「マイクロデータセンター」は、冷蔵庫大の「小さなデータセンター」だ。空調や分電盤、UPS(無停電電源装置)、セキュリティ、監視機能など、データセンターに必要な機能が小さな「箱」の中に組み込まれている。サーバルームとしての利用のみならず、DXに欠かせないツールとして、欧米などではすでに広く普及している。日本国内ではネットワーク大手のIIJ(インターネットイニシアティブ)が「DX edge」というブランド名で2021年11月から提供しており、その概要については別の記事で紹介した。
DX時代のサーバルーム新常識、冷蔵庫大のマイクロデータセンター「DX edge」とは? ―IIJ竹内氏・室崎氏インタビュー
本記事では、IIJの竹内信雅氏(サービスプロダクト推進本部 営業推進部 担当部長)と、室崎貴司氏(基盤エンジニアリング本部 エンジニアリング事業推進室 副室長)の監修のもと、製造業や物流、医療の分野を中心に、マイクロデータセンターの具体的な活用法やメリットを10の項目にまとめた。
1. サーバルームの所有から利用へ:導入から保守までワンストップでお任せ【全業種向け】

オンプレミスのサーバルームは、設備やサーバ等のハードウェアだけを購入し、導入から保守メンテナンスまで自社で運用するのが一般的だ。マイクロデータセンターに関しても同様なケースが多い。一方で、自社での運用に人員やコストをかけたくないという場合は、導入から運用、保守メンテナンスまでのプロセスをワンストップでお任せするということも可能だ。それが、IIJが提供する「DX edge」である。
たとえば、「工場でラインが止まってしまったとき、サーバ管理者の所在があいまいで対応が遅れてしまうといった話を聞くことがあります。しかしDX edge の場合は、IIJのリモート運用保守サービスにより速やかに対応できるため、現場のダウンタイムを短縮することにもつながります」とIIJの室崎貴司氏は説明する。
「DX edge」の特徴の一つが、セキュアな閉域ネットワークを介して、遠隔でユーザーのマイクロデータセンターを管理・制御する「リモート運用保守」の機能だ。故障があった場合にはリアルタイムで検知し、IIJがリモートで切り分け作業を行うだけでなく、現地への修理手配も代行する。つまり、サーバ自体は自社の現場などに(オンプレミスで)設置するものの、データセンターやクラウドサービスと同じ便利さで利用することが可能なのだ。「DX edge」はサブスクリプション(月額使用)のサービスも提供されている。
2. 工場の空きスペースにマイクロデータセンターを設置し、エッジAI を短期間・低コストで実現【製造業向け】
製造現場ではAIの活用が進んでいる。AIの学習や推論にともなう膨大なデータの処理をすべてクラウドで実行しようとするとネットワークの遅延が生じ、リアルタイム処理が困難となるケースが多くみられる。遅延が生じないようにネットワーク帯域を増強するとコストがかかり、クラウドサービスの料金も膨大になってしまう。そこで近年では、一部のデータ処理を「エッジ」(現場のオンプレミス・サーバ)で補う方法も活用されている。これを「エッジAI」という。

エッジAIでは、計算処理を行うサーバをどのように配置するかが課題となる。新たにサーバルームを工事・設置するとなると、その分のコストやスペースの確保が難しい。最も手軽なのはサーバを現場の産業機器の傍に置いてしまうことだが、工場の現場はほこりや機械の油などが飛散し、高価なサーバをすぐに故障させかねない。セキュリティや保守メンテナンスをどうするかという問題もある。
これらの問題を一挙に解決してくれるのがマイクロデータセンターだ。サーバルームを新設することなく、工場の空いているスペースに設置するだけで、エッジAIをすみやかに実現することが可能だ(上の図)。また、IIJが提供するマイクロデータセンターは最高水準の防じん・防水性能(IP65)をもつため、水や埃、金属の切りくずが舞うようなサーバにとって過酷な環境の中に置いても問題ない。工場のDX担当者はサーバの管理に手を煩わせることなく、DXの推進に注力することができる。
製造現場のAI活用には、異常検知や予兆保全、製品の外観検査など多くのユースケースがある。たとえば製品の外観検査では、1台または複数台のカメラを使って製造した製品の写真を撮り続け、それらをAIで解析することで、不良品を見つけ出す。こうしたAIの画像処理には、専用のサーバや産業用パソコンを現場に設置する必要がある。
