熟練工の「勘」をAIに継がせるには ?「誰が」「どう」進めるかを5つのステップで整理する

製造業の就業者数は、2024年の1,046万人から2025年には1,033万人へと1年で13万人減少した(2026年版ものづくり白書より)。

また、中小製造業における従業員数の過不足感を示すDI(Diffusion Index)は2025年時点でマイナス17.9と、依然として「人が足りない」という現場の声が数字にも表れている。

人手不足の問題は、現時点の現場のオペレーションが回らないという問題だけにとどまらない。ベテラン検査員や熟練工が退職する一方で、その判断基準や勘所という「暗黙知」が若手に十分継承されないまま失われていくという問題にも波及する。

長年の経験でしか培えないとされてきたこの暗黙知に、AIはどこまで踏み込めるのか。

そして、実際に取り組む際にはどのようなステップを踏めばよいのか。

導入の考え方から陥りやすい失敗まで、実践的に整理する。

なぜ「暗黙知」はAIに置き換えられるのか

疵(きず)や変色といった不良品の判定、設備の異音や振動から故障の予兆を察知する保全業務は、マニュアル化が難しい業務の代表格とされてきた。

判定基準が数値化しにくく、「なんとなく違和感がある」という感覚的な部分に頼らざるを得なかったためだ。

しかし画像認識AIやセンサーデータ解析の精度向上により、この「感覚」を再現するアプローチが実用段階に入っている。

代表的なのは、良品と不合格品、正常時と異常時それぞれのデータを学習させ、AIがベテランの判定基準そのものを模倣する「教師あり」の手法だ。

一方で、不良品データそのものが集まりにくいという製造現場特有の事情から、正常時のデータのみを学習し、そこからの逸脱をもって異常と判定する「教師なし・異常検知型」の手法も広く使われている。

どちらの手法を選ぶかによって、後述するデータ収集の負担は大きく変わるが、人が言語化できない基準をデータとして間接的に継承させるという発想自体は、いずれの手法にも共通している。

教師あり:ベテラン検査員の判定基準を学習させた例

例えば、国内大手の電炉メーカーの一工場では、教師ありの手法を活用し、主力製品である形鋼の圧延ラインにおいて、外部ベンダーが提供するAI画像判定サービスを導入している。

良品と不合格品それぞれの画像をAIに学習させることでベテラン検査員の判定基準を学ばせるアプローチを取り、人による検査との併用の検討を始めてから検証に着手した。

検証は2段階に分けて行われ、まず疵の種類を絞ってAIの検知能力を評価し、その後追加学習によって検知精度を高めるという手順を踏んでいる。

検討開始から約2年を経て本格運用へ移行し、運用開始から数カ月が経過した時点で、集中力を要する疵検査における作業負担の軽減が確認されている。

なお、検討開始から本格運用まで年単位の時間を要しており、この種の取り組みが一朝一夕には進まないことも、あわせて示唆している。

教師なし異常検知:ベテランの「いつもと違う」という感覚を再現した例

一方教師なし異常検知の手法においても、製油所のボイラー設備を対象にした例がある。

温度・圧力・流量・バルブ開度・水位など、約500箇所のセンサから収集したデータの相関関係をAIが学習し、その関係性から外れた「いつもと違う」挙動を異常の予兆として検知する仕組みを導入している。

過去の故障事例を個別に学習させる必要がなく、正常時のセンサデータの関係性だけをモデル化する点が特徴だ。

過去の運転データを用いた実証では、従来の閾値設定や傾向分析による監視システムに比べて約1週間早く異常の予兆を検知できたと報告されている。

不良・異常のサンプルが少ない設備ほど、この手法が現実的な選択肢になりやすいことを示す例と言える。

技術継承プロジェクトに関わる人たち

こうした仕組みが技術的に可能だとしても、実際に進めるとなると、まず前提として、このプロジェクトを一人の担当者や一つの部署が丸ごと背負うことが現実的なのかを検討する必要がある。

品質保証部門や生産技術部門、現場のベテランは、そもそもの出発点である人手不足の当事者であり、通常業務に加えてプロジェクト運営の全てを背負わせれば、課題を悪化させるだけだ。

