三越伊勢丹が、積極的にIoTに取り組む理由 -三越伊勢丹ホールディングス 北川氏インタビュー

百貨店の株式会社三越伊勢丹ホールディングスの各担当者にインタビューを実施した前回の記事は、これまでの取り組みの中で、良い結果が出たサービスや課題が残ったサービスなど個別の施策についてだった。

・参照:ファッション×テクノロジーの最先端を行く。 三越伊勢丹のIoT活用インタビュー

今回の記事は、三越伊勢丹グループのIoT(デジタル)戦略を担当する、株式会社 三越伊勢丹ホールディングス 秘書室 特命担当 部長 北川竜也さんに、デジタルへの取り組みを本格的に展開していくうえで、なぜそこにいたったのか、伊勢丹新宿店が取りくむ意義や強み、今後の展望についてなどを伺った。

 

伊勢丹新宿店が、積極的にIoT(デジタル)に取り組む理由

 
-伊勢丹新宿店がIoT(デジタル)に取り組む理由を教えてください。

ファッションミュージアムと位置付けている伊勢丹新宿店では、ファッション×テクノロジーにおいても、どこよりも早くお客様に触れていただいて、未来を感じていただいたり、ファッションの楽しさやワクワク感を感じていただきたいと思っています。そのひとつの企画が8月に開催した「彩り祭」で、デジタル技術を使用したミラーmemomiや、3Dプリンターで製造された商品などを展示しましたが、それだけが答えというわけではありません。

デジタルのテクノロジーといっても、デジタルとアナログを分けるもの何かといわれると、非常に定義が難しいのですが、究極はアナログの素晴らしさをいかにデジタルの力で広げていくかだと思っています。社長の大西も申し上げているように店頭での接客や、人対人のコミュニケーションがあって、いかにそこを高め、いかにお客様の体験を素晴らしいものにしていき、結果としてお客様の人生が、豊かになっていくということに貢献するという意味においては、デジタルもアナログも一緒ですし、デジタルだからどうこうというのは究極的にはないと思っています。

ただ、現時点ではデジタルと言った方が周知されやすかったり、それによりどのように生活が変わるかというのが具体的にイメージしやすいので、わざわざデジタルを銘打ってやっているというのが一番根底にある考え方です。

 
-お客様からの反応はどうでしたか。

3Dプリンター、デジタル技術を使用したミラー、ロボットという分かりやすいものから、Makuakeの様なお客様とモノの接点がデジタルとなるようなものまで、デジタルをキーワードにした様々な表現をさせていただいたので、社内外から「雑多なものが集まっているね」とご意見をいただいたこともありました。それくらい、ファッション×デジタルの世界、ファッション×テクノロジーの世界は様々な側面を持っていて、言い換えれば混沌としていて、これからその世界を模索し続けた人がある種の答えにいたるのではないかというのを痛感しています。

三越や伊勢丹がデジタルに力をいれているもうひとつの理由は、お客様にIoTに代表されるテクノロジーを安心安全に、かつ豊かにお使いいただく環境をご提供したいからです。テクノロジーの進化のスピードは加速度的に増しており、その裏返しとしてどう使えばよいのか、使ってしまって大丈夫なのか、という不安を喚起してしまう側面もあると思っているからです。ムーアの法則ではありませんが、このテクノロジーの進化のスピードの加速は今後も止められないと思っています。

 
-するとどうしたらよいとお考えでしょうか。

だからこそ、私は文化や哲学や思想が改めてとても重要になってくると思っています。三越や伊勢丹が100年以上かけて作り上げてきたお客様との信頼関係や、ブランド、「三越で買ったワインだったらきっと美味しいよね」とか、「伊勢丹が提案してくれる服ってやっぱりお洒落でクオリティがいいよね」、といったお客様からいただく大変ありがたいお声にも含まれる安心、安全、信頼感や上質感というのは、そう簡単に作れるものではありません。

弊社は偉大な先人たちが築いてくれた文化がありますので、それこそがお客様の疑問や不安を解消するもっとも大きな要素の一つになるのではないかというのを考えています。例えば、お客様からお預かりするオーダー用のサイズデータやお好みのデータも、やりかたはアナログですが、弊社はずっとやり続けてきている訳で、その取扱いに対する意識や、ルールも徹底しています。つまり、これまで我々がご提供してきた安心安全をベースにし、これからますます増えてゆくデジタルソリューションのご提案をさせていただくことが、結果として何よりの差別化につながるのではないかと思っています。

 

株式会社 三越伊勢丹ホールディングス 秘書室 特命担当 部長 北川竜也氏
株式会社 三越伊勢丹ホールディングス 秘書室 特命担当 部長 北川竜也氏

 

-先日Makuakeの展示を拝見しましたが、クラウドファンディングを知らない方でもアナログ接客をして、どういう意図で展示しているか、という点をお伝えすると、支援をするという方もいらっしゃるという話を伺い、クラウドファンディングにアナログを組み合わせるというのが面白いなと思いました。

