2022年にChatGPTが登場してから早3年。生成AIの性能もかなり良くなり、毎日のように使っているビジネスパーソンは多いでしょう。
しかし、私たちが本来、AIに期待していたのは、もっと「魔法」のような体験だったのではないでしょうか?
例えば、あなたが営業担当者だとして、AIにこう一言だけ伝えれば提案書作成が終わる世界です。
「XX社に、当社の新製品○○を提案したいから、いい感じの提案書を作っておいて」
この一言だけで、AIが勝手に業界分析を行い、競合と比較した訴求ポイントを洗い出し、最適なソリューション構成を考え、最後には美しいデザインのパワーポイント資料として出力してくれる。
私たちは、そんな未来を夢見ていたのではないでしょうか。
しかし、現実はどうでしょう。
実際には、検索エンジンの代わりにチャットボットを使い、
「XX社の属する業界の市場環境を教えて」
「競合A社との差別化要素を表にまとめて」
「それを踏まえた提案書の骨子を作って」
と、プロンプトを何度も打ち込み、そこで出てきたテキストを、今度はスライド生成AIに読み込ませ、レイアウト崩れを手作業で直す・・・。
生成AIの出してくる結果が思わしくなければ、プロンプトを工夫して、データを参照させて・・・と、試行錯誤に時間が取られる。
確かに、すべて手作業でやっていた頃に比べれば、圧倒的に省力化されています。
しかし、心のどこかでこう感じたことはないでしょうか? 「確かに早くなった。でも、なんか期待外れだな」と。
もしあなたがそう感じているなら、それはAIの性能のせいではありません。あなたのAIとの向き合い方を変える必要があるのです。
私たちは今、生成AIの歴史における大きな転換点に立っています。
それは、「人間が質問して、AIが答える」という対話(Chat)の時代から、「人間がゴールを示し、AIが自律的に動く」というエージェント(Agent)の時代へのシフトです。
本稿では、チャットボットの次に訪れる「AIエージェント」という革命と、シリコンバレーで常識となりつつある「エージェンティック・ワークフロー」について解説します。
目次
「道具」から「労働力」へ — エージェントとは何か?
チャットボットにおいて、人間は「接着剤」
冒頭の例で感じた「コレジャナイ感」の正体。
それは、チャットボットがあくまで「道具」だからです。
金槌や電卓と同じで、彼らは人間が「叩け」「計算しろ」と命令して初めて動きます。
そして、一度叩き終われば、次の命令があるまで黙って待機します。
これでは、AIは「受動的な存在」といえます。
そのため、使い手である人間は、「検索AI」が出した結果をコピーして「要約AI」にペーストし、その結果をまた「資料作成AI」に渡す・・・というふうに、ツールとツールの間を繋ぐ「接着剤」の役割を強いられます。
しかも、これはあくまでプロンプトを使いこなしている人の場合で、実際は、検索する場面でも、要約する場面でも、資料作成する場面でもそれなりの試行錯誤を要求される。
これでは、いつまで経っても人間は作業者のままです。
AIエージェントは「自律」して動く
一方、AIエージェントは「デジタルワーカー」と呼ばれています。
彼ら(と呼ぶべきでしょうか?)に与えるのは、「細かい作業手順(プロンプト)」ではなく「目的(ゴール)」なのです。
「XX社に対して、来週の商談に向けた提案資料を用意して」
エージェントはこのゴールを受け取ると、冒頭で人間がやっていた苦労を自律的に代行します。
「まずは検索が必要だな」
「情報が足りないから、IR資料も見てみよう」
「ドラフトを書いたけど、論理が弱いから書き直そう」
このように、手順を自ら組み立て、道具(検索やコード実行)を使いこなし、試行錯誤しながらゴールを目指す。
人間がツールを繋ぐ「接着剤」の役割を果たす必要はありません。
この「自律性」こそが、私たちが本来求めていた「魔法」を実現する鍵となります。
シリコンバレーの常識「エージェンティック・ワークフロー」
「天才」より「凡人のチームワーク」が勝つ
AI研究の世界的権威であるAndrew Ng(アンドリュー・ン)氏は、最近、「エージェンティック・ワークフロー」という概念を提唱し、大きな話題となりました。
