将来を予測してエネルギーの最適化を図り、脱炭素と事業成長を両立させる ―三菱重工 榎本智之氏インタビュー

三菱重工業株式会社(以下、三菱重工)は、発電プラントなどの社会インフラや輸送機器などをはじめ、多種多様な製品の製造を行っている企業だが、2040年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするための目標「MISSION NET ZERO」を発表するなど、脱炭素への取り組みも加速させている。

そうした取り組みの一環として、2017年より独自のAI技術を活用したエネルギーソリューションサービス「ENERGY CLOUD(エナジークラウド)」の提供が行われている。

そこで本稿では、なぜ三菱重工がエネルギーソリューションサービスの提供に至ったのかという経緯や「ENERGY CLOUD」の概要をはじめ、実際の導入事例や脱炭素へ向けた今後の展望などについて、三菱重工業株式会社 成長推進室 事業開発部 榎本智之氏にお話を伺った。(聞き手: IoTNEWS 小畑俊介)

自社の生産現場でブラッシュアップされて生まれた「ENERGY CLOUD」

「ENERGY CLOUD」は、生産現場における電力を中心とするエネルギーの最適化を行うため、データ収集・蓄積を行い、AIにより分析した予測結果を可視化するサービスだ。

例えば発電事業者がエネルギーを最適化する場合には、エネルギー生成を行うための燃料の種類や単価、生成できるエネルギーの量、必要とされるエネルギーの量や市場価格など、変動するいくつもの要素を考慮しながらエネルギー生成を行う必要がある。

そこに「脱炭素」という要素が加わることで、その複雑性は増す。そこで、ニーズや状況にあわせて最適な「予測を行う」ということが重要になってくるのだ。

現在「ENERGY CLOUD」は、そうした予測を行うためのサービスとして展開されているが、提供に至るまでには、10年ほど前より自社の業務改善や効率化を図るため、独自にAIを開発してきた経緯があると榎本氏は言う。

三菱重工は500種類以上という多岐にわたる製品の製造を行っており、その製品ごとの稼働実績データや環境データなどのデータ、現場の経験や知見、運営ノウハウといった、AIの教師データとなる要素を数多く保有していた。

そこでAIを自社内で開発し、実際に現場で試験運用することで、有効であるかどうかの検証を行なってきたのだという。

そうした自社内でのAI活用を実証していたため、顧客が「ENERGY CLOUD」を導入する際には、実際に得られる効果を過去データから推し量り、定量的な効果や必要となるデータの提示といったコンサルティングを行うことができるのだ。

榎本氏は、「企業の中では部門間同士でデータのやり取りがされておらず、生産プロセスの中での相関が把握されていないケースは多くあります。

そうした際に、単に部門間のデータをつなぐのではなく、製造のプロセスを理解した上で相関を見出す必要があります。

こうしたコンサルティングが行えるのは、自社に工場を持ち、社内に有識者が数多く在籍しているからこそだと思っています。

また、AI技術そのものを自社内で開発し、それを検証できるフィールドを持っていたことが、当社の強みになっています。」と、実際に生産現場を保有しているからこそ実現できたサービス内容になっていると語った。

階層別のニーズを把握し、全体最適を促進させる

また、エネルギーの課題には、階層別かつ時間軸の違うニーズが存在することを知る必要があると榎本氏は述べる。

将来を予測してエネルギーの最適化を図り、脱炭素と事業成長を両立させる ―三菱重工 榎本智之氏インタビュー
階層ごとでの、AIの活用ポイントや期待値を表した図

上図下段の赤色の部分は現場での設備管理などを行う層で、設備の安定稼働や一括管理など、短時間で結果に結びつくAI活用が求められている。

中段の青色の部分はプラント全体の運営をしている管理層で、全体最適を考えながらCO2排出量を下げたいというニーズがあり、エネルギーを効率良く活用していくための支援を行う必要がある。

上段の緑色の部分は経営層で、設備導入や新規事業への投資計画といった、長期に渡る事業運営の最適化を実現するためのAI予測に期待値がある。

こうしたニーズに対して、以前は主に現場の困りごとに対してアプローチを行い、そこから段々と上位へ話を持っていくというプロセスを経ていたが、脱炭素が経営判断の大きな基準となったことで、このプロセスがそぐわなくなってきたと榎本氏は言う。

