「課長、例の新規事業案ですが、AIと壁打ちして3つのプランにまとめておきました。SWOT分析も済ませてあります」
あなたの部下が、涼しい顔で事業企画を差し出してきました。 ざっと目を通すと、確かに綺麗な日本語で、論理構成も整った企画書が表示されています。誤字脱字もなく、見出しも適切で、一見すると「完璧」に見えます。
しかし、その企画書を読み進めるにつれて、あなたの中に「違和感」が広がるはずです。
「・・・それで、これは本当にウチの会社でやれるのか?」
「競合のA社が先月出した新サービスと、どう差別化するつもりだ?」
「市場のマクロトレンドは合っているが、現場の営業マンがこれを売る時のトークスクリプトが想像できない」
「そもそも、この収益モデルで本当に儲かるのか?」
部下は自信満々にこう答えるでしょう。
「AIはこれが最適解だと言っています」
「一般的なマーケティング理論に基づいています」
と。
ここに、AI時代の中間管理職が直面する、真の危機があります。
それは「AIに仕事を奪われる」という単純な話ではありません。
「AIが作った『80点の優等生的な回答』を、部下が『100点の正解』だと勘違いして持ってくる」という危機です。
AIは、ウェブ上の膨大なデータから「平均的に正しい答え」を導き出す天才です。
しかし、そこには「自社の独自性」「現場の泥臭い事情」「顧客の隠れたインサイト」、そして何より「ビジネスとしての勝算(儲け)」が欠落している可能性があります。
部下がAIという強力な武器を持った今、上司に求められるのは「てにをは」を直すことではありません。
AIが吐き出した「綺麗な正論」に対して、ビジネスのリアリティという「文脈(コンテキスト)」を注入し、儲かる事業へと昇華させる力です。
本稿では、部下がAIを使いこなす時代において、管理職が発揮すべき真の価値と、アップデートすべきマネジメントのあり方について解説します。
目次
「AIレビュー」という新たな泥沼
「もっともらしい中身のない資料」が増産される時代
生成AIの普及により、部下の資料作成スピードは劇的に上がりました。
以前なら3日かかっていた企画書のドラフトが、30分で上がってきます。
しかし、これは管理職にとって必ずしも朗報ではありません。
なぜなら、「一見すると完成度が高いが、中身が空疎な資料」が大量生産されるようになるからです。
AIが書く文章は流暢です。論理破綻もありません。
そのため、経験の浅い部下ほど「これで完璧だ」と錯覚します。
思考のプロセスをAIに丸投げし、汗をかかずに作ったアウトプットを、そのまま上司に提出する。
気づいていない方も多いと思うのですが、これをチェックする上司の負担は、実は以前より増しているといえます。
「文章は綺麗だが、魂が入っていない」 「一般論としては正しいが、今の当社のフェーズには合っていない」
このような、言語化しにくい違和感の正体を突き止め、フィードバックする能力がなければ、組織は「AIが作った、誰の心にも刺さらない企画」で埋め尽くされてしまいます。
「赤ペン先生」から「コンテキスト(文脈)の守護者」へ
これまでの中間管理職の仕事の一部は、部下の資料の誤字脱字チェックや、体裁を整える「赤ペン先生」的な業務でした。
しかし、その領域はAIが最も得意とするところであり、人間がやる必要はなくなりました。
代わりに求められるのは、「コンテキスト(文脈)の注入」です。
例えば、AIは「一般的なSaaSの販売戦略」は知っています。
しかし、
「当社の主要顧客である地方の中小製造業の社長が、どういうセールストークに反応するか」
「競合B社の営業部長が、最近どういう動きを見せているか」
「来月の株主総会で、社長が何をアピールしたがっているか」
こういったことは、AIに教えない限り知りえません。
部下が持ってきたAI製のアウトプットに対し、
「この戦略は教科書的には正しい。だが、ウチの泥臭い営業スタイルとは合わない。現場が動けるように、もっとこういうフックが必要だ」
と指摘できるか。
この「自社固有のコンテキスト(文脈)」こそが、AIには決して模倣できない、ベテラン管理職だけが持つ資産なのです。
なぜ部下は「思考」を放棄するのか?
Googleマップ化する業務プロセス
私は、部下がAIに依存する心理は、我々がGoogleマップに依存する心理と似ていると思います。
目的地(課題解決)までのルートが瞬時に表示されるなら、誰も地図とコンパスを持って街を歩こうとはしません。
Googleマップが登場して以来、そのルートを疑いもせず、信じて利用している人がほとんどではないでしょうか?