彼の研究によると、当時の最新であった超高性能モデル(GPT-4など)に「一発書き(Zero-shot)」で答えを出させるよりも、少し性能の劣るモデル(GPT-3.5など)であっても、「反省」や「修正」のプロセスを組み込んだワークフローで動かした方が、最終的な成果物の品質が高くなることが証明されたのです。
考えてみれば、人間も同じです。 どんなに優秀な天才でも、推敲もせず、誰のレビューも受けずに書いた「書きなぐりの原稿」は、完璧ではありません。
一方で、普通の能力の人でも、下書きを書き、自分で見直し、同僚にレビューしてもらい、修正を重ねれば、素晴らしい成果物を作れます。
AIにも、この「仕事の進め方」を教えるのが、エージェンティック・ワークフローです。
具体的には、以下の4つのパターンをAIに実行させます。
エージェントの4つの基本動作
1. 内省・反省
「プロンプトを書いて終わり」ではなく、AIが自分で書いた文章を、AI自身(批評家役)が読み返し、「論理が飛躍している」「具体例が足りない」とダメ出しをして、修正版を作成します。
2. 道具利用
AIは万能ではありません。計算なら「電卓ツール」、最新情報なら「Web検索」、データ処理なら「Python」というように、自分の頭脳以外の「道具」を自律的に使い分けます。
3. 計画
複雑なタスクを渡された時、いきなり着手しません。
「まずは目次を作ろう」「次にデータを集めよう」と、実行可能なプランを作成してから、順次実行に移します。
4. マルチエージェントによる協働
これが最も革新的です。異なる役割を持った複数のAIエージェントを対話させます。
例えば、こんな感じです。
「リサーチャーAI」が情報を集める。
「ライターAI」が記事を書く。
「編集AI」が赤入れをする。
人間が見ていないところで、彼らは勝手に会話し、議論して、成果物を磨き上げます。
人間がやることは、最初の「編集会議」でテーマを決めることだけです。
人間が寝ている間に仕事が進む「非同期」の世界
「チャット画面」からの卒業
AIがエージェント化すると、私たちの働き方はどう変わるのでしょうか。
最大の変化は、「同期」から「非同期」へのシフトです。
これまでのチャットボットは「同期処理」でした。
あなたはディスプレイの前に座り、質問を投げ、回答が返ってくるのを数秒〜数十秒待つ。AIが作業している間、あなたの時間は拘束されます。
しかし、AIエージェントは「非同期」です。
仕事を依頼したら、あなたは画面を閉じ、別の仕事をするか、あるいは寝てしまって構いません。
24時間働くAIエージェントがいる現場
例えば、こんな使い方が当たり前になります。
マーケティング:
夜、あなたが寝る前に、エージェントにこう指示します。
「X(旧Twitter)で、競合製品に関する直近1週間のつぶやきを全て収集し、ポジティブ・ネガティブな意見に分類。それぞれの傾向分析を行い、明日の朝までにレポートにしてSlackに送っておいて」
すると、翌朝、起きるとレポートが届いています。
あなたは「0から調査する」時間をスキップし、いきなり「意思決定」から一日を始められます。
ソフトウェア開発:
エンジニアがコードを書いて退勤します。
その夜の間中、AIエージェント(QA担当)が、何百通りものテストケースを実行し、バグを見つけ、修正コードの案を作成してプルリクエストを出しておきます。
翌朝、エンジニアは修正案をレビューし、「承認」ボタンを押すだけです。
AIは疲れを知りません。
人間が休んでいる時間を、最強の生産時間に変えるのです。
「チャット」をするのではなく、「タスクを投げる」。
この感覚を掴んだ人から、生産性が劇的に変わっていきます。
人間は「プロンプトエンジニア」から「フローエンジニア」へ
「呪文」のようなプロンプトはもう要らない
「AIエージェント」が主流になる世界では、これまで持て囃されてきた「高度なプロンプトエンジニアリング(呪文のような長文指示を書く技術)」の重要性は相対的に下がります。
なぜなら、細かいプロンプトの調整は、エージェント同士の対話の中で勝手に行われるからです。
その代わりに、人間に求められる新しいスキル。それは、「フローエンジニアリング(仕事の設計図を描く技術)」となります。
フローエンジニアリングとは、まさに経営者や管理職がやる「業務フローの定義」そのものです。
- この仕事には、どんな役割(ペルソナ)のAIが必要か?(リサーチャー? 分析官? クリエイター?)
