8割以上の正診率で早期胃がんの進行度診断を支援するAIシステムを開発 ―両備システムズ 大戸氏インタビュー

胃がんは、早期に発見すれば十分に治癒が可能な病気だが、進行すると死亡率が高くなるという特徴がある。

加えて、早期に胃がんを発見できたとしても、がんが胃の壁のどの層にまで浸潤しているかを示す深達度の正確な判定は、専門医でも難しいのが実情だ。

がんの深達度は、胃がんを治療する際、胃を温存することができる内視鏡を用いた方法と、胃の一部または全部を切除する外科手術かを選択するための重要な指標だ。しかし、現状では、診断の精度が不十分であることや、医師によってばらつきがあるといった課題がある。

こうした中、株式会社両備システムズは、岡山大学学術研究院医歯薬学域の河原祥朗教授とともに、内視鏡検査の画像を元に、AIを用いて早期胃がんの深達度を判定し、医師の診断補助を行う早期胃がん深達度診断支援システムを開発した。

そして、同システムは、オージー技研株式会社によって、2024年3月5日付で厚生労働大臣より医療機器製造販売承認を取得している。

本稿では、システムの概要や医療機器製造販売承認を得るまでの道のり、今後の展望などについて、株式会社両備システムズ ヘルスケアソリューションカンパニー メディカルAI推進室 大戸彰三氏にお話を伺った。(聞き手: IoTNEWS小泉耕二)

胃の表面からがんの進行度を判断する難しさにAIを活用

IoTNEWS 小泉耕二(以下、小泉): 両備システムズは、グループ会社を含め、公共や民間企業へ向け様々な情報サービスの提供を行っていますが、医療向けの事業や研究開発を始めたきっかけは何だったのでしょうか。

両備システムズ 大戸彰三氏(以下、大戸): 弊社では、以前より病院向けに、電子カルテやオーダリングシステム、会計システムなどを展開していました。

こうしたノウハウが蓄積されてきた中、世の中でAIが広く活用され始めてきた2018年頃、岡山大学の病院の先生から「AIを活用して胃がんの診断支援ができないか」という相談を受けたのがきっかけです。

そこから、医療とAIを掛け合わせた事業をスタートさせるため、今回の早期胃がん深達度AI診断支援システムを開発し、医療機器製造販売承認も取得することができました。

小泉: 今回開発されたシステムの概要について教えてください。

大戸: 早期胃がんの検査時に胃カメラで撮影した画像を、検査後にAIで分析するシステムです。

通常、胃がんの治療方針を決めるためには、早期胃がんの深達度を見極める必要があるため、胃の壁のどの層にまで浸潤しているのかといったがんの深さを、画像から判断します。

これまでは、医師が胃カメラで胃の表面を見ることで胃がんの特徴を捉え、その深さを判断しており、医師が胃がんの深さを正しく診断できる確率は、7割程度と言われています。

今回AIで深さの判定を行うために、深達度が深いものから浅いもの、多様な角度や撮影機器など、様々なパターンの画像を収集し、実際の診断でも使えるようなわかりやすい画像を選別した後AIに読み込ませ、製品開発を行いました。

その結果、システムの性能試験では胃がんの深さを判定する正解率が82%という成果を出すことができました。これは、医師と同等かそれ以上の正診率です。

8割以上の正診率で早期胃がんの進行度診断を支援するAIシステムを開発 ―両備システムズ 大戸氏インタビュー
株式会社両備システムズ ヘルスケアソリューションカンパニー メディカルAI推進室 大戸彰三氏

小泉: 患者側の視点から言うと、なるべく早く正確に診断してほしいものですが、医師も人ですから、どうしてもバラツキはあると感じます。

そうした中、82%という精度が出ているこのシステムを併用してもらえれば、セカンドオピニオンを同時に得ることができそうですね。

大戸: おっしゃる通り、経験の豊富なベテランの名医と若手の医師との間では、どうしても精度にバラツキが出てしまうと言われています。

そこで、医師にとってはこれまで一人で行っていた判断のサポートとして、患者にとっては「医師による差があるのではないか」という不安を払拭できるように、弊社が今回開発したシステムを含め、デジタル技術をうまく活用してもらえればと思っています。

導入ハードルを下げることでシステムの普及を目指す

小泉: 医療機関がこのシステムを導入する際には、どのような設備が必要なのでしょうか。

大戸: このシステムはソフトウェアなので、パソコンがあればすぐに導入することができます。パソコンにソフトウェアをインストールし、胃カメラの画像をインプットすることで診断結果を表示してくれるという、一般的なソフトウェア導入と同等の手順でできるよう、ハードルを下げています。