「日々の業務改善ももちろん必要ですが、エネルギー課題は長期かつ幅の広い問題です。そうした際に、決定権を持つ管理層や経営層へのアプローチも必要となるため、最近では上位層に説明する機会を増やす活動も進めています。」(榎本氏)

経営層へ向けたアプローチとして、過去データから設備投資効果の結果を導き出すモデルを構築し、その結果から最適な設備計画を、コストなどとのバランスを見ながら決定できるよう提示したという事例がある。

将来を予測してエネルギーの最適化を図り、脱炭素と事業成長を両立させる ―三菱重工 榎本智之氏インタビュー
右:過去データから、Q(クオリティ:品質)、C(コスト:費用)、D(デリバリー:納期)といった、設備投資効果の試算を行っている。 左:設定した目標へ向け、リアルタイムのデータを分析することで、現場の運転方針の決定を支援している。

この事例では、CO2の排出量を抑えることが経営層のトッププライオリティだったが、現場では長期におけるCO2排出量の管理が行えていなかった。

そこでまずは、過去データから設備投資効果を試算することで、どのような設備投資を行うかの指針を示した。

そして設備投資を行った後には、設備の運転情報に加え、リアルタイムな市場や経済動向といったオープン情報や、顧客管理情報やフィールド情報などのデータを分析し、予測された最適化の結果を現場や管理層に示すことで、運転方針の決定を支援したのだという。

こうすることにより、経営判断の指針を示すと共に現場の理解を促し、全社的な方向性の打ち出しと最適化を可能にするのだ。

経営層の意識の高まりについて榎本氏は、「CO2排出量を算定報告するための国際基準である『GHGプロトコル』の浸透をはじめ、今後CO2排出量の可視化や削減努力は経営者にとって無視できない事柄です。

自社だけでなく、サプライチェーン全体の可視化や最適化への流れが増していく中で、脱炭素への関心は高まっていると感じます。」と語った。

各階層やニーズに合わせて必要な予測を行い、最適化を実現する

次に、こうした各階層のニーズに対して、三菱重工が対応した事例を紹介する。

1つ目は現場層へ向けた、石油精製会社の事例だ。

将来を予測してエネルギーの最適化を図り、脱炭素と事業成長を両立させる ―三菱重工 榎本智之氏インタビュー
石油精製工場のオペレータ向けに生産プロセス全体の最適化を実施した事例

石油精製工場では原油の精製が行われるが、様々な産地から調達する原油はそれぞれ性質や状態が異なる。その状態を理解した上でプラントの最適化を行う必要があり、オペレーションは非常に複雑なのだという。

そこで「ENERGY CLOUD」を活用して各原油の性質や状態を把握し、各原油に応じて必要となるエネルギー(この事例の場合水素)量を予測。最適な運転ガイダンスと、効果の予測結果を現場オペレータに示した。

「この事例では、プラントの効率を上げるという点と、技術継承を行えるという点で評価していただきました。

これまでは、経験値のあるベテランオペレータにしか分からなかった最適な運転を、AIを活用することで継承することができました。」(榎本氏)

2つ目は管理者向けに導入された、複数の化学企業に跨ったコンビナート地区の事例だ。

この事例では、「燃料供給企業」「エネルギー供給企業」「需要企業」と、複数企業間で各種エネルギーの供用が進んでおり、CO2削減を行うには、各企業の状況変化を把握し予測する必要があった。

将来を予測してエネルギーの最適化を図り、脱炭素と事業成長を両立させる ―三菱重工 榎本智之氏インタビュー
コンビナートの管理者向けに地区のプラント全体の運用最適化を実施した事例

そこで各企業のデータを収集し、電力需要や価格を予測。プラント全体の運用の最適化を行ったのだ。

それぞれの企業が最適にしたい価値判断が異なるため、コストとCO2の排出量のバランスを見ながら最適な運転ガイダンスを示すことで、管理者の支援を行ったのだと榎本氏は述べた。

3つ目が、エネルギー供給を行う発電事業者の経営層に向けた事例だ。

将来を予測してエネルギーの最適化を図り、脱炭素と事業成長を両立させる ―三菱重工 榎本智之氏インタビュー
発電事業者の経営者向けに最適運営のための生産プロセス全体の最適化を実施した事例

