは、クアルコムなどが進める「セルラーV2X」構想に代表されるように、「クルマから始まるスマートシティ」という流れがあります。大きなマーケットであるクルマ産業を起点にすると経済が回りますから、期待大だと思っています。
八子: そうですね。これまでのスマートシティは、どちらかというと社会課題の解決を目的とした行政主導の取り組みであり、お金が回るしくみになっていませんでした。それが今ではコンシューマの領域にまでひろがり、課金ポイントも明確になりつつあります。
小泉: クルマの自動運転という視点で見た場合にも、スマートシティは重要です。今の自動運転は、クルマが自ら周りを検知して、接近するクルマをよけるしくみです。しかし今後は5GやV2Xの導入が始まると、クルマと街のインフラが連携することで自動運転を実現する方向にむかうでしょう。
そうした社会では、街のインフラにさまざまな通信機器が入りこみ、コネクテッドになっていきます。信号機であれば、信号機の周りにいるヒトの安全を見守ることもできるかもしれない。少し前まで、私はスマートシティは絵空事だという気がしていましたが、最近では現実味をおびてきたなと感じています。
八子: 「スマートシティ」は、領域を分けて考えることが重要です。モビリティや輸送の領域でスマートなのか、お店の買い物体験がスマートなのか、自宅と外部のサービス連携がスマートなのか。それぞれの領域で今年1年、さまざまなプラットフォームやデータ流通のしくみができてきました。では、次に目指す姿は何かというと、製造業がプラットフォーム連携を始めたように、街の中で異なるデータ連携のモデルが統合され、スマートな街をつくりあげていくことです。
小泉: 農業はどうですか?
八子: 農業では、データ収集やドローンの活用、トラクターの自動運転などは始まっています。課題は、流通との連携ですね。どんなに高度な農業を実現したとしても、製品の出口が確保されていなければ、意味がありません。なので、これも異なる領域でデータ連携などを行い、需給のバランスが最適なところで取引ができるようなしくみをつくることが今後の課題になるでしょう。
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スマートホームのカギは街との連携
小泉: 最後に、スマートホームについて話したいと思います。
八子: 今年は「Amazon Alexa」を使った音声応答サービスが今年は百花繚乱でした。また先日には、パナソニックが(くらしの統合プラットフォーム)「HomeX」を発表しました。いよいよ家の中でエージェントがインテリジェントに活躍し、ソフトウェアで家をアップデートするという概念がカタチになり始めたという印象を持っています。今後は、そうしたサービスを家の中で閉じるのではなく、街と連携していくことによる「スマートさ」が求められるでしょう。
小泉: たとえば、どういう連携でしょう。
八子: 近隣の学校や病院、自治体サービスなどとの連携ですね。
小泉: なるほど。病院といえば、遠隔医療が一つの例ですね。
八子: ええ、遠隔医療は厚労省がOKと判断していますので、サービスとして既に始まりつつあります。薬の販売についても宅配で届けてよいと見解が出ていますから、従来は病院でしか享受できなかったサービスが自宅などで享受できる時代がくるのは時間の問題です。
そのために必要な個人データをどう流通させていくのかについては、ようやく法制度が整いましたから、来年からはいかに社会実装されていくかが期待されます。
小泉: 個人のサービスになるとプライバシーの問題がありますから、難しいという気もしていました。今年はそのあたりのしくみが整理されてきたのでしょうか。
八子: ええ、個人に対してきちんとメリットを提供できることを前提に、個人データの利用やサービス連携を行うモデルがようやく整いました。
小泉: なるほど。さまざまな業界でプラットフォームやデータ連携のしくみができてきました。ただ、まだまだ完成形ではないということですね。今後は何が求められますか。
八子: 繰り返しになりますが、異なる領域とのサービスやデータの連携です。また、いつでもサービスが実装できるように、あらゆるモノをつなげ、「サービスオンデマンド」の状態にしておくことが重要です。
小泉: なるほど。今年1年ありがとうございました。次回は2019年のIoTについて議論していきたいと思います。