小泉: 以前であれば、電子カルテを導入するのも大変だったと思いますが、最近では医師がパソコンを操作しながら診察するのは一般的になってきましたよね。

そうした中、ソフトウェアでの提供であれば、初期投資も抑えられるでしょうし、気軽に導入できるイメージが湧きます。

大戸: そうですね。先進的な取り組みをしている病院では、AIやロボットの導入も進んできているので、こうした流れの一環として、弊社のシステムも活用してもらえればと思っています。

一方、AIやデジタルに抵抗感や懐疑的な気持ちを持つ方もいると思います。

そこで、AIが画像の何を見て判断しているのかが分かるように、画像にヒートマップを重ねて表示するという表現方法をとるなど、なるべくブラックボックスをなくすための工夫をしています。

8割以上の正診率で早期胃がんの進行度診断を支援するAIシステムを開発 ―両備システムズ 大戸氏インタビュー
早期胃癌AI診断支援システムのデモ画像

小泉: 普及へ向けて導入のハードルを下げることに加え、操作性やUIも工夫されているのですね。

医療機器としてシステム開発する苦労と意義

小泉: このシステムは、医療機器プログラムとして製造販売するための承認を受けられているとのことですが、どのような道のりだったのでしょうか。

大戸: 医療機器を製造や販売をするためには、医療機器製造業としての登録や、製造販売業者による厚生労働省からの認証・承認の取得、またそのために様々な要件を満たす必要があります。初めての取り組みだったこともあり、体制を整えるのには苦労しました。

また、AIの構築においても、胃がんの画像を病院の先生に収集・選別してもらうわけですが、求める精度がすぐに出るわけではありません。試行錯誤しながら都度必要な画像を収集し、モデルを構築していきました。

小泉: 医療機器として必要な精度を担保するのは大変ですよね。

さらに、通常のシステム開発であれば販売してからアップデートしていけばいいという考え方が一般的だと思いますが、医療機器として販売するとなると、開発の考え方も違うのではないでしょうか。

大戸: そうですね。一般的なシステム開発であれば、フィードバックを得ながら精度を上げていくのが当たり前になっていますが、医療機器のルールの中では、確実な精度を担保してからの販売となります。

精度を担保するための性能試験へ向けた準備などでも苦労はしました。

小泉: 例えば製造業における外観検査のAIであれば、同じ画像を活用したとしても、現場の環境や状況が違えば精度に影響が出ることもあるため、チューニングやカスタマイズをして導入するのは一般的です。

医療現場においても、胃カメラの角度や光の影響など、システム側ではどうにもできない環境の差は生まれてしまうと思うのですが、申請自体に対する課題感などはありますか。

大戸: 一般的にAIは学習することで精度を上げることができるので、現場で使いながらチューニングできれば、開発者・利用者双方にとってのメリットはあると思います。

しかし医療機器の場合は、開発時点で性能が固定され、追加の学習や性能の変更を柔軟にできないため、その点は課題であると思います。

一方で、医療機器として患者さんに活用していくものである以上、一定の精度を担保せざるをえない背景も理解できます。

そこで今回のシステムにおいては、医師に対して、どういう撮影条件で、どんな画像が適切であるかといった注釈をつけることで、極力使用環境の差がでないように対応しています。

将来的には、AI自体が撮影条件に合わせて補正することができれば、環境の差に対してさらなる対応ができるのではと考えています。

医療分野でAIが支援できる対象範囲を広げていく

小泉: それでは最後に、今後の展望について教えてください。

大戸: 今回、第一弾として胃がんを対象としてAIを開発しましたが、その他の部位や病気に対するAIシステムの研究開発も進めています。

医療においてAIが支援できる範囲が広がることで、救われる患者さんの数も増えていってほしいと思っています。

小泉: 今回承認を受けられるのは大変な道のりだったかと思いますが、さらに対象を増やしていく計画なのですね。

大戸: 大変な道のりは続きますが、今回の経験が、次のシステム開発のノウハウとして活きてくると期待しています。

小泉: 医療機器の開発ということで、自分や家族などにも関わりがある、意義深い取り組みをされていると感じました。

大戸: そうですね。これまで携わってきたシステム開発とはまた少し違う意義を感じています。

AIの研究開発を通して、自分自身や家族が直面するかもしれない課題から、今後の日本や世界の医療の進歩にも力添えできるよう、今後も取り組んでいきたいと思います。

小泉: 本日は貴重なお話をありがとうございました。

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