そのため、役割を分けて考えることが必要となる。本稿では、大きく3つに分けた。

熟練工の「勘」をAIに継がせるには ?「誰が」「どう」進めるかを5つのステップで整理する
技術継承プロジェクトに関わる3つの役割

専門知識の出し手(SME):品質保証部門・生産技術部門・現場のベテラン

一つ目は、判断基準やノウハウを提供する役割だ。

検査であれば品質保証部門やベテラン検査員、保全や調整であれば生産技術部門やベテラン作業者が該当する。

この役割の関与は、ヒアリング・検証・月次レビューといった、あらかじめ決められた場面にスポットで限定し、恒常的な負荷にならないよう設計する。

プロジェクトを回す推進役:DX推進部門・情報システム部門・外部の伴走支援

二つ目は、PoCの設計、ベンダーとの折衝、データ基盤の整備、進捗管理といった、プロジェクトの実行部分を担う役割だ。

SME側の専門知識を引き出しながら具体案に落とし込み、意思決定にかけるところまでを担当する。

社内に適任者がいない場合は、外部のコンサルティングやベンダーのプロジェクトマネジメント機能に一部を委ねる選択肢もある。

スポンサー:経営層

最後が、プロジェクトの正式な承認と、予算・工数の両方を確保する役割だ。

ここで重要なのは、確保すべきものが予算だけではないという点だ。

SME側のヒアリングや検証対応にかかる工数を、通常業務から正式に切り出して認めることも、スポンサーとしての重要な役割になる。

3つの役割がかみ合わないとどうなるか

SMEに推進役の仕事まで兼務させてしまうと、通常業務との板挟みで疲弊し、プロジェクトが停滞する。

逆に推進役だけでSMEの関与なしに進めようとすると、判断基準を反映できないまま精度の低いモデルができあがる。

経営層が工数確保を承認しないまま「現場の頑張り」に頼って進めるケースも、同様に長続きしない。

以降で紹介する5つのステップは、この3つの役割がそれぞれ何を担うかを前提に整理している。

導入までの5つのステップ

「暗黙知をAIに学ばせる」と一言で言っても、実際に進めようとすると、各段階で決めるべきことは多い。

ここでは、プロジェクトを回す役割(以下、推進役)と、専門知識を出す役割(以下、SME=品質保証部門・生産技術部門・ベテランなど)に分けて、それぞれ何をすべきかを具体的に見ていく。

熟練工の「勘」をAIに継がせるには ?「誰が」「どう」進めるかを5つのステップで整理する
導入までの5つのステップ

ステップ1:継承すべき「暗黙知」を業務単位で洗い出す

このステップを主導するのは推進役だ。「検査」「保全」「調整」といった候補業務を、①発生頻度②品質・安全への影響度③継承リスク(担当者の年齢や後継者の有無)の3軸でマトリクス化し、優先的に着手すべき業務を絞り込む。

全てを一度にAI化しようとせず、最初は1〜2業務に対象を絞るのが現実的だ。

対象業務が決まったら、SME側の協力を得てヒアリングや行動観察を行う。

ここで重要なのは、SMEの関与を「週1回1時間」のように、あらかじめスケジュール化された時間枠に限定することだ。

通常業務の合間に随時対応してもらう形にすると、現場の負荷が見えないまま積み上がり、協力が長続きしない。

ベテラン自身が無意識に行っている判断は多く、口頭でのヒアリングだけでは判断基準の半分も言語化できないことを前提に、作業をしながら考えていることをその場で声に出してもらう手法(シンクアラウド法)なども組み合わせる。

洗い出した判断基準は、画像・数値・音・振動などデータとして捉えられるものと、完全に感覚的でデータ化が難しいものとに仕分ける。前者がAI活用の現実的な対象になる。

ステップ2:経営層から正式な承認と工数を確保する

業務の洗い出しが済んだら、次に取り組むべきは対象業務の選定ではなく、プロジェクトとしての「お墨付き」を得ることだ。

推進役は、経営層から正式なプロジェクトとしての承認を取り付ける必要がある。

ここで確保すべきは予算だけではない。

SMEのヒアリング・検証対応にかかる工数を、通常業務から正式に切り出して認めてもらうことが同じくらい重要だ。

「兼務でお願いします」という曖昧な合意のまま進めると、現場の協力が続かず途中で失速するリスクが高い。

承認を得るための説明材料としては、ステップ1で洗い出した内容を「どの業務に」「どの程度の継承リスクがあるか」という形で資料化しておくと使いやすい。

あわせて、SMEの稼働時間をどの程度・どの期間切り出す必要があるか、代替要員は必要かといった工数面の見積もりも、この段階である程度具体化しておくと、承認の判断材料になりやすい。