カメラ1~2台程度であれば小型の産業用パソコンでも十分かもしれないが、工場全体でAIを本格的に運用する際にはさらに秒間数十ギガバイトといった大量のデータ処理をしなければならなくなる。その場合には、産業用パソコンを何台も個別に設置するより、「小型のデータセンター」であるマイクロデータセンター1台にまとめてしまった方が効率的だ。
3. 工場オートメーション化の鍵を握る「ソフトウェアPLC」をマイクロデータセンターに実装する【製造業向け】
近年では工場の「オートメーション化」(自動化)が進んでいる。自動化の鍵を握るのが、製造設備を制御する「PLC(プログラマブルロジックコントローラ)」の統合だ。
従来のPLCは、メーカーごとに通信プロトコルやプログラム言語が異なるため、複数の機器やシステムを統合することが難しく、自動化の障壁となっていた。そこで近年では、汎用的なハードウェアの上にPLCをソフトウェアとして実装すること、つまり「PLCのソフトウェア化」によって、さまざまなメーカーのPLCを統合するソリューションが提供されている。このアプローチにより、異なるメーカーのPLCを共通のシステムで統合することが可能になり、工場全体の一貫した制御と管理が実現する。
この場合にも、ソフトウェアPLCを実装するためのハードウェア(サーバ)が必要だ。マイクロデータセンターであれば、現場の空いているスペースに手軽に設置することが可能で、トラブル対応や保守メンテナンスをワンストップで任せることもできる。導入時や運用時のコスト、担当者の労力を大幅に削減することができる。
4. 倉庫管理システム(WMS)のバックアップをマイクロデータセンターに実装する【物流向け】

物流の「2024年問題」を乗り切るため、荷待ち時間やトラックの待機時間の短縮など、物流現場では劇的な効率化が求められている。そのため、在庫管理や入出庫作業、ピッキングなどの業務を効率的に管理・最適化する「ウェアハウスマネジメントシステム(WMS)」の導入を含めたDXが進められている。
WMSなどのソリューションは多くの場合、クラウド上で構築されている。しかし、利用しているクラウドサービスやネットワークで障害が起きた場合、業務・配送が止まってしまい、多大な損害を被るリスクがある。そのため、現場にバックアップシステムを置くことが解決策となるが、物流倉庫には基本的にサーバルームはない。
バックアップシステム用として、マイクロデータセンターを物流倉庫に設置することが解決策の一つになる。マイクロデータセンターに「ハイパーコンバージドインフラストラクチャ(HCI)」やパブリッククラウドのアプライアンスなどの仮想化ソリューションを搭載すれば、クラウド環境をオンプレミス環境に設置して、シームレスに接続することも可能だ。
IIJの竹内信雅氏は、「物流DXによりペーパーレス化が進められているのもかかわらず、システムのバックアップが必要であるために紙の伝票を完全に廃止できないという現状があります。マイクロデータセンターでバックアップシステムを構築し、安全に運用することで、完全なペーパーレス化を実現することができます。またマイクロデータセンターの場合、物流倉庫の基幹システムだけでなく、AGV(自動搬送車)やAMR(自律移動ロボット)、さらにはそれらのシステムを動かすためのローカル5Gのサーバなどもまるごと搭載することで物流・倉庫のDXを定着させることが可能です」と説明する。
5. サーバルームの要求基準が厳しくても、マイクロデータセンターなら低コストで効率的に整備できる【製造業/物流向け】
多くのグローバル企業では、全世界で統一された要件のデータセンターの設置が一般的であり、サーバルームの要求基準が厳しく設定されていることが多い。そのため、外資系企業の日本拠点においても、サーバルームの耐障害性や可用性に対して厳しい要求基準を満たす必要がある。
たとえば、空調や電源の冗長化、高度な物理セキュリティ、人体や機器に影響のない消火設備などが必要であり、これらの整備には相当なコストがかかる。たとえば、サーバルームの消火設備をガス式にするだけでも数百万円以上のコストがかかることもある。
