生成AIは、使い手の「言語化能力」を暴く、リトマス試験紙

前回の記事では、AIエージェントを賢くするためには、データに「文脈」を紐づける必要がある、というお話をしました。

これができることで、AIが参照すべき「社内の知見(データ)」は整ったといえます。

「これで完璧だ。明日から業務は劇的に変わるはずだ」

そう確信して、AIエージェントにチャットを投げたあなたを待っていたのは、またしても期待外れな回答だったかもしれません。

なぜでしょうか? データは完璧なはずなのに。

その原因は、残念なことですがあなた自身の「指示の出し方」にあるといえます。

そして、この「指示の出し方が下手」という問題は、いわゆるChatGPTなど生成AIを使っている際にも問題になることが多いです。

よく、AIエージェントの使い方について、「あなたは、XXです」と役割を定義したら気の利いた答えが返ってくるという話を見かけます。

確かにそれは間違いではありません。しかし、役割定義はあくまで「器」を用意したに過ぎません。

例えば、AIにプレゼン資料を作ってほしいと思った時、「あなたは優秀なビジネスコンサルタントです」と、前置きをしたとします。

しかし、「具体的にどんな資料を作ってほしいのか」「どんな目的なのか」「どんな立場の人に見せる資料なのか」など、資料の骨格となる部分が明確でない指示の場合、資料自体は美しくできたとしても、実際のビジネスの現場では使い物になりません。

そこで、今回は、AIエージェントという鏡を通して見えてくる、ビジネスパーソンの「言語化能力」という本質的なテーマについて解説していきます。

「AIが使えない」のではない。生成AIは、使い手の「言語化能力」を暴くリトマス試験紙

まず、ある状況を想像してみてください。

あなたの部署に、新しい部下が配属されました。

彼はハーバード大学を首席で卒業した「超優秀なエリート」です。

記憶力は完璧、計算速度も人間離れしています。

しかし、彼には一つだけ欠点があります。

それは、「日本という国の文化や商習慣、そしてあなたの会社の『空気』を全く知らない」ということです。

そんな彼に向かって、あなたがいつも通り、背中越しにこう言ったとしましょう。

「例の件、いい感じで進めといて」 「あ、この資料、なる早でやっといて」

彼はどうするでしょうか?

おそらくキョトンとするか、「『イイカンジ』とは具体的になんの数値目標ですか?」「『ナルハヤ』とは何分後のことですか?」と聞き返してくるでしょう。

あるいは、全く見当違いの方向へ全力疾走してしまうかもしれません。

これを見て、あなたは「こいつは使えないな」と言うでしょうか?

言わないはずです。

悪いのは、文化背景(コンテキスト)を共有していない相手に対し、曖昧な指示を出した「あなた」の方だからです。

AIとの対話は、これと全く同じです。

AIは忖度(そんたく)しません。

曖昧な指示には、確率論に基づいた「曖昧で無難な答え」を返します。

逆にいうと、論理的で明確な指示には、驚くほど「鋭く的確な答え」を返すのです。

つまり、生成AIから出てくるアウトプットの品質を見れば、その指示を出した人の「言語化能力」や「論理的思考力」が、リトマス試験紙のように残酷なほど正確に分かってしまうのです。

なぜ、あなたの指示をAIは「無視」するのか?

「ちゃんと指示したはずなのに、AIが言うことを聞かない(無視された)」

そう感じる時、実はAIはあなたを無視しているわけではありません。

あなたの指示の中に潜む「バグ」に困惑しているだけなのです。

そのバグの正体は、日本のビジネス現場特有の「行間」なのです。

「ハイコンテキスト」という名の落とし穴

日本の組織は、世界的に見ても稀有な「ハイコンテキスト(文脈依存)」な環境だと言われています。

「これ、よろしく」だけで仕事が成立するのは、長年連れ添った夫婦のように、膨大な背景情報を共有しているからです。

しかし、AIにとって、この「行間」はノイズでしかありません。

あなたが「資料をまとめて」と入力した時、あなたの頭の中には「(来週の役員会議で使うから、要点を3つに絞って、箇条書きで)資料をまとめて」という意図があるはずです。