この承認を経ないままステップ3以降のデータ収集やPoCに進んでしまうと、途中でリソースが確保できず頓挫するリスクが高まる。

ステップ3:学習データの質と量を確保する

データ収集の具体像を決める前に、まず採用するAIの手法自体を選ぶ必要がある。

大きく分けると、前述した良品・不良品双方の画像を学習させる「教師あり分類」と、良品(正常時)のデータのみを学習し、そこからの逸脱をもって異常と判定する「教師なし異常検知」の2つのアプローチがある。

後者であれば、集めにくい不良品データを大量に用意する必要がなく、特に発生頻度の低い不良を対象とする場合には現実的な選択肢になりやすい。

一方で、教師あり分類に比べて「なぜ異常と判定したか」の説明力が弱くなりがちで、不良の種類を細かく分類したい場合には不向きなこともある。

どちらを選ぶかは、対象業務の不良発生頻度や、求められる説明力の水準を踏まえ、推進役がベンダーやSMEと相談しながら決める判断事項になる。

以下では、良品・不良品双方のデータを用いる教師ありのケースを念頭にデータ収集の負担を説明するが、教師なし異常検知を選ぶ場合は、不良品データの収集・ラベリングにかかる負担そのものが大きく軽減される点は押さえておきたい。

この前提を踏まえたうえで、教師ありのケースのデータ収集の流れを見ていく。

データ収集の段取りやアノテーション基盤の整備を担うのは、推進役だ。

教師あり分類を選ぶ場合、画像認識であれば良品・不良品それぞれ数百〜数千枚単位が目安になることが多いが、不良の種類が多岐にわたる場合はその分だけ必要量が増える。

特に「重大だが発生頻度が低い不良」は十分なサンプルを集めにくく、データを人工的に増やす手法(データ拡張)や類似不良をまとめて学習させる工夫を事前に検討しておく必要がある。

過去の検査記録や画像が体系的に保存されていない現場は多く、この段階でデータの掘り起こしと整備そのものがプロジェクトの主要な作業になるケースは珍しくない。

収集したデータに「良品/不良品」といったラベルを付ける作業(アノテーション)には、判断基準を持つSMEの関与が欠かせない。

ただし、全件をSME自身が確認するのは非現実的だ。

まず若手担当者や外部のアノテーション要員が一次仕分けを行い、判断に迷うケースだけをSMEに確認してもらう、という二段構えにすることで、SMEの負荷を最小限に抑えられる。この役割分担の設計自体も推進役が担う。

なお、教師なし異常検知を選んだ場合も、「正常」の基準を揺るがせないための良品データの精査にはSMEの関与が必要になるが、不良品側の収集・仕分けは不要になる分、全体の負荷は下がる。

また、現場の映像や検査データには機密情報が含まれる場合もあるため、外部ベンダーにデータを渡す際の利用範囲や保管場所、契約終了後の取り扱いについても、推進役があらかじめ確認しておきたい。

ステップ4:人とAIの役割分担を合意する

いきなり本番運用に入るのではなく、対象業務を限定した小規模な試験運用(PoC)を数カ月単位で実施し、AIの判定精度と現場の受け止め方を検証する。

PoCの設計・進行は推進役が担い、「AIの判定に人がどう関わるか」(AIが一次判定を行い人が最終確認する、など)の運用フローを具体案として用意したうえで、SMEに妥当性を確認してもらう形にすると、SME側の検討負荷を抑えられる。

また、現場責任者や情報システム部門など、巻き込むべき関係者を洗い出し、最終的な判断基準の変更や運用ルールの決定権を誰が持つのかも、この時点で明確にしておく。

部門をまたぐプロジェクトになりやすく、責任の所在が曖昧だと導入判断そのものが停滞しやすい。

あわせて、「検査時間の削減率」「見逃し率」「過検出率」など、何をもって導入成功とするかを数値で定義しておくことも欠かせない。感覚的な評価だけでは、PoCの後に本番導入すべきかどうかの判断がつかなくなる。

さらに、「自分の仕事が奪われるのでは」という現場の心理的抵抗にも、この段階で向き合う必要がある。

導入目的があくまで負担軽減と技術継承であることを推進役から繰り返し説明し、SME自身がプロジェクトの当事者として関与できる立場(データの妥当性確認やモデルの検証など、範囲を限定した形で)を用意することが、後の定着を左右する。

ステップ5:運用しながら精度を継続的に改善する

運用開始後の日次・週次でのモニタリング(誤判定=過検出・見逃しの確認と記録)は、SMEではなく推進役、あるいは運用を専任で担当するチームが一次対応する。

SMEが関与するのは、判定の妥当性について月次など一定のタイミングでまとめてレビューする場に限定し、日々の細かい確認まで背負わせない設計にすることが、SMEの本来業務との両立には欠かせない。