もちろん情報量という差もあると思いますが、人間ってやっぱり、二次元の画面からくる情報とアナログでは受け取り方が違うと思います。アナログで一度お会いすれば空気感とか、その人の言葉のトーンとか、色々な情報を受け取っているのと同じように、アナログでしか得られない情報をご提供して、デジタルの足りない部分を補完していくというのができるようになれば、みなさんが抱いている「これをどう使えばいいんだ」、という疑問に一番お答えができるのかなと考えています。

 
-他の百貨店では、現場レベルでデジタルに取り組みたくても、なかなかここまで大々的にデジタルに取り組めていないと思います。伊勢丹でここまで大きく取り組める理由は、やはり会社のカルチャーというのが大きいのでしょか。

そうですね、この会社の企業文化そのものだと思います。より新しいもの、よりよいものを、可能性があるものは常に一番早くお届けしたいとか、ワクワクしていただける環境を常に他に先駆けて作っていきたいという会社全体が持っている気概というのがベースにあります。とはいっても、どうしてもリスクもたくさん伴う話ですので、実行するときは慎重に、注意しながら進めていますが。

そして、これからファッション業界で大きなビジネスになるのは、データの取り扱いだと思っています。ビジネスという事業という観点で、利益の源泉となっていくという意味と、セキュリティという意味で経営戦略上の重要な位置を今まで以上にデータが占めるようになります。

ただ単に購買情報や来店いただいた時のお話になられた情報というものを分析していくということだけではなくて、データそのものをいかに活用し、お客様への提案の幅を広げるかが重要となってくると思います。

今回色々なデジタルとファッションが融合した試みを展開した「彩り祭」も、実は全て繋がっています。例えば、接客の場面にテクノロジーが入ることで、膨大なデータが蓄積できるようになると、人間に扱える情報量をはるかに超えてしまうことになります。そこで、そのお客様との接点を人とロボットの組み合わせにすることで、蓄積しやすくする、お客様に余計なストレスをお与えしない、ということが可能になります。

人工知能を取り入れたのは、まさにその点に繋がるのですが、この膨大なデータを人工知能に解析してもらい、人工知能がある種の提案のベースを作るということをやってくれれば、店頭のスタッフはその瞬間のお客様との接点にパワーを注ぐことができます。過去のものを見返して、頭に入れなおして、記憶違いなどの間違いがテクノロジーの力で、補完されます。

今後、人工知能も相当な転換期を迎えていると思っています。人工知能を使うこと自体は、目新しくなくなりました。これからは、どう活用するかですし、どう仮説を作るかなんだと思います。

人工知能にどういう仮説を入れ込んで、どう活用するのか、の知見を溜めるにあたって、我々は色々な挑戦をしたことの経験が財産になると思っていて、これは事例をベンチマークすることとは比較にならない、血となり、肉となっている知見です。だからこそ挑戦を重ねています。

また、今回デジタル技術を使用したミラーの展示も行いましたが、その場で我々のスタイリストが、お客様から聞かれたことそのものが、何よりの我々の経験値になっていきます。頂いた疑問や不安をどんどん解消していく。実行と検証の繰り返しです。そういう意味でも今後世の中にあらわれてくる様々なソリューションをどんどんこれからも入れていきたいですし、しっかりとレビューをすること、やめることはやめ、残すものは残し、というのを会社の機能として持っていきたいなと思っています。

 

人工知能が、販売員の接客をサポートする

 
-百貨店のスーパーセールスマンでも、過去の購入履歴など記憶できるお客様の情報は数百人と聞きました。人工知能はお顔を見たらお客様もわかり、購入履歴などもすべてを覚えられるそうですね。

スーパーセールスマンでも、何百人のお客様が何を買ったかまでを全て記憶するのは難しいと思います。

今回人工知能接客ということで導入しているのは、カラフルボードさんのSENSYですが、我々の社会的役割がもうひとつあるとすれば、そういうベンチャーの方と切磋琢磨することなんですね。

私はこの百貨店業界が長くないので、すこし客観的な視点となってしまいますが、人工知能を導入すれば、飛躍的にお客様の接客が変わるとか、情報を全部一気に引き出せるようになる、ということはすぐにはできないと思っています。

人工知能もトライ&エラーの繰り返しで精度が上がっていきますが、我々はその速度を高められるようなリアルな情報をご提供したり、お客様からの厳しい声をフィードバックすることができ、人工知能サービスが本質的な成長を実現してゆく、ということを目指しています。こういった大企業とベンチャー企業の取組みというのは、実は事業を通じて大いにできると思っています。双方がちゃんと緊張関係を持ってお互いに学びあうという関係性をつくることが、結果として何よりのベンチャーマーケットを育てる我々からのアプローチになるのではないかと思っています。

 

個人のパッションが会社を成長させていく

 
-今後、ベンチャーと大企業が一緒になっていかないとIoTの世界ではなかなか広がらないとも言われていますが、ベンチャーも大手企業もどういった企業に話をしていいかわからないという声も聞きます。どういう形で接点を持っていますか?