しかし、AIに伝わっているのは「資料をまとめて」という文字情報だけ。

これは、タクシーに乗って「地球上のどこかへ連れて行って」と言っているようなものです。

運転手(AI)は、とりあえず一番近いコンビニ(一般的な要約)に連れて行くしかありません。

それを見て、あなたは「違う!そこじゃない!」と怒っているのです。

あなたが「無視された」と感じるのは、AIが無視したからではありません。

指示の解像度が粗すぎて、AIがどう動いていいか計算できなかった結果なのです。

多くのビジネスマンは「ロジカルシンキング」が苦手

私は長年、コンサルタントとして多くの企業の現場を見てきましたが、痛感することがあります。

それは、「驚くほど多くのビジネスマンが、ロジカルシンキング(論理的思考)を苦手としている」という現実です。

誤解しないでいただきたいのですが、これは個人の能力が低いと言っているのではありません。

これまでの日本のビジネス環境が、論理よりも「共感」や「空気」を重視してきたため、単純に「論理を厳密に組み立てる筋肉」を使う機会が少なかっただけなのだと思います。

「なんとなく、こういう方向性で」 「一応、確認しておいて」

この「なんとなく」や「一応」という言葉で、思考の解像度を低いままにしておいても、優秀な周囲の人間がそれを補ってくれていました。

しかし、AI相手にそれは通用しません。

今、多くの企業でAI導入が進まない、あるいは定着しない最大の原因は、ツールの性能不足ではありません。

ツールを使う人間側の「思考を構造化する基礎体力」の不足にあるのです。

AIエージェントを使いこなすためには、「プロンプト・エンジニアリング」といった小手先の技術を学ぶ前に、まず自分自身の思考の霧を晴らす必要があります。

チャット欄に入力する前に、「マインドマップ」を開け

では、どうすればこの「ロジカルシンキング」を鍛え、AIに伝わる指示が出せるようになるのでしょうか。

明日からできる、最も効果的なトレーニング方法をお教えします。

それは、「AIのチャット欄に、いきなり文字を打ち込まないこと」です。

多くの人が、思考が整理されていない状態でチャット欄に向かい、「えーと、あの件についてなんだけど…」と書き始めてしまいます。これでは、思考の垂れ流しになり、論理構造が破綻します。

「とりあえず音声で言いたいことを言ったら、あとはよろしくやってくれる」ということを言う人を見かけますが、これも普通の人は真似をしない方がよいです。

これで思った回答に辿り着ける人は、ロジカルシンキングが完璧で、論理構造をうまく作って話すことができる人なのです。

おすすめしたいのは、AIに向き合う前に、まずマインドマップ(なければメモの下書き)で「思考の地図」を描くことです。

マインドマップで整理したプロンプトを投入することで、AIは要求の意図を理解する

思考を因数分解するプロセス

まず、紙でもツールでも構いません。中心に「解決したい課題」を書きます。そこから、枝を伸ばして情報を分解してください。

  • Who(誰に): これは役員向けか? 現場向けか? お客様向けか?
  • Why(目的): 意思決定をしてほしいのか? アイデアを広げたいだけなのか?
  • What(成果物): 比較表が欲しいのか? スライドの構成案が欲しいのか?
  • Constraint(制約): 予算の上限は? 期間は? 使ってはいけない表現は?

このように視覚化すると、必ず論理の「抜け漏れ」に気づきます。

「あ、ターゲット(Who)が決まっていなかった」 「目的(Why)が、報告と相談で混ざっているな」

マインドマップ上で、情報がMECE(漏れなくダブりなく)に整理された状態を作る。

この「下ごしらえ」ができて初めて、その項目をAIへのプロンプト(指示文)に変換するのです。

マインドマップから生まれる「最強のプロンプト」

では、実際にマインドマップで整理することで、AIのアウトプットがどう変わるか見てみましょう。

例として、「競合A社の分析」をAIに依頼するケースを考えます。

Case 1:思考整理なし(いきなり入力)

指示: 「A社の最近の動向を分析して」

AIの回答: 「A社は〇〇業界の大手企業です。最近は××という新商品を出し、売上は好調です。企業理念は…(以下、Webサイトに載っている一般的な情報の羅列)」

評価: これでは、Google検索と変わりません。ビジネスの意思決定には使えない「浅い」情報です。

Case 2:マインドマップで整理後

まず、マインドマップで以下のように展開しました。

目的: 来期のデジタル投資戦略の立案材料にする

対象: A社の過去3年分のIR資料(決算説明資料)

抽出項目: 「DX」「システム投資」に関連する支出額と、その成果についての言及

制約: 一般的な会社概要は除外

出力形式: 表形式

これをプロンプトに変換して指示を出します

指示: 「あなたは戦略コンサルタントです。 来期の戦略立案のため、A社の過去3年のIR資料をベースに分析を行ってください。 特に『デジタル領域への投資額』と『その定量的成果』に焦点を当て、時系列での推移を表形式で出力してください。一般的な会社概要は不要です。」

AIの回答: 「承知いたしました。A社のIR資料からデジタル投資関連の数値を抽出しました。 2021年から2023年にかけて、投資額は年平均120%で増加しています。特筆すべきは、2022年のCRMシステム刷新により、翌年のLTVが15%向上している点です。以下の表をご覧ください…」

評価: ここまで具体的で示唆に富む回答が得られれば、そのまま会議資料として使えるレベルです。

この例は、AIが賢くなった例というわけではありません。あなたの考えがクリアになったから、AIが力を発揮できたのです。

AI活用とは、あなたの「思考」を鍛える旅である

こうして見ていくと、AIエージェントを使いこなすプロセスは、実はAIのトレーニングではなく、人間側のトレーニングであることが分かります。

「AIが使えない」「答えが的外れだ」

そう感じた時、それは鏡に映った自分自身の思考が曇っているシグナルかもしれません。

しかし、恐れる必要はありません。

AIという「リトマス試験紙」は、何度でもやり直しが効く相手です。

いきなり完璧な指示を出そうとしなくて大丈夫です。まずは、マインドマップを広げてみてください。

自分の頭の中にある「なんとなく」や「もやもや」を、一つひとつ言葉に因数分解していく。

その泥臭いプロセスこそが、コンサルタントが持つような「強靭なロジカルシンキング」を習得する最短ルートであり、AIという最強のパートナーを使いこなす唯一の鍵なのです。

さあ、今日はAIに話しかける前に、まずペンを持ってみませんか?

その数分の思考整理が、あなたのビジネス戦闘力を劇的に高めてくれるはずです。

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