そこで、マイクロデータセンターが一つの解決策となる。サーバルームの規模が大きいほどコストもふくらむが、マイクロデータセンターならコストを最小限にしつつ、厳しい基準を満たすことができる。IIJが提供するマイクロデータセンターは、空調や電源の冗長化、高度な物理セキュリティなどが組み込まれている。さらに、顧客の要件に合わせて機能をカスタマイズすることも可能である。
6. 自社の各拠点に分散させたサーバ環境を標準化し、リモートで一元管理できる【全業種向け】

工場や事務所を多拠点に展開する場合や、SaaS(インターネット経由で、ソフトウェアやアプリケーションを利用できるサービス)を提供する場合には、コストやガバナンスの観点でサーバインフラをクラウドやデータセンターにまとめて置くのではなく、自社の各拠点とデータセンターに分散して配置することもある。その理由の一つはBCPだ。分散配置しておくことで、ある拠点のサーバが災害などで機能しなくなっても、他の拠点からサービスを継続的に提供(利用)することができる。
この場合、複数の拠点にサーバルームを設けるとコストが大きくなるが、代わりにマイクロデータセンターを使用すれば、安価に省スペースで分散配置できる。すべての拠点のサーバルームに管理担当者を配置することは難しく、管理状況にばらつきが生じてしまうこともあるが、マイクロデータセンターの場合はすべての拠点のサーバルームの設備も含めて構成を標準化し、サーバをリモートで一元管理することも可能である。管理ネットワークには、IIJの閉域モバイル回線を利用することで、拠点のネットワーク障害時でも別経路からサーバの状態を確認できる。
7. 省エネによりサーバ運用にともなう消費電力やCO2排出量を削減できる【全業種向け】
DXやAIの活用が進むと、サーバルームやデータセンターの稼働も増えるため、消費電力や二酸化炭素の排出量も増えることになる。
データセンターのエネルギー効率を評価する指標として「PUE(Power Usage Effectiveness)」がある。PUEは、データセンター全体の消費電力をIT機器の消費電力で割った値だ。IIJが提供するマイクロデータセンターのPUEは1.2台で、クラウド向けの最新鋭のハイパースケールデータセンターと変わらない性能だ※1。従来のサーバルーム全体を空調で冷やす一般的な方法では、PUEは平均で2~2.5台である。
また、「DX edge」の稼働モニタリング機能を使えば、マイクロデータセンター内に設置したサーバ等の機器ごとの消費電力や空調の消費電力を可視化することも可能。マイクロデータセンターは、消費電力や二酸化炭素の排出量の削減においても有効なツールなのだ。
※1 PUE1.2は、サーバの消費電力(エネルギー使用量)1に対して、空調などそれ以外の消費電力が0.2ということを意味する。
8. 自然エネルギーと衛星ネットワークで、地球上のどこでもサーバを運用できる【全業種向け】
マイクロデータセンターは、離島や人里離れた遠隔地、インフラの整っていない地域でのユースケースも考えられる。太陽光パネルと蓄電池または発電機による自立給電システムと、「Starlink」※2などの地球規模のインターネット通信を組み合わせれば、文字通り地球上のどこにでもマイクロデータセンターを配置し、サーバを運用できるようになる。「マイクロデータセンターの中に搭載するサーバ類のセッティングを工場であらかじめ行っておけば、あとは現地に輸送してネットワークにつなげるだけでよく、残りの調整作業はリモートで行えます」と室崎氏は説明する。

また、マイクロデータセンターはサーバルームなどの設備が整っていないイベント会場などで、持ち運び可能な「移動式のサーバルーム」としても活用できる。たとえば近年では、スポーツやコンサートの会場で、マルチアングルでオンデマンドな動画配信や、複数のカメラの映像データから人流を解析し、混雑しないルートをAIで推論する方法なども検討されている。そうした現地でのAIを活用したリアルタイムのデータ処理などに、マイクロデータセンターが活用できる。
「マイクロデータセンターのサイズが12Uのタイプだと高さは1メートル、重さはサーバを入れても200キログラム程度なので、車で現地まで運搬できます。あとは電源につないで、Starlinkなどを使ってインターネットに接続すれば、すぐに使用できます」と室崎氏は説明する。