誤判定が見つかった際に、その事例をどうモデルの再学習に反映するか、社内のフローとベンダーとの役割分担も推進役が明確にしておく必要がある。

再学習の頻度(月次、四半期ごとなど)もあらかじめ計画に組み込んでおきたい。

ベンダーとの契約が「導入して終わり」の一括請負なのか、継続的なチューニングを含む保守契約なのかによって、運用フェーズでの改善スピードは大きく変わるため、契約時点で確認しておくべきポイントになる。

また、現場のライン作業者が「この判定はおかしい」と感じた際に、専用フォームや日報への項目追加など、簡単に報告できる仕組みを用意しておくことも重要だ。

報告を受けた推進役が一次仕分けを行い、SMEの確認が必要なものだけを月次レビューに上げる、という流れにしておけば、現場の気づきを埋もれさせずに済む。

見落とされがちな4つの落とし穴

各ステップの中で触れた課題以外にも、プロジェクトが進んでから顕在化しやすい落とし穴がある。

SMEに推進役の仕事まで兼務させてしまう

現場の課題感が強いあまり、品質保証部門や生産技術部門の担当者がPoC設計やベンダー折衝まで抱え込み、通常業務との板挟みで疲弊し、プロジェクトそのものが止まってしまうケースだ。

これを防ぐには、企画段階でSMEと推進役の役割を明文化し、SMEの関与時間をあらかじめ枠で確保しておくことが欠かせない。

「PoC疲れ」で本番導入に踏み切れない

検証環境では良好な結果が出ていても、「本番ラインに投入しても大丈夫か」という判断材料が揃わず、小規模な実証実験を延々と繰り返してしまうケースだ。

これを避けるには、ステップ4で述べた成功基準(KPI)を事前に数値で定義し、基準を満たせば本番移行するという意思決定ルールをあらかじめ決めておくことが有効だ。

AIの判定根拠がブラックボックス化する

結局「なぜそう判定したのか」を誰も説明できなくなる問題だ。

ベテラン一人に判断が属人化していた状態が、今度は「AIの中身」に属人化しただけという状態になっては、技術継承という本来の目的が果たせない。

判定の根拠となった特徴量を可視化する機能があるツールを選ぶ、あるいは月次レビューの場でSMEがAIの判定結果を定期的に検証するなど、判断基準を人が説明できる状態を保つ工夫が必要になる。

運用フェーズの継続コストを見込んでいない

初期導入費用だけを見て予算計画を立ててしまうケースだ。

データ収集・ラベリングの人件費、モデルの再学習費用、ベンダーの保守契約費用に加え、SMEの工数を継続的に確保するためのコスト(代替要員の配置など)も含めて、単年度ではなく複数年での予算計画を立てておく必要がある。

おわりにーさらなる応用も見据えて

技術継承へのAI活用は、ここまで見てきた検査や予知保全にとどまらない。例えば、ベテランの微調整をAIが再現する調整業務など、同様のアプローチはさらに幅広い業務に展開できる余地がある。

共通しているのは、「ベテランでなければ気づけなかった予兆や基準」をデータとして捉え直すという発想だ。

人手不足を補う省力化という文脈に加えて、「技術を絶やさないために導入する」という位置づけが、今後さらに重要になっていくと見られる。

こうした展開の可能性を踏まえたうえで、あらためて確認しておきたいのは、AIによる技術継承がベテランの経験をそのまま置き換える魔法ではないという点だ。

人手不足という量の問題と、暗黙知の喪失という質の問題は、製造現場において表裏一体で進行しており、AI活用はあくまで判断基準をデータ化し、現場の負荷を段階的に減らしていく地道な取り組みにすぎない。

その推進そのものを現場の専門人材に丸投げしては、人手不足という当初の課題を悪化させるだけになる。

専門知識を出す役割とプロジェクトを回す役割を分け、双方が無理なく動けるだけの工数と予算を経営層が正式に手当てする。

この体制づくりこそが、技術継承へのAI活用における最初の関門と言える。

参照元:

  1. 厚生労働省・経済産業省・文部科学省「2026年版ものづくり白書(概要)」
  2. 株式会社YE DIGITAL プレスリリース「東京製鐵、YEデジタルのAI画像判定技術で外観検査の作業負担を軽減!」(2023年10月3日)
  3. 日本電気株式会社(NEC)プレスリリース「NEC、AIを活用した異常予兆検知を行うシステムをJXTGエネルギー水島製油所へ納入」(2019年9月13日)