部下にとって、上司にあれこれ相談して試行錯誤するよりも、AIにプロンプトを投げて「正解らしきもの」をもらう方が、タイパ(タイムパフォーマンス)が良いと感じるのは自然なことです。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。
「ルートを知っていること」と「実際にその道を歩けること」は違うということです。
「なぜ?」を語れない部下たち
AIが出した答えをそのまま持ってきた部下に、「なぜこの施策を選んだの?」と聞くと、言葉に詰まることがあるでしょう。
「AIがそう提案したから」
「複数の案の中でこれが一番スコアが高かったから」
これは思考の放棄です。
自分の頭で汗をかいていないため、顧客からの予期せぬ質問や、トラブル発生時の対応力が身につきません。
つまり、上司の役割は、AIを使うことを禁止することではないのです。
AIが出した答えに対して、「なぜ?」を問い続け、部下に「考えること」をやめさせないことです。
そして、Googleマップの例が語るように、これは思った以上に困難なことでしょう。
消える管理職、残る管理職の分水嶺
AI時代において、中間管理職は「不要になる人」と「替えが効かない人」に二極化します。
その境界線はどこにあるのでしょうか。
消える管理職:情報のハブ・承認スタンプ
以下のような仕事しかしていない管理職は、間違いなくAIまたはシステムに代替されます。
- 情報の伝書鳩: 上層部の決定をそのまま部下に流すだけの人
- マニュアル通りの承認者: 規定に沿っているかどうかの形式チェックだけをして、ハンコを押す人
- 過去の成功体験の語り部: 「俺の若い頃は」という、現在の市場環境に適合しないアドバイスしかできない人
これらは「判断」ではなく「処理」に近いため、AIの独壇場です。
残る管理職:問いの設計者・責任の引き受け手
一方で、以下の役割はAIには担えません。これこそが人間の管理職の聖域です。
1. 「正解」ではなく「問い」を投げる
現状、AIは質問されれば答えますが、「今、我々が解くべき課題は何か?」という問い自体を自分で設定することは苦手です。
部下が持ってきたAIの案に対し、
「そもそも、ターゲットはそこで合っているのか?」
「このサービスの本当の提供価値(バリュー)は、機能ではなく安心感ではないか?」
といった、根本的な視座を提示できる上司は、部下にとってもAIにとっても不可欠な「導き手」となります。
2. 「非合理」な人間関係の調整
ビジネスは論理だけでは動きません。
「A案の方が合理的だが、今回はB案を通さないと協力会社の顔が立たない」
「このプロジェクトを進めるには、反対派のC部長を飲み会で説得する必要がある」
こうした「政治」や「感情」の機微を読み解き、調整する能力。
AIには理解できないこのドロドロとした人間関係の調整こそが、プロジェクトを前に進めるエンジンとなります。
3. 最後の「責任」を取る
AIは「成功確率は85%です」と予測することは可能ですが、失敗した時に責任をとってくれるわけではありません。
「確率は五分五分だが、やる価値がある。失敗したら私が責任を取るから、思い切ってやってこい」
この一言で部下の背中を押し、最終的な結果責任を負うこと。
「決断」と「責任」。
これだけは、法制度が変わらない限り、永遠に人間の仕事なのです。
これからのマネジメントは「オーケストレーション」へ
これからの管理職は、部下を「教える対象」として見るのをやめる必要があります。
部下は、AIという「超優秀な参謀」を既にポケットに入れています。
知識量では部下(+AI)に勝てない場面も増えるでしょう。
そこで求められる新しいリーダーシップ像は、「オーケストレーター(指揮者)」です。
異質な才能を組み合わせる
これからのAI時代、チームの中には、
- AIを使って爆速でコードを書く若手
- AIは苦手だが、泥臭い営業で顧客の懐に入るベテラン
- データ分析が得意なAIエージェント
が混在することになります。
彼ら一人ひとりの(そしてAIの)特性を理解し、誰にどのタスクを振れば全体最適になるかを設計する。
「君のAIスキルでこの市場データを分析してくれ。その結果を持って、ベテランの佐藤さんと一緒に顧客へヒアリングに行ってくれ。佐藤さんの勘と、君のデータをぶつけて化学反応を起こしてほしい」
このように、「AIの論理」と「人間の情熱」をブレンドし、ビジネスの成果に変換する力が求められます。
「AI使い」としての評価眼
また、部下の評価基準も変える必要があります。
「AIを使って手抜きをした」と叱る上司はマネジメントの本質を見誤っています。
「AIを使って空いた時間で、顧客との対話時間を2倍に増やした」ことを評価すべきです。
部下が持ってきたアウトプットに対し、「これはAIが出したままの80点だな。君の考察はどこに入っている?」と厳しく問う一方で、 「よくここまでAIで効率化した。浮いたリソースで、次はこんな新しい実験をしてみよう」と、より創造的なタスクへ誘導できるか。
この「目利きの力」が、組織の生産性を左右します。
AIという「優秀な部下」を使いこなす「真の上司」になれ
冒頭の問いに戻りましょう。
部下がAIと壁打ちした結果を持ってきた時、上司はどうすべきか。
決して「自分の仕事がなくなる」などと卑下する必要はありません。
むしろ、「ようやく、くだらない形式チェックから解放される」と喜ぶべきです。
そして、部下が持ってきた「もっともらしい80点の案」を、安易に受け取らず突き返してください。
「で、これでどうやって金を稼ぐんだ?」
「ウチの会社の強みはどこに入っている?」
「もし失敗したら、どうリカバリーするつもりだ?」
AIには答えられない、これらの「ビジネスの本質」を問うこと。
そして、AIと部下がよじ登ってきた論理の梯子の、そのもう一つ上の段に、ビジネスの文脈という足場を架けてあげることが、これからの上司の役割になるのです。
部下は、AIに「知識」を求めます。
しかし、部下が上司に求めているのは、知識ではありません。
ビジネスの現場を生き抜くための「視座」、組織を動かす「政治力」、そして最後には守ってくれるという「覚悟」です。
AIは「正解」を出しますが、リーダーは「未来」を作ります。
知識の優位性が崩れた今こそ、リーダーとしての「器」が試されているのです。
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IoTNEWS代表
1973年生まれ。株式会社アールジーン代表取締役。
フジテレビ Live News α コメンテーター。J-WAVE TOKYO MORNING RADIO 記事解説。など。
大阪大学でニューロコンピューティングを学び、アクセンチュアなどのグローバルコンサルティングファームより現職。
著書に、「2時間でわかる図解IoTビジネス入門(あさ出版)」「顧客ともっとつながる(日経BP)」、YouTubeチャンネルに「小泉耕二の未来大学」がある。