※2 アメリカのスペースX社が提供する衛星インターネットサービス。専用のアンテナを購入して設置し、月額費用を支払えば個人でも利用することが可能。山間部や離島、海上など通信インフラが整備されていない地域でもインターネットを利用できるというメリットがある。また、災害などで一時的に地上の回線が使えなくなったときのバックアップ回線としても活用が期待されている。
9. 個人情報の保護など、監視カメラ×AIソリューションの課題を一挙に解決【不動産/警備/自治体向け】
近年では、街中のさまざまな場所に設置された監視カメラの映像をAIで解析し、地域の見守りや災害監視、人流解析といった幅広い用途に活用する取り組みが進んでいる。カメラ映像の利活用は、スマートシティの重要な要素の一つとして、今後さらに拡大する見込みである。
カメラの映像データの処理において、現地のサーバとしてマイクロデータセンターを使用することが有効だ。一般的には、SIMを搭載したカメラを使ってデータをクラウドへ送信し、クラウド側で映像解析のためのAIモデルを学習・推論するケースが多い。しかし、カメラの台数が増えると、クラウドへ大量の映像データを送るための通信コストや処理コストが大きくなるという課題がある。
マイクロデータセンターを現地に配置することで、カメラ映像の解析をローカルで行い、クラウドへ送信するデータ量を必要最小限に抑えることが可能だ。これにより、通信やクラウドのコストを抑えられるだけでなく、ネットワークの遅延なく現地でリアルタイムにデータ処理することで、災害時や緊急事態にも迅速に対応できるようになる。
また、カメラ映像には個人が映り込むことが多いため、個人情報の保護が重要となる。マイクロデータセンターでデータをローカル処理し、必要なデータのみ匿名化やプライバシー保護を施してクラウドへ送ることで、セキュリティリスクを低減できる。また、元の映像データは短期間のみマイクロデータセンター内に保管し、その後廃棄することで、個人情報の保護を強化することも可能である。
10. 病院内にマイクロデータセンターを設置し、医療画像データのAI解析を安価に短期間で実現【医療向け】
近年では病院でもAIの活用が進んでおり、CTやMRI、顕微鏡などの医療画像データを解析して病状を特定する技術が導入されている。しかし、医療画像データは非常に容量が大きいため、これらのデータをすべてクラウドに送信して処理すると、ネットワークやクラウドのコスト負担が大きいうえに、ネットワーク遅延により処理結果を即座に活用できないという課題がある。
そこでマイクロデータセンターを医療機器の近くに設置することで、画像データをローカルで迅速に処理でき、ネットワーク遅延を大幅に削減できる。リアルタイムに近い形で処理結果を医師が確認できるため、診断や治療のスピードが向上する。また、マイクロデータセンターはリモート運用保守の機能もそなえているため、病院のIT担当者が常駐していなくても安心で、そういったソリューションを提供するベンダーもインフラの監視や保守から解放される。
まとめ
本記事では、マイクロデータセンターの10個の使い方やメリットを紹介した。IIJの室崎氏は次のように語っている。
「マイクロデータセンターの導入や検討の事例は着実に増えてきており、それらをもとに今回10個の使い方をまとめました。マイクロデータセンター自体まだ馴染みの少ない製品であり、データセンターと聞くと設備だけというイメージを抱かれるかもしれませんが、IIJはネットワークのインテグレーション、また運用に必要な機能をワンストップで提供できます。もちろん、自社で管理・運用してもいいですし、一部の機能だけお任せということも可能です。
今後は、マイクロデータセンターを活用するエンドユーザーだけでなく、各業界や分野に特化してソリューションを提供するベンダーとも協業していきたいと考えています。本記事を読んで関心をもった方は、ぜひお問い合わせをいただければと思います」
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技術・科学系ライター。修士(応用化学)。石油メーカー勤務を経て、2017年よりライターとして活動。科学雑誌などにも寄稿している。