この事例の発電事業者は、燃料を調達して熱と電気を生成し、契約している複数の企業に供給していた。

企業ごとに使用する時間帯や使用量が異なるため、それに伴ったプラント運営を行う必要があったという。

そこで「ENERGY CLOUD」を導入し、各企業のデマンド(30分間で使用される平均値)を予測。それに基づいた熱と電気の生成を行うことで無駄をなくし、収益が最大化するプラントの運転ガイダンスを示したのだ。

このように、達成したい目標やニーズに合わせてモデルを構築し、各階層へ向けての支援を行っている。

しかし全ての事例において共通しているのは、過去の事例から将来起こる予測を行い、予測した内容の組み合わせの中で、目的に合った最適な答えを選択できるよう取り組んでいる点だと榎本氏は語った。

サプライチェーン全体の最適化を目指して

最後に、脱炭素実現へ向けた三菱重工の今後の展開について伺うと、大きく2つのアプローチがあるのだという。

1つ目は、発電会社や電力会社といった、エネルギー供給事業者の電力のクリーン化および安定供給への取り組みだ。

再エネ設備の導入や燃料転換は、一気に100%実現するのはコストや時間などの面で現実的でないため、現場の設備を活かしつつ、徐々に導入や転換を進める必要がある。

そこで、途中段階においても可視化をしていきながら、今できるCO2削減と、最終的な脱炭素へ向けての取り組みの支援を行っていくのだと榎本氏は言う。

「もともと三菱重工は、自家発電設備の新設やそれに伴うサービスの提供を行ってきたので、最終的な脱炭素へ向け、設備を構築するご提案もできます。

まずは導入コストを下げた形でCO2削減比率を上げていき、利益を増加させながら徐々に設備投資を行うなど、長期的にお客様と問題解決に取り組んでいます。」(榎本氏)

2つ目が、自家発電を行っている産業部門における、電力の有効活用への取り組みだ。

昨今、電力の自由化が進んだことにより、分散型のエネルギー供給体系が加速しているのだという。

そうした際、自家発電を行っている産業部門の電力に注目が集まっており、自家消費にとどまらない価値創造が見込まれている。

将来を予測してエネルギーの最適化を図り、脱炭素と事業成長を両立させる ―三菱重工 榎本智之氏インタビュー
クリーン電源をはじめ、電力の自由化が進んだことで、分散型エネルギー供給体系が生まれている。その中でも産業部門(緑枠)に注目が集まっているという。

現状では、事業者が自家発電した電力は自家消費に充てられ、余剰の電力は万が一のために確保されているケースが多い。

しかしこの余剰分のエネルギーに価値があり、新たな収益源となる可能性があると榎本氏は述べる。

「エネルギーの自家消費をしている事業者は通常、突然の生産形態やプロセスの変更などでエネルギーショートが起きないよう、余剰エネルギーを蓄えています。

そうした余剰エネルギーは、季節や時間帯などを加味した正確な予測を行うことで、必要以上に蓄える必要がなくなり、外部へ供給することができます。

実際に現在でも電力会社は、季節外れの寒波などによる急な電力不足の際には、契約している自家発電を行っている企業の余剰分を調達し、一般家庭に供給するということを行っています。

産業部門の自家発電による余剰電力は、想像以上の価値があり、クリーン電源による余剰電力であれば、その価値はさらに増します。

資産が収益に貢献し、その収益でまた脱炭素へ向けた投資を行うという、好循環を生み出すことが可能です。」と、産業部門においても、エネルギーの予測および電源のクリーン化の両軸で提案を行っていると述べた。

将来を予測してエネルギーの最適化を図り、脱炭素と事業成長を両立させる ―三菱重工 榎本智之氏インタビュー
自家発電を行っている事業者のプロスセスに「ENERGY CLOUD」を活用した際の、発電から余剰活用までを表した図

また、電力の供給を受けて事業を行っている需要家のニーズも、クリーンエネルギーに注目が集まっていると榎本氏は語る。

「将来的には、燃料を使ってエネルギーに転換し、生産活動を行って余剰をハンドリングする。そしてその余剰を必要とする需要家に供給するという、エネルギーのサプライチェーン全体を最適化するような仕組みを構築していきたいと思います。」と、今後の展望を語った。

つまり、サプライチェーン全体のエネルギー最適化を実現するには、企業ごとに異なる設備環境やCO2排出量を把握し、各企業にとっての最適な「答え」を見出す必要がある。

そうした際に、ニーズや状況に合わせた最適な選択肢を提示し、共に「答え」を考えながら取り組んでいきたいと榎本氏は述べた。