- 彼らにどんな道具(Web検索? データベースアクセス権?)を持たせるか?
- どういう順番でバトンを渡せば、品質が高まるか?
こういったことを全ての人ができるようになることはないでしょう。
そのため、現実的には、「業務フロー」を定義する人と、それを使って生産性の高い仕事をする人に分かれることになるのです。
プロンプトエンジニアリングは、必要なくなるのか?
でも、誤解しないでください。AIへの指示(プロンプト)そのものがなくなるわけではありません。
業務フローを定義する中で、LLMの力を借りるシーンがありますが、ここではプロンプトエンジニアリングは必要になります。
しかし、以前なら「リサーチして分析して記事を書いて」という複雑なプロンプトを1回で書く必要がありましたが、これからは「リサーチして」という単純なプロンプトと、「記事を書いて」という単純なプロンプトを、処理の線で繋げば良くなります。
エージェンティック・ワークフローを組む場合、タスクを細かく分解することができるので、LLMの出してきた答えについて評価する際も、どこがおかしかったのかを見つけやすく、LLMに記述するプロンプトの修正も容易です。
また、LLMの出力結果を他のAIが評価することもできるので、LLM自体の回答精度を自動的に高めることも、フローエンジニアリングでは可能になります。
誰でも使える「Dify」や「n8n」の台頭
「そんな高度な設計、プログラマーにしかできないのでは?」と思われたかもしれません。しかし、ここにも技術革新が起きています。
「Dify(ディファイ)」や「n8n(エヌエイトエヌ)」といった、AIエージェント構築のためのノーコード・ローコードツールの台頭です。
これらのツールを使えば、画面上で「ブロック」を並べて線を繋ぐだけで、簡単にAIエージェントのワークフローを作ることができます。

「Web検索ブロック」と「LLM(言語モデル)ブロック」を線で繋ぐ。
その先に「Slack通知ブロック」を繋ぐ。
まるでホワイトボードに業務フロー図を描くような感覚で、自分だけのAIアプリやエージェントチームを構築できるのです。
かつてExcelのマクロがビジネスマンの必須スキルになったように、これからは「Difyやn8nで自分の業務フローを組めること」が、ホワイトカラーの基礎教養となるでしょう。
現場の業務プロセスを深く理解し、それをこれらのツールを使って「AIエージェントたちが実行可能なフロー図」として実装できる人。
彼らこそが、次世代のクリエイターであり、マネージャーとなるのです。
「AIを使う」のではなく「AIと共生」する
「チャットボットで消耗する」ことは今後なくなります。なぜなら、これからの時代、AIは業務の中に組み込まれるからです。
あなたのPC、あなたの会社のサーバーには、無数の「デジタルワーカー」が住み着き、24時間365日、自律的に動き回ることになります。
こうなると、あなたの仕事は、AIができないことに集中することとなるでしょう。
無駄な時間を極力排除して、こんな時代だからこそ重要となる、対人コミュニケーションや、きめ細かなサービス、人にしかできない技術の習得に精を出すべきです。
そこに向かう第一歩としては、「チャット画面でメールの返信文を書かせている」「AIに議事録を取らせている」場合ではないことに気づくべきです。
まずは、あなたの業務の中で「手順が決まっているが、時間がかかる仕事」を一つピックアップしてください。
そして、それを一回のチャットで解決しようとするのをやめ、「どういう役割分担と手順なら、AIだけで完結できるか?」というワークフローを構想することから始めてみてください。
AI活用は、「チャット」から「業務フローの設計」へ。
あなただけの「最強のAIチーム」を構築する時代が、もう始まっています。
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IoTNEWS代表
1973年生まれ。株式会社アールジーン代表取締役。
フジテレビ Live News α コメンテーター。J-WAVE TOKYO MORNING RADIO 記事解説。など。
大阪大学でニューロコンピューティングを学び、アクセンチュアなどのグローバルコンサルティングファームより現職。
著書に、「2時間でわかる図解IoTビジネス入門(あさ出版)」「顧客ともっとつながる(日経BP)」、YouTubeチャンネルに「小泉耕二の未来大学」がある。