世界的に情報を集めているベンチャーキャピタルや研究所などとの太いパイプを持って情報を得ることが大事ですが、いくら情報があっても全てが活用できるわけではありません。全て重要な情報であることは間違いないのですが、弊社が取り組むべきかどうかという点で考えると、活用可能な情報はほんの一握りです。

大企業が戦略性、価値観、社会的意義を明確にして、パートナーとなるベンチャー企業と話をしていくことが大事だと思っています。ベンチャー企業のサービスをひとつ導入するだけでも、弊社もそうですが、かなりの時間と労力がかかります。ベンチャーにお任せというようなスタンスではなく、信頼関係を築きながら、一緒に積み重ねていくことが重要と考えます。

また、会社の仕組みも大事なのですが、担当する人のパッションもとても重要です。

予測ができない新しいことへのチャレンジは、当然のことながら失敗のリスクも高く、問題がどんどん出てきます。これら問題は仕組みで解決しようと思っても、前例がないので仕組みそのものがありません。そうした課題をクリアする原動力となるのは、新たなマーケットを作りたい、新たな価値をお客様に提供したい、というパッションだと思っています。実はそこにかなりの成功要因が含まれているような気もします。

 
-伊勢丹にはそういうパッションの方が多いから、できていることなのでしょうか。

新しい価値をお客様に早くお届けしたい、お客様に少しでもいい購買体験をしてもらいたい、ということに対するパッションを持った人材は多いと感じています。

もちろん、既存の仕事の進め方はお客様に価値を提供するために最適化されている部分も多く、それはそれで非常に大切です。私は、今までお客様との関係を築いてくれたお買い場のスタッフやスタイリストをリスペクトしているので、不安なことがあれば是非とも一緒に解決したいと思っています。

今後、決済、物流、お客様とのコミュニケーション、得られるデータ、服そのもののIoT化等、ファッションというカテゴリでは収まりきれない状況になってくるだろうと予測していますので、店舗との連動が今後ますます重要になると考えています。

 
-例えば、人工知能などはファッションだけではなく、食の好みも学習していくと言われていて、このファッションが好きという方にはこういったスイーツがおススメ、という提案ができるようになると言われています。

そうですね、その通りだと思います。そのように人工知能がお客様へ食を提案した時に、お客様が感動するのは、「実際に食べた瞬間」です。我々はラストワンマイルをご提供できる環境にあり、新宿や、銀座、日本橋という素晴らしい立地を我々の強みとして使っていきたいと考えています。デジタルの世界を知れば知るほど、アナログが重要になるというのはそのようなところにも表れてきます。

 

株式会社 三越伊勢丹ホールディングス 秘書室 特命担当 部長 北川竜也氏
株式会社 三越伊勢丹ホールディングス 秘書室 特命担当 部長 北川竜也氏

 
-今後はどのような取り組みをやっていかれるのでしょうか。

今までお話した内容の繰り返しにはなってしまいますが、3Dプリンティングや、バーチャルなフィッティングなど、お客様一人一人にパーソナライズされたご提案をどんどん進化させてゆきたいと思っています。本質的に、お客様への安心安全のご提供という前提で、新しい上質なライフスタイルをご提案申し上げるということに全てを帰結させて参ります。

もっといえば、そうしたサービス提供を下支えするシステムの刷新や、データの管理、お客様にご提供する接点の変化までも、全て変化してはじめて、お客様への提供価値になると考えておりますので、新しいことに取り組んで盛り上げるということだけではなく、その深いところまで含めて、デジタルの取り組みだと考えています。

IoTはまだ明確な答えがない世界なので、これからは、どれだけ挑戦したか、そこからどれだけ学んだか、を繰り返した企業のみが勝つと思っています。失敗しても数年後には良い結果を出すということがきっと価値になります。企業側もある程度の失敗を許容するという、変化が求められるでしょう。

これを楽しめる人、ワクワクできる人が次の時代を担っていくのではないかと思っています。

 
-本日はありがとうございました。

三越伊勢丹のデジタル(IoT)への積極的な取り組みは、あくまでも顧客とのアナログな関係をより良いものにするための、ひとつの手段であるということが伝わってくるインタビューであった。

彼らのように、どんどん新しい事を取り入れていくという会社のカルチャーは、なかなか他の企業では真似できないことも多いかもしれない。重要なのは、向き合っている顧客に対して、なにができるか?を考え、実現に向かおうとする個人のパッションだ。

「IoTはまだ明確な答えがない世界なので、どれだけ挑戦するか、学んだか、を繰り返す企業のみが勝つ」という言葉に学びたい。

・第1回目の記事:ファッション×テクノロジーの最先端を行く。 三越伊勢丹のIoT活用インタビュー

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